学位論文要旨



No 216082
著者(漢字) 川田,亮一
著者(英字)
著者(カナ) カワダ,リョウイチ
標題(和) テレビ映像伝送の高品質化、高信頼化及び高能率化に関する研究
標題(洋)
報告番号 216082
報告番号 乙16082
学位授与日 2004.09.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16082号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 相澤,清晴
 東京大学 教授 安田,浩
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
 東京大学 助教授 苗村,健
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は,テレビ中継の高画質化や高信頼化に関する研究成果を取り纏めたものである.

 ディジタル映像符号化の国際標準MPEG-2の確立により,テレビ中継伝送のディジタル化が急速に普遍化してきた.と同時に,映像中継の機会も増大,伝送の多チャンネル化が進展し,特にテレビ放送において国際中継映像がごく普通に見られるようになってきた.

 それに伴い,従来,国際アナログ衛星伝送のように,ある程度の伝送劣化はやむなしとされていた時代は終焉を迎え,国際中継であっても高画質,高信頼が当然のものとして要求されるようになった.国際中継の画質をトータルで決める要因としては,圧縮符号化のみならず,テレビ方式の変換がそれ以上に大きく影響を及ぼす.また,伝送の信頼性の要因としては,回線障害時の予備系への切替タイミング(完全冗長2重化構成をとっていることが多い)や,正確な伝送画質監視等の,運用制御が大きくかかわってくる.

 すなわち,ディジタルテレビ伝送の研究開発対象としては,現世代の圧縮符号化方式は,MPEG-2により一段落つき,いまはその他の要因も含めたトータルでの伝送品質の向上,管理を目指す時代に入っているといえる.

 その一方で,そのMPEG-2の要素となっている各技術は,一世代前の枯れた技術ということができる.そこで,次世代において予想される更なる高能率圧縮符号化への要求に答えるためには,基本となる方式を研究開発しておくことが重要となる.

 本論文に示す一連の研究は,これに基づき行われた.以下が,その具体的目的と成果である.なお国際テレビ中継の各要素と本論文の章番号の対応を図1に,本論文の各章のつながりを図2に示す.

 まず,国際テレビ中継伝送路のディジタル高品質化により一層目立つようになってきた,テレビ方式変換による劣化の改善(第3章)である.特にフレーム数変換の伴うヨーロッパ(625/50)と日米(525/60)間での方式変換では,画像の動きを正確に推定し,動き補正フレーム内挿を行う必要がある.本研究では,この動き推定の誤りを大幅に軽減することに成功した.これにより変換画質が大きく改善され,国際間のテレビ中継伝送及び番組交換の高品質化が達成できた.

 具体的には,次のとおりである.すなわち,画像の動き推定処理において,次の要素技術を新たに組み合わせて利用することとした、(1)DOGフィルタによる動き推定前処理(2)高精度反復勾配法(3)動ベクトル後処理絶対値順序

フィルタ.これらにより,特に次のような改善が得られた.(1)カメラフラッシュなど明るさの急激な変化の際の動き推定の破綻の防止(2)格子模様など規則的パターンの絵柄の動き推定における,誤ベクトル発生の大幅な軽減(3)異なる動きの混在する部分において,より小さい動きを優先的に捉えることによる,変換画質の見た目の改善.この結果として,特に従来問題となっていた,スポーツ中継においてカメラが追尾する小飛球などまで,高画質で変換できるようになった。すなわち,放送事業者の要求する高度な画質要求を満足できるようになった.本装置は,シドニーオリンピックをはじめとする各種イベント伝送の他,日々の外国ニュースの伝送などで使用され,好評を博している.今後の課題としては,更なる動き推定の改善,特に上記の規則的模様に対する対策や動き混在部対策を更に強化することである.

 次の目的は,完全冗長2重化テレビ回線の高能率化と無瞬断化(第4・5章)である。高能率化とは,通常時には無駄となっている予備系の伝送路も有効活用し,高画質化に貢献することである.また無瞬断化とは,従来,障害発生時に人手で行われていた予備系への切替を,画像処理により自動化し,一瞬でも障害映像が受信局へ伝送されないようにすることである,本研究では,高能率無瞬断映像伝送システムの開発により,2重化テレビ伝送回線の使用効率の向上とともに,切替時の無瞬断化を世界で初めて実用化し,高信頼化に大きく貢献した、特に既存の伝送装置構成を変えずにこれを実現することができたため,低コスト化に大きく役立った.

 具体的には,次のとおりである.すなわち,ディジタル圧縮2重化系の次の特徴を利用することにした.(1)2系統の受信復号画像では,重畳する符号化ノイズが通常異なっている.(2)アナログ信号と異なり,2系統の画像を画素単位でずれなく正確に比較可能である、そこで,次の方法を考案した.(1)2系統の受信復号画像を平均化し符号化ノイズを平滑化することによる高能率化の実現(2)(a)2系統の画面内ブロックごとの特徴量を比較することによる,障害発生の検出(b)画面内の障害発生領域と非発生領域との間の特徴量差分を2系統で比較することによる障害発生系統の判定(3)さらに,前記符号化ノイズの差異を利用して,受信画像のSNも推定可能であることも見出した.以上のような要素技術を取り入れ,上記の2重化テレビ回線用高能率無瞬断映像伝送システムをを世界で初めて実用化した.なお本装置では,テレビ回線の映像のみを監視して切替を決定しているため,音声のみが障害を発生したとしても切り替えることが出来ない.そこで,音声まで含めた無瞬断化が今後の課題である、

 第3の目的は,ディジタル伝送映像の遠隔監視のための基本方式を確立し,運用の高度化,高信頼化へとつなげることである.ディジタル伝送においては,アナログ時代に確立されていた既存方式が使用できず,新たな方式を考案する必要がある.本研究では,伝送映像品質の遠隔自動監視につながる画期的原理として,スペクトル拡散と直交変換係数抽出に基づく高精度遠隔PSNR推定方式を考案,開発した(第6章).

 具体的には,次のとおりである。すなわち,監視用回線を利用して送信映像と受信映像を比較する枠組みを採用した.そして,なるべく少ない監視用情報量でなるべく高精度に受信映像のSN比を測定可能とする方式を検討の対象とした結果,考案することができたのが次の画期的方式である.本方式では,送受信映像をスペクトル拡散した上で直交変換,特定の係数だけを抽出し監視回線で伝送する.送受信側から送られた係数の差分自乗平均により受信映像の誤差自乗平均を推定するものである.スペクトル拡散することにより,少数の係数を抽出するだけで高精度な推定が可能となった(2桁の精度向上).本方式は,現在,プロトタイプとして装置化済みであり,今後,映像ネットワークの多地点同時監視の実現へ向けて洗練化が図られていく予定である.これにより,ディジタル映像伝送の低コスト,高信頼化に大きく貢献することになる.

 さらに,次世代映像伝送を視野に入れた研究目的として,すでに確立した現世代のMPEGに代表されるブロックベース符号化に対し,さらなる高能率画像圧縮伝送のための基本方式を開発することがある.ここでは特に領域分割符号化に着目し,領域分割を,レート歪みの観点から最適化する方式を考案した(第7・8章).従来領域分割符号化では絵柄により符号化効率の低下する点が問題であった,しかし,本方式により,絵柄によらず,現世代のブロックベース符号化方式よりも効率の良い次世代方式の基礎を確立することが出来た.この新符号化方式と上記3研究成果を組み合わせれば,なお一層の高能率・高信頼度・高画質映像伝送が可能となるといえる.

 具体的には,次のとおりである.すなわち,領域分割符号化に対して,形状情報量と動ベクトル情報,テクスチャ情報量をコスト要素として動的計画法を適用する方法を考案,レート歪みの観点から最適領域分割を実現することに成功した.これにより,絵柄によらず領域分割符号化の適用が可能となり,ブロックベース符号化特有のブロック歪みの無い画像伝送が実現できる.動的計画法適用のため計算量が多いが,次世代符号化方式の基盤として重要な方式を確立できた.現在,MPEG-4やH.264,Motion JPEG 2000などが新しい符号化方式として活発に使用され始めているが,本提案方式は,その次に来る超高能率符号化の基礎として重要となろう.上述の伝送の高信頼冗長化の観点からも,2重化のみならず現在でも放送事業者より要望のある3重化伝送のためには,画質を保ったままの更なる高圧縮が必須であり,そのための技術としても有効活用が期待できる.

 本研究成果が,今後の国際テレビ中継の更なる普遍化と,それによる世界の人々の相互理解進展への一助となれば幸いである.

図1:国際テレビ中継の各要素と研究対象の章番号の対応

図2:本論文の各章のつながり

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「テレビ映像伝送の高品質化、高信頼化及び高能率化に関する研究」と題し、9章よりなる。デジタル映像符号化方式の国際標準の確立により、テレビ中継伝送のデジタル化が広く行われるようになってきている。本論文では、主に国際中継を念頭に置き、総合的な伝送システムの画質を左右する要因を多角的に扱い、品質向上のために方式変換、信頼性向上のための伝送の無瞬断化と伝送品質の監視手法、そしてさらなる高能率化のための領域分割に基づく符号化手法について論じている。

第1章は、「序論」であり、本論文の背景、および論文の構成について述べている。

第2章は、「テレビ伝送のデジタル化での技術的要請と本研究の対象」と題し、現在の国際および国内のテレビ中継伝送システムについて紹介し、必要とされる技術要素を述べている。また、中継伝送システムを管理運用するために必要とされる画質の客観的評価の枠組みについてもまとめている。

第3章は、「動き補正テレビ方式変換の改善」と題する。国際テレビ伝送では、NTSC方式とPAL/SECAM方式とのフィールド数、ライン数の違いを変換補正する方式変換が必要であり、従来より動き補正を利用した方式変換が行われてきた。動きの誤推定に起因する劣化を改善するために、1)動き推定用前処理フィルタの改善、2)反復勾配法の高精度化、3)検出された動きベクトル用後処理フィルタの改善を提案し、方式変換画質を安定して向上しうることを示した。提案方式に基づき、テレビ方式変換装置が開発されている。

第4章は、「フラットマルチスケーラブル高能率高信頼度映像伝送方式」と題し、映像素材伝送に利用される完全冗長2重系を高能率・高機能化する方式の提案を行っている。2系統の映像を合わせることで符号化ノイズを低減する高品質化を提案している。また、そのための相補的なサンプリング、量子化手法も提案している。さらに、2系統の符号化ノイズの差より符号化SN比を推定する画質評価法をも提案している。2系統いずれの系統からも復号でき、2系統を合わせればその相互補完によりさらに高品質な画像の再現ができることを示している。なお、提案は2系統以上の複数の系統に適用可能である。

第5章は、「高能率無瞬断映像伝送システム」と題し、完全2重化系統において、映像信号だけから、映像障害を瞬時に判定し、伝送を途絶えさせることなく系を切り替える高信頼化システムを論じている。2系統伝送される映像信号そのものを常時比較監視し、両系統の画面内ブロックごとの特徴量を比較することにより障害発生を検出し、画面内の障害発生領域と非発生領域を特徴量差分を2系統で比較することにより障害発生系統の特定を行っている。第4章の技術も合わせて装置化を行い、2重化高能率無瞬断映像伝送システムを世界で始めて実用化している。

第6章は、「スペクトル拡散と直交変換係数抽出による高精度遠隔映像PSNR推定方式」と題し、低速で特徴量を伝送するだけで、遠隔地での画質監視を高精度に行う手法について提案している。特徴量としては、スペクトル拡散による信号の白色化を行い、直交変換された少数の係数を伝送し、PSNRの推定を行う。 FPGAを利用した映像監視システムを試作し、監視回線の速度40kbpsでPSNRの推定誤差が±0.1dBであることを示している。

第7章は、「動画像符号化のための可変形状領域分割動き推定方式」と題する。従来からのブロックベースの符号化手法に比して、さらなる高能率符号化のための可変形状の動き推定について論じている。小ブロックを単位として領域統合を行い、予測誤差情報量、動きベクトル情報量、形状情報量の全発生情報量を最小にするよう領域分割・動き推定を動的計画法により最適化している。計算機実験により、ブロックベースの符号化や従来の領域分割動き推定より、発生情報量を低く抑えられていることを示した。

第8章は、「符号化速度適応形可変形状領域分割方式」と題する。第7章での議論を拡張し、フレーム内/動き補償予測いずれのモードにも対応した、最適な可変形状に基づく動画像符号化方式について論じている。低レートから高レートいたる広い範囲で最適化しうる可変形状動画像符号化の枠組みを示している。

第8章は、「結論」であり、本論文の成果をまとめ、今後の展望について論じている。

以上これを要するに、本論文では、総合的な伝送システムの画質を左右する要因を多角的に扱い、品質向上のための方式変換、信頼性向上のための2重化伝送の無瞬断化と伝送品質の遠隔監視手法、そしてさらなる高能率化のための領域分割に基づく符号化手法について論じており、画像工学上の貢献は少なくない。よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50252