学位論文要旨



No 216095
著者(漢字) 渋谷,和憲
著者(英字)
著者(カナ) シブヤ,カズノリ
標題(和) 血小板減少および血液疾患モデルにおけるトロンボポエチンの効果の研究
標題(洋) The study of Effects of Thrombopoietin in Various Murine Models of Thrombocytopenia and Hematological Disease
報告番号 216095
報告番号 乙16095
学位授与日 2004.09.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 第16095号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 教授 赤沼,宏史
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 池内,昌彦
 東京大学 助教授 松田,良一
内容要旨 要旨を表示する

 血小板は止血において重要な役割を担っている血液細胞のひとつであり、骨髄中に存在する造血幹細胞から分化した巨核球系細胞より産生される。この血小板産生を特異的に促進する体液性の造血因子をトロンボポエチン(Thrombopoietin:TPO)といい、キリンビール医薬探索研究所では1994年にその遺伝子クローニングに成功した。その後、TPOの組換えタンパクが作製されるようになるとTPOについての基礎研究が急速に進展し、TPOが血小板産生機構の重要な役割を担っていること、また正常動物にTPOを投与すると血小板数は正常値の4〜5倍にまで増加することか,ら、TPOはin vivoにおいても強力な血小板増加作用を有することが明らかとなった。これらの知見から、TPOは臨床における各種血小板減少症の治療薬として期待されている。本研究ではin vivoにおけるTPOの効果を明らかにするために、大腸菌で作製したヒトTPOのN末端側ドメイン(TPOの生物活性を持つ部位でrHuMGDFと呼ばれる)をポリエチレングリコール(polyethylene glycol:PEG)で化学修飾したPEG-rHuMGDFを用いて、放射線療法および自己免疫疾患による血小板減少症などの実験的血小板減少モデルマウス、あるいは白血病モデルマウスなどにPEG-rHuMGDFを投与してその効果を検討し、TPOの臨床的有用性について考察した。

 癌の治療では化学療法や放射線照射が行われるが、その治療に伴い骨髄の造血前駆細胞が減少し(骨髄抑制)、非常に深刻な血小板減少症が引き起こされる。本研究では放射線照射による骨髄抑制モデルにおけるPEG-rHuMGDFの単回投与の効果について検討した。マウスに亜致死線量の放射線を照射して骨髄抑制モデルを作製した。このモデルでは血小板減少のみならず白血球や赤血球も減少する。このモデルに対しPEG-rHuMGDFを放射線照射の1時間後に単回投与すると、用量依存的に血小板減少が軽減され、その回復期間の短縮効果が示された。同時に、白血球減少および貧血も改善された。PEG-rHuMGDFの投与により、末梢血中の各種血球の回復に先立って、骨髄ではCFU-Mkや巨核球の回復、またDay-12-CFU-Sなどの未熟な造血前駆細胞が回復した。さらに骨髄抑制マウスの骨髄細胞を別の致死量放射線照射したレシピエントマウスに再移植した結果、PEG-rHuMGDFの投与により造血再構築能を持つ細胞の回復が促進されていることが明らかとなった。また、PEG-rHuNfGDFの投与で十分な血小板減少の改善効果を得るためには骨髄抑制処置後速やかに投与を開始する必要があることが判明した。これは、骨髄抑制処置を施してから早ければ早いほど、骨髄中のCFU-MkなどのPEG-rHuMGDFに反応する前駆細胞がより多く生き残っているためと考えられた。さらに、このモデルにおいてPEG-rHuMGDFと別の造血因子であるG-CSFとその効果を比較したところ、非常に高い量のG-CSF単回投与よりもPEG-rHuMGDFの方が血球数の回復に効果的であった。PEG-rHuMGDFの血球回復に対する顕著な効果を検討するためその血中半減期を調べたところ、G-CSFと比べて非常に長いということが明らかとなった。PEG-rHuMGDFはこの長い血中半減期を持つことにより、単回投与でもある程度投与量を多くすれば十分な血小板減少の改善効果を持つと考えられた。

 特発性血小板減少性紫斑病(idiopathic thrombocytopenic purpura:ITP)は抗血小板自己抗体が体内で産生され、脾臓における血小板の破壊が亢進して極度の血小板減少に陥る自己免疫疾患である。自己免疫疾患モデルマウスである雄性(NZWxBXSB)Fl(W/B F1)は18週齢以降になると抗血小板自己抗体が産生し血小板減少が惹起され、ヒトのITPによく似た症状を呈する。本研究ではこのマウスを用いてITPに対するPEG-rHuMGDFの効果について検討した。血小板減少状態のW/B F1に対し、PEG-rHuMGDFの投与は用量依存的に血小板減少を改善した。同時に、巨核球系造血が亢進していることを示す、新しく産生された血小板である網血小板数の増加や、脾臓および骨髄におけるCFU-Mkや巨核球数の増加も観察された。ITPの特徴として血小板に結合している抗血小板抗体の量(PAIgG)が増加するが、PEG-rHuMGDFにより血小板数を増加させることでPAIgGが減少することが判明した。これは、PEG-rHuMGDFにより抗原である血小板が増加しても抗体産生が亢進していないことを示している。また、投与前のPAIgGの量にかかわらずほとんどの例においてPEG-rHuMGDFの効果は見られたが、PAIgGが非常に高いいくつかの例では効果が見られなかった。臨床ではITPに対し脾臓を摘出することがしばしば行われるが、無効である場合も多い。血小板減少状態のW/BF1に対して脾臓摘出を施行しても無効であったマウスに対しPEG-rHuMGDFを投与したところ、著明な血小板減少の改善効果が示された。また、ITPでは血小板破壊の亢進により血小板寿命が短縮しているが、PEG-rHuMGDFの投与はその寿命に影響を与えなかったことから、血小板破壊をさらに亢進させないことが示唆された。さらに、非常に長期に渡りPEG-rmuMGDF(マウスTPO)を投与したが、その投与期間中は血小板数増加効果が維持された。以上により、慢性血小板減少疾患であるITPに対するPEG-rHuMGDFの有用性が示唆された。

 TPOのレセプター(c-Mpl)は骨髄増殖性白血病症候群を発症させるネズミのレトロウイルス癌遺伝子v-mplの一部と相同であることが明らかにされている。また、臨床においても急性白血病患者のおよそ半数の白血病細胞の表面にはc-Mplが存在しており、その中にはin vitroにおいてTPOにより増殖が刺激される例も報告されている。しかし、c-Mplを発現している細胞に対しTPOがin vivoにおいてどのような影響を及ぼすかについては明らかでなかった。本研究ではc-Mplを発現しているマウス白血病細胞をマウスに移植して白血病モデルを作製し、PEG-rHuMGDFの効果を検討した。L-8057はマウス巨核芽球性白血病細胞であるが、放射性標識TPOを用いた結合試験により細胞表面にc-Mplを持つことが判明した。この細胞を静脈内移植されたマウスでは白血病が引き起こされ、その進行に伴い末梢血の白血球数の増加、血小板数の減少、および脾臓や肝臓の肥大が観察され、移植からおよそ2週間で死亡した。L-8057に対しPEG-rHuMGDFはin vitroでは作用を示さなかったが、L-8057を移植された白血病モデルマウスに対しPEG-rHuMGDFを移植翌日より連日皮下投与することにより生存延長効果が認められた。PEG-rHuMGDF投与群では白血球増加の抑制および血小板数の増加、さらに脾臓や肝臓の肥大の抑制効果が見られた。また、PEG-rHuMGDF投与群では脾臓中の白血病細胞の数が減少すると同時に、白血病コロニー形成細胞の割合が減少し、その白血病細胞を別のマウスに再移植したときの生存期間は延長した。すなわち、PEG-rHuMGDFはin vivoにおいてマウス白血病細胞に対し質的な変化を引き起こし、白血病悪性度(Leukemogenicity)を減少した。同様に、c-Mplを持つL-8330マウス赤芽球系白血病モデルに対してもPEG-rHuMGDF投与は生存期間を延長したが、c-Mplを持たないL-8801骨髄球系白血病モデルに対しては生存期間を延長しなかったため、PEG-rHuMGDFによるLeukemogenicityの低下はc-Mplを介した作用であると考えられた。

 以上のように、PEG-rHuMGDF(TPO)は血小板減少症治療薬として有用な薬剤となることが期待される。また、PEG-rHuMGDF(TPO)には白血病細胞に対しLeukemogenicityの低下を引き起こす可能性も考えられ、このメカニズムは今後の白血病治療にも生かされることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 渋谷和憲氏は血液細胞の1つである血小板の産生とトロンボポエチン(Thrombopoietin:TPO)のin vivo(生体内)系における効果を明らかにする研究を行った。その為、TPOのN末端側ドメインをポリエチレングリコールで化学修飾したPEG-rHuMGDFをTPOとして使用した。そして放射線療法又は自己免疫疾患による血小板減少モデルマウス、あるいは白血病モデルマウスなどにTPOを投与してその効果を検討し、TPOのin vivo活性について考察した。

 まず放射線照射による骨髄抑制モデルにおけるTPOの単回投与の効果について研究を行った。骨髄抑制モデルマウスに対しTPOを放射線照射の1時間後に単回投与すると、用量依存的に血小板減少が軽減され、その回復期間の短縮効果が示された。同時に、白血球減少および貧血も改善された。また、TPOの投与で十分な血小板減少の改善効果を得るためには骨髄抑制処置後速やかに投与を開始する必要があることが判明した。さらに、このモデルにおいてTPOと別の造血因子であるG-CSFとその効果を比較したところ、非常に高い量のG-CSF 単回投与よりもTPOの方が血球数の回復に効果的であった。TPOの血球回復に対する顕著な効果を検討するためその血中半減期を調べたところ、G-CSFと比べて非常に長いということが明らかとなった。

 次に、18週齢以降になると抗血小板自己抗体が産生し血小板減少が惹起され、ヒトの特発性血小板減少性紫斑病(idiopathic thrombocytopenic purpura:ITP)によく似た症状を呈する自己疾患モデルマウスを用いて、ITPに対するTPOの効果について検討した。その結果、血小板減少状態にあるマウスに対し、TPOの投与は用量依存的に血小板減少を改善した。同時に、巨核球系造血が亢進していることを示す、新しく産生された血小板である網血小板数の増加や、脾臓および骨髄におけるCFU-Mkや巨核球数の増加も観察された。血小板減少状態のモデルマウスに対して脾臓摘出を施行しても無効であったマウスに対しTPOを投与したところ、著明な血小板減少の改善効果が示された。

 更に、TPOのレセプター(c-Mpl)を発現しているマウス白血病細胞をマウスに移植して白血病モデルを作製し、PEG-rHuMGDFの効果を検討した。その結果、TPO投与群では白血球増加の抑制および血小板数の増加、さらに脾臓や肝臓の肥大の抑制効果が見られた。また、TPO投与群では脾臓中の白血病細胞の数が減少すると同時に、白血病コロニー形成細胞の割合が減少し、その白血病細胞を別のマウスに再移植したときの生存期間は延長した。すなわち、TPOは in vivo においてマウス白血病細胞に対し質的な変化を引き起こし、白血病悪性度(Leukemogenicity)を減少した。

 このように、渋谷氏は血小板減少または血液疾患モデルを用いてTPOの in vivo における効果を明らかにした。

 したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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