学位論文要旨



No 216076
著者(漢字) 荒牧,慶夫
著者(英字)
著者(カナ) アラマキ,ヨシオ
標題(和) HIV-1感染症治療薬を指向した低分子CCR5拮抗薬の合成研究
標題(洋)
報告番号 216076
報告番号 乙16076
学位授与日 2004.09.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16076号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 夏苅,英昭
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 助教授 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

 HIV-1(human immunodeficiency virus type 1)はエイズの原因病原体として知られる。近年HIV-1感染症治療は逆転写酵素阻害剤とプロテアーゼ阻害剤とを用いる多剤併用療法により、血漿中ウイルスが検出限界以下になるという大きな効果をあげいる。しかし潜伏感染細胞は減少せずウイルスの低レベルでの増殖が存在すること、HIV-1が極めて変異しやすく薬剤耐性を獲得しやすいこと、薬剤の長期毒性、服薬コンプライアンスを遵守することの困難さ等から、新たな作用機序による薬剤の開発が依然として強く求められている。1996年にHIV-1は感染に際し、受容体CD4以外に第2の受容体(コレセプター)としてケモカインレセプター(CCR5,CXCR4)を利用していることが明らかとなった。またCCR5遺伝子における32塩基対の欠損変異(CCR5Δ32)により、HIV感染に対する強い抵抗性、あるいは病体進行の遅延が認められた。これらの欠損を持つ人々が健常人であることから、CCR5拮抗薬は新たな抗HIV薬として期待されている。

 [125I]-RANTESとCCR5発現CHO細胞を用いたスクリーニングにより、ビフェニル骨格と分極した極性基を有する化合物にCCR5結合阻害活性が見出された。そこで三級アミン(C)とその四級アンモニウム塩体(D)をデザインした。脂溶性ポケットに入るビフェニル基と受容体のカルボン酸と相互作用するアミンの配置をnとmにより調整すること、嵩高いアミンNR2R3を導入し四級アンモニウム塩を模倣すること、近傍の置換基との相互作用を増やすためにR1からR4とYを変換することを考えた。Cは経口吸収性の改善のために極性基の導入を計画し、高い活性が期待できるDは注射薬として研究を進めた。

 [6,7]-縮合環はカルボン酸(19,27,28)のFriedel-Crafts分子内閉環反応により構築した。得られたケトンを鈴木カップリングによりビフェニル体とした後、α位にエステル基を挿入して、β-ケトエステル(22,33,34)を得た。ケトンを還元後、水酸基をメシル化により脱離させα,β-不飽和エステルに導いた。加水分解してカルボン酸(24,37a,b)を得た。ベンゾオキセピン体ではオレフィンの形成が容易に進行したため、33を還元、エステル加水分解後、酸を用いて脱水し、36aに導いた。得られたカルボン酸をアニリン誘導体(52)と縮合して、三級アミン(56-63)を得た。ヨードメタンにより四級化し、四級アンモニウム塩体(64-70)に導いた(Chart 1)。

 合成化合物はCCR5結合阻害活性により評価した。四級アンモニウム塩をピペリジニウム基に固定して環のサイズの効果を比較した(Table 1)。65の活性は認められず、64,66,67は同程度の活性を示した。[6,7]-縮合環の導入により活性は10倍増強し(68a,69a)、脂溶性ポケットに入るビフェニル基と受容体のカルボン酸と相互作用するアンモニウム塩が、より適した位置に配置されたと考えている。

 環を[6,7]-縮合環に固定し、極性基をN-メチルピペリジニウム基を模したN-アルキル-N-メチルアミノ基に変換した。ベンゾシクロヘプテン体において、ピペリジノ基(60a)に替えてN-メチル-N-テトラヒドロピラニルアミノ基を導入したところ活性は向上した(60b)。N-メチル基をNエチル基に変換した場合は活性が減弱し(60c)、極性基近傍にN-メチル基を認識する小さな脂溶性ポケットが有ると推測している。ベンゾオキセピン体においてもN-アルキル-N-メチルアミノ基を導入したところ、ピペリジノ体(61a)と比べて活性が約10倍向上した(61b-e,g)。アミン間での差は小さいが、酸素原子を導入したテトラヒドロピラニル体(61e)がシクロヘキシル体(61d)を上回る活性を示し、脂溶性ポケット中に水素結合に関与する部位があると思われた(Table 2)。体内動態について61dはAUC0.19μg・h/ml(p.o.),BA15%を示したのに対し、61eはAUC3.1μg・h/ml(p.o.),BA66%と経口吸収性の改善が認められ、酸素原子の導入による極性の向上が経口吸収性の改善に結びついたと考えている。

 四級アンモニウム塩についても同様の変換を行った。N-メチルピペリジニウム基(69a)をN-アルキル-N,N-ジメチルアンモニウム基(69b-e,g,h)に変換することにより活性は10倍増強した。化合物間の差異が明確になり、より嵩高い分枝したアルキル基で高い活性を示した。なかでもテトラヒドロピラニル基が強い活性を示し(69e)、四級アンモニウム塩の場合も酸素原子が脂溶性ポケット内で水素結合に寄与していると考えられた。メチレン鎖1個伸張した69iの活性は減弱し、陽電荷の位置はベンジルアンモニウム塩型が望ましいものであった(Table 3)。

 脂溶性ポケット中のビフェニル基に極性基を導入し比較した。トリル基(61e)のピリジル基への変換では活性が大幅に減弱した(61j,k)。そこでビフェニル基を固定し、メチル基の変換を行った。ジメチルアミノ基(61l)、1-ピロリジニル基(61m)では活性が低下した。ピペリジノ基(61n)では活性は向上し、脂溶性ポケットにフィットしたピペリジノ基が窒素原子による活性の低下を打ち消したものと考えている。エチル基(61p)でも若干の活性の向上が認められ、比較的小さな基が望ましいと思われた。酸素原子の導入により極性の向上を図ったモルホリノ体(61O)、エトキシ体(61q)では活性は保持された。硫黄原子を導入した61r-tは、いずれの場合も活性は低下した(Table 4)。窒素原子(61j-m)や硫黄原子(61r-t)による極性基の導入では活性は大きく減弱したのに対し、酸素原子(61o,q)は活性を損なわずに脂溶性ポケット内に導入できると推測される。これらの化合物の体内動態は、61n,pがAUC0.95,0.72μg・h/ml(p.o.),BA39,50%を示したのに対し、61o,qはAUC3.2,5.0μg・h/ml(p.o.),BA60,43%と薬物動態の改善が認められた。酸素原子による極性の増加が寄与しているものと考えている。

 四級アンモニウム塩の場合、ピペリジノ体(69n>、エトキシ体(69q)では強い活性が保持された。モルホリノ体(69o)の活性は若干減少したものの、酸素原子の導入による活性の低下は少ないと考えている(Table 5)。

 置換基Yへのヘテロ原子の導入を行った。その結果、60b,62aに比べ、61e,62b,cと極性を増大させることにより活性の向上が認められた。そこで極性を有し、かつ近傍に存在する脂溶性ポケットと相互作用できるように修飾可能なベンゾアゼピン体を設計したところ、活性の向上が認められた。なかでも63b,cは強い活性を示した(Table 6)。ベンゾアゼピン1位近傍には極性基を認識する置換基があり、その先に脂溶性のポケットが有ると考えている。

 四級アンモニウム塩の場合は、68b,69e,70a,bいずれも同程度の強い活性を示し、[6,7]-縮合環上の置換基は活性に影響しないように思われた(Table 7)。

結晶性、溶解性等の物性、細胞毒性、合成経路等を考慮し、68bの塩化物イオン体(68c)を注射用精査化合物(TAK-779)として選定した。68cはCCR1,CCR3,CCR4拮抗活性を示さず、CCR2に対しては活性を示すものの、CCR5結合阻害活性と約20倍の乖離があり、CCR5選択的であった。MAGI-CCR5細胞、あるいは末梢血単核球細胞(PBMC)を用いたアッセイにおいて、HIV-1(Ba-L株,R5)の感染を強く阻害した(Table 8)。

 本研究において活性の向上には、1)基質とレセプターとの相互作用の質自体を強固にすること、2)距離の自乗に反比例する静電相互作用を強めること、3)新たな相互作用部位を見出すこと、の三つの要因が関与していると考えている。各要因には、1)強い相互作用を示す四級アンモニウム塩の導入、2)[6,7]-縮合環の導入による配置の最適化、3)N-メチルテトラヒドロピラニルアミン、N-置換ベンズアゼピンによる新たな相互作用の導入が対応する。その結果、当初は活性が認められなかった三級アミン体からも強い活性を示す63b,cを、四級アンモニウム塩体ではさらに強い活性を示す注射用精査化合物TAK-779(68c)を見出すことができた。

 テトラヒドロピラニル基の導入、ビフェニル基へのモルホリノ基やエトキシ基の導入で示されるように、脂溶性ポケット内でも酸素原子の導入による活性の低下はわずかで、酸素原子自体は活性に影響しないと考えられる。むしろ水素結合による活性の上昇と、さらに極性の上昇による経口吸収性の改善、代謝の阻害による血中濃度の維持が期待でき、構造変換において有用と考えている。

 注射用精査化合物(TAK-779)として選定した68cは選択的なCCR5拮抗活性を示し、MAGI-CCR5細胞あるいはPBMCを用いたアッセイにおいて、HIV-1(Ba-L株,R5)の感染、増殖を阻害することを確認した。低分子CCR5拮抗薬の抗HIV-1治療薬としての可能性を示すことができたと考えている。

Chart 1. Reagents:(a) PPA;(b) 4-MePhB(OH)2, cat. Pd(PPh3)4, K2CO3/toluene, H20, EtOH;(c) NaOMe/(MeO)2CO;(d) NaBH4/MeOH, CH2Cl2;(e)MsCl, NEt3/THF then DBU;(f) mCPBA/CH2Cl2;(g) aq. NaOH/MeOH, THF;(h) HCl/2-methoxyethyl ether;(i) 1)(COCl)2, cat. DMF/CH2Cl2, 2) 52, NEt3/THF;(j) MeI/DMF;

Table 1

Table 2

Table 3

Table 4

Table 6

Table 7

Table 8

審査要旨 要旨を表示する

 荒牧慶夫は「HIV-1感染症治療薬を指向した低分子CCR5拮抗薬の合成研究」と題し、以下の研究をおこなった。

1. 低分子CCR5拮抗薬のデザインと合成

 HIV-1はエイズの原因病原体として知られる。近年HIV-1感染症治療は逆転写酵素阻害剤とプロテアーゼ阻害剤とを用いる多剤併用療法により大きな効果があげられている。しかしHIV-1が極めて変異しやすく薬剤耐性を獲得しやすいこと、薬剤の長期毒性、服薬順守の困難さ等から、新たな作用機序による薬剤の開発が依然として強く求められている。HIV-1は感染に際し第2の細胞膜受容体(コレセプター)としてケモカインレセプター(CCR5)を利用する。CCR5遺伝子における32塩基対の欠損変異(CCR5Δ32)により、健常人でありながらHIV感染に対する強い抵抗性、あるいは病体進行の遅延が認められることから、CCR5拮抗薬は、新たな作用メカニズムの抗HIV薬として期待されている。

 低分子CCR5拮抗薬のデザインと合成検討をおこなった.すなわち[125I]-RANTESとCCR5発現CHO細胞を用いたスクリーニングにより見出された、ビフェニル骨格と分極した極性基を有する化合物(A,B)を基に三級アミン(C)とその四級アンモニウム塩体(D)をデザインした(Fig 1)。合成はFriedel-Crafts分子内閉環反応により[6,7]-縮合環を構築し、一連のカルボン酸(24,36a,37a,b)を得、アニリン誘導体(52)と縮合して、三級アミン(56-63)を得た。ヨードメタンにより四級化し、四級アンモニウム塩体(64-70)を得ることができた(Fig 2)。

2. 構造活性相関と注射用精査化合物の発見

 合成化合物のCCR5結合阻害活性による評価をおこない、[6,7]-縮合環、四級アンモニウム塩、特にテトラヒドロピラニル基の導入により、活性が向上することを見出した。またこれらの構造活性相関の結果から以下の考察をおこなった。活性の向上には、1)基質とレセプターとの相互作用の質自体を強固にすること、2)距離の自乗に反比例する静電相互作用を強めること、3)新たな相互作用部位を見出すこと、の三つの要因が関与しており、各要因には、1)強い相互作用を示す四級アンモニウム塩の導入、2)[6,7]-縮合環の導入による配置の最適化、3)N-メチルテトラヒドロピラニルアミン、N-置換ベンズアゼピンによる新たな相互作用の導入が対応する。その結果、強い活性を示す注射用精査化合物TAK-779(68c)を見出すことができた(Table 1)。68cはCCR1,CCR3,CCR4拮抗活性を示さず、CCR2に対しては活性を示すものの、CCR5結合阻害活性と約20倍の乖離があり、CCR5選択的であった。MAGI-CCR5細胞、あるいは末梢血単核球細胞(PBMC)を用いたアッセイにおいて、HIV-1(Ba-L株,R5)の感染を強く阻害した(Table 1)。68cは世界初の低分子CCR5拮抗薬として抗HIV-1治療薬の可能性を示すことができた。

3. 経口吸収可能なベンゾアゼピン体の発見

 四級アンモニウム塩体は強い活性が期待できるものの、経口吸収はされない。そこで荒牧は[6,7]-縮合環上の置換基の変換、経口吸収性の改善のための極性基の導入をおこなった。その結果、[6,7]-縮合環としてベンゾアゼピン環を導入することにより活性が著しく向上することを見出した。中でも、N-エチル体(63b)、N-ホルミル体(63c)は強い活性を示した(Table 2)。

 また、テトラヒドロピラニル基の導入等、脂溶性ポケット内でも酸素原子の導入による活性の低下は少なく、水素結合による活性の上昇と、極性の上昇による経口吸収性の改善、代謝の阻害による血中濃度の維持が期待でき、構造変換において有用であることを見出した。

以上の業績は、薬学分野における医薬品化学の進歩に有意に貢献するものであり、薬学(博士)の授与に値するものと考えられる。

Figure 1. Structures of lead compounds(A,B) and design of tertiary amine(C) and quaternary ammonium derivatives(D)

Figure 2. Synthetic scheme of tertiary amine and quaternary ammonium derivatives

Reagents: (a) PPA; (b) 4-MePhB(OH)2, cat. Pd(PPh3)4, K2CO3/toluene, H2O, EtOH; (c) NaOMe/(MeO)2CO; (d) NaBH4/MeOH, CH2Cl2; (e) MsCl, NEt3/THF then DBU; (f) mCPBA/CH2Cl2; (g) aq. NaOH/MeOH, THF; (h) HCl/2-methoxyethyl ether; (i) 1) (COCl)2, cat. DMF/CH2Cl2, 2) 52, NEt3/THF; (j) MeI/DMF;

Table 1

Table 2

UTokyo Repositoryリンク