学位論文要旨



No 216069
著者(漢字) 許,武悦
著者(英字) Huh,Mooyul
著者(カナ) ホ,ムヨル
標題(和) 韓国におけるコメ貿易政策の経済分析 : ゲーム理論と製品差別化論によるアプローチ
標題(洋) Economic Analysis of Policy Options for Korea's Rice Trade : Game Theoretic and Product Differentiation Approaches
報告番号 216069
報告番号 乙16069
学位授与日 2004.09.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16069号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 生源寺,眞一
 東京大学 教授 八木,宏典
 東京大学 教授 本間,正義
 東京大学 助教授 松本,武祝
 東京大学 助教授 中嶋,康博
内容要旨 要旨を表示する

 韓国のコメ市場が開放されたならば、その市場構造は国産米と輸入米で構成された寡占状態になるとみてよいだろう。寡占的競争が起こる理由としては、(相互に関連する)3つの理由がある。すなわち(1)政府による米価の操作、(2)農家間の連携、(3)販売と研究における規模の経済性、である。それゆえに、韓国およびコメ輸出諸国は、おのずと強い相互依存関係を有することになる。このような意味で、コメ市場の開放をめぐる政治交渉や経済行動の分析については、戦略的な意思決定過程を分析するためのゲーム理論がまさに利用できるであろう。

 韓国コメ市場が開放されたならば、その影響は相当なものとなることが、同質財クールノーモデルの分析から明らかになった。外国産米は、韓国内市場の17%から45%を占めることになると推計された。その市場シェアは、関税率、補助金、為替レートによって変わってくる。国産米の市場シェアは、補助金に比べて関税率からより強い影響を受けることになる。そして農業部門がこうむる生産額の減少は、1兆7,530億ウォンから4兆5,470億ウォンになると推計された。ただし、為替レートの水準によっては、実は関税収入が農業生産額の損失を上回るかもしれないのである。

 さらに、本研究の拡張型モデルは、外国産米の品質が市場シェアに影響することを明らかにした(そこで「品質」は「代替可能性パラメータ」としてモデルに組み込まれた)。この「代替可能性」が低下すると、国産米の市場シェアは上昇していく(もちろん外国産米シェアは低下する)。この結果からすると、韓国人の味覚に照らしてみて外国産米の品質が非常に低かったならば、たとえ市場開放をしても、その影響は些細なものになりうるのである。

 3国(韓国、中国、アメリカ)間クールノーモデルによる分析によれば、韓国内市場における海外生産者のシェアは22%から54%を占めることになった。ただし、先導者=追随者モデルによる分析によれば、そのシェアは8%から20%となり、その大半は中国からの輸入米となることが明らかになった。中国に比べると、韓国市場におけるアメリカの競争力は劣る。為替レートが1ドル当たり1,200ウォンよりもドル高になると、たとえ関税相当額が低くても、アメリカ産のコメは韓国市場で優位にたてないであろう。

 国内市場における外国産米販売の目標量もしくは目標市場割合を定める自主的輸入拡大が、価格、供給量および経済厚生に与える影響についても検討を行った。分析結果からは、市場シェア目標型の自主的輸入拡大によって市場開放が進められた場合には、韓国内のコメ市場の性質が著しく変わってしまうことが明らかになった。自主的輸入拡大の導入は、コメ国内市場の寡占的構造を進めることになる。そして、国内市場での供給数量は、国内生産の限界費用でも国内生産者の数でもなく、海外の2輸出国の限界費用によって規定されているのである。もし海外生産者の限界費用が国内の生産者のそれに比べて著しく低いということになれば、自主的輸入拡大によって市場開放をした場合、国内米価はより低下することになるだろう。しかし、たとえこの時の米価が輸入制限していた場合よりも低くなったからといっても、自主的輸入拡大は市場競争を促進したことを意味しない。分析結果によれば、いったん自主的輸入拡大が導入されてしまえば、外国産米の市場シェアが上昇していくにつれて、国内の出回り量が減少し市場米価が上昇してしまうのである。

 韓国コメ輸入政策において留意すべき要素は、ジャポニカ種の取引規模であり、ジャポニカ種の輸出国がどの程度生産・販売できるかに掛かっている。日本のコメ政策に大きく影響することになるジャポニカ種の貿易規模は、130万トンから270万トンの範囲であった。そのあたりで関税化かミニマム・アクセスの拡大かを選択することになる。一方、韓国のコメ政策を左右することになるジャポニカ種の貿易規模は、90万トンから190万トンとなるであろう。

 韓国の消費者の嗜好を基準にコメの品質を評価するため、外見、におい、味、食感といった官能検査指標を用いながら、コンジョイント分析とロジット分析の2手法を採用し、両者による分析結果の比較を行った。コンジョイント分析の結果によると、4つの属性のうち、食感が消費者にとっての調理品質基準に最も影響する要素となっていて、調理済みのコメに対して覚える満足度の約34%が説明されることが明らかになった。味と外見については、それぞれ28%と27%となっていた。最も総合品質が高いと評価されたコメは、全ての属性が高水準での組み合わせになっているもので、そのようなコメが市場に出回る確率は2.853%であり、一方、全属性が低水準である最も評価の低いコメの出回る確率は0.407%であった。そして、全ての属性が中水準となるのは、1.238%であった。これらの結果が示しているように、高品質米と低品質米との間の価格差はわずかなのだが、販売シェアには相当に大きな違いがあるのである。このことから、韓国の稲作が生き残るためには、国産米の品質を高め、品質の等級化に基づいた価格の違いを実現することが、重要な課題となっている。なお、ロジット分析の結果からも、韓国人にとって、すべての属性の中で食感が最も重要なコメの属性であった。

 コメ市場を開放しないことは韓国内のコメ生産者からすれば最善の政策であるのかもしれないが、それを続けることはもはや困難であり、次善の選択をせざるを得ない。短期的には、ミニマム・アクセスの拡大といった、部分開放が韓国にとって最善の政策となるだろう。なぜならば、コメ市場が完全に開放されれば、韓国の国民経済的にも大きな損失を与え、かつ多数の農家を市場から追い出すことになるからである。しかしながら、より市場志向型をめざし、さらに国際貿易制度と協調していくことは、長期的に見て韓国のコメ生産者にとっても重要なことである。

 韓国は、関税化ではなくミニマム・アクセスを選択することで、最大でも国内全消費の8%分の輸入にとどめられる。日本と台湾は、ミニマム・アクセスによる義務輸入量が全消費のそれぞれ7.2%および8%を超えた時点で、ミニマム・アクセス制度を放棄することになったのであるから、8%は韓国にとって選択する際の基準線になるであろう。しかし、国内でのコメの消費量が下落している現在、たとえ上限が8%であっても、政府が国内市場をバランスさせるのはかなり難しいのではないかという懸念が拡大している。8%の上限量は、2010年になると国内総消費量の12%に相当すると推定されるのである。

 中国を除くコメ輸出諸国は、現実的かつ安定的な制度によって自らの輸出量が保証されている限り、韓国が市場自由化を進めるかどうかにはあまり関心がないように見受けられる。本研究の検討結果から、これまで準備が進められてきた関税化や拡張型ミニマム・アクセスなどの政策でなく、むしろ自主的輸入拡大が、韓国にとってもう一つの選択肢となりうることを提示した。自主的輸入拡大の導入によって、コメ輸出国が極端に大きな市場シェアを占めることがなければ、消費者余剰、生産者の利益、政府の関税収入の和として定義される総経済厚生は改善されることが示されたのである。例えば、自主的輸入拡大が輸出国に10%程度の市場シェアを与えたとしても、韓国にとってパレート改善することになるのである。

審査要旨 要旨を表示する

 米をめぐる貿易のありかたは、韓国においても食料・農業政策上もっともセンシティブな問題であり、ときとして内政と外交の両面で鋭い政治的な対立を生んできた。一方、米の貿易政策については、国際的な枠組みを決定する多国間交渉の場においても、あるいは決定された枠組みにもとづく政府のアクションに関しても、一定の選択肢が存在する。本論文は、こうした米貿易の意思決定問題について、ゲーム理論による数量分析を展開し、あわせて国産米の優位性を左右する製品差別化に関する計量経済分析を提示したものである。

 序論に当たる第1章では、米の貿易問題の性格を整理するとともに、論文のねらいと構成を述べている。続く第2章では、数量分析の準備として韓国の米経済と米政策の推移を概観している。そのうえで、政府による価格管理、生産者協同組織の機能、さらに高い参入障壁の存在のもとで、米の貿易問題を国際的な寡占モデルによって解明することの意義が示される。

 第3章に始まる3つの章では、政府の意思決定問題の構造について、それぞれに異なった角度から数量的な分析を提示している。第3章では、まずベースラインの分析として、国産米保護の手段に関税・生産者補助金・為替レートの3つを想定したうえで、韓国と外国の二人ゲームによるクールノー解が示される。結果は、想定された保護の水準に応じて、米市場の17%から45%を輸入米が占めるというものであった。続いて、同じモデルに代替性パラメターを組み込むことで品質格差の効果を評価し、製品差別化戦略の有効性を示した。さらにプレーヤーを韓国・合衆国・中国の三者とするクールノー解の分析を通じて、国際市場の競争構造の高まりが輸入米増加につながる関係が明らかにされた。

 第4章では、一定の米輸入目標を自発的に設定する戦略(VIE)を取り上げて、国内市場の価格や国民の経済厚生に与える効果を分析している。モデルは、N人のプレーヤーからなる韓国生産者と輸出2国(合衆国・中国)によるクールノー型ゲームである。分析の結果、VIEが閉鎖市場に比べて消費者余剰の増大につながる関係に加えて、シェアの設定水準如何では国内生産者の経済厚生も改善されるとの興味深い命題が導かれた。続く第5章は輸入国側の相互依存関係の分析であり、用いられたモデルは韓国と日本の輸入2国をプレーヤーとし、ミニマムアクセスの設定と市場開放を戦略とする非協力ゲームである。支配戦略したがって均衡解は設定されたアクセス数量に対応して変化するが、韓国の立場からは、戦略の移行域としてミニマムアクセス90万トンから190万トンの領域がクリティカルであると判定された。

 第6章では、第3章で製品差別化戦略の有効性が明らかにされたことを受けて、韓国の消費者の米品質に対する評価について、詳細な計量経済分析を行っている。取り上げられた品質要素は外観・香り・食味・食感の4つであり、計測にはコンジョイント分析とロジット分析が用いられた。さまざまなファインディングスが得られているが、なかでも食感が消費者の効用を左右する最大のファクターであること(寄与率34%)など、選好の基本構造が明らかにされた点が興味深い。また、仮想的な高質米と低質米の市場シェアの予測値には顕著な開きが観察された。この結果は、製品差別化による非価格競争の有効性を消費者選好の観点から支持している。

 以上を要するに、本論文は米の貿易政策をめぐる意思決定について、ゲーム理論を駆使して多角的な分析を行ったものであり、農産物の輸出入をめぐる戦略研究として先駆的な役割を果たした。加えて、米の品質評価をめぐる研究はこの分野における韓国初の計量経済分析である。このように、本論文によって得られた成果は学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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