学位論文要旨



No 216073
著者(漢字) 岡田,茂満
著者(英字)
著者(カナ) オカダ,シゲミツ
標題(和) α,β-不飽和N-アシルピロールを単座配位型エステル等価体とした触媒的不斉1,4-付加反応の開発
標題(洋)
報告番号 216073
報告番号 乙16073
学位授与日 2004.09.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16073号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 助教授 眞鍋,敬
 東京大学 助教授 金井,求
内容要旨 要旨を表示する

 α,β-不飽和ケトンに対する求核剤のエナンチオ選択的1,4-付加型反応は、多くのグループにより成功例が報告されている。しかしながら、より有用性の高いと考えられるα,β-不飽和エステルに対する触媒的不斉1,4-付加反応は、報告例が少なく、現在も大きな課題となっている。その理由としては、α,β-不飽和エステル自体の反応性がα,β-不飽和ケトンに比べ低いことが挙げられる。こうした問題点を解決するため、これまでに、いくつものエステル等価体が考案されてきた(Figure 1)(a)。これらの化合物は、不斉ルイス酸触媒に2座配位し、不斉誘起されると考えられている。一方、α,β-不飽和ケトンは(Figure 1)(b)に示すように単座配位形式をとると予想される。このため、α,β-不飽和ケトンに対して最適化された不斉触媒は2座配位型のエステル等価体ではうまく機能しないことが多い。私は単座配位形式をとり、かつ高い反応性を有するα,β-不飽和エステル等価体を新規に開発することができるならば、従来、α,β-不飽和ケトンに対して最適化された不斉触媒の多くを構造修飾することなくそのまま活用することが可能となり、エナンチオ選択的1,4-付加反応において極めて有効な基質となると考え、研究に着手した。

1) α,β-不飽和N-アシルピロールの合成

 私は、α,β-不飽和N-アシルピロールがFigure 2に示す特性を兼ね備えていることに着目し、有効な単座配位型エステル等価体となるのではないかと考えた。新たに合成したWittig試薬を用いることで様々なアルデヒドとの反応により多種のα,β-不飽和N-アシルピロールを効率よく合成するルートを確立した(Scheme 1)。

2) α,β-不飽和N-アシルピロールの触媒的不斉エポキシ化反応

 柴崎研究室では、これまでにランタノイド-BINOL錯体を触媒とした、α,β-不飽和ケトン、α,β-不飽和カルボン酸イミダゾリド、α,β-不飽和カルボン酸アミドの触媒的不斉エポキシ化反応の開発に成功している。私は、α,β-不飽和N-アシルピロールの反応性を検討すべく触媒的不斉エポキシ化への適用を試みた(Table 1)。配位子をH8-BINOLにした最良の触媒を用いると生成物の光学純度は99%eeまで向上した。添加剤としてはPh3As(O)あるいはPh3P(O)が有効であった。またクメンヒドロパーオキシドを酸化剤に用いても反応は良好に進行した。さらに触媒量の低減化を試みた結果、添加剤にPh3As(O)を用いた場合には最高0.02mol%にまで低減化することに成功した。またこの際も反応は1.5時間で完結し触媒回転速度は3000/h以上に達した。これは従来法の1000倍以上の結果である(Table 2)。

3)連続的Wittig-触媒的不斉エポキシ化反応

 Wittig反応は、反応時に廃棄物Ph3P(O)を1当量産生する。一方、触媒的不斉エポキシ化反応において、Ph3P(O)は、反応速度、反応選択性を向上させる有用な添加剤であることが知られている。私は、この2つの反応を連続してワンポットで行うことでWittig反応の副生物Ph3P(O)を触媒的不斉エポキシ化反応の有用な添加剤として活用できないかと考え検討した。(Table 3)に種々のアルデヒドでの連続反応の結果を示した。各種アルデヒドから良好な化学収率と不斉収率にてエポキシドを得ることができた。

4) α,β-不飽和N-アシルピロールへのケトンの直接的触媒的不斉マイケル付加反応

 単座配位型エステル等価体としてのα,β-不飽和N-アシルピロールの有用性をさらに示すため、Et2Zn/linked-BINOL錯体触媒による、ヒドロキシケトンの直接的触媒的不斉マイケル付加反応の検討をおこなった。β位に芳香環、またはヘテロ芳香環で置換されたα,β-不飽和N-アシルピロールを基質としたマイケル付加反応は、ジアステレオ選択性(81/19-95/5)、収率(74-97%)、鏡像体過剰率(88-95%)と高い値を与えた(Table 4)。この反応は、最初のα,β-不飽和カルボン酸誘導体への直接的触媒的不斉マイケル付加反応である。

5) N-アシルピロールの官能基変換

 α,β-不飽和N-アシルピロールが単座配位型エステル等価体として高い反応性を示すことが確認されたが、一方で、N-アシルピロール基が容易に変換することができなければその有用性は十分とは言えない。そこで各種変換反応を検討した(Scheme 2)。まずEvansらの方法を用いて、炭素求核剤との反応を検討した。sp3,sp2,sp炭素アニオンからエポキシケトン類を74から88%で得ることができた。また段階的に還元処理をおこなうことで、エポキシアルコールが72%の収率で得られた。LiBH4で還元して得られる中間体を、Masamune-Roushの条件でのHorner-Wadsworth-Emmons反応をおこなうことで、エポキシ不飽和エステルへ変換できた。またエタノール溶媒中、EtSLiを共存させることでエチルエステルに96%で変換できた。また、天然物合成の既知フラグメント合成への応用も行った。

結語

1) α,β-不飽和 N-アシルピロールが単座配位型のα,β-不飽和エステル等価体であることを触媒的不斉マイケル付加型反応の実例をもとに示した。またα,β-不飽和ケトンで展開された、不斉触媒反応系が、適用できることを見出した。

2) 触媒的不斉エポキシ化反応については、

(i) 触媒量の低減化に成功した(最高0.02mol%)。

(ii) より温和で安全性の高いCMHPを酸化剤に用いることが可能となった。

(iii) 連続的Wittig-触媒的不斉エポキシ化の開発に成功し、アルデヒドからワンポットでの光学活性エポキシドの合成が可能となった。

3) 基質としてα,β-不飽和エステル等価体を用いた初めての直接的触媒的不斉マイケル付加反応に成功した。

4) N-アシルピロールの官能基変換をおこない、エステル等価体としての有用性を示した。また天然物フラグメント合成への応用をおこなった。

Figure 1. Various α, β-Unsaturated Ester Surrogates

Figure 2. α,β-Unsaturated N-Acylpyrrole as Monodentate Ester Surrogate

Scheme 1. Wittig Olefination of Various Aldehydes.

Table 1. Catalytic Asymmetric Epoxidation Reaction of α,β-Unsaturated N-Acylpyrrole.

Table 2. Catalytic Asymmetric Epoxidation Reaction of α,β-Unsaturated N-Acylpyrrole with Reduced Catalyst Loading.

Table 3. Sequential Wittig-Catalytic Asymmetric Epoxidation Reaction

Table 4. Direct Catalytic Asymmetric Michael Reaction of Hydroxyketone Promoted by Et2Zn/linked-BINOL Complex.

Scheme 2. Transformations of N-Acylpyrrole Unit.a

aConditions: (i) t-butyl acetate, LDA, THF, -78℃, 10min; then DBU, CH2Cl2, 25℃ ,20 min, y. 74% (2 steps); (ii) PhLi, THF, -78℃, 10 min; then DBU, CH2Cl2, 25℃, 20 min, y. 88% (2 steps); (iii) n-BuLi, 1-pentyne, THF, -78℃, 10 min; then DBU, CH2Cl2, 0℃, 10 min, y. 84% (2 steps); (iv) LiBH4, THF, 0 to 25℃, 1 h; then NaBH4, 25℃, 4 h, y. 72% (2 steps); (v) LiBH4, THF, 25℃, 5 min; then (EtO)2P(O)CH2CO2Et, LiCl, DBU, 25℃, 4 h, y. 69% (2 steps); (vi) EtSLi, EtOH, 25℃, 2 h, y. 96%.

審査要旨 要旨を表示する

 α,β-不飽和ケトンに対する求核剤のエナンチオ選択的1,4-付加型反応は、多くのグループにより成功例が報告されている。しかしながら、より有用性の高いと考えられるα,β-不飽和エステルに対する触媒的不斉1,4-付加反応は、報告例が少なく、現在も大きな課題となっている。その理由としては、α,β-不飽和エステル自体の反応性がα,β-不飽和ケトンに比べ低いことが挙げられる。こうした問題点を解決するため、これまでに、いくつものエステル等価体が考案されてきたがその多くは不斉ルイス酸触媒に2座配位し、不斉誘起されると考えられている。一方、α,β-不飽和ケトンは単座配位形式をとると予想される。このため、α,β-不飽和ケトンに対して最適化された不斉触媒は2座配位型のエステル等価体ではうまく機能しないことが多い。岡田茂満は単座配位形式をとり、かつ高い反応性を有するα,β-不飽和エステル等価体を開発することを目標とし研究を行った。

1) α,β-不飽和N-アシルピロールの合成

 岡田茂満は、α,β-不飽和N-アシルピロールがFigure 1に示す特性を兼ね備えていることに着目し、有効な単座配位型エステル等価体となるのではないかと考えた。新たに合成したWittig試薬を用いることで様々なアルデヒドとの反応により多種のα,β-不飽和N-アシルピロールを効率よく合成するルートを確立した。

2) α,β-不飽和N-アシルピロールの触媒的不斉エポキシ化反応

 α,β-不飽和N-アシルピロールの反応性を検討すべく触媒的不斉エポキシ化への適用を試みた結果、配位子をH8-BINOLにした最良の触媒を用いると生成物が光学純度99%eeにて得られた。また酸化剤としてはtert-ブチルヒドロパーオキシド以外にも、より安全性の高いクメンヒドロパーオキシドが適用可能であった。これは実用性の高い反応開発という点で重要であった。さらに触媒量の低減化を試みた結果、添加剤にPh3As(O)を用いた場合には最高0.02mol%にまで低減化することに成功した。またこの際も反応は1.5時間で完結し触媒回転速度は3000回/h以上に達した。これは従来法の1000倍以上の結果であった(Table 1)。この結果は触媒的不斉反応の工業規模での適用を考えた場合、極めて重要である。

3)連続的Wittig-触媒的不斉エポキシ化反応

 Wittig反応は、反応時に廃棄物Ph3P(O)を1当量産生する。一方、触媒的不斉エポキシ化反応において、Ph3P(O)は、反応速度、反応選択性を向上させる有用な添加剤であることがわかっていた。岡田茂満は、この2つの反応を連続してワンポットで行うことでWittig反応の副生物Ph3P(O)を触媒的不斉エポキシ化反応の有用な添加剤として活用することに成功した。各種アルデヒドから良好な化学収率と不斉収率にてエポキシドを得ることに成功した(Table 2)。

4) α,β-不飽和N-アシルピロールへのケトンの直接的触媒的不斉マイケル付加反応

 単座配位型エステル等価体としてのα,β-不飽和N-アシルピロールの有用性をさらに示すため、Et2Zn/linked-BINOL錯体触媒による、ヒドロキシケトンの直接的触媒的不斉マイケル付加反応の検討をおこなった。β位に芳香環、またはヘテロ芳香環で置換されたα,β-不飽和N-アシルピロールを基質としたマイケル付加反応は、ジアステレオ選択性(81/19-95/5)、収率(74-97%)、鏡像体過剰率(88-95%)と高い値を与え、初のα,β-不飽和カルボン酸誘導体への非修飾ケトンの直接的触媒的不斉マイケル付加反応に成功した。

5) N-アシルピロールの官能基変換

 α,β-不飽和N-アシルピロールが単座配位型エステル等価体として高い反応性を示すことが見い出されたが、一方で、N-アシルピロール基を容易に変換することができなければその有用性は十分とは言えない。岡田茂満はN-アシルピロール基の有用性を実践するため、各種変換反応を検討、新規変換法の開発を行った。また、天然物合成の既知フラグメント合成への応用も行った。

以上の結果は創薬プロセス化学研究に対し重要な貢献をすると考え、博士(薬学)に十分相当する研究成果と判断した。

Figure 1. α,β-Unsaturated N-Acylpyrrole as Monodentate Ester Surrogate

Table 1. Catalytic Asymmetric Epoxidation Reaction of α,β-Unsaturated N-Acylpyrrole with Reduced Catalyst Loading.

aTBHP in decane was used. bAnhydrous TBHP in toluene (dried with MS 4A) was used.

Table 2. Sequential Wittig-Catalytic Asymmetric Epoxidation Reaction

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