学位論文要旨



No 216091
著者(漢字) 中邨,浩
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,ヒロシ
標題(和) 高い電力効率を持つディジタル無線中継システムの研究
標題(洋)
報告番号 216091
報告番号 乙16091
学位授与日 2004.09.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 第16091号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 瀬崎,薫
 東京大学 教授 今井,秀樹
 東京大学 教授 坂内,正夫
 東京大学 助教授 森川,博之
 東京大学 助教授 上條,俊介
 東京大学 助教授 松浦,幹太
内容要旨 要旨を表示する

1 歴史的背景

 1950年代の初めにマイクロ波の見通し内伝搬が電話用の基幹回線に使われ始めた。当時はアナログFMシステムが用いられた。その後20年に亙ってFMシステムは発達し、世界的に普及していった。その後交換機のディジタル化等の技術的な進歩があり、マイクロ波通信のディジタル化が望まれた。その要求に答えて、1960年代の終わりから1970年代の初めにかけて、マイクロ波ディジタル無線システムの実用化が始まった。当初のディジタル無線システムは4相PSKが用いられたが、ディジタル無線システムの実用化の開始と共に、伝送容量増大の要求から当初の4相PSKから8相PSKの開発へと進んで行った。しかし、位相面のみを用いて多値化を行うと、信号点相互の距離が近づきすぎるので、システムの雑音余裕の点からは振幅と位相を独立のパラメータとして用いた方が有利である。このようにしてAPSKの一形態である多殖QAM(Quadrature Amplitude Modulation)を変調形式として用いたシステムの開発が始まった。16QAMに始まる多値QAMシステムの研究開発は、64QAM、256QAMシステムに進み、64QAM、256QAMシステムは、まもなく実用化された。しかし、これらのシステムを開発してみると、その送信電力の大きさが問題となる事がわかった。256QAMのピーク電力は4相QPSKの225倍であり、電力増幅器のバックオフまで考えると、送信機の消費電力は膨大となる。これを改善するため本論文では信号点配置をハネカムとして送信電力を低減する事を提案し、ハネカム64APSKで2dB、256APSKで2.5dBの改善の可能性を指摘した。この論文の主題は、理論検討を活用し、ハネカムAPSKによる送信電力の低減を確認し、さらに、システムを試作し、有効性を検証することにある。

2 ディジタル無線システム開発上の課題

本論分では次の3点について検討を行った。

(1)フェーディングのない伝送条件下でシステムが十分良好な動作をするために要求される機器の設計精度や消費電力等を理論的に明らかにする。

(2)周波数選択性フェーディングが発生した場合に耐歪特性を十分改善するために等化器に要求される性能を理論的に明らかにする。

(3)ハードウエア設計上の課題に対処し、機器を試作し、性能を検証する。

2-1 機器の設計精度と送信電力低減効果の検討

多値QAMは非常に高い精度を要求されるアナログシステムと云える。このため各サブシステムに割り当てられる劣化要因および劣化量を理論的に求めておくことは非常に重要である。ここでは下記2点について検討した。

(a)消費電力を低減するハネカムAPSK方式の実現方法を提案し、これに対して機器劣化要因に対するパワー・ペナルティを計算し,設計精度の許容範囲を明らかにする。

(b)提案したハネカムAPSKの平均送信電力と電力増幅器の非線型歪によるパワー・ペナルティ等を検討し、送信電力の低減効果を明らかにする。

2-2 周波数選択性フェーディングに対する耐歪特性の改善

 周波数選択性フェーディングに対する耐歪特性については、多値QAMシステムの開発でトランスバーサル等化器(TEQL)が有効であり、これにより瞬断率が著しく改善される事がわかった。本論文ではQAMの手法を応用し瞬断率を計算した。その結果、ハネカムAPSKの機器劣化に対するパワー・ペナルティが多値QAMの場合と殆ど同じになるので、シグナチャーも殆ど変わらない事が予想される。それで、多値QAMシステムのシグナチャーとハネカムAPSKシステムのシグナチャーの実測値が一致すれば、多値QAMに対する理論検討がそのまま使える事になる。そこで、TEQLを装備したハネカムAPSKシステムを開発し、シグナチャーを測定して、多値QAMと一致する事を確認した。

2-3 ハードウエア設計上の課題

 多値QAMに比べハネカム型の信号点配置が少ない電力で同じS/Nを得られることから有効である事は分かっていたが、実用化された事は無い。その理由はキャリア再生が難しくなる事とデータの識別再生が複雑になる事である。更に,グレー・コード化の方法も与えられていない。つまり、以下の3つの課題が残されていた。

(a) ハネカムAPSKシステムのデータの識別再生方法

(b) ハネカムAPSKシステムのキャリア再生方法

(c) グレー・コード化の方法

3 本研究の位置付け

誤り率の理論的検討手法については、多値QAMの研究を行っていた当時、特性関数法を改良して、計算時間を著しく短縮し、更に計算時間が変調レベルに無関係になるようにした。この方法を更に改良しハネカムAPSKに適用できるようにした。更に、電力増幅器の非線型歪を含む場合の誤り率も評価できるようにした。この方法を用いて、(A)多値QAM及び,ハネカムAPSKシステムの変復調器その他の機器劣化に依るパワー・ペナルティを理論的に明らかにした。更に、(B)電力増幅器の非線型歪に対するパワー・ペナルティを理論的に評価し、要求されるバックオフがハネカムAPSKの方が多値QAMより小さく、低消費電力化が可能である事を明らかにした。また、(C)パイロット・キャリア注入法によるキャリア再生方法を用いる事で変復調器が簡単化出来る事を明らかにして、ハネカムAPSKシステムを開発可能とした。また、(D)ハードウエア構成上の課題を解決して、実際にこれを用いたシステムを開発した。

 また、周波数選択性フェーディングについては、多値QAMシステムの開発を行ったときに、詳細な検討を行ったので、その結果を利用できるようにするため、TEQLを含むハネカムAPSKシステムを試作し、そのシグナチャーを測定した。その結果、ハネカムAPSKシステムのシグナチャーは多値QAMのシグナチャーと殆ど変わらない事が分かった。従って、瞬断率の議論も多値QAMに関するものがそのまま使える事になる。

 (A)のパワー・ペナルティの評価方法は多値QAMに対して筆者等のグループが開発した手法をハネカムAPSKシステムに適用できるようにしたものであり、新規性があるだけでなく計算精度、計算時間、適用範囲などで、既存の方法に勝ると考えられる。

 また、(B)の非線型歪に対する誤り率、及びパワー・ペナルティの評価方法を与えた事で、ハネカムAPSKシステムの低消費電力化の可能性を数値的に示せるようにした。(C)で用いたパイロット・キャリア注入法は筆者が多値QAMの開発の時に提案したものであるが、これをハネカムAPSKに適用する事で、このシステムの実現を可能にした。ハネカムAPSKの信号点配置が優れていることは、以前からわかっていたが、その複雑さからディジタル多重無線への適用は無理であろうと思われていた。しかし、パイロット・キャリア注入法を用い、更に積分制御でキャリア近傍の信号レベルを下げておけば、キャリア再生は単一キャリアをフィルターで抽出するだけとなり、信号点配置に依存せずに高いS/Nの再生キャリアが得られる。

 また、こうして得たキャリアは絶対位相を与えるので、データの識別再生で必要となる3軸を合成する事が出来る。従って、パイロット・キャリア注入法はキャリア再生を可能にするだけでなく、識別再生も単純化でき、結果的にそれまで出来ないとされてきたハネカムAPSKシステムの開発を実現させた。つまり、ハネカムAPSKの開発自体に新規性があり、同時に、パイロット・キャリア注入法と組み合わせた事に新規性があると言える。

4 本研究の意義と各章の概要

本論文は7章と付録から構成されている。第一章は序論であって、本論文の目的と位置

付けをあたえる。

 第二章では本研究に用いた解析手法について述べる。

 第三章では変復調器を中心とした機器の劣化要因に対するパワー・ペナルティを評価し機器に要求される設計精度を明らかにする。

 第四章では周波数選択性フェーディングに対する耐歪特性の評価を行い、システム・パラメターと耐歪特性の関係を明らかにする。

 第五章ではハネカムAPSKによる低消費電力化について具体的に示す。初めにピーク電力、平均電力の改善効果を示し、次にグレー・コーディングの方法を説明し、最後に増幅器の非線型歪を含む場合の誤り率の計算方法を示し、これを用いて増幅器に必要なバックオフ量を決定する。このバックオフの評価によりハネカムAPSKの低消費電力化の総合評価が出来る。

 第六章ではハネカムAPSKシステムの試作について述べる。ここではパイロット・キャリア注入法を用いて得られる利点を述べる。つまり、この方法を用いると再生キャリアが絶対位相を与えるが、これにより、信号処理部を改善すれば、通常のの直交変復調器がそのまま使える事になる。この考え方で開発したモデモの特性を示す。つまり、第ニ章から第五章までの理論の実証として開発したシステムの特性の実測値を示す。

 最後に、第七章で本研究の結論を述べる

 また、第六章の検討でパイロット・キャリア注入法を用いたキャリア再生を述べたが、そこで、高いS/N比の再生キャリアを得る方法として採用した積分制御のキャリア近傍のスペクトル・パワーの抑圧効果を定量的に検討した結果を付録で述べる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「高い電力効率を持つディジタル無線中継システムの研究」と題し、ディジタル伝送方式の一つであるハニカムAPSKを中心とし、その特性の理論的解析からハードウエア試作設計による実証に至るまでを扱った研究であり、七章から構成されている。

 第一章は「序論」であり、マイクロ波の見通し内伝搬の歴史について概観し、ディジタル無線中継システムにおいては送信電力を抑えること及び、ハードウエア設計においてアナログ回路部分の設計精度がシステム全体の性能に与える影響が大きいことなど、システム開発上の課題を抽出すると共に、本論文で扱う研究範囲の明確化を行っている。

 第二章は「特性関数法による誤り率の評価方法」と題し、本論文で提案するハニカムAPSKの誤り率を計算するに当たって、従来知られていたフーリエ変換を行った変換領域で計算を行う特性関数法のハニカムAPSKへの拡張を行い、これにより理論的に比較的容易に誤り率が計算出来ることを示した。また符号間干渉、熱雑音を考慮し、信号点配置のハミング距離等を正確に反映する式を与えることにより、ビット誤り率の計算が理論的に厳密に行えることを示した。更に、試作システムによる測定値と提案理論値の間の誤差について論じ、提案手法の妥当性を実証した。

第三章は「変復調器に要求される設計精度の検討」と題し、二章で提案した手法を用いて、ハネカムAPSKの変復調器に要求されるパワーペナルティを明らかにしている。再生キャリアの位相誤差、タイミング誤差、振幅1次傾斜、遅延1次傾斜のそれぞれに対するパワーペナルティをQAMの場合と対比させながら示すことにより、両者のパワーペナルティはほぼ同等の特性を示すが、わずかにAPSKの方がパワーペナルティが小さいことを明らかにした。また、これによってQAMシステムを製造する技術と同等の技術でAPSKシステムを製造することが可能であること、設計精度はQAMの場合のデータが援用できることを示した。

第四章は「周波数選択性フェーディングに対する耐歪特性」と題し、QAMシステムを設計する際に、周波数選択性フェーディングに対する耐歪特性を示すシグニチャーが計算できると、システム開発前に瞬断率が推定可能となるなどシステム開発上有用な情報が得られることを指摘したうえで、QAMのシグニチャーの計算方法を示した。また、ハニカムAPSKシステムのシグニチャーの実測を通じて、これがQAMの場合とほぼ同等の特性を示すことを示し、QAMシグニチャーの理論値を用いればAPSKのシグニチャーがほぼ推測できることを明らかにした。また、トランスバーサル等価器を含むシステムのシグニチャーの計算方法を示し、所望の瞬断率を満足するための等価器の所要タップ数等の決定手法を解明した。

第五章は「ハニカム・コンステレーションによる低消費電力化」と題し、信号点配置を六角形のハニカム状にすることによる送信電力の低減効果を理論的に検討した。まず、ハニカムAPSKにおいては、各データ点と隣接するデータ点の間のハミング距離は4点について1,2点について2とすることが最適であることを示した上で、多値QAMの信号点配置を適切に二次元的に歪めてやれば、ほぼ所望の信号点配置となることを明らかにした。また、このようにして得られた68値ハニカムAPSKにおいては、QAMに対して平均電力を0.6-0.8dB,ピーク電力を1.0-1.5dB程度抑制することができることを示した。更に、電力増幅器の非線形歪を考慮して誤り率を計算する方法を導出し、これを用いてバックオフをパラメータとして誤り率特性を計算し、APSKによる改善効果を定量的に示した。

第六章は「ハニカムAPSKシステムの試作」と題し、五章までの知見に基づいて開発したAPSKシステムの内容を示すと共にその特性を明らかにしている。まず、パイロット・キャリア注入法を用いると再生キャリアの絶対位相が得られるので実システムへの適用可能性が増大し、若干のディジタル信号処理を工夫すれば変復調器は従来の直交変復調器がそのまま使用できることを示した。また5タップTEQLを装備した68値ハニカムAPSKシステムを開発し、周波数選択性フェーディングに対する改善効果をシグニチャーで評価し、その瞬断率が2.5秒程度/年と推定できることを示した。なお、本方式はディジタル信号処理を複雑にする代わりにアナログ回路を単純したものであり、製造コストを下げる手法としも先駆的なものである。

第七章は「本研究の成果と今後の展開」であり、論文の成果と今後の展開及び、無線中継システムの研究開発を通じた研究の方法論をまとめている。

以上これを要するに、本論文では、ディジタル無線中継システムの特性を理論的に計算する手法を提示すると共に、ハニカムAPSKシステムの提案を行い、また提案システムの特性を理論と実験から解明し、既存のQAMシステムに対する優位性を明らかにした研究であり、電子情報学に貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(情報理工学)の学位論文として合格と認められる。

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