学位論文要旨



No 216085
著者(漢字) 明石,寛之
著者(英字)
著者(カナ) アカシ,ヒロユキ
標題(和) リチウムポリマー電池用固体電解質材料に関する研究
標題(洋)
報告番号 216085
報告番号 乙16085
学位授与日 2004.09.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16085号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮山,勝
 東京大学 教授 岸尾,光二
 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 助教授 瀬川,浩司
 東京大学 助教授 立間,徹
内容要旨 要旨を表示する

 来るべき高度情報化社会の基盤技術となる携帯型電子機器の高性能化、また省エネルギーおよび地球環境保護の観点より、新規な固体電解質材料およびそれを応用した次世代電池技術の実用化に関する研究開発を行った。次世代電池に対する要求として、高エネルギー密度化、軽量化、形状に関する設計自由度を拡げる等の重要性が認知されてきた。特に、高エネルギー密度化は、電子機器の駆動時間の延長や、機器本体の小型化に直接影響するため電池の工業的価値を決定する生命線である。しかし一方で、エネルギー密度の向上は、異常時における電池の信頼性低下の一因ともなる。したがって、次世代電池を実用化するためには、高エネルギー密度化に関する技術のみならず、高い信頼性を提供する技術開発も必要不可欠であった。

 本研究では、「高エネルギー密度化」と「高い信頼性の確保」という二律背反の技術課題に対し、新規な固体電解質材料による改善の可能性を検討した。高性能ポリマー電池の実用化に必要とされる固体電解質材料の機能条件を明確化し、それを満足する新規材料の創製およびその機能性の実証を目的とした。

 本論文の構成は、新規ゲル電解質材料およびそれを応用したリチウムポリマー電池に関する研究開発と、次次世代の固体電解質材料として期待される全固体型高分子電解質のイオン伝導特性と高分子構造の因果関係に関する研究開発に大別される。

 1章の序論において、研究背景、研究目的、およびリチウムイオン二次電池の原理と材料技術に関する研究状況について述べた。

 2章では、次世代電池に期待される高エネルギー密度化と信頼性を両立させる材料開発の一環として、可燃性液体を含浸するゲル電解質材料の難燃化技術について検討した。ホスト高分子であるポリアクリロニトリル(PAN)のユニークな材料物性を利用し、さらに非水電解液の構成物質を適切に制御することで、優れた難燃性を発現する新規ゲル電解質材料の開発に初めて成功した。さらに、熱重量分析法による同ゲル電解質の炭化挙動と燃焼試験における燃焼速度の相関関係より、PAN系ゲル電解質の難燃化は、ゲル表面に生成した炭化被膜が、可燃性ガスの外部への散逸や、酸素の内部への侵入を遮断する保護層として機能したことにより発現することが判明した。

 3章では、優れた難燃性を示すPAN系ゲル電解質について、イオン伝導性および電気化学的安定性の見地よりの電池材料としての可能性を検証した。交流インピーダンス法により、PAN系ゲル電解質は、室温で3mS/cm程度のイオン伝導度を示し、且つその温度依存性は、電池の実用温度領域において"Arrhenius型の振る舞い"を示すことが判明した。イオン伝導度とホスト高分子、溶媒、電解質塩の組成の影響を調査し、優れたイオン伝導性を示すゲル組成の最適化を行った。イオン伝導度の温度依存性にArrhenius式を適用して見積もられる活性化エネルギーとゲル組成の相関より、キャリヤーイオンとホスト高分子の間における静電的相互作用は極めて小さいことが示唆された。高エネルギー密度電池の電解質材料に要求される電気化学的安定性を、直流分極法により評価した。酸化分解電位およびLi金属の析出溶解挙動より、PAN系ゲル電解質は5V(vs. Li/Li+)までの電位領域で極めて良好な安定性を示すことを確認した。以上の検討結果より、優れた難燃性を示すPAN系ゲル電解質は、良好なイオン伝導特性と電気化学的安定性も兼ね備えていることが示唆された。

 4章では、優れた難燃性とイオン伝導性を発現するPAN系ゲル電解質におけるイオン伝導機構について、ラマン散乱分光法を利用した溶液化学的な考察を試みた。ホスト高分子におけるニトリル基の伸縮振動モードとゲル組成の相関から、PAN系ゲル電解質は、PANの部分的析出により架橋点が形成されていることが示唆された。また、PAN系ゲル電解質に含浸保持される溶媒分子の波形分離解析により、ゲル中で解離生成したLiイオンは、高分子鎖間に分散する環状エステル分子に選択的に溶媒和された形態で存在していることが明らかとなった。この結果は、3章で示したイオン伝導における活性化エネルギーに関する実験結果と良く一致するものであり、PAN系ゲル電解質の優れたイオン伝導特性は、Liイオンがゲル電解質中の溶媒分子に選択的に溶媒和されながら移動していることに由来していることが示唆された。

 5章では、次次世代固体電解質材料として期待される全固体型高分子電解質のイオン伝導性に関する検討結果をまとめた。代表的なイオン伝導性高分子であるポリエチレンオキサイドおよびポリプロピレンオキサイドの共重合体を三次元架橋した高分子電解質膜を作製し、そのイオン伝導特性と共重合組成比やそのシークエンス分布等の高分子構造との関係について考察した。特に、ガラス転移温度の変化挙動が、シークエンス分布の影響を強く受けるという興味深い結果が得られ、シークエンス分布により、ホスト高分子とキャリヤーイオンの静電的相互作用、すなわちイオン溶媒和挙動が変化することを明らかにした。また、従来、高分子電解質の実用化に際して課題とされてきたイオン伝導度の低温特性については、非晶性に富むプロピレンオキサイドユニットを16mol%程度共重合させることで、-20℃におけるイオン伝導度を10-7S/cmまで向上させることに成功し、今後の高性能化に関する分子設計に有用な知見を与えた。

 6章では、フーリエ変換ラマン散乱分光法を適用し、ポリエーテル系で架橋した高分子電解質におけるイオン会合状態を解析した。ラマン散乱スペクトルの波形分離解析を適用することにより、ポリエーテル構造とイオン解離挙動の対応関係を解析した。ポリエチレンオキサイド、ポリプロピレンオキサイド、およびポリ(2-(2-メトキシエトキシ)エチルグリシジルエーテル)系架橋体におけるイオン解離挙動より、高分子構造とイオン解離挙動が相関していることが確認された。さらに、ポリプロピレンオキサイドよりもポリエチレンオキサイドの方が、相対的にイオン解離が進んでいることも示唆され、イオン伝導性の改善について有用な知見が得られた。

 7章では、難燃性ゲル電解質の電池材料としての実用性を検証する目的で、リチウム・二酸化マンガン系超薄型リチウムポリマー一次電池の作製と性能評価を行った結果を述べた。電解質材料や電極材料に関する材料設計に加え、ガスバリヤー性に優れた外装フィルム材料の検討やプロセス技術等、新規電池の開発に必要な周辺技術も研究対象とし、総合的な電池開発を展開した。これらの電池技術群により、電極反応時の分極過電圧の発生を最小限に抑制することが可能となり、ICカード用など実用に耐えうる電池特性を備えた新規な超薄型ポリマー一次電池の実現に成功した。

 8章では、難燃性ゲル電解質の電池材料としての実用性を検証する目的で開発した、最大4.2Vの高起電力を発するリチウムイオンポリマー二次電池の性能評価結果をまとめた。メソカーボンマイクロビーズを前駆体とする黒鉛を負極活物質に用いることにより、PAN系ゲル電解質の還元分解反応が大幅に抑制されることを見出し、可逆性の高い電極反応を実現した。また、開発したPAN系ゲル電解質を用いることにより、長期信頼性が向上した。これらから、高エネルギー密度と高い信頼性を兼ね備えた性能が実証された。

 9章において、以上の研究成果の工学的意義を総括した。ゲル電解質に関する研究では、次世代電池に課された非水電解質材料の難燃化対策として、ポリアクリロニトリルをホスト高分子としたゲル電解質の有用性を立証した。PAN系ゲル電解質の難燃性発現の特徴は、ホスト高分子の炭化挙動を利用することにより、優れた難燃性と電気化学的安定性を両立させた点にある。また、PAN系ゲル電解質の機能性を実証する目的で、高性能リチウムポリマー電池への応用研究も展開した。ゲル電解質のゾル-ゲル転移反応を利用した製造プロセス、外装材料、および電極材料の最適化設計等、ポリマー電池の実現に必要な周辺技術についても重要な方向性を示した。これらの研究により、高エネルギー密度と高度な信頼性を兼ね備えたリチウムポリマー電池の実用化への道が大きく拓かれた。一方、次次世代材料として期待される全固体型高分子電解質は、現在でもイオン伝導性が実用レベルまで達しておらず、技術的難易度が高いテーマの一つである。この課題を克服するためには、高分子構造の分子設計を軸とした新規物質に関する基礎研究が不可欠である。本研究で検討した低温特性の改善は、実用化に際して重要度が高いテーマである。結晶性の制御により、-20℃におけるイオン伝導度の改善に成功した。さらに、結晶性が異なる高分子のニ元系共重合体におけるイオン伝導性やイオン溶媒和状態と高分子構造の相関関係も検討し、イオン伝導性高分子の分子設計に有用な知見が得られた。

 本研究で得られたポリマー電池の材料技術、およびそのデバイス化への技術に関する一連の成果は、関連する多くの周辺技術の研究開発成果とともに、リチウムイオンポリマー二次電池の実用化に大きく貢献した。今後、本研究において培われた技術群を、より高度な信頼性が要求される自動車やロードレベリング用途の大型大容量電池等へ発展させることにより、高度情報化社会の原動力のみならず、環境保全にも貢献する高性能エネルギー貯蔵システムの実現が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 高度情報化社会の基盤技術となる携帯型電子機器の高性能化、省エネルギーの観点から、高エネルギー密度、軽量、設計自由度の高い形状をもつリチウムイオン二次電池の実現が要望されている。高エネルギー密度化は、電子機器の長時間駆動や小型化のために最も重要な課題であるが、一方で、異常時における電池の信頼性低下の一因ともなる。そのため、実用化には、高エネルギー密度化のみならず、高い信頼性を確保する技術開発が必要である。本論文は、高性能リチウムポリマー電池の実現に必要な新規固体電解質材料の創製とその機能性の実証を目的とし、新規ゲル電解質材料とそれを用いた電池の作製と性能評価、および将来の固体電解質材料として期待される全固体高分子電解質のイオン伝導性に関して行った研究をまとめたものであり、全9章からなる。

 1章は序論であり、本研究の背景、目的、意義を述べている。

 2章では、高エネルギー密度化と高信頼性を両立させるため、可燃性電解液を含浸したポリアクリロニトリル(PAN)系ゲル電解質材料の設計と難燃化技術について述べている。PANの炭化反応解析と可燃性電解液の組成制御の結果を基に、優れた難燃性の付与に世界で初めて成功している。さらにその難燃化の機構を調べ、電解質塩として用いるLiPF6がPANの表面炭化反応を促進させ、形成された炭化被膜が可燃性物質の外部への拡散と酸素の内部への侵入を遮断するためであることを明らかにしている。

 3章では、PAN系ゲル電解質の組成とイオン導電率の相関を調べた結果を述べている。優れたイオン導電率を示すゲル組成の最適化を行い、室温で3x10-3Scm-1のイオン導電率を達成している。さらに、イオン伝導の活性化エネルギーとゲル組成の相関関係から、ホスト高分子であるPANとリチウムイオンの間の静電的相互作用は極めて小さいことを明らかにしている。

 4章では、PAN系ゲル電解質におけるイオン伝導機構をフーリエ変換ラマン散乱分光法により調べた結果を述べている。PAN系ゲル電解質では、PANの部分的析出により架橋点が形成されていることを確認している。また、PAN系ゲル電解質に含浸保持される溶媒分子の波形分離解析により、ゲル中で解離生成したリチウムイオンは、高分子鎖間に分散する環状エステル分子に選択的に溶媒和された形態で存在していることを立証している。これらから、PAN系ゲル電解質では、リチウムイオンがゲル電解質中の溶媒分子に選択的に溶媒和されながら移動することにより、既存の非水電解液に匹敵する高いイオン導電率を発現すると考察している。

 5章では、次々世代固体電解質材料として期待される全固体型高分子電解質のイオン伝導性について述べている。代表的なイオン伝導性高分子であるポリエチレンオキサイドおよびポリプロピレンオキサイドの共重合体を三次元架橋した高分子電解質膜を作製し、その高分子構造とイオン伝導性との関係について調べている。共重合組成比やそのシークエンス分布によりリチウムイオン解離挙動が変化し、それがイオン導電率変化をもたらすと推定している。

 6章では、前章の結果を裏付けるため、数種のイオン伝導性高分子材料について、フーリエ変換ラマン散乱分光法を用いてリチウムイオンの会合状態を解析した結果を述べている。高分子構造によりイオン解離度が異なり、ポリエチレンオキサイドなどイオン解離が進んでいる高分子において高いイオン導電率が得られるという知見が得られている。

 7章では、難燃性ゲル電解質の電池材料としての実用性を検証する目的で、リチウム・二酸化マンガン系リチウムポリマー一次電池の作製と性能評価を行った結果を述べている。電解質と電極の材料およびガスバリヤー性フィルムの選択とプロセス技術により、電極反応時の分極過電圧を低減でき、実用に耐えうる電池特性を備えた新規なポリマー一次電池の実現に成功している。

 8章では、難燃性ゲル電解質を用いた、最大4.2Vの高起電力を発するリチウムイオンポリマー二次電池の性能評価結果をまとめている。メソカーボンマイクロビーズを前駆体とする黒鉛を負極活物質に、難燃性PAN系ゲルを電解質に用いることにより、電解質の還元分解反応が大幅に抑制され、可逆性の高い電極反応と長期信頼性が得られることを確認している。これより、高エネルギー密度と高信頼性を兼ね備えたリチウムイオンポリマー二次電池が実現可能であることを実証している。

 9章は総括であり、本研究で得られた成果を要約し、結論と今後の展望を述べている。

 以上、本論文では、リチウムイオンポリマー二次電池の新規ゲル電解質材料および全固体型高分子電解質の構造とイオン伝導性の相関を明らかにするとともに、高い信頼性をもたらす材料技術の開発に成功している。これらの成果は、ゲル電解質を用いたリチウムイオンポリマー二次電池の実用化に貢献するとともに、固体電気化学、機能性材料工学の進展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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