学位論文要旨



No 216080
著者(漢字) 小林,孝雄
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,タカオ
標題(和) 任意変形振動モードの三次元非失速翼列フラッタ特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 216080
報告番号 乙16080
学位授与日 2004.09.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16080号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学(航空) 教授 長島,利夫
 東京大学(航空) 教授 塩谷,義
 東京大学(航空) 助教授 渡辺,紀徳
 東京大学(航空) 講師 寺本,進
 東京大学(情環) 教授 荒川,忠一
内容要旨 要旨を表示する

 航空用ガスタービンや発電用ガスタービン,蒸気タービンなどの軸流ターボ機械の主要な構成要素である翼列に発生する不安定振動(自励振動)であるフラッタは,翼列中の翼が破損にまで至るため,回避すべき重要な問題である。翼列フラッタは,単独翼のそれとは異なり,隣接翼の影響によって非常に複雑な現象を呈する。翼列フラッタを支配する主要パラメータを見極め,翼に働く非定常空気力にどの程度の影響を及ぼすかを評価することは,現象を理解するために重要,かつ,フラッタ回避の有効な手段を見出すために実用的な意義がある。

 一般に翼列翼が流れ場の中で振動するとき,その振動は三次元的であり,しかも同時に翼断面の変形を伴っているのが普通である。しかし,二次元モデルを用いたこれまでの研究における翼振動の様式は,翼を剛体として取り扱った並進,回転およびそれらの連成といったものであって,翼の断面変形を考慮したモデルによる詳細な検討は極めて不十分である。翼振動は非定常流れ場を誘起する根本的原因のひとつであるから,フラッタ特性を調べる上で翼振動の断面変形成分の果たしている役割を明らかにすることは重要な課題である。

 一方,三次元的な翼列配置や振動モードをもって翼列翼が流れ場の中で振動するとき,翼に働く非定常空気力の特性あるいはそのパラメータを調べる上で,流れ場の三次元性の効果は重大である。すなわち,二次元モデルにおいて考慮することができない翼スパン方向の非定常流れや流れ方向に軸をもつ非定常渦の効果を含めたフラッタ特性は流れを三次元的に取り扱ってはじめて調べることが可能となる。最近の遷音速ファンにおけるフラッタ解析では,衝撃波を伴う圧縮性,粘性を考慮し,後退角(スイープ)や傾斜角(リーン)といった幾何形状および流れの両方の三次元性を扱った数値解析も公表されるまでに至っている。しかしながら,それらの研究においては,現実的な流れをできる限り忠実に再現しフラッタを支配するすべての要因を含むような物理モデルの構築とその計算法確立が主たる目標となっており,個々の要因がフラッタの発生や非定常空気力に対しどの程度の影響を有するかを見極めその依存性を明確にするという一般性を備えた研究は必ずしも十分でない現状にある。

 以上のような事情を踏まえ,本研究では,任意形状の現実的な翼型を対象とし,二次元翼列および三次元環状動翼列が亜音速流れ中の非失速状態において翼断面の変形を伴う任意の固有振動モードで微小振動する場合に,翼列に働く非定常空気力を数値解析によって求め,フラッタ特性を基本的に明らかにする目標を掲げている。そして,三次元翼列の非定常特性を翼スパン方向各断面の二次元翼列の非定常特性およびストリップ理論を積層する準三次元特性と比較することによって,流れの三次元性の効果につき検討および考察を行っている。

 流れ場の解析ツールとしてポテンシャル解法を用いることにより,非定常空気力特性に影響をおよぼす膨大なパラメータに対して効率的な計算が可能となる。ただし,ポテンシャル解法を採用した場合には計算精度の向上という解決すべき課題がある。すなわち,周囲の流れは翼面を通過しないという振動翼の翼面上の非定常境界条件を振動の平均位置において与えるとき,その条件式の中には定常速度の空間微分(定常速度ポテンシャルの空間二階微分)を含むため,計算精度上の困難をもたらすのである。これに対処すべく,本論文では,断面変形を含む任意モードの翼振動に伴って微小振動する移動格子系を用いた数値解析法を新たに開発し,計算精度の向上を図っている。

 本論文は7つの章から構成されている。

 第1章は序論で,翼列フラッタに関する従来の研究の概要を述べた上で研究課題となるべき点を整理し,本研究の目的について述べている。

 第2章では,計算手法について説明している。すなわち,三次元環状動翼列を対象に,断面変形を含む任意変形モードの翼振動に伴い微小振動する移動格子系を導入し,新たな数値解析法の理論と境界条件について詳細に述べている。また,翼形状表現に用いるスプライン補間,翼まわりの格子生成に用いる数値的方法についても述べている。

 第3章では,翼の固有振動モードの計算方法を述べると共に本論文の計算対象である翼に適用した結果の振動モードを示している。

 第4章では,本論文の数値解析を適用するにあたり,先ず,翼を剛体として扱った二次元振動翼列について検討を行い,翼前縁近傍での定常圧力分布の挙動およびその格子密度による影響,翼列後流および下流境界条件の取扱い方法などを明らかにしている。そして,"Standard Configuration (STCF)"を対象とした豊富な既存の実験データベースおよびWhiteheadの理論計算結果との比較によって,本論文の方法が任意の二次元非圧縮振動翼列の非定常空気力の計算法として妥当なものであることを確かめるとともに,並進振動を例として,無次元振動数および翼間位相差による非定常空気力の変化,フラッタ限界に対する反り角,翼厚の効果などについて考察している。

 第5章では,三次元翼列翼の振動解析によって得られた固有振動モードの翼端断面および翼スパン中央断面の変位分布に着目し,断面変形を伴う振動モードの二次元翼列のフラッタ特性につき述べている。各振動モード間で限界翼間振動位相差が60°と300°の2種類に分かれるという顕著な相違がみられること,そして,断面変形成分がフラッタ特性の決定に重要な役割を果たしていることを明らかにしている。また,ある三次元振動モードにおいて,三次元翼列翼の各スパン方向断面のフラッタ特性に着目した場合,スパン方向位置が異なれば相反する特性を示す場合があるということを見出している。

 第6章では,任意変形の固有振動モードの三次元環状動翼列に対するフラッタ特性について詳細な検討を行い,非定常局所仕事特性すなわちフラッタ発生時における励振領域と減衰領域の翼スパン方向分布の特徴を示している。そして,翼スパン方向各断面に対応する二次元翼列の非定常特性やそれを翼スパン方向に積層することによって得られる準三次元特性との比較,さらには,翼スパン方向の非定常流れや流れ方向に軸をもつ非定常渦の翼後縁スパン方向分布の検討を行って,流れの三次元性の効果についての考察を行っている。

 第7章では本論文全体の結論をまとめている。

 以上を要約すると,本論文は,任意形状の現実的な翼型を対象とし,翼断面の変形を伴う任意の固有振動モードで微小振動する場合に,翼列に働く非定常空気力を数値解析によって求め,フラッタ特性を明らかにすることを目的として,適切な移動格子系を用いた数値解析法を新たに開発し,その方法を任意変形振動モードの二次元翼列および三次元翼列の非定常計算に適用して,振動モードの差異,振動変位の断面変形成分の効果,三次元非定常局所仕事分布,三次元計算と準三次元計算による違い,流れの三次元性の効果など,翼列フラッタ特性に関する一般性のある知見を明らかにしたものである。

審査要旨 要旨を表示する

 工学修士 小林孝雄の提出論文は、「任意変形振動モードの三次元非失速翼列フラッタ特性に関する研究」と題し、本文7章から構成される。

 航空用および産業用ガスタービン、蒸気タービンなどの軸流ターボ機械の主要な構成要素である翼列に発生する空力的不安定(自励)振動であるフラッタは、翼破損に至る危険な現象であり回避されねばならぬ重要な問題である。翼列フラッタ現象は、単独翼のそれとは異なり、隣接翼の影響によって複雑を極め、翼に働く非定常空気力を支配するパラメータを抽出し影響の程度を評価することは、現象の分析とメカニズムの理解そしてフラッタ回避の有効手段を見出すという実用性いづれにおいても大きな意義がある。

 一般に翼列翼が流れ場の中で振動するとき、その振動は三次元的であり、しかも同時に翼断面の変形を伴っている。また、そうした三次元的な翼列配置や振動モードをもつ翼列翼に対する流れ場の三次元性の効果は重大である。これまでの研究においては、一様な主流中で剛体翼が並進、回転およびそれらの連成振動を行なう二次元モデルを取り扱うものが殆んどであって、翼の断面変形を考慮し、さらには翼スパン方向の非定常流れや流れ方向に軸をもつ非定常渦の効果を含めての三次元モデルによるフラッタ特性の詳細な検討は極めて不十分である。最近の遷音速ファンを対象とするフラッタ解析では、そうした不十分な点に切り込み、数値シミュレーションの手法から、衝撃波を伴う流れの圧縮性や粘性、翼列の後退角や傾斜角といった幾何形状など、ほぼ完全な三次元性を扱った研究成果も公表されつつある。しかし、それらの数値解析研究においては、現実的な流れの忠実な再現つまりフラッタ支配要因をできる限りすべて含む計算を目指す方向が主目標となっており、高い計算負荷のため実際の設計ツールとしての実用性まで未だ至らず、また、個々の要因がフラッタの発生や非定常空気力に対しどの程度の影響を有するかを見極めその依存性を明確にするという一般性を備えた設計指針に役立つ研究は必ずしも十分といえない。

 以上のような事情を踏まえ、本研究は任意形状の現実的な翼型を対象とし、二次元翼列および三次元環状動翼列が亜音速流れ中の非失速の状態において翼断面の変形を伴う任意の固有振動モードで微小振動する場合に、翼列に働く非定常空気力を解析的に求め、フラッタ特性を基本的に明らかにする目標を掲げている。そして、三次元翼列の非定常特性に対し翼スパン方向各断面の二次元翼列の非定常特性さらにはストリップ理論に基づく積層準三次元特性と比較することによって、三次元性の効果を検討し考察している。

 本論文の特色は、流れ場の解析ツールにポテンシャル解法を用いる点で、非定常空気力特性に影響をおよぼす膨大なパラメータに対して本質を外さず効率的な計算を可能としている。ただし、ポテンシャル解法を採用した場合には、計算精度の向上という解決すべき課題がある。すなわち、振動翼面上の非定常境界条件である周囲流れの不浸透の物理的拘束を振動の平均位置におき与える際、条件式の中に定常速度ポテンシャルの空間二階微分が含まれる困難が生じてしまうわけで、これに対処するため、翼とともに微小振動する移動格子系を用いた数値解析法を新たに開発し、計算精度の向上を図っている。

 本論文は7つの章から構成されている。

第1章は序論で、翼列フラッタに関する従来の研究の概要を述べた上で研究課題となるべき点を整理し、本研究の目的について述べている。

第2章では、計算手法について説明している。すなわち、三次元環状動翼列を対象に、断面変形を含む任意変形モードの翼振動に伴い微小振動する移動格子系を導入し、新たな数値解析法の理論と境界条件について詳細に述べている。また、翼形状表現に用いるスプライン補間、翼まわりの格子生成に用いる数値的方法についても述べている。

第3章では、翼の固有振動モードの計算方法を述べると共に、本論文の計算対象翼への適用結果を振動モードの形で示している。

第4章では、本論文の数値解析を、、先ず、翼を剛体として扱った二次元振動翼列に適用し、豊富な既存の実験データベースや理論計算結果と比較し、手法の妥当性を明らかにしている。特に、翼前縁近傍での定常圧力分布の挙動およびその格子密度による影響、翼列後流および下流境界条件の取扱い方法などに注意が払われている。

第5章では、三次元翼列翼の振動解析によって得られた固有振動モードの翼端断面および翼スパン中央断面の変位分布に着目し、断面変形を伴う振動モードの二次元翼列のフラッタ特性につき述べている。各振動モード間で限界翼間振動位相差が60°と300°の2種類に分かれるという顕著な相違がみられること、そして、断面変形成分がフラッタ特性の決定に重要な役割を果たしていることが明確となった。また、ある三次元振動モードにおいて、スパン断面の異なる位置でフラッタ特性が相反する場合がある点も見出している。

第6章では、任意変形の固有振動モードの三次元環状動翼列に対するフラッタ特性について詳細な検討を行い、非定常局所仕事特性すなわちフラッタ発生時における励振ないし減衰領域の翼スパン方向分布の特徴を示している。そして、二次元翼列特性や翼スパン方向に積層し得られる準三次元特性との比較、さらには、翼スパン方向の非定常流れや流れ方向に軸をもつ非定常渦の翼後縁スパン方向分布を検討し流れの三次元性の効果を考察している。

第7章では、本論文全体の結論をまとめている。

 以上を要約すると、本論文は、任意形状の現実的な翼型からなる翼列を対象とし、翼が断面の変形を伴う任意の固有振動モードで微小振動する場合の、フラッタ特性を明らかにする目的を掲げ、適切な移動格子系を用いた解析法を新たに開発し、その方法を任意変形振動モードの二次元翼列および三次元翼列の非定常計算に適用して、振動モードの差異、振動変位の断面変形成分の効果、非定常局所仕事分布、準三次元計算との非定常特性の違い、流れの三次元性の効果など、翼列フラッタ特性に関する一般性のある知見を明らかにしたものであり、その結果は、航空宇宙工学上、貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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