学位論文要旨



No 216079
著者(漢字) 藤井,信忠
著者(英字)
著者(カナ) フジイ,ノブタダ
標題(和) 生産システムの自己組織的構成法に関する研究
標題(洋)
報告番号 216079
報告番号 乙16079
学位授与日 2004.09.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16079号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上田,完次
 東京大学 教授 新井,民夫
 東京大学 教授 高増,潔
 東京大学 助教授 下村,芳樹
 東京大学 助教授 青山,和浩
内容要旨 要旨を表示する

[別紙1]

 本論文は,生産システムの自己組織的構成法を提案し,計算機実験によりその有効性の確認を行う.

 生産システムをとりまく外的・内的環境は複雑化しており,生産者はそのような環境の複雑化にうまく適応しながら,市場の要求に合致した製品を迅速に生産し,供給していくために,変種変量生産の実現が必要である.集中管理型のシステム構造を持つ既存の統合型CIMを採用していたのでは,システムの「堅さ」のために生産環境の複雑さに十分に適応することが困難であり,生産システムを自律分散システムとして捉える研究が多くなされている.しかし,従来の自律要素間における分散型問題解決手法は多くはなく,分散人工知能の一つである契約方式によるものがほとんどである.これらの手法は問題をボトムアップ的に処理し,部分から全体へとシステムの秩序形成を行う自律分散システムが本来有すべき特徴を十分に備えているとはいえず,新たな手法の確立が必要である.

 本研究では,自律分散型の生産システムを構築する一手法として,生産システムの自己組織的構成法を提案する.本研究における生産システムの自己組織的構成法とは「生産システムを自己組織化を用いて構成する方法」であり,自己組織化とは,「生産機械と製品の相互作用により,製造フロアにおける秩序または構造が創発する過程」と定義する.本研究では,自己組織的構成法構築のために,生産要素間の相互作用にポテンシャル場を用いることを提案している.提案手法では,場の相互作用を用いていることから空間的計画と時間的計画を同時に扱うことが可能となるという特徴がある.

 自己組織的構成法の適用例として,まず,自己組織化によるスケジューリング手法を提案している.提案手法は,自律分散型かつリアルタイムスケジューリング手法の1つであり,さらに搬送システムを考慮したスケジューリング手法であると捉えることができる.多層プリント基板への穴あけ工程に提案手法を適用し,計算機実験を行い,自律的に生産が進む様子を観察するとともに,機械の故障に適応する様子を観察している.また,既存のリアルタイムスケジューリング手法との比較実験を行った結果,同程度以上の生産性を有することを確認している.さらには,自己組織化における自律要素として人間がシステムに参入することもできることを示すために,自己組織化と仮想空間を統合する方法について述べている.構築したシステムにおいて,システムにエンジニアが参入し,人間とシステムとの相互作用が可能となることを示している.

 次に,自己組織的構成法を用いた設備レイアウト計画手法を提案している.組合せ最適化問題としてレイアウト計画を行うのが困難な半導体生産システムを対象に,製品を流しながらレイアウト計画を行うものである.計算機実験では,自己組織化により得られるレイアウトが,製品のプロセスフローと設備台数等のシステム構成に従い,設備が同心円状に配置されることを確認している.また,熟練者により設計された既存のレイアウトとの比較実験においても,提案手法の有効性を確認している.最後に提案手法はレイアウト設計における工数およびコストの削減にも有効であることを明らかにしている.

 さらに,自己組織的構成法によるスケジューリングおよび設備レイアウト計画手法を発展させ,製造フロア内の全ての生産要素が移動しながら生産が進捗するラインレス生産システムを提案している.ラインレス生産方式が実現すると多品種生産の実現,設備故障等の環境変化への適応性などが実現可能であるという特徴を明らかにしている.自動車溶接工程を対象とし,計算機実験を行った結果,すべての要素が移動しながら生産が進捗する過程を確認している.また,ライン型生産システムとの比較実験の結果,多品種生産環境下での生産性,設備故障への適応性に関して有効性があることを示している.

 最後に,自己組織的構成法における構成要素の行動ルール自体を自己組織化するために,自己組織的構成法に強化学習を導入することを提案している.強化学習を導入することで,局所情報のみを利用していたのでは達成が困難な生産システムの目的を達成することができることを期待できる.段取りを考慮したスループット最大化問題を対象とし,計算機実験を行ったところ,各機械の役割分担およびスループット最大化の達成を確認している.また,実験途中で生産システムの外部環境の変動にあたる注文内容を変更したところ,役割分担の再構成がおこり,結果として再び最大スループットを獲得できることを明らかにしている.

 以上より,本研究で提案および構築している生産システムの自己組織的構成法は,今後ますます増大すると予想できる生産環境の複雑さに適応できる生産システムの構成法となり得ると考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

 藤井信忠(ふじいのぶただ)提出の本論文は「生産システムの自己組織的構成法に関する研究」と題し,全7章よりなり,複雑化する生産環境に適応可能な新しい生産システムの構成法として,自己組織的構成法を提案し,その有効性を計算機実験において検証している.

 1章では研究の背景を説明し,研究の目的と論文の構成を述べている.これからの生産システムは,生産システムを取り巻くシステム外部の環境の複雑化と,それに起因するシステム内部の複雑化に適応するために,変種変量生産を行う必要がある.しかし従来の統合的手法に根ざしたシステムではシステムの「堅さ」のために,市場の変化に対して適応が困難であり,新しい生産システムの構成法が必要となる.本研究では,生産システムを自律分散システムとして構築するアプローチを採用し,その中でも環境への適応能力が優れていると考えられる生物の優れた特徴を積極的に取り入れる生物指向型生産システムのコンセプトに基づき,生産システムの自己組織的構成法を提案している.

 2章では生産システムの自己組織的構成法に関して述べている.本研究における生産システムの自己組織的構成法とは「生産システムを自己組織化を用いて構成する方法」であり,自己組織化を「システムを構成する要素間の相互作用により,システム全体の秩序または構造が創発する過程」と定義している.次に要素間の相互作用をポテンシャル場によって実現する自己組織化のモデル化手法に関して述べた後,それを生産システムに対して適用する方法を述べ,モデル化を行っている.提案手法の時間的計画と空間的計画の同時性により,従来個別に行われてきた計画問題が同時に扱えるという特徴に関して述べている.

 3章では,自己組織的構成法によるスケジューリング手法に関して述べている.提案手法は,自律分散型かつリアルタイムスケジューリング手法の1つであり,さらに搬送システムを考慮したスケジューリング手法であることを示している.計算機実験を行ったところ,自己組織化によって生産が進む様子を観察するとともに,機械故障という環境変動に適応する様子を観察している.また,既存のスケジューリング手法との比較実験を行った結果,同等以上の生産性を有することを確認している.また,自己組織化は人間を排除する自動化技術ではなく,自律要素として人間を含むことも可能であることを示している.自己組織化と仮想空間を統合し,エンジニアと工場との相互作用が可能となることを示している.

 4章では,自己組織的構成法による設備レイアウト計画手法に関して述べている.組合せ最適化問題としてレイアウト計画を行うことの困難さを指摘し,リアルタイムでスケジュールを立て製品を流しながらレイアウト計画を行う提案手法について述べている.単品種および多品種半導体生産システムを対象に行った計算機実験では,自己組織化により得られるレイアウトが,製品のプロセスフローと設備の制約を良く反映し,設備が同心円状に配置されることを確認している.さらに,熟練者により設計された既存のレイアウトとの比較実験では,提案手法は各評価指標において同等以上の性能を有することを明らかにしている.また,提案手法はレイアウト設計における工数およびコストの削減にも有効であることを示している.

 5章では,複雑化する生産環境に適応可能な生産方式の1つとして,製造フロア内の全ての生産要素が移動しながら生産するラインレス生産システムを提案している.自己組織的構成法を用いて自動車溶接工程のモデル化を行い,計算機実験を行った結果,すべての要素が移動しながら生産が進捗する過程を確認している.また,ライン型生産システムとの比較を行った結果,多品種生産環境化での生産性,設備故障への適応性に関して有効性があることが明らかになった.さらに,製品の品種数と溶接ロボットの平均稼働率および総生産台数に関する比較によってラインレス生産システムの有効範囲を示している.

 6章では,自己組織的構成法における局所要素の行動ルール自体を自己組織化するメタルールとして強化学習を導入し,システム全体の情報をフィードバックしなければ達成が困難なシステム全体の目的を達成することが可能となることを示している.提案手法を段取りを考慮したスループット最大化問題へと適用したところ,各機械の役割分担およびスループット最大化の達成を確認している.また,実験途中で環境変動を発生させたところ,役割分担の再構成がおこり,結果として再び最大スループットを獲得する過程を確認している.

 7章では結論を述べている.各章の内容をまとめ、位置づけを明確にし、生産システムにおける自己組織的構成法による研究の成果をとりまとめている。

 本研究は,生産システムの自己組織的構成法を提案し,生産スケジューリング,設備レイアウト計画,新たな生産方式へと適用することで有効性を確認するとともに,多くの重要な知見を得ている.これらは,生産システムの構成法に関する有効な指針を与え,次世代の生産システムの構成法になり得るものであり,精密機械工学のみならず工学全体の発展に寄与するところが大である.

 よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51222