学位論文要旨



No 216067
著者(漢字) 後藤,慶一
著者(英字)
著者(カナ) ゴトウ,ケイイチ
標題(和) 好気性芽胞形成細菌の分類と同定に関する研究
標題(洋)
報告番号 216067
報告番号 乙16067
学位授与日 2004.09.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16067号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 横田,明
 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 教授 小柳津,広志
内容要旨 要旨を表示する

 筆者らは精度が高く、迅速に結果が得られ、かつ幅広い好気性芽胞形成細菌に対応可能な同定法の開発を、近年急速な進歩を遂げている分子系統分類学的手法(16S rRNA遺伝子の塩基配列の解析)に着目して実施した。

 まず、最も多くの種を抱えるBacillus属細菌について、1998年当時IJSB(現IJSEM)に承認されていた69種中、B. anthracisを除く68種の基準株の16S rDNA塩基配列を決定し、多重配列解析を行った。その結果、16S rDNA塩基配列は非常に種特異的で、この配列の比較によってBacillus属細菌を種レベルで同定あるいはグループ化することが可能であることが示された。さらに、多重配列比較の結果から、16S rDNAの5'末端側に約300塩基ほどの非常に変異に富んだ領域(Hyper Variable領域:HV領域)が見いだされた。そこで筆者らは、より簡易化を図ることを念頭に、このHV領域が同定の指標となりうるか否かを、基準株以外の菌株およびHV領域を解析するためのプライマーセットを用いて検証を行った(後に、設計したプライマーは全ての細菌に共通して使用できることが分かった)。その結果、HV領域の塩基配列は種内で非常に良く保存され(図1)、かつ種間で異なっており、従ってHV領域の塩基配列の相同性解析により、16S rDNAよりも簡便にBacillus属細菌を同定あるいはグループ化することが可能であることが示された。

 次に、清涼飲料業界で非常に問題視されているAlicyclobacillus属細菌に関して、6種および1遺伝種(2002年までに登録されている全種)の総計24菌株について16S rDNAおよびHV領域の解析を行ったところ、Bacillus属細菌と同様に、HV領域はAlicyclobacillus属細菌を種レベルで同定、あるいはグループ化するための指標として非常に優れていることが示された。同時に、清涼飲料原料および製品から分離された

 新規Alicyclobacillus属細菌に関して、多相分類学的な試験を施し、それぞれA. acidiphilus、A. herbariusおよびA. pomorumを提案するとともに、Alicyclobacillus属の記載に修正を加えた(図2)。また、日本の様々な環境から分離された60菌株の高温性・好酸性芽胞形成細菌にHV領域の解析法を応用したところ、58菌株についてはA. acidocaldariusあるいはAlicyclobacillus genomic species 1と同定され、そしていずれにも当てはまらない2菌株については、新規遺伝種Alicyclobacillus genomic species 2として提案した。さらに、業界で問題視されている異臭(グアイアコール)産生菌種について検討を加え、A. acidiphilus、A. acidoterrestris、A. herbariusおよびA. hesperidumに近縁なAlicyclobacillus sp.がグアイアコールの産生菌種であることを明らかにした(表1)。

 Paenibacillus属細菌28種56菌株を用いたHV領域の解析では、HV領域は種レベルで高度に保存されていることが確かめられたが、一方でP. polymyxaには生理・生化学的性状では区別ができない二つの遺伝子グループが存在し、これらとP. peoriaeには密接な関係があることも明らかになった。このような種内多様性および近縁種同士の密接な関係はP. thiaminolyticusグループに於いても見られ、分類学的な再検討が必要であることが指摘された。

 そして、Brevibacillus属細菌に関し、29菌株のB. brevisについてHV領域の解析を実施したところ、そのほとんどはB. brevis以外の種と高い相同性を示した。分類学的な試験の結果、これらは誤同定であることが明らかとなり、Aneurinibacillus属およびBrevibacillus属の適切な種へ再同定した。併せて、B. brevisとして同定されていた菌株中に、いずれの既知種にも当てはまらない2菌株が見いだされ、これらを分類学的な試験結果に基づき、それぞれAneurinibacillus danicusおよびBrevibacillus limnophilusと命名した。総計50菌株についてのHV領域の解析結果は、HV領域が種レベルで高度に保存されており、同定あるいはグループ化に有効であることを示した。一方で、B. brevis、B. formosusおよびB. choshinensisが互いに非常に近縁で(表2)、関連菌株を含めた再分類が必要であることも示唆された。

 以上の結果をふまえ、その他の好気性芽胞形成細菌11属52種(Amphibacillus属3種、Anoxybacillus属2種、Geobacillus属10種、Gracilibacillus属2種、Halobacillus属4種、Sporolactobacillus属5種、Sporosarcina属5種、Sulfobacillus属3種、Thermoactinomyces属6種、Ureibacillus属2種およびVirgibacillus属7種)について16S rDNAおよびHV領域の解析を行った。その結果、分類学的な検討の余地が残されている分類群がいくつか見られたが、基本的にHV領域はそれぞれの基準株に特異的で、近縁種の基準株との区別が可能であった。調べた基準株の中には、近縁種との区別が形態や生理・生化学的性状では判別できない群も存在したが、このようなグループでもHV領域には基準株間で違いが見られ、容易に判別することが可能であった。

 以上のことから、好気性芽胞形成細菌全体を通じて、生理・生化学的性状では区別ができない菌種も、HV領域の塩基配列を比較することにより、容易に好気性芽胞形成細菌を同定、あるいはグループ化することが可能であることが示された。

 また、HV領域が多様性に富んでいる理由について、Thermus thermophilusの16S rRNAの二次構造を基に考察をしたところ、HV領域は、(1)他の領域ほどリボゾームタンパク質との結合部位が含まれていないこと、(2)大サブユニットと接していないこと、また(3)翻訳領域から離れていることから、変異が起こっても機能的に影響が少ない部位がHV領域中には多く存在し、そのため変異が集積したものと推察された。

 最後に、一連の研究を通じて決定した16S rDNA塩基配列を用いた好気性芽胞形成細菌204種の系統解析では、9割を超える菌種が属あるいは表現形に基づく分類群ごとにクラスターを形成することが示され、また、これらのクラスターは過去に報告された16S rRNAに基づく好気性芽胞形成細菌51種のグルーピングともよく一致していた。しかしながら、(1)2003年7月までに好気性芽胞形成細菌は22属208種にまで膨れあがったこと、(2)新属・新種提案の際に、本来近縁である、あるいは同属であろう菌種を含めて検討がされていない場合があること、(3)質の低い16S rDNAのデータが系統解析に用いられてきていること、(4)属の規定が実質上困難になりつつあること、(5)さらには全体像を見据えた分類が行なわれてきていなかったことから、一部のクラスターに於いては不均質を招いてしまっていることが示唆された。こういった状況は好気性芽胞形成細菌に限ったことではなく、細菌全体に当てはまることであろう。この後、分類基準の見直し、あるいは新たな指標の出現が期待されるところであるが、一連の研究成果を基に、好気性芽胞形成細菌だけではなく、細菌全体の分類学に貢献し、かつ食品産業の発展に寄与するようさらに研究を進めていきたい。

図1 Bacillus megateriumクラスターにおけるHV領域の保存性

デンドログラムはNJ法により構築した。アウトグループとして、Bacillus psychrosaccharolyticusを用いた。枝上のローマ数字はブーツストラップ値を示す。括弧内の数値は基準株とのDNA-DNA相同値(%)を示す。

図2 Alicyclobacillus属細菌由来gyrB遺伝子塩基配列に基づく系統樹

系統樹は1,164塩基の比較に基づき、MP法により構築した。アウトグループとしてSulfobacillus属を用いた。枝上のローマ数字はブーツストラップ値を示す。

表1 Alicyclobacillus細菌基準株のグアイアコール産生性

表2 Brevibacillus brevis、Brevibacillus formosusおよびBrevibacillus choshinensisクラスターにおける16S rDNAの変異部位

数字はBacillus subtilis(rrE)のナンバリングに基づく。K:GまたはT、R:AまたはG、S:CまたはTを示す。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、近年急速な進歩を遂げている分子系統分類学的手法に着目し、幅広い好気性芽胞形成細菌に対応可能な同定法を開発したもので、全6章から構成される。

 第1章では16S rRNA遺伝子の多様性領域に基づくBacillus属細菌の迅速同定法の開発について述べた。Bacillus属細菌68種の基準株の16S rDNA塩基配列を決定し、多重配列解析を行った。その結果、16S rDNA塩基配列は非常に種特異的で、この配列の比較によってBacillus属細菌を種レベルで同定あるいはグループ化することが可能であることを示した。さらに、多重配列比較の結果から、16S rDNAの5'末端側に約300塩基の変異に富む領域(Hyper Variable領域:HV領域)を見いだした。このHV領域が種レベルの同定の指標となりうるか否かを、基準株と参照株についてHV領域のプライマーセットを用いて検証した。その結果、HV領域は種内で非常に良く保存され、かつ種間で異なっており、HV領域の塩基配列の相同性解析により、簡便にBacillus属細菌を同定あるいはグループ化することが可能であることを示した。

 第2章ではAlicyclobacillus属細菌の分類と同定法の開発について述べた。清涼飲料業界で非常に問題視されているAlicyclobacillus属細菌6種および1遺伝種の24菌株について16S rDNAおよびHV領域の解析を行ったところ、Bacillus属細菌と同様に、HV領域はAlicyclobacillus属細菌を種レベルで同定、あるいはグループ化するための指標として非常に優れていることを示した。同時に、清涼飲料原料および製品から分離された新規Alicyclobacillus属細菌に関して、多相分類学的検討を行い、それぞれA. acidiphilus、A. herbariusおよびA. pomorumを提案するとともに、Alicyclobacillus属の記載に修正を加えた。また、日本の様々な環境から分離された60菌株の高温性・好酸性芽胞形成細菌にHV領域の解析法を応用したところ、58菌株についてはA. acidocaldariusあるいはAlicyclobacillus genomic species 1と同定され、またいずれにも当てはまらない2菌株については、新規遺伝種Alicyclobacillus genomic species 2として提案した。さらに、業界で問題視されている異臭(グアイアコール)産生菌種について検討を加え、A. acidiphilus、A. acidoterrestris、A. herbariusおよびA. hesperidumに近縁なAlicyclobacillus sp.がグアイアコールの産生菌種であることを明らかにした。

 第3章では16S rRNA遺伝子の多様性領域に基づくPaenibacillus属細菌の迅速同定法の開発についてのべている。Paenibacillus属細菌28種56菌株について、HV領域の解析を行ったところ、HV領域は種レベルで高度に保存されていることが確かめられた。

 第4章ではBrevibacillus属およびAneurinibacillus属細菌の分類と同定法の開発について述べた。29菌株のBrevibacillus brevisについてHV領域を解析したところ、そのほとんどはB. brevis以外の種と高い相同性を示した。分類学的な試験の結果、これらは誤同定であることが明らかとなり、Aneurinibacillus属およびBrevibacillus属の適切な種へ再同定した。また、B. brevisとして同定されていた菌株中に、いずれの既知種にも当てはまらない2菌株が見いだされ、これらを分類学的な試験結果に基づき、それぞれAneurinibacillus danicusおよびBrevibacillus limnophilusと命名した。総計50菌株についてのHV領域の解析結果は、HV領域が種レベルで高度に保存されており、同定あるいはグループ化に有効であることを示した。また、B. brevis、B. formosusおよびB. choshinensisは互いに非常に近縁で、関連菌株を含めた再分類が必要であることが示唆された。

 第5章ではその他の好気性芽胞形成細菌への16S rRNA遺伝子の多様性領域に基づくBacillus属細菌の迅速同定法の応用について述べた。前述した属以外の好気性芽胞形成細菌11属(Geobacillus, Virgibacillus, Amphibacillus, Sporolactobacillus. Thermoactinomyces属など)52種について16S rDNAおよびHV領域の解析を行った。その結果、基本的にHV領域はそれぞれの基準株に特異的で、近縁種の基準株との区別が可能であることを示した。

 第6章は総括で、好気性芽胞形成細菌全体を通じて、生理・生化学的性状では区別ができない菌種も、HV領域の塩基配列を比較することにより、容易に好気性芽胞形成細菌を同定、あるいはグループ化することが可能であることを明らかにした。

 以上本論文は、好気性芽胞形成細菌の迅速な同定法の開発について検討したもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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