学位論文要旨



No 216066
著者(漢字) 青木,謙治
著者(英字)
著者(カナ) アオキ,ケンジ
標題(和) 木質構造体の動的変形挙動と終局耐力推定に関する研究
標題(洋)
報告番号 216066
報告番号 乙16066
学位授与日 2004.09.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16066号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,直人
 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 助教授 信田,聡
 東京大学 助教授 佐藤,雅俊
内容要旨 要旨を表示する

1. 緒言

 1995年の兵庫県南部地震以降、木質構造研究は目覚ましい発展を遂げ、2000年の建築基準法改正に様々な研究成果が反映されている。しかし地震力や風圧力は実際には動的な外力であり、動的力に対する評価方法の確立が望まれているものの、耐力壁や接合部等の評価手法は未だに静的性状を元に誘導されたものである。近年の実験設備の充実により振動台上での実大住宅の振動実験及び耐力壁や接合部に対してそれらの挙動を把握するために動的試験を行う例も増えてきたが、未だ研究実績に乏しく、評価手法の確立までは結びついていないのが現状である。そこで本研究では、耐力壁の動的試験と耐力評価、耐力壁の配置方法と振動性状、接合部の終局耐力評価と割裂耐力算定式の構築いう3つの重要なテーマについて様々な実験的検討、解析的検討を加えた。

2. 耐力壁の動的試験と耐力評価

 耐力壁は木質構造の耐震性を語る上で最も重要な要素の一つであるが、その評価方法は従来行われてきた静的水平せん断試験に基づいている。しかし、近年様々な構造用木質系面材料が開発される中で、全ての耐力壁に対して速度依存性が全くないと言いきれるものではない。耐力壁や接合部の速度依存性に関する研究は1985年以降国内外で研究が行われているが、耐力壁に関しては構造用合板を用いた事例が殆どで、様々な面材料について検討した例は少ない。そこで構造用合板以外にOSB(Oriented Strand Board)、パーティクルボード、MDF(Medium Density Fiberboard)、火山性ガラス質複層板を用いた軸組構法耐力壁に対し兵庫県南部地震で観測された地震波を入力し、その抵抗性能を調べると共に、静的水平せん断試験結果との比較を行った。また、耐力発現要素である釘打ち間隔を狭めた時の影響や釘頭をめり込ませた時の影響についても検討を行った。その結果、動的加力に対する最大耐力は、静的水平せん断試験結果と比較しても低下することはなく、火山性ガラス質複層板ではむしろ最大で20%程度上昇した。しかし動的繰返加力に対しては、火山性ガラス質複層板以外は若干低下する傾向を示し、変形能に関しては大きく低下する結果となった。繰り返しによる耐力低下に関しては、面材系試験体で面材の種類によらずほぼ同様の傾向を示し、1/120rad以上の変形角になると繰返し入力をすることにより徐々に一定の耐力に向かって低下していく傾向が看取された。また釘頭をめり込ませた場合や釘打ち間隔を縮小させることによって最大耐力は上昇した。これらの結果より、地震波を入力する動的加力は耐力壁の性能を定量的に評価することは困難であるが、その抵抗性能や破壊性状を定性的に把握し静的試験結果に対して動的加力に対する挙動を確認する上では有効な手段である事が分かった。これに対し、動的繰返加力による耐力壁の評価は静的水平せん断試験結果と直接的に比較可能であり、現行の評価手法をそのまま適用可能である点と、地震のような繰返し入力される動的加力に対する抵抗性能、繰返しによる耐力の低下の様子を見る上では必要且つ有効な手段である事が分かった。

3. 耐力壁の配置方法と振動性状

 耐力壁の性能を確保することは耐震性、耐風性を確保する上で最も重要なことであるが、住宅全体の架構内におけるそれらの配置もまた非常に重要である。建築基準法では耐力壁の量は決められているもののその配置までは明確に決められておらず、採光のために南面に開口部を広く取ったり、店舗併用住宅で1階間口を広く取るために耐力壁が偏在している場合が多い。耐力壁の偏在により住宅の重心と耐力要素の中心(剛心)との間にずれが生じ、外力が入力された場合に捻れを起こして変形するために局部的に接合部への応力集中が起き、結果的に接合部から破壊が生じ住宅の倒壊に至る危険性がある。1995年の兵庫県南部地震被害調査報告においても、耐力壁の偏在により住宅が捻れ振動を起こして倒壊した例が幾つか報告されている。耐力壁に配置に関する研究は近年実大住宅を中心に精力的に行われてきたが、耐力壁配置を細かく変えてその変形性状や振動性状を調べた例はなく、定量的な評価には至っていないのが現状である。そこで本研究では1/2スケールの軸組構法躯体を用いて筋かい耐力壁を様々なパターンに配置し、静的変形性状および動的振動性状を調べ、さらに耐力要素をせん断バネに置き換えた弾性バネモデルを適用して計算値を求めて実験値との比較を行った。その結果、水平構面剛性が高く耐力壁が偏心配置されている場合、偏心率と固有振動数、変形量等の測定値は一義的な関係を示し、耐力壁を均等配置した場合は躯体中心部に集めた方が回転剛性が低いために捻れが生じやすい事が分かった。水平構面剛性が低い場合は加力点や起振点が躯体中央部であったために外力が各耐力壁にまで均等に伝わらず、耐力壁の配置位置によって測定値は大きく異なる結果となった。また、耐力壁及び水平構面単体のせん断剛性をせん断バネに置き換えた弾性バネモデルを適応した結果、水平構面剛性が高い時には実験値と近い計算値が得られ、水平構面剛性が低いときには、梁の曲げ剛性を水平構面剛性に加えた改良型モデルによる計算値が実験値と近い値を示した。しかし、耐力壁線を1つのバネに置き換えるモデルでは、同一壁量を有する壁線は同一せん断バネで計算するため、耐力壁を躯体内部に均等配置した場合の様に回転剛性が低く捻れを起こしやすい部分などについては計算不能であった。

4. 接合部の終局耐力評価と割裂耐力算定式の構築

 次に、耐力壁の強度性状を検討する際に重要なことは、部材もしくは接合部で脆性的な破壊を起こさないことである。脆性的な破壊を起こさず、粘り強い挙動を示すことによって初めて耐力壁としての性能が発揮され、耐力壁配置を検討する意味も生じてくると考えられる。しかし、接合部が脆性的に破壊する際の荷重(終局荷重)を推定する手法は未だに存在しない。木質接合部の設計は、従来より静的加力試験から得られる許容耐力によって設計値を与え構造計算されるが、木材と釘やボルトなどの木質機械的接合部が部材で終局破壊に至る場合の破壊形状は、何れの荷重方向であっても最終的には部材の割裂破壊あるいはせん断破壊に至ることとなる。しかしながら、割裂破壊(せん断破壊)は非常に脆性的で構造物を一気に倒壊へと導く危険性があることから、靭性に富む接合具の許容耐力を元に設計することにより構造物の安全性を確保している。木質構造設計規準・同解説にはボルト等の接合具を用いた機械的接合部における縁端距離や安全率等が定められているが、過度な安全率等により設計の自由度を奪っている側面も否めない。そこで本研究では、基礎物性値を詳細に調査した木材(ベイマツ製材)に対し端距離および加力速度を変化させて繊維直交方向割裂試験および繊維方向割裂試験を行い、得られた試験結果に対し基礎物性値および試験条件の各因子を用いた重回帰分析を行うことによって割裂強度を決定付ける因子の影響度を調べ、応力分布を指数関数と仮定した割裂強度予測式の構築を試みた。その結果、繊維直交方向割裂試験に関しては試験体形状の特殊性に起因する影響から有意な結果は得られなかったが、繊維方向割裂試験に関しては最大荷重に最も影響を及ぼす因子が端距離であり、密度はその半分程度であることが明らかになった。また加力速度は有意であるものの重要度は低く、年輪傾角は破壊モードの違いに若干の影響を及ぼすものの、最大荷重に対しては有意な因子では無いことが分かった。さらに木材(ベイマツ製材)に対し面圧試験を行った結果、面圧強度が密度と非常に高い相関を有しており、繊維方向割裂試験における最大荷重はほぼ面圧強度に依存することが推定された。またこれらの結果より、繊維方向割裂試験における応力負担部分の繊維直交方向応力分布を指数関数であると仮定し、材料密度と端距離から縦引張割裂強度を推定する式を誘導した結果、端距離の累乗をとることでかなり精度良く計算値を算出することが可能であった。また安定領域荷重の算出に最大荷重の5%下限値を用いることで安全側の計算値を算出することも可能であった。現段階では固定した条件で行った因子があるため最終的な割裂算定式の構築までは到っていないが、本手法をさらに応用展開していく事で割裂耐力算定式の構築は可能であると推察できる。

審査要旨 要旨を表示する

 木質構造の耐震性に関する研究は古くから行われてきたが、1995年の兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)以降、耐震性については緊急かつ重要な課題として農学、工学の分野で多くの研究が進められ、2000年の建築基準法改正に様々な研究成果が反映された。しかし、未だ解明されない部分が多いことも事実であり、特に「構造体の動的性状」と「接合部の終局耐力推定」に関しては今後の大きな課題となっている。

 本論文は、耐力壁の性能評価における動的加力試験の適用性、躯体における耐力壁配置の問題、接合部の終局耐力推定手法の開発という3つのテーマについて様々な実験的検討、解析的検討を行い、木質構造の耐震性向上に向けて知見を得ることを目的としている。

 第1章では研究の背景について触れ、構造体の動的性状把握の必要性、接合部の終局耐力推定の重要性などについて指摘し、第2章では既往の研究を纏めている。

 第3章では、様々な構造用面材料を用いた軸組構法耐力壁に対し地震波を入力してその動的性状を検討している。耐力壁は木質構造の耐震性を語る上で最も重要な要素の一つであるが、その評価方法は従来行われてきた静的水平せん断試験に基づいており、地震波のような動的外力に対しても同様の性能を発揮できるとは限らない可能性がある。また、近年様々な構造用木質系面材料が開発される中で、全ての耐力壁に対して速度依存性が全くないと言いきれるものではない。そこで、4種類の構造用面材料を用い様々な仕様で動的水平せん断試験、動的繰返水平せん断試験を行い、動的力に対する抵抗性能の検証、静的試験結果との比較、現行の評価法による壁倍率評価等を行っている。動的加力の場合は、最大耐力は殆ど低下しないものの変形能が低下すること、繰返加力の場合は3回目の繰返し以降は耐力の低下が起きないことを実験的に示し、現行の静的評価法がほぼ適用可能であることを指摘した上で、さらに、有効な動的試験方法の提案を行っている。

 第4章では、躯体中の耐力壁を様々なパターンに配置して変形性状・振動性状を調べると共に、弾性バネモデルによる数値解析手法の適合性を検証している。耐力壁の性能を把握することと同様、住宅全体の架構内における配置方法もまた非常に重要であるが、建築基準法では耐力壁の量は決められているもののその配置までは明確に決められていない。そこで全30フェーズに渡る様々な仕様の躯体に対し水平せん断試験、振動試験を行い、耐力壁配置の違いによる変形性状、振動性状の違いを実験的に調べると共に、耐力要素をせん断バネに置き換えた弾性バネモデルを適用し、実験値との比較を行っている。その結果、偏心率と固有振動数の関係、水平構面剛性の影響等が実験的に明らかとなり、弾性バネモデルにおいては、柔床の場合には梁の曲げ剛性を加算することでより正確な計算値が得られるという新たな知見も得ている。

 第5章では、基礎物性を詳細に測定した製材に対し2面せん断型の割裂試験を行い、最大荷重に影響を及ぼす因子を特定すると共に指数関数を用いた割裂耐力推定式の誘導を行っている。木質構造物の耐震性を論じる上で最も重要なことは、部材もしくは接合部での脆性的な破壊を生じさせないことであり、木材の割裂耐力が推定できればより正確な構造計算が可能となり、構造物の耐震性向上に大きく寄与できるものと考えられる。基礎物性値を詳細に調査した木材(ベイマツ製材)に対し端距離および加力速度を変化させて繊維方向割裂試験を行い、得られた試験結果の重回帰分析によって割裂強度を決定付ける諸因子の影響度を調べ、指数関数を用いた割裂強度予測式の構築を試行している。その結果、最大荷重に最も影響を及ぼす因子が端距離であり、密度はその半分程度であることが明らかになり、繊維方向割裂試験における応力負担部分の繊維直交方向ひずみ分布を指数関数と仮定し、端距離と密度から繊維方向割裂強度を推定する式を誘導した結果、推定式は端距離の累乗をとることで精度良く計算値を算出できることが明らかになった。

 以上より、本論文は木質構造の耐震性解明に関し、従来行われてきた静的加力による実験と地震力そのものを試験体に加える動的実験を比較することにより、過去に蓄積されているデータ・知見の多くが動的加力に対しても有用であることを示し、さらに接合部の終局耐力推定に関しては、木材の物性を考慮した新しい推定式の提案とその適合性を検証している。本論文の成果は学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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