学位論文要旨



No 216064
著者(漢字) 柿沼,誉
著者(英字) KAKINUMA,TAKASHI
著者(カナ) カキヌマ,タカシ
標題(和) CCケモカインTARC(thymus and activation-regulated chemokine/CCL17と皮膚疾患
標題(洋)
報告番号 216064
報告番号 乙16064
学位授与日 2004.09.01
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16064号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 助教授 岩田,力
 東京大学 助教授 平井,浩一
 東京大学 助教授 菊池,かな子
 東京大学 講師 竹内,直信
内容要旨 要旨を表示する

 ケモカインは主に白血球に対し走化性をもたらすサイトカインの総称である。TARC (thymus and activation-regulated chemokine/CCL17)はCCケモカインに属し、CCR4 (CC chemokine receptor 4)のリガンドの1つとして知られる。このCCR4はIFN-γ(interferon-gamma)よりもIL-4(interleukin-4)を優位に産生するいわゆるTh2細胞に発現することから、TARCはTh2優位の病態に関与するのではないかと推察されてきた。以前我々のグループではアトピー性皮膚炎(AD)のモデルマウスとされているNC/Ngaマウスを用いて、病変部皮膚でのTARCの発現を検討した。その結果TARCは病変部表皮に強く発現し、TARCのreceptorであるCCR4陽性T細胞の多数の真皮内浸潤を認めた。更に治療により皮疹が軽快するとTARCの発現が減弱し、NC/Ngaマウスの皮膚病変形成にはTARCが重要な役割を果たすことが分かった。このことは、ヒトADにおいてもTARCが病変形成、更には病態に重要な働きをするのではないかと考えられた。ADは血液学的に末梢血好酸球数増多、血清IgE値上昇をきたすが、同様の血液学的データをしばしば示す皮膚疾患として自己免疫性水疱症である水疱性類天疱瘡(BP)、皮膚T細胞リンパ腫である菌状息肉症(MF)が知られている。今回の研究ではAD、BP、MFの3疾患において、TARCの血清学的、病理組織学的な評価を行い、またTARCのreceptorであるCCR4、CCR4とは逆にinterferon-γを優位に産生するいわゆるTh1細胞に発現するとされるCXCR3(CXC chemokine receptor 3)の発現もあわせて検討した。まずADにおけるTARCであるが、AD患者群の血清TARC値は2338.7±302.8pg/mLであり健常人(HC)群の215.3±26.8pg/mL、尋常性乾癬(Ps)患者群の256.3±25.3pg/mLと比較し有意に高値であった(それぞれp<0.001)。また、臨床的重症度別での血清TARC値は軽症群540.8±111.6pg/mL、中等症群2056.2±290.3pg/mL、重症群4812.0±490.7pg/mLであり、より重症になるに従い血清TARC値は高値を示した。治療前後での血清TARC値は、治療前2952.6±731.7pg/mLであったのが治療により皮疹が改善すると783.1±84.9pg/mLと有意に低下した。また血清TARC値とADの病勢を示すデータとの相関を検討したところ、SCORAD、血清sE-selectin値、末梢血好酸球数、血清IgE値、血清sIL-2R値との間にいずれも有意な正の相関を認めた。このことから血清TARC値はADの病勢を反映することが明らかとなった。次にTARCの発現について免疫組織学的に検討した。ADでは急性期、慢性期いずれにおいてもTARCは表皮細胞に強く陽性を示し、一方Ps病変部では表皮細胞は弱い陽性所見を示し、健常人皮膚では表皮細胞は陰性であった。また真皮中ではTARCは炎症細胞の一部に弱く陽性を示したが、これらの細胞はCD4陽性T細胞、CD1a陽性真皮樹状細胞であった。更にTARCのレセプターであるCCR4の末梢血T細胞における発現を検討するため、AD患者群、Ps患者群、健常人群より各々10名についてPBMC中のCD4+CD45RO+T細胞(CD4+メモリーT細胞)におけるCCR4の発現率をフローサイトメトリーにて解析した。AD患者群では25.6±6.1%であり、Ps患者群の3.7±2.0%、健常人群の5.2±1.1%と比較し有意に高率にCCR4を発現していた(それぞれp<0.002、p<0.004)。

 次にBPにおけるTARCであるが、BP患者群の血清中TARC値は1151.5±885.6pg/mLであり、健常人群の196.6±129.7pg/mL、尋常性天疱瘡患者群270.0±112.5pg/mLと比較しされぞれ有意に高値であった(それぞれp<0.002)。更に治療により皮膚症状の改善した5例において血清TARC値を比較検討したところ治療前2200.0±1364.5pg/mLであったのが治療後524.2±395.6pg/mLと有意に低下した(p<0.01)。またBP水疱内容液中TARC値は4258.0±1865.1pg/mLであり、熱傷患者群からの水疱内容液中TARC値の43.3±6.9pg/mL、健常人群からの吸引水疱内容液中TARC値の64.5±28.7pg/mLと比較し有意に高値を示した(それぞれp<0.001)。次に測定した血清TARC値とBPの病勢をよく反映すると報告されている末梢血好酸球数との相関を比較検討したところ、これら2群間には有意な相関を認め、BPにおいても血清TARC値が病勢を反映することが示された。抗TARC抗体を用いた免疫組織染色において、TARCは病変部表皮細胞に強く発現していた。一方、健常人皮膚の表皮細胞においてはTARCの発現は認められなかった。抗CCR4抗体および抗CXCR3抗体を用いたBP病変部の免疫組織染色では、水疱部直下の真皮上層にCCR4陽性細胞が多数認められ、CXCR3陽性細胞も同様に認められた。更にTARCのレセプターであるCCR4の末梢血T細胞における発現を検討するため、PBMC中のCD4+CD45RO+T細胞(CD4+メモリーT細胞)におけるCCR4、CXCR3の発現率をフローサイトメトリーにて解析した。CCR4の発現率はBP患者群では15.0±2.7%であり健常人群の5.2±1.8%と比較し有意に高率にCCR4を発現していた(p<0.03)。一方、CXCR3の発現率はBP患者群では29.2±2.1%に対し健常人群では24.5±3.5%であり、両者の間には有意な相関は認められなかった。

 最後にMFにおけるTARCであるが、MF患者群における血清TARC値は2889.6±725.5pg/mLであり、健常人群の318.9±36.0pg/mL、Ps群の298.2±45.2pg/mLと比較し有意に高値であった(それぞれP<0.001)。次にMF患者20人における各病期別での血清TARC値を比較検討した。紅斑期の血清TARC値は546.3±149.5pg/mL、扁平浸潤期では2208.9±701.7pg/mL、腫瘍期では7591.8±1008.2pg/mLであり、いずれにおいても健常人群と比較し有意に高値であったが、特に腫瘍期群において顕著であった(健常人群対紅斑期群:p<0.05、健常人群対扁平浸潤期群:p<0.001、健常人群対腫瘍期群:p<0.001)。また、紅斑期、扁平浸潤期、腫瘍期の3群間においても有意差が認められた(紅斑期群対扁平浸潤期群:p<0.001、扁平浸潤期群対腫瘍期群:p<0.006)。MF患者群での血清TARC値を血清LDH値、血清sIL-2R値、血清IgE値、および末梢血好酸球数と比較検討した。血清TARC値は血清LDH値、血清sIL-2R値、血清IgE値との間に有意な相関を認めたが、末梢血好酸球数との間には有意な相関は認められなかった。抗TARC抗体を用いたMF患者の免疫組織学的検討では、TARCは紅斑期、扁平浸潤期、腫瘍期ともに病変部表皮細胞に強い発現が認められた。更に腫瘍期では真皮中の血管内皮細胞にも中等度発現が認められた。しかし、腫瘍細胞にはTARCの発現はみられなかった。また、健常人皮膚の表皮細胞においてはTARCの発現は表皮基底層にのみ認められた。更に抗CCR4抗体および抗CXCR3抗体を用いたMF病変部の免疫組織染色では、紅斑期、扁平浸潤期においては、表皮内に浸潤しいわゆる微小膿瘍を形成する腫瘍細胞にCCR4あるいはCXCR3陽性細胞がいずれも同程度認められた。一方、真皮中に浸潤した細胞のほとんどはCXCR3陽性細胞であった。腫瘍期においては、浸潤細胞は真皮中に多数認められ、多数の大型の腫瘍細胞と一部の小型の浸潤細胞においてCCR4が強く発現していた。一方、CXCR3は小型の浸潤細胞のみに発現が認められた。

 以上より上記3疾患において血清TARC値は病勢を反映する新しい指標となることが明らかとなり、今後臨床の場での重症度評価として有用な検査となりうることが期待される。また皮膚病変の形成には表皮細胞から産生されるTARCが重要であると考えられ、今後TARC産生のシグナル機構を解明することにより皮膚疾患の治療へも応用できることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はCCケモカインTARC(thymus and activation−regulated chemokine/CCL17)が様々な皮膚疾患の病態形成、病勢にどのように関与するかを検討したものである。TARCはCCケモカインに属し、これまでの報告からTh2優位の病態に関与すると考えられる。Th2優位の皮膚疾患として、アトピー性皮膚炎(AD)、自己免疫性水疱症である水疱性類天疱瘡(BP)、皮膚T細胞リンパ腫である菌状息肉症(MF)が知られている。今回の研究ではAD、BP、MFの3疾患において、TARCの血清学的、病理組織学的な評価を行った。またTARCのreceptorであるCCR4、CCR4および、interferon-γを優位に産生するいわゆるTh1細胞に発現するCXCR3の発現もあわせて検討した。

 AD患者群における血清TARC値は健常人群や尋常性乾癬(Ps)患者群のそれと比較し有意に高値であった。臨床的重症度別での検討ではより重症になるに従い血清TARC値は高値を示す一方、治療により皮疹が改善すると有意に低下した。更に血清TARC値はADの病勢を示す他のデータと有意な相関を認めた。以上より血清TARC値はADの病勢を反映することを明らかにした。免疫組織学的検討では、ADでは急性期、慢性期いずれにおいてもTARCは表皮細胞に強く陽性を示す一方、Ps病変部では表皮細胞は弱い陽性所見を示し、健常人皮膚では表皮細胞は陰性であった。この所見は病変部で過剰産生されたTARCが血清TARC値の上昇に関与する要因の1つとなりうることを示す。更にTARCのレセプターであるCCR4の末梢血T細胞における発現を検討したところAD患者群、Ps患者群、健常人群の末梢血単核球(PBMC)中のCD4+メモリーT細胞におけるCCR4の発現率は、AD患者群において他の2群と比較し有意に高率であった。

 次にBP患者群の血清中TARC値は健常人群、尋常性天疱瘡患者群と比較しそれぞれ有意に高値であった。更に治療により皮膚症状の改善した5例において血清TARC値を比較検討したところ有意に低下した。更に血清TARC値と末梢血好酸球数との間には有意な正の相関を認め、BPにおいても血清TARC値が病勢を反映することが示された。またBP水疱内容液中TARC値はと血清中の約4倍も高値を示すのに対し、熱傷患者群からの水疱内容液中、健常人群からの吸引水疱内容液中からはTARCはほとんど検出されなかった。免疫組織学的検討では、AD同様TARCは病変部表皮細胞に強く発現し、水疱内容液中のTARCは表皮細胞由来である可能性を強く示唆した。一方、健常人皮膚の表皮細胞においてはTARCの発現は認められなかった。抗CCR4抗体および抗CXCR3抗体を用いたBP病変部の免疫組織染色では、水疱部直下の真皮上層にCCR4陽性細胞が多数認められ、CXCR3陽性細胞も同様に認められた。更にPBMC中のCD4+メモリーT細胞におけるCCR4の発現率はBP患者群において健常人群と比較し有意に高率な発現を認めた。一方、CXCR3の発現率は両者の間には有意な相関は認められなかった。

 最後にMFにおけるTARCであるが、MF患者群における血清TARC値は健常人群、Ps群と比較し有意に高値であった。次に各病期別での血清TARC値を比較検討したところ、腫瘍期では著明に高値を示した。紅斑期群、扁平浸潤期群、腫瘍群間においても有意差が認められた。血清TARC値と他の血液学的所見との比較においては、血清TARC値は血清LDH値、血清slL−2R値、血清lgE値との間に有意な相関を認め、やはり病勢を反映すると考えられた。一方、末梢血好酸球数との間には有意な相関は認められなかった。更にMF患者の免疫組織学的検討では、TARCはいずれの病期においても病変部表皮細胞に強い発現を認め、腫瘍期では真皮中の血管内皮細胞にも中等度発現を認めたが、腫瘍細胞にはTARCの発現はみられなかった。また、健常人皮膚の表皮細胞においてはTARCの発現は表皮基底層にのみ認められた。更に紅斑期、扁平浸潤期においては、表皮内に浸潤しいわゆる微小膿瘍を形成する腫瘍細胞にCCR4あるいはCXCR3陽性細胞がいずれも同程度認められた。一方、真皮中に浸潤した細胞のほとんどはCXCR3陽性細胞であった。腫瘍期においては、浸潤細胞は真皮中に多数認められ、多数の大型の腫瘍細胞と一部の小型の浸潤細胞においてCCR4が強く発現していた。一方、CXCR3は小型の浸潤細胞のみに発現が認められた。

 以上の3疾患における研究により血清TARC値は病勢を反映する新しい指標となることが明らかとなり、今後臨床の場での重症度評価として有用な検査となりうることが期待される。また皮膚病変の形成には表皮細胞から産生されるTARCが重要であると考えられ、今後TARC産生のシグナル機構を解明することにより皮膚疾患の治療へも応用できることも期待され、本研究は学位の授与に値すると考えられる。

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