学位論文要旨



No 216088
著者(漢字) 岩本,雄二
著者(英字)
著者(カナ) イワモト,ユウジ
標題(和) プレカーサーの化学構造設計を利用したケイ素基非酸化物セラミックスの組織制御
標題(洋) Microstructure Control of Si-based Non-Oxide Ceramics through Precursor Design
報告番号 216088
報告番号 乙16088
学位授与日 2004.09.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 第16088号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 山本,剛久
 東京大学 助教授 野原,実
 東京大学 助教授 森,初果
 東京大学 教授 幾原,雄一
 東京大学 助教授 井上,博之
内容要旨 要旨を表示する

 ケイ素系金属有機ポリマーを前駆体として用いたセラミック材料の合成は、1970年代にその有効性が示された後、窒化ケイ素(Si3N4)、炭化ケイ素(SiC)などのケイ素基非酸化物セラミックスの合成研究が活発化している。しかし、前駆体の化学組成や構造とセラミックスの組織形成の関係、あるいは前駆体とセラミック粉末の複合粉末からの組織形成についての詳細な議論を行った研究例は極めて少ない。本論文は、Si3N4系セラミックスを対象とした前駆体の化学組成、構造制御による新たな微構造制御技術、およびSiC系セラミックスを対象とした前駆体の成形バインダとしての応用と微構造制御技術の開発により、これらのセラミックスの高温構造用部材としての応用をはじめ、より広範囲な分野での応用に寄与することを目的とした研究成果をまとめたものである。

 本論文は8章からなり、各章の内容は以下の通りである。

 第1章では、金属有機ポリマーを利用したSi3N4系およびSiC系セラミックスの合成手法についてレビューを行い、本研究の背景と目的について述べた。

 第2章は、SiCナノ/ミクロ粒子分散Si3N4-Y2O3セラミックスを対象として、Si3N4マトリックス、SiC分散粒子そして焼結助剤として機能するY2O3を含有する前駆体(Y-DEOPHPS)の設計と合成、およびY-DEOPHPSを熱分解して得られる多元素系アモルファスセラミックスの結晶化挙動と組織形成についての研究結果を記している。Y-DEOPHPSは、パーヒドロポリシラザン(PHPS)をCH3(CH2)9OH、およびY(OCH3)3で化学修飾して合成した。FT-IRおよびNMRスペクトル解析より、PHPSとCH3(CH2)9OHはSi-O-C結合、PHPSとY(OCH3)3はN-Y結合をそれぞれ形成していることを確認した。Y-DEOPHPSを窒素中、1000℃で熱分解して得られた[Si-Y-O-C-N]アモルファス粉末を成形後、窒素中で1800℃まで加熱すると、Si3N4マトリックスが微細なウィスカ状に成長した特異な繊維状組織を有する多孔体が合成できることを見出した。このような組織形成は、加熱中に生成したSiOやCO等のガスによって成形体中に形成された空間内で、アモルファス相より生成したSi3N4結晶粒子が、立体障害を受けることなく成長できたためと推察された。

 第3章では、SiCナノ/ミクロ粒子分散Si3N4-Y2O3セラミックスを対象に、前駆体の化学構造とSiCの分散状態の関係についての研究結果を述べている。PHPS、ポリカルボシランハイドロオキサイド(PCS-OH)、およびY(OCH3)3より新たに前駆体、Y-PCSOPHPSを合成した。FT-IR、NMRスペクトル解析と分子量分布評価により、PHPSとPCS-OHは、Si-O-Si結合を介して共重合体を形成していることを確認した。Y-PCSOPHPSおよびY-DEOPHPSを窒素中で熱分解した後、1800℃でホットプレス焼結した結果、理論密度まで緻密化したSi3N4-SiC-Y2O3セラミックスを合成できた。TEM観察により、いずれの焼結体の場合も、SiCは粒径10〜600nmで粒子分散していることを確認した。さらに、二次イオン質量分析(SIMS)でSiC粒子の分散状態を評価した結果、Y-PCSOPHPSを用いると、SiC-Y2O3とSiCナノ/ミクロ粒子分散Si3N4-Y2O3で構成されたユニークな二相系コンポジットが合成できること、一方、Y-DEOPHPSでは均一なSiCナノ/ミクロ粒子分散Si3N4-Y2O3が合成できることを明らかとした。以上の結果より、SiCナノ/ミクロ粒子分散Si3N4-Y2O3を対象とした前駆体の化学構造制御により、SiC粒子の分散状態をナノ/ミクロサイズレベルで制御できることを明らかとした。

 第4章は、TiN、あるいはTi(C,N)ナノ/ミクロ粒子分散Si3N4セラミックスを対象とした前駆体の合成と、Si3N4系セラミックスの結晶化および組織形成についての研究結果を記している。前駆体は、PHPSをTiX4(X=N(CH3)2,Cl,OCH(CH3)2)で化学修飾して合成した。FT-IR、NMRスペクトル解析より、前駆体にはN-Ti結合が生成していることを確認できた。前駆体のアモルファス相への変換を種々検討した結果、Ti(N(CH3)2)4を用いた前駆体(TNPHPS)が、アモルファス相中の不純物酸素の低減に最も有効であることが分かった。そこでTNPHPSより合成した[Si-Ti-O-C-N]アモルファス相の結晶化挙動を、PHPSから合成した[Si-N]アモルファス相と比較して詳しく調べた。XRD解析およびTEM観察により、[Si-N]アモルファス相からのSi3N4の結晶化は1200℃で開始するが、[Si-Ti-O-C-N]アモルファス相では1400℃までTiNナノ粒子が分散した[Si-Ti-O-C-N]アモルファスとなり、Ti原子はSi3N4の結晶化を著しく抑制することを明らかとした。また、1600〜1800℃では、100nm以下のTi(C,N)ナノ粒子が分散したSi3N4が生成することを確認した。以上より、TNPHPSはTiN、あるいはTi(C,N)ナノ/ミクロ粒子分散Si3N4セラミックスの合成に有用であることを明らかとした。

 第5章では、Si3N4-Ti(C,N)-Y2O3を対象に、Ti原子がSi3N4系セラミックスの組織形成に及ぼす影響に関する研究結果を記している。TNPHPSをY(OCH(CH3)2)3で化学修飾して前駆体(Y-Ti-PHPS)を合成した。Y-Ti-PHPSは、1000℃で熱分解した後、窒素中で1800℃まで加熱して結晶化挙動を調べるとともに、ホットプレス焼結して組織形成挙動を調べた。その結果、Ti元素は1400℃まではSi3N4の結晶化を抑制するが、1600℃より高温ではSi-Y-Ti-O-N系の液相を生成して、Si3N4相のα-/β-相転移を促進すると考察された。また、ホットプレス焼結体の微構造組織評価より、非常に微細で均一な組織を有するSi3N4系セラミックスが得られることを確認した。さらにTEMを用いた解析により、粒子径が0.5μm以上のTi(C,N)粒子はSi3N4マトリックス粒界に分散していることを確認した。以上の結果より、Ti原子は1600℃より高温におけるα-/β-Si3N4相転移を促進するとともに、Si3N4マトリックス粒子の粒成長を抑制するTi(C,N)分散粒子をその場生成させる前駆体として機能して、非常に微細で均一な組織を有するSi3N4系セラミックスが生成したと結論づけられた。

 第6章は、SiCセラミックスを対象に、粉末冶金法による合成プロセスへの前駆体の応用と新たな微構造制御技術の開発を目的として、SiCの前駆体として有用なポリカルボシラン(PCS)にCF2H(CF2)3CH2O基を導入して成型助剤としての機能を高めるとともに、焼結過程でSiCに変換可能な自己バインダ(PCSOCF1)の合成と評価に関する研究結果を記している。PCSOCF1の化学構造はFT-IRで確認し、PCSOCF1をコートしたSiC複合粉末では、成形性が明らかに向上することを確認した。また、複合粉末の熱分解挙動を示唆熱天秤とガスクロマトグラフィーおよび質量分析で解析して、PCSOCF1の有機フッ素基は300〜500℃で熱分解して消失することを確認した。さらに複合粉末のTEM観察により、PCSOCF1は1000℃でSiCナノ粒子を生成することを確認して、自己バインダとしての基本的な機能を有することを明らかとした。

 第7章では、自己バインダを応用したSiCセラミックスの合成と、機械的特性および微構造組織形成に関する研究結果を述べている。ここでは、より分子量の大きいPCSとシランカップリング剤、CF3(CF2)7CH2CH2Si(CH3)(OCH3)2より、新たな自己バインダ(PCSOCF2)を合成した。PCSOCF2は、1000℃の加熱により、75%の高収率でSiCセラミックスへ変換できることを確認した。また、PCSOCF2を5%コートしたSiC複合粉末では、室温での飽和水蒸気下における耐酸化特性と成形性が向上し、PCSOCF2の粉末成形バインダとしての有用性を確認できた。PCSOCF2を1〜10%コートしたSiC複合粉末のホットプレス焼結体を合成して評価した結果、比較的少量(3〜5%)のPCSOCF2をコートしたSiC複合粉末の焼結体では、強度のばらつきが大幅に低減されて、通常のフェノールを添加した焼結体と比較して約50MPa高い平均強度、550MPaに向上できることを見出した。また焼結体の微構造組織も、特にPCSOCF2のコート量が3〜5%で均一性に優れることが分かった。これらの結果より、PCSOCF2はSiCセラミックスの微構造組織の均一性と強度特性の向上に有効な自己バインダとして有用であることを明らかとした。

 第8章は結論であり、本研究の各章での結果をまとめ、本研究成果を基にした今後のケイ素基非酸化物セラミック部材の開発展望について述べた。

 以上のように、本研究内容は、前駆体の化学、セラミックスの組織形成に関する学術的研究のみならず、Si3N4およびSiCセラミックスの高温構造用部材としての応用をはじめ、より広範囲な分野での応用につながる工業技術を提供している。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、前駆体を高度に調整することにより、窒化ケイ素(Si3N4)セラミックスおよび炭化ケイ素(SiC)セラミックスの微細組織制御を行うという新たな手法の開発についてとりまとめられた論文である。窒化ケイ素(Si3N4)セラミックスについては、前駆体の化学組成ならびに構造を制御し、最終的に得られるバルク体の微細構造を制御しうる手法を開発している。また、炭化ケイ素(SiC)セラミックスについては、前駆体の調整によるバルク体の合成のみならず、従来法における原料粉末成形時に必要なバインダとしての機能を前駆体に付与するという従来にない新たな発想に基づいた自己バインダーの新規開発についても行っている。ケイ素基非酸化物セラミックスとして実用上重要な窒化ケイ素(Si3N4)ならびに炭化ケイ素(SiC)セラミックスの高温構造用部材としてのより広範囲な応用を念頭においた研究成果をまとめている。

 本論文は8章からなり、第1章は、金属有機ポリマーを前駆体として利用したケイ素基非酸化物セラミックスの合成手法、そして従来の粉末冶金法によるSi3N4およびSiCセラミックスについての開発の経緯に関するレビューを行い、本研究の背景と目的について述べられている。第2章では、高温構造用部材等としての応用が期待されている、SiCナノ/ミクロ粒子分散Si3N4-Y2O3セラミックスの前駆体の合成について述べられている。Si3N4マトリックス、SiC分散粒子、そして、焼結助剤として機能するY2O3のすべての元素を含有するセラミックス構成元素含有前駆体の設計と合成を検討し、新規セラミックス構成元素含有前駆体から、バルク状のSiCナノ/ミクロ粒子分散Si3N4-Y2O3セラミックスの合成が可能であることを述べている。第3章では、SiCナノ/ミクロ粒子分散Si3N4-Y2O3セラミックスを対象として、新規なセラミックス構成元素含有前駆体からのバルク状セラミックスの組織形成を検討し、従来の粉末冶金法では実現が困難な、微細かつ均一な組織制御法の開発について述べられている。最終的に合成されるバルク体の組織を均一かつ微細粒とするためには、前駆体自身の化学構造を、分子レベルで均一に制御することが必要であることを明らかにした。第4章では、優れた強度特性を有することでその応用が期待されているTi(C,N)ナノ/ミクロ粒子分散Si3N4セラミックスを対象とした、前駆体(ポリチタノシラザン)の合成とSi3N4系セラミックスの結晶化およびその組織形成についてまとめられている。Ti(C,N)の前駆体としてTi(N(CH3)2)4を用いたポリチタノシラザン(TNPHPS)が、目的とするセラミックスの不純物酸素量の低減化に最も有効であること、そして、TNPHPSがTi(C,N)ナノ/ミクロ粒子分散Si3N4セラミックスの合成に有用であることを見出している。第5章では、Ti(C,N)ナノ/ミクロ粒子分散Si3N4-Y2O3セラミックスに関し、新規なセラミックス構成元素含有前駆体からのバルク状セラミックスの合成とその組織形成についてまとめられている。そして、従来の粉末冶金法では実現が困難であった、微細結晶粒から構成される均一な組織を有するセラミックスの合成に成功している。また、このような組織が得られる原因として、1600℃より高温ではTi元素によりSi-Y-Ti-O-N系の液相が生成し、この液相により、Si3N4相のα/β相転移が促進されること、一方、Si3N4マトリックス粒子の粒成長を抑制するTi(C,N)分散粒子が、前駆体からその場合成されること、の二点について詳細に考察を行っている。第6章では、SiCセラミックスを対象に、粉末冶金法による合成プロセスへの前駆体の応用と新たな微構造制御技術の開発を目的として、前駆体にバインダーとしての機能を付与する自己バインダーの開発についてまとめられている。SiCの前駆体として有用なポリカルボシランに有機フッ素基を導入し、成型助剤としての機能を高めるとともに、焼結過程でSiCに変換可能な粉末成型バインダ(自己バインダ)の合成と評価を検討し、新規SiC系自己バインダの有用性を述べている。第7章では、第6章において開発を行った自己バインダを粉末冶金法に応用したSiCセラミックスの合成と、その機械的特性および微構造組織形成を詳細に検討している。新規自己バインダはSiCセラミックスの微構造組織の均一性と強度特性の向上に有効であることを述べている。第8章は結論であり、各章で得られた結果をまとめ、本研究成果を基にした今後のケイ素基非酸化物セラミック部材の開発展望について述べられている。

 本論文における第2、3、4および5章は、菊田浩一氏および平野眞一氏、第6章は、奥崎幸子氏、菊田浩一氏および平野眞一氏、第7章は沢井祐一氏、奥崎幸子氏、安富義幸氏、菊田浩一氏および平野眞一氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 従って、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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