学位論文要旨



No 216060
著者(漢字) 韓,一秀
著者(英字) HAN,ILSOO
著者(カナ) ハン,イルス
標題(和) 好中球の血管内皮への接着に関する研究
標題(洋)
報告番号 216060
報告番号 乙16060
学位授与日 2004.07.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16060号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長瀬,隆英
 東京大学 教授 矢作,直樹
 東京大学 助教授 富田,剛司
 東京大学 講師 金森,豊
 東京大学 講師 折井,亮
内容要旨 要旨を表示する

第1章 緒言:肺障害を惹起する好中球は、組織内への遊走、活性化に先立ち肺毛細血管内皮細胞に接着する。肺での好中球接着を評価する簡便な方法は、好中球由来の肺障害に対する治療戦略を立てる上で極めて有用である。本研究の目的は、肺での好中球接着を評価するin vivo蛍光顕微鏡を用いた簡便な評価方法を確立することである。

第2章 ラットLPSモデルにおける肺微小循環での生体蛍光顕微鏡を用いた標識好中球の動態の経時的観察:採血用ラット末梢血から好中球を分離し、蛍光標識した。麻酔下に各ラットに頚静脈カテーテルを挿入した。検討)肺標識好中球の動態の経時的観察―intravital法―:ラットに蒸留水、またはLPS200μg/kgを腹腔内投与し、その4時間後に肺標識好中球の動態を従来の生体蛍光顕微鏡法で観察した。ラットに気管切開をおき、蛍光顕微鏡のステージ上に左側臥位で固定し人工呼吸器に接続し呼吸管理をおこなった。次いで右開胸をおこない、紫外線照射装置を備えた蛍光顕微鏡の照準を右下肺野に40倍率で合わせた。標識好中球1x106/0.5mLを10〜15秒かけてゆっくり右頚静脈カテーテルから注入を開始し、それと同時に右下肺野表面に紫外線を照射、CCDカメラでモニターしながら、標識好中球の動態をデジタルビデオカセットテープレコーダーで録画した。呼吸動作を止めるため、最大吸気時に20秒間人工呼吸器を停止した。標識好中球投与開始直後、60、120、180、240秒後の各時点で録画したビデオテープを解析し、毎秒7フレーム、10秒間にわたって肺表面の標識好中球数を計測した。その結果、蛍光顕微鏡の観察視野内の肺標識好中球数は、LPS投与群、非投与群ともに標識好中球投与開始後60秒の時点でピークに達し120秒後には減少し、それ以降は定常状態を維持した。120秒以降には、視野内のほとんどの好中球が静止していた。さらに標識好中球数は、いずれの時点においてもLPS投与群で非投与群にくらべ有意な高値を示した。したがって、標識好中球投与2分後の観察が好中球接着の評価に有用と考えられた。

第3章 肺微小血管への好中球接着の新しい評価法(in vivo蛍光顕微鏡法)の確立

―ラットLPSモデルにおける検討―検討1)LPS投与量が肺標識好中球数、肺MPO活性、肺湿/乾重量比におよぼす影響:ラットを4群にわけ、それぞれLPS 0, 20, 200, 2000mg/kgを腹腔内投与し、その4時間後に標識好中球1x106/mLを10〜15秒かけてゆっくり右頚静脈カテーテルから投与した。その2分後に犠死させ、両側肺を摘出した。摘出した肺の表面を、画像解析装置を接続した蛍光顕微鏡下に40倍率で観察した。肺は両側とも上肺野、下肺野から各1視野のデジタル化した蛍光像(合計4視野)をコンピューターに記録して、画像解析装置を用い標識好中球数を計測した。また、肺MPO活性と湿/乾重量比も測定した。その結果、LPS 200群およびLPS 2000群での肺標識好中球数はLPS 0群、LPS 20群より有意な高値を示した。しかし、LPS 200、LPS 2000両群間の肺標識好中球数に有意差はなかった。肺MPO活性はLPS 2000群が、他群にくらべ有意な高値を示した。また、肺標識好中球数と肺MPO活性は、有意な正の相関を示した。肺湿/乾重量比に群間の有意差はなかった。したがって、以後の実験ではLPS 200μg/kgの投与にて検討を進めることにした。検討2)LPS投与後の肺標識好中球数および肺湿/乾重量比の経時的変化:ラットにLPS 200μg/kgを腹腔内投与後、0, 1, 4, 8時間での、肺標識好中球数を計測した。また、摘出した肺の湿/乾重量比を計算した。その結果、肺標識好中球数はLPS 200μg/kg投与後4時間の時点で、他のいずれの時点よりも有意な高値を示した。肺湿/乾重量比は4群間で有意差を認めなかった。この結果から、LPS投与4時間後の評価が有用と考えられた。検討3) LPS投与前の抗ICAM-1抗体投与が肺標識好中球数におよぼす影響:ラットを3群に分けた。対照群には蒸留水の腹腔内投与1時間前に、尾静脈より蒸留水を投与した。LPS群にはLPS 200μg/kgの腹腔内投与1時間前に、尾静脈より蒸留水を投与した。抗ICAM-1抗体群ではLPS 200μg/kgの腹腔内投与1時間前に、尾静脈より抗ICAM-1抗体1mg/kgを投与した。各群ともLPS腹腔内投与4時間後に肺標識好中球数を計測した。その結果、LPS群の肺標識好中球数は、対照群・抗ICAM-1抗体群にくらべ有意な高値を示した。以上から、本検討法で観察される肺標識好中球数の増加はICAM-1発現増加による好中球接着増加を反映していると推察された。検討4)LPS投与前の抗エンドトキシン抗体(E5)投与が肺標識好中球数におよぼす影響:ラットを対照群、LPS群、E5群の3群に分けた。検討4と同様のラットLPSモデルで、抗ICAM-1抗体の代わりにE5 2mg/kgを用いて、各群の肺標識好中球数を計測した。その結果、LPS群の肺標識好中球数は、対照群・E5群にくらべ有意な高値を示した。

第4章 タンパク分解酵素阻害剤が好中球接着におよぼす影響:検討1)ラットLPSモデルにおいてメシル酸ガベキサート(GM)が肺好中球接着におよぼす影響―in vivo蛍光顕微鏡法―:ラットを3群に分けた。対照群には蒸留水の腹腔内投与1時間前に、尾静脈より蒸留水を投与した。LPS群にはLPS 200μg/kgの腹腔内投与1時間前に、尾静脈より蒸留水を投与した。GM群にはLPS 200μg/kgの腹腔内投与1時間前に尾静脈よりGM 25mg/kgを投与した。各群とも腹腔内投与4時間後に肺標識好中球数を計測した。その結果、LPS群の肺標識好中球数は、対照群・GM群にくらべ有意な高値を示した。GMは、LPS投与時の肺好中球接着抑制に有用と考えられる。検討2)ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC) モノレイヤーにおいてメシル酸ガベキサート(GM)がヒト好中球接着におよぼす影響 ―in vitroフローチャンバー法―:[ヒト好中球分離]健常成人より末梢血採血を行い、この末梢血から好中球を分離した。[ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)培養]HUVECをディッシュ上に均一になるまで培養し、実験には3〜4継代の内皮細胞を用いた。実験開始4時間前に、内皮細胞培養液にTNF-α 1ng/mLを添加してHUVECを刺激した。[メシル酸ガベキサートの添加]好中球のHUVECへの接着に対するGMの効果を、フローチャンバー法を用いて評価した。GMのHUVECに対する効果を確認するため、GM-HUVE群には、HUVECをTNF-aで刺激する直前にHUVEC培養液にGM(100μM)を添加した。対照群にはHUVEC培養液へのGM添加を行わなかった。これとは別に、GMの好中球に対する効果を確認するため、GM-PMN群には、分離好中球にGM(100μM)を添加して30分後に同様の検討を行った。対照群の好中球にはGMを添加していない。[フローアッセイ]均一にHUVECを培養してあるディッシュ上にフローチャンバーを据え付けた。このディッシュを倒立型位相差顕微鏡のステージ上に置き10倍率で観察した。フローチャンバーに接続した自動シリンジポンプを用いて好中球懸濁液(106/mL)をフローチャンバー内に一定の流速で灌流した。この際、フローチャンバー内のずり応力が1.5dyn/cm2となるように流速を設定した。準備した好中球懸濁液は灌流開始2分30秒後に流れが終了する。フローチャンバー内の好中球の動態は、位相差顕微鏡で観察すると同時に、顕微鏡に接続したCCDカメラを通してデジタルビデオカセットテープレコーダーで録画した。灌流開始2分30秒後に4視野画面で静止好中球数を計測した。その結果、TNF-αで刺激したHUVECへの、好中球灌流前のGM添加の有無は、接着好中球数に有意な影響を与えなかった。一方、灌流前の好中球にGMを添加した場合は、添加しなかった場合に比べて、接着好中球数は有意に少なかった。したがって、本モデルにおけるGMによる好中球接着抑制は、好中球への直接作用と考えられる。

第5章 ラットLPSモデルにおいて各種薬剤が肺好中球接着におよぼす影響(in vivo蛍光顕微鏡法):検討1) メチルプレドニゾロン(MP)が肺好中球接着におよぼす影響:ラットを3群に分けた。対照群には蒸留水の腹腔内投与1時間前に、尾静脈より蒸留水を投与した。LPS群にはLPS 200μg/kgの腹腔内投与1時間前に、尾静脈より蒸留水を投与した。MP群にはLPS 200μg/kgの腹腔内投与1時間前に、尾静脈よりMP 10mg/kgを投与した。各群とも腹腔内投与4時間後に肺標識好中球数を計測した。その結果、LPS群の肺標識好中球数は、対照群・MP群にくらべ有意な高値を示した。検討2) プロスタグランディンE1(PGE1)が肺好中球接着におよぼす影響:ラットを3群に分けた。対照群には蒸留水の腹腔内投与1時間前に、尾静脈より蒸留水を投与した。LPS群にはLPS 200μg/kgの腹腔内投与1時間前に、尾静脈より蒸留水を投与した。PGE1群にはLPS 200μg/kgの腹腔内投与1時間前に、尾静脈よりPGE1 5ng/kgを投与した。各群とも腹腔内投与4時間後に肺標識好中球数を計測した。その結果、LPS群の肺標識好中球数は、対照群・PGE1群にくらべ有意な高値を示した。検討1、2から、MP, PGE1の好中球接着抑制作用が示された。

第6章 考察:肺微小循環での好中球集積を評価する生体蛍光顕微鏡を用いた検討では、これまでウサギやイヌをモデルにした観察が行われてきた。しかしこの方法は、開胸し肺表面を顕微鏡で観察するため多大な外科的侵襲が加わり、血行動態に大きな影響をおよぼす。本研究では、これら生体蛍光顕微鏡法の問題点を克服し、簡便で侵襲の少ない評価方法を確立することを目的とした。第2章の結果から、in vivo蛍光顕微鏡法においてラットを犠死させるタイミングを標識好中球投与後2分と決定した。第3章では、標識好中球の肺血管内皮細胞への接着がLPS 200μg/kgでプラトーに達すること、そしてLPS投与後4時間でピークに達しその後減少することを明らかにした。さらに、本研究でみられるLPS投与後の肺標識好中球数の増加が、接着分子ICAM-1を介した接着の増加であるということを示した。これらの結果は、この簡便な方法によって好中球が血管内皮細胞に接着する度合いを検知することが可能であることを示している。第4章では、in vivo蛍光顕微鏡法とin vitroフローチャンバー法を対比させ、メシル酸ガベキサートの好中球接着抑制効果を明らかにした。そして第5章で、本研究で確立したラットLPSモデルにおけるin vivo蛍光顕微鏡法を用いて、臨床の場で広く使用されているメチルプレドニゾロンとプロスタグランディンE1の好中球接着抑制効果を明らかにした。本法の利点として1)好中球接着の視覚化、定量化が可能 2)小動物モデルで実験可能 3)好中球接着に影響をおよぼす不必要な外科的侵襲回避が可能 4)同時に多数の動物で実験可能などが考えられる。

第7章 結語:本研究では、肺好中球接着数を視覚的に定量化する蛍光顕微鏡を用いた簡便な評価方法を確立し、各種薬剤の好中球接着におよぼす効果を検討した。本法は、敗血症やショックなど、重篤な病態のメカニズムを解明するうえで大きな助けとなる可能性がある。さらに、今後、様々な薬剤の好中球接着に対する効果を検証し、好中球由来の組織傷害によって生じる重症臓器不全の新しい治療戦略を立てるうえで、多大な貢献が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 重症外科患者管理の進歩にもかかわらず多臓器機能障害症候群(MODS; multiple organ dysfunction syndrome)は、しばしば致命的な合併症となり高い死亡率の原因となっている。MODSにおける障害臓器としては肺の頻度が最も高いとされており、多くの患者が原疾患よりこの肺障害によって死亡する。肺障害を惹起する好中球は、組織内への遊走、活性化に先立ち肺毛細血管内皮細胞に接着する。肺での好中球接着を評価する簡便な方法は、好中球由来の肺障害に対する治療戦略を立てる上で極めて有用である。本研究は、肺での好中球接着を評価するin vivo蛍光顕微鏡を用いた簡便な実験方法を確立するために下記の結果を得ている。In vivo蛍光顕微鏡法とは、あらかじめラットより分離・蛍光標識したラットの好中球を、LPS投与ラットの末梢循環に注入し、肺を摘出して標識好中球の接着を評価する方法である。

1. ラットLPSモデルで肺標識好中球の動態を従来の生体蛍光顕微鏡法で観察した結果、標識好中球投与2分後の観察が好中球接着の評価に有用と考えられた。

2. ラットLPSモデルにおける肺への好中球接着は、LPS 200μg/kg投与後4時間で肺標識好中球数が増加することがin vivo蛍光顕微鏡法によって判明した。

3. ラットLPSモデルにおける抗ICAM-1抗体の前投与は、in vivo蛍光顕微鏡法によって観察される肺標識好中球数増加を抑制することが判明した。したがって、本検討法で観察される肺標識好中球数の増加は、接着分子ICAM-1発現増加による好中球接着増加を反映していると推察された。

4. タンパク分解酵素阻害剤が好中球接着におよぼす影響を、本研究で確立されたin vivo蛍光顕微鏡法と、in vitroフローチャンバー法の二つの異なる検討法を用いて評価した結果、いずれの検討でもメシル酸ガベキサートの好中球接着抑制効果が確認された。すなわち、メシル酸ガベキサートは、LPS投与時の肺好中球接着抑制に有用と考えられた。

5. 抗炎症剤メチルプレドニゾロンと血管拡張剤プロスタグランディンE1の肺好中球接着におよぼす影響をラットLPSモデルにおいて本検討法で調べた結果、いずれの薬剤でも好中球接着抑制効果が示された。

 以上、本研究では、肺好中球接着を視覚的に定量化する蛍光顕微鏡を用いた簡便な評価方法を確立し、各種薬剤の好中球接着におよぼす効果を検討した。本法は、敗血症やショックなど、重篤な病態のメカニズムを解明するうえで大きな助けとなる可能性がある。さらに、今後、様々な薬剤の好中球接着に対する効果を検証することで、好中球由来の組織傷害によって生じる重症臓器不全の新しい治療戦略を立てるうえで多大な貢献が期待される。したがって、本論文は学位の授与に値するものと考えられる。

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