学位論文要旨



No 216068
著者(漢字) 鈴木,磨
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ミガク
標題(和) 高吸水性樹脂と微細フィブリル化セルロ−スの複合構造体に関する研究
標題(洋)
報告番号 216068
報告番号 乙16068
学位授与日 2004.09.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16068号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 飯塚,尭介
 東京大学 教授 小野,拡邦
 東京大学 教授 空閑,重則
 東京大学 教授 磯貝,明
 東京大学 助教授 松本,雄二
内容要旨 要旨を表示する

 粉体化した既重合高吸収性樹脂(SAP)に微細フィブリル化セルロース(MFC)を複合させ,それをシート状に成形することによって吸収体商品特性に合致する高次構造化SAP複合体シートとその製造システムを確立することを目的として本研究を実施した.

1.目標とする高次構造化SAP複合体シートのコンセプト

 SAPを主成分とし,各々の構成SAP粒子を超微細セルロース繊維であるMFCで被覆させた状態で存在させ,それを支持体層と表面起毛状態層の2層構造基材(NW)に担持・複合させることにより超薄で吸収機能に優れたSAP複合体シート(SAP/MFC/NW複合体シート)が得られることを発見した.

 さらに複合化を達成する手段について検討の結果,SAPとMFCを含水有機溶媒に共分散させ,その分散スラリーを基材上にコーティングしシート状に成形するプロセスが望ましいことを見出した.

 しかしSAPは水分に対して極めて感受性が高い特性を持つ.一方MFCは稀薄水分散液として高水和状態で存在するという特性を持つ.このようにお互いに一見相容れない両成分を長時間安定に共存させる条件と見出すためには詳細な条件検討が求められた.

2.SAPの含水有機溶媒中における体積相転移挙動の解析

 SAPは含水溶媒中では高分子ヒドロゲルとして挙動し,溶媒種,含水率及び温度等の雰囲気条件によって可逆的であるが,不連続な体積相転移現象が発生し,それによってSAPが凝集ガム化したり,高膨潤化したりする.

 そのため凝集感受性,膨潤感受性について詳細に検討した結果,含水有機溶媒に必要な条件として下記の要素が抽出された.

・非誘電率が24以上であること

・含水率が40%前後であること

・分散媒体温度が25℃以下であること

 具体的に溶媒種について言えば,エタノール,メタノール,プロピレングリコール等が選択された.

3.MFCの含水有機溶媒中における挙動の解析

 MFCは工業的には4%前後の水分散液として得られるが大きな水和力を持つため外見はゲル状を呈している.MFCの特性は繊維長と抱水量で規定される.SAPとの共分散系で用いられるMFC濃度は0.5%前後であるが,そのような稀薄状態でも高い粘性と分散安定性を有する.そこで水分含有量をSAPが高膨潤しない条件である30〜40%に規定して溶媒種を変更し,MFCの安定性を検討した.分散安定性の評価は経時的に相分離発生量を測定した.相分離量は濃度依存性が大きく,徐々に稀薄していくとその濃度で,分散安定性が大きく変化する臨界安定濃度(Y値)に達することが明らかになった.

 つまり臨界安定濃度以上であれば,MFCは沈降せず安定な分散状態を長時間維持できる.エタノール,メタノール,アセトンなどの比較的取扱いの容易な有機溶媒を中心に臨界安定濃度を求める実験を行ったところ,水単独分散系では臨界安定濃度が0.5%前後であるが,含水有機溶媒系では臨界安定濃度は0.3%前後になることがわかった.

 この事実は含水有機溶媒系の方が水単独系に比較してMFCをはるかに安定させるということを意味している.さらに0.5%希釈状態のMFCについて分散媒体の有機溶媒種を変えて粘性の計測実験を行った.粘度測定に際しては,MFC分散液は構造粘性(チクソトロピック性)が大きいため回転粘度系の12rpmと60rpmに規定して測定した.エタノール/水系で例示すると粘度はエタノール含有量とともに上昇し,エタノール/水比=50/50前後でピークに達することが明らかにされた.SAPを安定に分散させる含水率がエタノール/水比=60/40であることを考えると,SAPを安定に分散させる媒体条件は同時にMFCにとっても高粘度と分散安定性が保証される媒体条件であるという極めて望ましい結果が得られた.

4.SAPとMFCの共分散スラリー調製条件の探索

 エタノール/水比=60/40を標準媒体としてMFC濃度とSAP濃度を変化させてMFC/SAP共分散スラリーの経時変化をトレースし,最適条件の範囲を検討した.その結果MFC/SAP共分散系の特徴として

(1) MFCの示す高粘度効果によりSAPの凝集を防止する.

(2) MFCは微細繊維形状を保って分散しているため,SAP粒子相互の集団的接合を防止し,粘度効果と相まって均一流動性を維持する.

(3) SAPは分散媒体中に水分を選択的に吸収し1.5〜2.2倍に部分膨潤する性質を持っているが,MFCと共存させるとMFCはその高い抱水性により分散媒体中の水分をMFCが保持するため,SAPの部分膨潤を抑制する効果を持つ.

(4) MFCはSAPの部分膨潤を抑制することにより,分散媒体組成を長時間に渡り大きく変化させない.それらの検討結果に基づいてSAPとMFCの共分散スラリーの安定調製範囲を示す相図を作製した.

5.SAP/MFC共分散スラリーからのSAP/MFC/NW複合体シートの連続成形技術の開発

 安定分散条件の検討から分散スラリーの標準条件として次の組成と粘性を設定した.

 この設定されたスラリー条件は,調整後攪拌を止めた後約1週間に渡ってそのまま常温で放置しても,再攪拌すればシート形成に供することができる.

 この標準スラリーを用いてパイロット設備での連続シート成形の安定範囲を検討したその結果コーティング装置におけるスラリーヘッド差とゲートクリアランスをコントロールすることによって約20m/min以上の速度にすれば広い目付範囲に渡って安定なシート成形が可能であることを明らかにした.

 シート成形プロセスについて,その成形条件範囲が明らかにされたため,さらにシート成形に付属するシステム,即ち含溶媒成形シートの真空脱水条件,乾燥条件およびエタノールの回収条件の解析へと検討範囲を拡大した.真空脱水条件としては真空度を変えた2段方式を,乾燥条件としてはエタノールの蒸留回収を考えN2雰囲気下で高温・高エタノール濃度で処理する乾燥方式を開発した.

 これらの知見を統合し,前述したようなコーティング,脱水,乾燥システムに加え,東洋エンジニアリングの協力の下に新たに以下のようなユニットシステムを組み込んだ工業的生産システム構築の検討を行い,連続的なSAP複合体シートの製造システムを完成させた.

・MFCの連続製造システム

・2層構造基材の連続製造システム

・排気,廃液からエタノールを99.5%レベルまで回収するシステム

 この製造システムは特許によって保護されており,現在までに約120件の日本特許,主要特許については23ヶ国に渡って海外特許が出願されている.

 この技術ライセンスに基づく世界最初の工場建設が上海浦東地区に建設中であり,2004年末には6,000万m2/年規模のSAP複合体シートの生産が開始される予定である.

6.SAP/MFC/NW複合体シート"MegaThin(R)"の特性と吸収体及び吸収体商品への応用

 工業的生産を開始する予定のSAP/MFC/NW複合体シートはMegaThin(R)の名称で商標登録され2005年度より(株)日本吸収体技術研究所と三菱商事(株)との提携の元で世界市場に対するマーケティングが開始されることになった.このMegaThin(R)は(1)吸収成分として81%含有するSAP,(2)親水性成分及び結合材として3%含有するMFC,(3)物性支持体であると同時にSAPの担持機能を併せ持つ16%の重量を占める2層構造基材の3成分から構成され,下図のような構造を持っている.

 このような新規な構造を持つMegaThin(R)は従来の吸収体にはない特徴を持つ.主たる特徴を要約すると下記のような卓越した性能を持つ新素材であることがわかる.

(1) コーティングパターン

SAPの存在領域と非存在領域と下記のような機能を持つ2相構成からなる.

・SAPの存在領域:液の吸収貯留槽

・SAPの非存在領域:液の拡散チャネル,高度な通気性を生かした換気通路としての機能

(2) SAPの含有量(%):80%,従来の吸収体のSAP含有量の2倍以上

(3) セルロース含有量:従来吸収体のセルロース含有量の約1/30

(4) 目付:従来吸収体に対して1/3以下

(5) 厚み:従来吸収体に対して1/5前後

 このような特性を吸収体商品の設計に応用することによって,次のような効果が得られることがわかっている.

(1) コンパクト化効果

従来吸収体と比較して重量は1/3以下,容積も1/5近くまで小さくなり大きな省資源化にもなる.

(2) SAP高含有吸収体特有のブロッキング現象の排除

 MFCによるSAPの被覆効果によりSAPのブロッキング現象が排除され,SAPの加圧下吸収量の潜在能力がほぼ100%発揮される.

(3) 吸収体の液捕集機構の革新による保水機能の充分な活用

 SAPの最大の特徴はその高い保水機能にある.新しい吸収体の設計思想を導入することにより,SAPのもつ保水機能がほぼ100%利用できるようになるまで改良された.

7.結びと今後の傾向

 SAPの能力を発揮する究極の目標はSAPの持つ膨大な自由膨潤能力を利用することである.その利用に至るにはまだ障壁が残っているが,新しい商品設計の考え方を導入することによって目標に近づきつつある.パテント・ポートフォリオの完成を目指すとともに本研究の成果を吸収体事業の高収益化と市場規模の拡大に結びつくように研究をさらに発展させる所存である.

・組成

・粘度

<モデル構造>

審査要旨 要旨を表示する

 高吸水性材料は、古くから医療および生活用品としての吸収体を目的として、研究開発が続けられてきた。尿あるいは血液を主な対象とするこのような従来からの吸収体に対して、近年に至っては、乾燥地の緑化などの環境保全事業での需要も高まってきている。これらの中でとくに前者においては、吸水体の吸水性能とともに、吸水体を含む製品の軽量化が実用上極めて重要である。本研究においては、粉末状吸水性樹脂(SAP)に微細フィブリル化セルロ−ス(MFC)を複合させるとともに、それをシート状に成形することにより、既存吸収体とは全く異なる高性能吸収体を開発することを目的とした。

 SAP/MFC複合体シートの基本的なコンセプトとしては、吸水速度は非常に遅いものの保水値の大きなSAP粒子の表面を、保水値は非常に小さいが、吸水速度は非常に大きなMFCで被覆した状態とし、これを支持体層と表面起毛状層の2層構造を有する不織布(NW)に担持させた構造を想定し、その製造条件について詳細に検討している。SAPとしては逆相懸濁重合および水溶液重合により調製した2種のポリアクリル酸系樹脂の部分架橋体を、またMFCとしては広葉樹晒クラフトパルプをフィブリル化装置"ス−パーグラインデル"および高圧ホモジナイザーで処理したものを使用している。その結果、各種の含水溶媒中にSAPおよびMFCを所定濃度で分散させた共分散スラリーを調製し、これをNW上にコ−ティングする方法に基づき、含水溶媒の含水率、SAPおよびMFCの分散方法を最適化することによって、良好な結果が得られることを見出している。SAPは含水溶媒中では高分子ヒドロゲルとして挙動しており、溶媒種、含水率、温度などによって不連続な相転移現象を示し、条件によってはガム状態となる。各種の検討結果から適切な条件としては溶媒の非誘電率24以上、含水率40%程度、温度25℃以下、溶媒としてはエタノ−ル、メタノール、プロピレングリコ−ルを挙げている。一方、一定濃度以上のMFCは水あるいは含水溶媒中でゲル状分散体として安定に存在するが、その最低濃度を示す臨界安定濃度が水中では0.5%程度、含水有機溶媒中では0.3%程度であり、含水有機溶媒中でより安定に存在することを見出している。また、SAPとMFCの共分散系においては、微細繊維状で分散するMFCによって、SAP粒子相互の接合が防止され、安定な分散状態と均一流動性を与えることを明らかにしている。さらに、MFCはその高い抱水性により分散媒体中の水分を保持するため、SAPの膨潤が抑制されること、共分散系では単独分散系に比較して分散体が安定に存在する溶媒組成範囲が広がることを見出している。

 SAP/MFC共分散系に関する基礎的検討を踏まえて、SAP/MFC/NW複合体シ−トの連続成形技術の開発を試みている。分散スラリ−の調製条件を、SAP:20.0%、MFC:0.6%、分散媒体としてエタノ−ル/水=70/30、温度:20℃とし、コーティング装置におけるスラリ−ヘッド差およびゲ−トクリアランスを調整することによって、約20m/min以上の速度で安定的にNWシ−ト上に成形が可能であることを見出している。これによって得られる吸水体の加圧時生理食塩水吸収量は、従来品のそれが16g/g程度であるのに対して、25−28g/gと飛躍的に高い。これは吸水力の大きなSAPの表面がMFCによって被覆されることによって、吸水材の83%を占める状態でも安定に存在していることによっていると考えられる。このようにして調製された吸水体の単位面積当たりの重量および厚さは、それぞれ従来品が600-800g/m2および 2-6mmであるのに対して、150-250g/m2および 0.4-0.6mmと格段に軽量化されており、急速に需要が増大している生活用品への利用を考えるならば、極めて優れた吸水材の開発に成功しているといえる。

 以上、本研究は高吸水性樹脂と微細フィブリル状セルロ−スの複合化による、両者の特質を活かした高機能性吸水材の開発を示したものであり、木材化学の応用上極めて有用であり、審査委員一同は申請者が博士(農学)に相当すると判断した。

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