学位論文要旨



No 216074
著者(漢字) 加藤,幸成
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,ユキナリ
標題(和) 血小板凝集因子Aggrusの分子生物学的解析とその臨床応用
標題(洋)
報告番号 216074
報告番号 乙16074
学位授与日 2004.09.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16074号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鶴尾,隆
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 助教授 内藤,幹彦
 東京大学 助教授 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

 癌の転移において、癌細胞と血小板の相互作用が重要な役割をしている。Tsuruoらにより、マウスの結腸癌細胞株colon adenocarcinoma 26を繰り返し実験的肺転移させることにより、高転移性株であるNL-17細胞と低転移性株であるNL-14細胞が取得された。さらにNL-17細胞に高反応性を示し、NL-14細胞には低反応性のモノクローナル抗体8F11抗体が取得された。8F11抗体は44kDaの糖タンパク質であるAggrus (gp44)を認識した。NL-17細胞はマウスの血小板凝集を引き起こすが、8F11抗体をその凝集系に加えると、その血小板凝集が阻害された。さらに、NL-17細胞の実験的肺転移が8F11抗体の投与により阻害された。このことから、Aggrusにより血小板が凝集され、その結果、NL-17細胞の肺転移が起こることが示唆された。NL-17細胞より精製されたAggrusは血清因子非存在下で血小板凝集を引き起こし、O-結合型の糖鎖が多く付加されていることがわかった。本研究では、Aggrus遺伝子をクローニングし、分子生物学的手法を用いてAggrusの機能解析を行った。

 Aggrusは細胞膜に発現するsialoglycoproteinであり、その分子量や発現部位などの生化学的特徴の類似性から、T1α/podoplaninという分子と同一である可能性が考えられた。T1αはI型肺胞上皮細胞のマーカーとして、podoplaninはリンパ管のマーカーとして広く使われている。まず、Aggrusを発現しており、血小板凝集能のあるNL-17細胞において、RT-PCR法を用いてT1α/podoplaninのmRNAの発現を確認した。その結果、Aggrusの発現量がNL-17細胞より少ないNL-14細胞では、T1α/podoplaninのmRNA発現量が少ないことが確認された。そこで、NL-17細胞よりT1α/podoplanin遺伝子をクローニングし、CHO細胞に導入した株(CHO/mAGR)を樹立した。8F11抗体を用いたWestern-blot法により、CHO/mAGRに約44kDaの蛋白が確認された。さらにNL-17細胞にT1α/podoplaninのsiRNAを導入すると8F11抗体による認識が抑制された。また、CHO/mAGRによるマウスの血小板凝集が認められ、この血小板凝集反応は8F11抗体により完全に抑制された。以上より、T1α/podoplaninがAggrusと同一分子であることが確認された。同様に、ヒト肺のcDNAライブラリーからヒトAggrusをクローニングし、CHO細胞にstableに発現させたクローン(CHO/hAGR)を作製したところ、CHO/hAGRによってもヒト血小板が凝集することが確認された。CHO/mAGRはマウス血小板だけでなくヒト血小板も凝集させ、CHO/hAGRもヒト血小板だけでなくマウス血小板を凝集させた。また、CHO/hAGRをヌードマウスに尾静注したところ、CHO/mockに比べ有意に肺転移をおこした。

 8F11抗体はマウスAggrus(mAggrus)による血小板凝集を中和するため、mAggrusの活性部位を認識していると推測された。また、糖鎖除去により血小板凝集活性が失活することから、8F11抗体の認識部位は糖鎖そのものか、あるいは糖鎖付加部位の近傍に位置するペプチド鎖であることが予想された。大腸菌に発現させたmAggrusが8F11抗体で認識されたことから、8F11抗体の認識部位が糖鎖ではないことがわかった。そこで、mAggrusの活性部位を同定するため、大腸菌にmAggrusのdeletion mutantを発現させたところ、8F11抗体はmAggrusの39-DGMVPP-44のペプチド部分を認識した。さらに、mAggrusのG40A(Gly40→Ala)、M41A、V42A、P43Aのpoint mutantは8F11抗体に認識されず、39-DGMVPP-44が8F11抗体のエピトープであることが確認された。39-DGMVPPGIE-47の合成ペプチドは予想通り8F11抗体に認識されたが、合成ペプチド単独では血小板凝集活性を示さなかった。また、大腸菌に発現させたAggrusによっても血小板凝集誘導活性が認められなかった。従って、Aggrusによる血小板凝集活性には糖鎖の付加が必要であることが示され、8F11抗体がmAggrusの39-DGMVPP-44に結合し、このペプチド鎖の近傍に結合しているO-糖鎖に対する立体障害により、血小板凝集活性を阻害するのではないかと考えられた。

 次に、8F11抗体のエピトープ近傍のThrをAlaに置換したpoint mutantを作製した。その結果、T37A、T51A、T52Aは血小板凝集活性を示したのに対し、T34Aは血小板凝集活性を示さなかった。マウス、ヒト、ラット、イヌのAggrusについて、アミノ酸配列の比較を行ったところ、マウスのThr34を含むEDXXVTPGという配列(マウスでは29-EDDIVTPG-36)が種を越えて保存されていることが判明した。hAggrusでは、T52Aは血小板凝集活性を示さなかった。そこで、このEDXXVTPG配列をPLAG(Platelet Aggregation-stimulating)domainと命名した。

 mAggrusはマウス大腸癌細胞に高発現しており、その発現量は正常のマウス大腸における発現量よりも多いことがわかっていた。hAggrusの発現についても、Cancer Profiling Array(BD Biosciences Clontech)を用いて検討した。その結果、hAggrusは、直腸、結腸、小腸のほとんどすべての症例でそれぞれの正常組織に比べ癌部で発現が有意に上がっていることが示された。hAggrusのTumor/Normal(T/N)比の平均は、直腸3.2(n=7)、結腸2.8(n=10)、小腸3.9(n=10)であった。それに対し、他の臓器の腫瘍では患者ごとにhAggrusの発現にばらつきがあり、後述の精巣を除きT/N比の平均値は1.5以下で低値であった。さらに大腸癌でのhAggrusタンパクの発現を確認するために、hAggrusの38-51番目のアミノ酸配列のペプチドを免疫し、抗hAggrusポリクローナル抗体(TT679)を作製した。TT679抗体はヒト大腸癌の切片に高反応性を示した。

 次に、精巣胚細胞腫瘍の中で、セミノーマ、胎児性癌におけるhAggrusの発現を調べた。まず、Cancer Profiling Arrayやreal-time PCR法によって検討したところ、精巣胚細胞腫瘍では正常精巣組織に比べhAggrusの高い発現が見られ、T/N比の平均値は4.3(n=10)であった。TT679抗体による免疫組織染色では、11例中10例(90.9%)のセミノーマに高い染色性を示したのに対し、4例の胎児性癌には全く染色性を示さなかった。この結果より、hAggrusが精巣腫瘍の中でもセミノーマ特異的に発現していることが示された。セミノーマは精巣胚細胞腫瘍の中で唯一放射線感受性が高いため予後が良く、早期診断は臨床上重要である。セミノーマに対する特異的マーカーはなく、hAggrusがセミノーマの特異的マーカーとして臨床的に有用である可能性がある。

次に、各腫瘍を組織型別に分類し、T/N比を比較した。肺癌においては、T/N比の平均は1.6(n=30)であるが、肺癌を組織型別に分類してhAggrusの発現を比較したところ、扁平上皮癌では腺癌に比べhAggrusの発現が有意に高いことがわかった。肺扁平上皮癌ではT/N比の平均値が2.2(n=15)であるのに対し、腺癌ではT/N比の平均値は0.9(n=12)であった。さらに、TT679抗体を用いた免疫組織染色では、8症例中7症例の扁平上皮癌(87.5%)が陽性であったのに対し、腺癌については13症例中2症例(15.4%)のみが陽性であった。この結果は、肺扁平上皮癌の腫瘍マーカーのSCCやCYFRAよりも陽性率が高いものであった。これらの結果より、hAggrusは肺扁平上皮癌でのマーカーとして、また分子標的療法のターゲットとしても期待される。ヒト肺癌由来の樹立細胞におけるhAggrusの発現を調べたところ、肺扁平上皮癌のNCI-H226細胞にhAggrusが発現していることが、real-timePCR法、flow cytometry法により示された。それに対し、肺腺癌細胞であるA549細胞、NCI-H23細胞、NCI-H522細胞にはhAggrusの発現は認められなかった。NCI-H226細胞をマウス血小板と混ぜたところ、血小板凝集が引き起こされた。このことにより、NCI-H226細胞が血小板凝集活性を有しており、さらにin vivoにおける転移活性を持っている可能性が示唆された。

 以上の結果より、本研究では、癌細胞上に発現している血小板凝集因子Aggrusの遺伝子クローニングに成功し、分子生物学的研究によりAggrusの活性部位であるPLAG domainを明らかにした。Aggrusの血小板凝集活性には、PLAG domainに付加している糖鎖が重要であることも示唆された。さらに、hAggrusは大腸癌、肺扁平上皮癌、精巣セミノーマで特異的に発現していることが判明し、今後、癌の分子標的療法のターゲットとなることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 癌の転移において、癌細胞と血小板の相互作用が重要な役割を果たしている。Tsuruoらは、マウスの結腸癌細胞株colon adenocarcinoma 26を繰り返し実験的肺転移させることにより、高転移性株であるNL-17細胞と低転移性株であるNL-14細胞を取得した。さらにNL-17細胞に高反応性を示し、NL-14細胞には低反応性のモノクローナル抗体8F11抗体が取得された。8F11抗体は44kDaの糖タンパク質gp44を認識した。NL-17細胞はマウスの血小板凝集を引き起こすが、8F11抗体をその凝集系に加えると、NL-17依存的な血小板凝集が阻害された。さらに、NL-17細胞の実験的肺転移が8F11抗体の投与により阻害された。このことから、がん細胞膜の血小板凝集因子により血小板が凝集され、その結果、NL-17細胞の肺転移が起こることが示唆されている。NL-17細胞より精製されたこの因子は血清因子非存在下で血小板凝集を引き起こし、O-結合型の糖鎖が多く付加されていることがわかった。

 本研究では、この血小板凝集因子の遺伝子をクローニングし、この遺伝子産物を新たにAggrusと命名し、分子生物学的手法を用いて機能解析を行うと共に、ヒト腫瘍におけるAggrus発現を解析することにより以下の成果を得た。

1、血小板凝集因子Aggrusの遺伝子クローニング

 Aggrusは細胞膜に発現するsialoglycoproteinであり、その分子量や発現分布などの生化学的特徴の類似性から、T1α/podoplaninという分子と同一である可能性が考えられた。T1aはI型肺胞上皮細胞のマーカーとして、podoplaninはリンパ管のマーカーとして広く使われている。まず、Aggrusを発現しており、血小板凝集能のあるNL-17細胞において、RT-PCR法を用いてT1α/podoplaninのmRNAの発現を確認した。その結果、Aggrus蛋白の発現量がNL-17細胞より少ないNL-14細胞では、T1α/podoplaninのmRNA発現量が少ないことが確認された。そこで、NL-17細胞よりT1α/podoplanin遺伝子をクローニングし、CHO細胞に導入した株(CHO/mAGR)を樹立した。8F11抗体を用いたWestern-blot法により、CHO/mAGRに約44kDaの蛋白発現が確認された。さらにNL-17細胞にT1α/podoplaninのsiRNAを導入すると8F11抗体による認識が抑制された。また、CHO/mAGRはマウス血小板凝集を誘導し、この血小板凝集は8F11抗体により完全に抑制された。以上より、T1α/podoplaninがAggrusと同一分子であることが確認された。同様に、ヒト肺のcDNAライブラリーからヒトAggrusをクローニングし、CHO細胞に導入した株(CHO/hAGR)を作製したところ、CHO/hAGRによってもヒト血小板が凝集することが確認された。CHO/mAGRはマウス血小板だけでなくヒト血小板をも凝集させ、CHO/hAGRもヒト血小板だけでなくマウス血小板をも凝集させた。また、CHO/hAGRをヌードマウスに尾静注したところ、CHO/mockに比べ有意に肺転移をおこしていた。

2、血小板凝集因子Aggrusの活性部位の検索

 8F11抗体はマウスAggrus (mAggrus)による血小板凝集を中和するため、mAggrusの活性部位を認識していると推測された。また、糖鎖除去により血小板凝集活性が失活することから、8F11抗体の認識部位は糖鎖そのものか、あるいは糖鎖付加部位の近傍に位置するペプチド鎖であることが予想された。大腸菌に発現させたmAggrusが8F11抗体で認識されたことから、8F11抗体の認識部位が糖鎖ではないことがわかった。そこで、mAggrusの活性部位を同定するため、大腸菌にmAggrusのdeletion mutantを発現させたところ、8F11抗体はmAggrusの39-DGMVPP-44のペプチド部分を認識した。さらに、mAggrusのG40A(Gly40→Ala)、M41A、V42A、P43Aのpoint mutantは8F11抗体に認識されず、39-DGMVPP-44が8F11抗体のエピトープであることが確認された。39-DGMVPPGIE-47の合成ペプチドでも予想通り8F11抗体に認識されたが、合成ペプチド単独では血小板凝集活性を示さなかった。また、大腸菌に発現させたAggrusによっても血小板凝集誘導活性が認められなかった。従って、Aggrusによる血小板凝集活性には糖鎖の付加が必要であることが示され、8F11抗体がmAggrusの39-DGMVPP-44に結合し、このペプチド鎖の近傍に結合しているO-糖鎖に対する立体障害により、血小板凝集活性を阻害するのではないかと考えられた。

 そこで、8F11抗体のエピトープ近傍の糖鎖付加の可能性のあるThrをAlaに置換したpoint mutantを作製した。その結果、T37A、T51A、T52Aは血小板凝集活性を示したのに対し、T34Aは血小板凝集活性を示さなかった。マウス、ヒト、ラット、イヌのAggrusについて、アミノ酸配列の比較を行ったところ、マウスのThr34を含むEDXXVTPGという配列(マウスでは29-EDDIVTPG-36)が種を越えて保存されていることが判明した。hAggrusでは、T52Aは血小板凝集活性を示さなかった。そこで、このEDXXVTPG配列をPLAG (Platelet Aggregation-stimulating) domainと命名した。

3、ヒト腫瘍におけるAggrus発現の検討

 mAggrusはマウス大腸癌細胞に高発現しており、その発現量は正常のマウス大腸における発現量よりも多い。hAggrusの発現についても、Cancer Profiling Array(BD Biosciences Clontech)を用いて検討した。その結果、hAggrusは、直腸、結腸、小腸のほとんどすべての症例でそれぞれの正常組織に比べ癌部で発現が有意に上がっていることが示されている。hAggrusのTumor/Normal(T/N)比の平均は、直腸3.2(n=7)、結腸2.8(n=10)、小腸3.9(n=10)であった。それに対し、他の臓器の腫瘍では患者ごとにhAggrusの発現にばらつきがあり、後述の精巣を除きT/N比の平均値は1.5以下で低値であった。さらに大腸癌でのhAggrusタンパクの発現を確認するために、hAggrusの38-51番目のアミノ酸配列に相当するペプチドを免疫し、抗hAggrusポリクローナル抗体(TT679)を作製した。TT679抗体はヒト大腸癌の切片に高反応性を示した。

 次に、精巣胚細胞腫瘍の中で、セミノーマ、胎児性癌におけるhAggrusの発現を調べた。まず、Cancer Profiling Array やreal-time PCR法によって検討したところ、精巣胚細胞腫瘍では正常精巣組織に比べhAggrusの高い発現が見られ、T/N比の平均値は4.3(n=10)であった。TT679抗体による免疫組織染色では、11例中10例(90.9%)のセミノーマに高い染色性を示したのに対し、4例の胎児性癌には全く染色性を示さなかった。この結果より、hAggrusが精巣腫瘍の中でもセミノーマ特異的に発現していることが示された。セミノーマは精巣胚細胞腫瘍の中で唯一放射線感受性が高いため予後が良く、早期診断は臨床上重要である。セミノーマに対する特異的マーカーはなく、hAggrusがセミノーマの特異的マーカーとして臨床的に有用である可能性が示唆されていた。

 次に、各腫瘍を組織型別に分類し、T/N比を比較した。肺癌においては、T/N比の平均は1.6(n=30)であるが、肺癌を組織型別に分類してhAggrusの発現を比較したところ、扁平上皮癌では腺癌に比べhAggrusの発現が有意に高いことがわかった。肺扁平上皮癌ではT/N比の平均値が2.2(n=15)であるのに対し、腺癌ではT/N比の平均値は0.9(n=12)であった。さらに、TT679抗体を用いた免疫組織染色では、8症例中7症例の扁平上皮癌(87.5%)が陽性であったのに対し、腺癌については13症例中2症例(15.4%)のみが陽性であった。この結果は、肺扁平上皮癌の腫瘍マーカーのSCCやCYFRAよりも陽性率が高いものであった。これらの結果より、hAggrusは肺扁平上皮癌でのマーカーとして、また分子標的療法のターゲットとしても期待される。ヒト肺癌由来の樹立細胞におけるhAggrusの発現を調べたところ、肺扁平上皮癌のNCI-H226細胞にhAggrusが発現していることが、real-time PCR法、flow cytometry法により示された。それに対し、肺腺癌細胞であるA549細胞、NCI-H23細胞、NCI-H522細胞にはhAggrusの発現は認められなかった。NCI-H226細胞をマウス血小板と混ぜたところ、血小板凝集が引き起こされた。このことにより、NCI-H226細胞が血小板凝集活性を有しており、さらにin vivoにおける転移活性を持っている可能性が示唆された。

 以上、本研究は、癌細胞上に発現している血小板凝集因子Aggrusの遺伝子クローニングに成功し、分子生物学的研究によりAggrusの活性部位であるPLAG domainを明らかにした。さらに、Aggrusが大腸癌、肺扁平上皮癌、精巣セミノーマで特異的に発現していることを明らかにしたものであり、博士(薬学)の学位に値するものと判断した

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50134