No | 216058 | |
著者(漢字) | 山田,将貴 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤマダ,マサキ | |
標題(和) | 磁場・圧力下における遍歴電子メタ磁性体MnSiの磁気的・電気的性質 | |
標題(洋) | Magnetic and electric properties of an itinerant electron metamagnet MnSi under high pressures and high magnetic fields | |
報告番号 | 216058 | |
報告番号 | 乙16058 | |
学位授与日 | 2004.07.26 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 第16058号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | MnSiは磁気転移温度がTc=29Kで、Mnサイトに約0.4μBの磁気モーメントを持つ典型的な弱い3d遍歴電子磁性体である。結晶構造はB20型であり、その対称性からモーメント間にはDzyaloshinski-Moriya相互作用が働く。この相互作用のため、磁気構造は[111]方向に長周期(λ=180〓)のヘリカル構造となっている。Mnsiに磁場を印加すると、磁気構造はコニカル構造に変化し、さらに磁場がBf=0.62T以上になると強制強磁性構造をとることが知られている。一方、MnSiに圧力を加えるとキュリー温度TCは急激に減少し、臨界圧力Pc〜1.5GPaで磁性を失うことが報告されている。TCにおける磁気相転移の型は、低圧側では2次であるが、Pt〜1.2GPa以上で1次に変化する。Pc以上の非磁性領域では、低温で電気抵抗は非フェルミ液体的振舞いをすることが見い出されている。また、高圧下の交流磁化率の測定によると、P>Ptの圧力領域において、常磁性磁化率は緩やかな極大を示すことが報告されている。これらの異常な現象は遍歴電子メタ磁性体の示す特徴的な性質であり、MnSiはP>Ptの圧力下でメタ磁性を示すことが示唆されていた。実際、Koyamaらによって臨界圧力直上でメタ磁性が観測されたが、メタ磁性の詳細はほとんど研究されていない。 Mnsiは、Mn化合物において初めて見出された遍歴電子メタ磁性体であるが、磁気モーメント間にDzyaloshinski-Moriya相互作用が働いているという点で他のメタ磁性体と大きく異なっている。本研究では、Mnsiのメタ磁性の性質を明らかにするとともに、磁気的および電気的性質とメタ磁性との関係を解明するために、磁場、圧力下においてこれらの性質を詳細に調べた。 測定に使用したMnsiの試料は、チョックラルスキー法で作製した良質な単結晶で室温の抵抗と残留抵抗との比はRRR=95.2である。 MnSiの磁化と電気抵抗の精密な測定はT〓0.6K,B〓9T,P〓2.0GPaの多重極限環境下で行った。高圧下における磁化測定では、非磁性CuTi合金製のピストンシリンダー型の高圧クランプセルと引き抜き型の磁化測定装置が用いられるが、これまで発生圧力は1=1.2GPaが限度であった。本研究では、CuTi合金を鍛造→熱処理→自緊の処理を行うことによって、最高圧P=2.0GPaの圧力発生に成功した。この圧力セルの開発によりMnSiの磁化測定がP=2.0GPaまで可能となった。一方、電気抵抗の測定では、CuBe製のピストンシリンダー型高圧クランプセルを用い、縦抵抗を直流4端子法で測定した。磁化、電気抵抗の測定ともに、外部磁場の方向はB//[111]である。 初めに、磁化率の結果について述べる。TCは、圧力の増大と共に低温側に移動し、Pc=1.50GPaで磁性は完全に消失した。低圧側では、磁化率はTC近傍で2次転移に見られる特徴的な温度変化であるカスプを示す。圧力の増大と共にこのカスプは小さくなり、P=Pt=1.2GPaで完全に潰れた。Pt<P<Pcの領域では、磁化率はTC以上で急激に小さくなり、1次転移の振舞いが観測された。 3つの圧力領域P<Pt,Pt<P<Pc,Pc<PにおけるB-T磁気相図を決定するために、P=0,1.47,1.68,2.0Paにおいて、磁化曲線の温度依存性、磁化温度曲線の磁場依存性を測定した。常圧P=0GPaでは、過去に報告されているように、Mnsiは低温ではBf=0.62T以上で強制強磁性状態が発現した。弱磁場Bc=0.08Tで磁化曲線に小さな折れ曲がりが観測され、これはヘリカルからコニカル状態への転移に対応すると解釈される。BcとBfは温度上昇と共に徐々に減少し、TCでゼロになる。また、1次転移の領域内Pt<P<PcにあるP=1.47GPaでは、T<TC=2.8Kにおける磁化過程は常圧の場合と同様な振舞いを示すが、TC直上において弱場中でヒステリシスが観測された。例えばT=4.2Kの場合、Bm1=0.075TからBm2=0.27Tの間でヒステリシスが観測され、Bm1<B<Bm2の間で常磁性からコニカル状態にメタ磁性転移することが判明した。さらに磁揚を上げるとBfで強制強磁性状態に転移する。温度が上昇するとヒステリシスは減少し、メタ磁性転移はT0=10Kで完全に消失する。一方、磁性が消失する圧力領域内P>PcにあるP=1.68GPaでは、常磁性(非磁性)状態からコニカル状態へのメタ磁性転移が最低温度から観測された。さらに高い圧力P=2.0GPaでは、非磁性状態から強制強磁性状態へのメタ磁性転移が生じた。 以上の結果から、圧力に対応しMnsiには4種類のB-T磁気相図が存在することが明らかになった。さらに、上記の実験結果からP-T磁気相図も決定され、この相図がスピンの揺らぎを取り入れた遍歴電子メタ磁性の理論から決定された相図と定性的に良く一致することが分かった。 電気抵抗pは、P<Pcの圧力領域では、T<TCにおいてフェルミ液体的振舞いp-p0∝T2が見られる。しかし、T>TCの非磁性領域では、低温で非フェルミ液体的振舞いp-p0∝T5/3が観測された。ここで、p0はT=0に外挿した抵抗値(いわゆる残留抵抗)である。p0の値は磁性が消失する量子臨界点Pcに近づくと急激に上昇し、Pcで最大値をとる。この現象は、量子臨界揺らぎによるスピン散乱がp0に寄与し、臨界点で最大となるためと考えられる。P<Pcでは、負の磁気抵抗が観測され、B=Bfで抵抗は折れ曲がる。しかし、P>Pcの圧力下(P=1.55,1.69GPa)では、弱磁場中で正の磁気抵抗を示し、電気抵抗はブロードな極大をとる。さらに磁場を上げると、負の磁気抵抗が見られた。ブロードな極大の近傍において、電気抵抗の磁場依存性にヒステリシスが見出された。ヒステリシスが現れる磁場領域は磁化測定から決定されたメタ磁性転移の領域Bm1<B<Bm2と一致し、温度が上昇にするとヒステリシスは小さくなっていく。以上の結果から、観測されたヒステリシスはメタ磁性によるものであると結論される。電気抵抗の極大は以下の様にして説明される。B<Bm1ではMnは非磁性の状態にあるので、抵抗値は磁場によらずほぼ一定である。しかし、Bm1<B<Bm2では、メタ磁性転移のために非磁性と磁性を持つMnが共存するためにスピン揺らぎが増大し、スピンによる散乱が著しく大きくなる。また、メタ磁性転移が完了するB>Bm2の領域では、磁気秩序が形成されるため負の磁気抵抗が観測される。磁気抵抗の極大はメタ磁性転移に伴いスピン揺らぎが増大した結果であると考えられる。 P>Pcの非磁性領域において、非フェルミ液体的振舞いが見られる。しかし、B=1.0T>Bfの磁場を加えると、フェルミ液体的振舞いに変化した。p-p0∝Tαと表すと、弱磁場(B<Bm2)の領域ではαは一定値5/3をとるが、B>Bfの領域ではα=2の値をとる.しかし、中間の磁場領域Bm2<B<Bfでは、磁場の増加と共にαの値は5/3→2に連続的に変化する。この結果は、磁場によってMnSiがα=5/3の非フェルミ液体的状態からα=2のフェルミ液体的状態にクロスオーバーする事を示している。磁気抵抗の振舞いは次のようにして理解される。P>Pcでは、強い量子スピン揺らぎのためMnsiは非フェルミ液体的振舞いを示す。磁場を印加し、メタ磁性転移領域に入ると、更にスピン揺らぎは増大する。しかし、メタ磁性転移終了後は、磁性秩序が生じて急激にスピン揺らぎは抑制される。その為、非フェルミ液体的振舞いから、フェルミ液体的振舞いへのクロスオーバーが起こる。更に磁場が強くなると、スピン揺らぎは抑制され、磁気抵抗も減少していく。つまり、MnSiの非フェルミ液体的挙動は、強いスピンの揺らぎによるものであると解釈される。 上記のように、磁場、圧力、低温の多重極限下におけるMnSiの磁気的および電気的性質の詳細な研究から、MnSiのメタ磁性の性質、メタ磁性と磁気的・電気的な性質との関係が初めて明らかにされた。 MnSiにはDzyaloshinski-Moriya相互作用が存在するために、B-T磁気相図は複雑で圧力によって相図が異なる。しかし、MnSiのメタ磁性の性質は他の3d遍歴電子メタ磁性体で観測されているものと本質的に一致する。仮にDzyaloshinski-Moriya相互作用が無ければ、MnSiは典型的な遍歴電子メタ磁性の一つであるといえよう。 | |
審査要旨 | 本論文は全7章からなり、第1章は序論、第2章は研究の背景と目的、第3章は実験方法、第4章は磁化測定、第5章は電気抵抗測定、第6章は結果の考察、第7章はまとめが書かれており、磁場・圧力下における遍歴電子メタ磁性体MnSiの磁気的・電気的性質について述べられている。 MnSiは、転移温度Tc=29Kの遍歴弱磁性体であるが、結晶構造(立方晶)の対称性からDzyaloshinski-Moriyaタイプの相互作用が働き、磁気構造は基底状態でヘリカル構造を示す。この様なMnSiに磁場を印加すると、磁気構造はコニカル構造に変化し、Bf=0.62T以上で強制強磁性体構造をとることが知られている。一方、MnSiに圧力を加えるとTcは減少し、臨界圧力Pc=1.5GPa以上で磁気秩序が消失することが知られている。この時、Tcにおける磁気転移の型は、P<1.2GPaで2次的であるが、P>1.2GPaで1次的に変化する。P>Pcの非磁性領域では、低温での抵抗が非フェルミ液体的振る舞いをすることが示唆されている。また、高圧下での交流磁化率測定によると、P>Pcの常磁性領域において、磁化率に緩やかな極大を持つ事が報告されている。これらの現象は遍歴電子メタ磁性の特徴であり、MnSiは高圧下でメタ磁性転移を起こすことが予想されていた。実際に、臨界圧力直上で直流磁化測が行われており、常磁性状態からコニカル構造へのメタ磁性転移が観測された。しかし、その圧力変化や温度変化などの測定はなされておらず、メタ磁性の詳細はほとんど研究されていない。 本研究では、MnSiのメタ磁性の性質を明らかにするとともに、磁気的および電気的性質とメタ磁性との関係を明らかにする事を目的に、磁場および圧力下において磁化および電気抵抗の精密測定を行った。また、磁化測定用圧力装置および測定装置の開発も行った。 高圧下で各温度下における磁化曲線および各磁揚下における磁化温度曲線から、4つの圧力領域P<Pt、Pt<P<Pc、P>Pc、P>>PcにおいてそれぞれのB-T磁気相図を決定した。2次の磁気相転移を示すP<Pcでは、これまでの報告と同様にT<Tcで磁場を印加すると、ヘリカル構造、コニカル構造、強制強磁性構造の3つの磁気構造が現れることを、1次の相転移領域Pt<P<Pcでは、T>TCの常磁性領域で常磁性からコニカル構造へのメタ磁性転移が現れることを観測した。このメタ磁性転移は温度上昇と共に消失する。磁気秩序が消失するP>Pcの領域においても、低温から、常磁性からコニカル構造へのメタ磁性転移は観測され、温度上昇と共にヒステリシスが消失するが、P>>Pcでは、常磁性から強磁性状態へのメタ磁性転移が観測され、温度の上昇に伴いメタ磁性相は消失していく。これらの結果から、更にB-P相図とP-T相図を決定した。さらに得られた相図は、遍歴電子メタ磁性体における理論相図と大変良い一致を得られ、高圧下におけるMnSiのメタ磁性転移が遍歴電子を起こす転移であることを明らかにした。 さらに高圧下電気抵抗の測定から、P<PcでT<TCにおける低温領域で観測されたフェルミ液体的振る舞いが、P>Pcの圧力範囲では非フェルミ液体的振る舞いが観測されることを明らかにした。と同時に残留抵抗p0はP=Pcで最大値を示すことから、この圧力Pcが量子臨界揺らぎが臨界点で最大となる量子臨界点である可能性を示唆した。この非フェルミ液体的振る舞いは、磁場を印加することによりフェルミ液体的な振る舞いへと変化する。この非フェルミ液体からフェルミ液体への転移磁揚はメタ磁性転移磁場と関連しており、磁場誘起の磁性秩序が形成されると量子臨界揺らぎが抑制されフェルミ液体的振る舞いが出現すると考えられる。磁気抵抗の測定結果より、P>Pcの圧力範囲において、弱磁揚で磁気抵抗の極大が観測され、磁場に対してヒステリシスも見出された。これらの実験結果はメタ磁性転移によるものであると解釈でき、磁化測定の結果とも良い一致を示す。 以上のように、本研究ではMnSiの高圧下磁化測定、電気抵抗および磁気抵抗測定を行い、その圧力誘起メタ磁性の特性を調べ、臨界圧力以上での非フェルミ液体的挙動とメタ磁性との関連性が始めて系統的に明らかにされた。また、極低温での高圧下磁化装置用圧力装置の開発も本研究の重要な成果である。 なお、本論分の一部は、後藤恒明氏および鹿又武氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および考察を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)を授与できると認める。 | |
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