学位論文要旨



No 216097
著者(漢字) 兒玉,益広
著者(英字)
著者(カナ) コダマ,マスヒロ
標題(和) ラット実験的ぶどう膜炎治療におけるDrug Delivery Systemの有効性の研究および前房内投与Dexamethasoneの全身作用の考察
標題(洋)
報告番号 216097
報告番号 乙16097
学位授与日 2004.09.29
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16097号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 助教授 荒川,義弘
 東京大学 助教授 朝比奈,昭彦
 東京大学 助教授 玉置,泰裕
 東京大学 講師 関根,信夫
内容要旨 要旨を表示する

1.序論,背景,研究目的

 Surodexはdexamethasone60μg含有の直径1mm,高さ2mmのポリマー共重合体で、7〜10日間で溶解しながらactive drugを徐放するDDSである。眼内直接投与が可能で、頻回な点眼作業や失敗失効の懸念は無く、薬剤損失は少なく、消炎効果の持続性が期待できる。白内障術後前房内炎症への有効性を示した既報があり、Surodexはぶどう膜炎治療においても、ステロイド薬全身投与以前の段階として非常に期待できるものがあると考えた。そこでEIU,EAUという強いぶどう膜炎を引き起こす動物実験モデルを用いて、以下を目的として研究を行った。

(1)EIUの実験において、急性前眼部炎症性疾患に対しての治療効果を確認

(2)EAUの実験において、ぶどう膜網膜炎に対しての予防的もしくは治療的有効性を確認

(3)ラット前房内に持続的に放出されるdexamethasoneの全身作用を観察・考察

2.実験方法と結果

 Surodex等の前房内投与は、手術用顕微鏡下で右前房を30Gメスで穿刺し、ピンセットを用いて行った。

(1)EIU実験系

実験はLPS投与後約24時間後に行った。

a-1)EIUにおける治療効果の病理組織学的解析

眼球を摘出してHE染色下で病理所見を観察した。病理組織学的スコアリングの結果は、投与眼でEIUの炎症が抑制される傾向があった。

a-2)EIUにおける治療効果の前房内蛋白濃度による解析

前房水を採取して解析した前房内蛋白濃度は、投与眼で低値だった。

a-3)EIUにおける治療効果の前房内細胞数による解析

前房水を採取して計測した前房内細胞数は、投与眼で少なかった。

a-4)EIUにおける治療効果のMyeloperoxidase (MPO) Assayによる解析

虹彩と毛様体を分離採取して解析したMPOは、投与眼で低値だった。

以上のようにSurodex投与によるEIUの抑制が示唆された。

(2)EAU実験系

a-1)Surodexの留置投与部位による予防・治療効果を比較

Surodex前房内投与群と腹腔内投与群,placebo前房内投与群,EAU control群の4群で、臨床的炎症のスコアリングの比較をした。前房内Surodex投与群では投与眼,非投与眼ともEAUの発症は完全に抑制されたが、他群では発症が著明に見られた。

a-2)Surodex前房内投与において、時間差を設けた場合の予防・治療効果を比較

Surodex前房内投与を免疫同日投与の群(0day),7day群,12day群,EAU control群の4群での比較結果(投与眼vs非投与眼のスコアリング)は、

0day群: 0.0±0.0 vs 0.0±0.0 (n=5),

7day群: 0.0±0.0 vs 1.2±0.4 (n=5,p<0.05),

12day群: 0.6±0.2 vs 2.0±0.0 (n=5,p<0.01)

positive control群: 2.0±0.7 (n=10)

0day群の投与眼,非投与眼と、7day群の投与眼は完全に抑制され、EAU control群に対し有意だった(p<0.01)。7day群の非投与眼は軽度の発症が見られ、投与眼とはp<0.05の有意差であった。12day群では、投与眼でさえも軽度の発症が認められたがEAU control群に対し有意に低かった(p<0.05)。非投与眼では有意差が無かった。投与眼と非投与眼の間には有意差(p<0.01)があった。

以上のように、Surodex前房内投与は投与眼のEAU抑制効果があるが、投与時期によっては他眼にも抑制効果を表す結果が得られた。

b-1)Surodex前房内投与において、組織学的に治療効果を比較

Surodexまたはplacebo前房内投与群,EAU control群の3群で、製剤投与を9dayとした。EAUの臨床的炎症極期とされる14dayに両眼球を摘出し、HE染色を施した病理所見は、Surodex投与眼にほぼ正常の形態を留めたが、他群ではEAUの病理像が確認できた。

b-2)Surodex前房内投与眼,非投与眼におけるサイトカインの測定

Surodexまたはplacebo前房内投与群,EAU control群の3群で、製剤投与を9dayとした。14dayに眼球摘出して眼球内溶液サンプルを作成し、ELISAキットにてIFN-γ,IL-4,IL-2の測定を行った。

IFN-γの測定:EAU発症眼では507.35〜1616.96pg/mlと高値だったが、Surodex投与眼では、40.96pg/mlと明らかに低値だった。(健眼サンプルの値は35.50pg/ml)

IL-4の測定:EAU発症眼では5.21〜8.85pg/mlだったが、Surodex投与眼では、31.74pg/mlと高い値だった。(健眼サンプルの値は15.35pg/ml)

IL-2の測定:EAU発症眼では21.84〜27.00pg/mlだったが、Surodex投与眼では74.48pg/mlと高値だった。(健眼サンプルの値は79.88pg/ml)

Surodex前房内投与によるEAUの抑制は病理所見からも裏付けられた。IFN-γ,IL-4の測定結果からTh1劣位な状況が示唆されたが、Th2優位な状況であったことは可能性に留まった。

c-1)Surodex前房内投与個体と非投与個体の遅延型過敏反応(DTH)の比較

Surodexまたはplacebo前房内投与群,EAU control群,normal control群の4群で、製剤投与日を9dayとした。14dayにIRBP50μgを耳介皮下に注射した24時間後(15day)の腫脹した耳介の厚さを測定した結果(DTH)は、Surodex群で低い結果だったが有意ではなかった。48時間後(16day)のDTHは、Surodex群で有意に低かった。

c-2)Surodexの留置投与部位による遅延型過敏反応(DTH)の比較

Surodex前房内投与群,結膜下群,腹腔内群,EAU control群の4群で、投与日を9dayとし、14dayにIRBP50μgを耳介皮下に注射した24時間後(15day)のDTHは、EAU control群に対して前房内群,結膜下群ともに有意に低かった(p<0.01)が、腹腔内群では差が無かった。48時間後(16day)のDTHは、EAU control群に対して前房内群,結膜下群ともに有意に低かった(p<0.01)が、腹腔内群ではEAU control群と差が無かった。

同様の4群において、Surodex投与日を9dayとし、20dayから24時間後(21day)のDTHは、EAU control群に対して前房内群,結膜下群,腹腔内群ともに有意に低かった。48時間後(22day)のDTHは、EAU control群に対して前房内群,結膜下群,腹腔内群とも有意に低かった。

前房内投与されたSurodexから放出されたdexamethasoneは全身循環を介して全身に作用を及ぼすことが示唆された。房水流出路から全身循環に至ったか、実際には血液眼柵の破壊があったという可能性も考えられた。

d-1)Surodex前房内投与個体と非投与個体の体重増加率の比較

Surodexまたはplacebo前房内投与群, EAU control群,normal control群の4群で、製剤投与日を9dayとし、9dayから16dayにおける体重変化を百分率で算出した結果には、Surodex群でのみ体重減少が見られた。

d-2)Surodex前房内投与個体と非投与個体の白血球数の比較

同4群において、製剤投与日を9dayとし、7日後に測定した白血球数は、Surodex群では有意に減少していた。

Surodex前房内投与の全身作用が確認され、前房内から全身循環への薬物動態について非常に興味深い課題を得た。

3.考察とまとめ

 今回の実験においてSurodexがぶどう膜炎治療に有効である可能性が示唆された。全身作用がある程度認められ、眼内投与されたステロイドインプラントによっても全身的副作用がありうることは注意を要すると考えられたが、投与dexamethasone量は少なく、かつEAUを有意に抑制したという結果は、Surodexは全身作用を減らしながら強い局所効果を持つというDDS本来の目的に沿った結果が得られたといえる。ぶどう膜炎治療において、ステロイド薬はその中心であるが、旧来の投与法では治療困難となったり、副作用に苦慮する場合もあった。局所投与であるSurodexは点眼よりもターゲティングに優れ、全身投与による副作用を少なくすることが可能である。また長期のコントロールドリリースによって、患者の点眼コンプライアンスを懸念することなく、確実な薬物のデリバリーが簡便な操作で可能になった。臨床の場における全てのぶどう膜炎治療では、消炎が最も優先されるべき事項であり、この優れたdexamethasone-delivery-systemであるSurodexは重要なアイテムと成り得る。加えて、他の眼疾患に対してステロイド薬を使用する場合にも、一つの有益な選択肢と成り得る。現段階のSurodexが現実に臨床の場で使用可能となれば、ぶどう膜炎患者や我々眼科医にとっても、大きな恩恵と展望が得られると思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、今後の著しい進歩が期待される眼科疾患治療用Drug Delivery Systemを題材とし、Surodexという新しい製剤を取り上げた。眼内組織の炎症性疾患であるぶどう膜炎は、不可逆性に網膜視細胞を傷害しうるため、できるだけ早く治療を行わなければならない。その治療において副腎皮質ステロイド薬はその中心であるが、点眼,局所注射,全身投与では治療困難な症例や副作用に苦慮する場合もあった。Surodexは60μgのdexamethasoneを含有したポリマー共重合体で、基本製剤は7日から10日の間に自然溶解しながらactive drugを持続的に放出する新しいbiodegradableなDDSである。局所投与であるが故に、点眼よりもターゲティングに優れ、全身投与による副作用を回避することが可能である。また長期のコントロールドリリースによって、患者の点眼コンプライアンスを懸念することなく、確実な薬物のデリバリーが簡便な操作で可能である。本研究ではendotoxin-induced uveitis(EIU),experimental autoimmune uveoretinitis (EAU)という、強いぶどう膜炎を引き起こす動物実験モデルを用いて、Surodexのぶどう膜炎に対する抗炎症作用(予防・治療効果)を解析し、臨床応用の安全性・有用性に対する免疫学的基礎データを得ることを目的として、以下の結果を得た。

1. EIUはグラム陰性菌の細胞壁に含まれるlipopolysaccharide(LPS)などのendotoxinを足蹠皮下に投与することにより発症する急性の前眼部炎症性疾患であるが、LPS投与と同時にSurodexを投与した眼では病理組織学的にEIUの炎症が抑制される傾向が示された。また前房水内の炎症細胞数,蛋白濃度,Myeloperoxidaseといったパラメータにおいても投与眼が有意に低い結果を得、Surodexの抗炎症効果が示された。

2. EAUは網膜視細胞層に局在する自己抗原を強化免疫することにより発症する抗原特異的自己免疫性ぶどう膜網膜炎モデルであるが、本実験ではSurodexの投与部位,投与時期を違えて、臨床的にその効果を確認した。Surodexを腹腔内投与した群と前房内投与した群とに分け、前者(全身投与群)に比較して後者(局所投与群)が有意に抗炎症効果の強いことが示された。更にSurodex投与の時期が早ければ抗炎症効果も強いことを示唆し、かつ非投与眼である対側眼にも抗炎症効果を及ぼす可能性が示された。眼の免疫には未知な部分が多いため、その機序を解明することは困難であるが、今後の新たな展開を期待させる結果が示された。

3. 病理組織学的には網脈絡膜の炎症が抑制されていることを確認し、前房内投与であるSurodexが網脈絡膜すなわち後眼部の治療効果も有し得ることを示唆した。またEAUの発症に関与するエフェクターTh細胞はTh1細胞であることが明らかになっているが、本実験においてはSurodexによってEAUが抑制された群でIFN-γの低下とIL-4の増加の結果を得たことによりTh1は劣位,Th2は優位となっている可能性を示し、サイトカイン測定という方法からEAUの抑制およびSurodexの抗炎症効果が示された。

4. Surodexを前房内という限局されたスペースに投与後、その全身への作用として遅延型過敏反応が有意に抑制された結果が示された。またラットに対してステロイド薬を投与した場合に体重減少や白血球減少といった副作用があるが、Surodexを前房内投与して同様の結果が示された。眼内投与されたステロイドインプラントによっても全身的な副作用がありうることが示唆され、注意を要すると提言した。その一方で、過去に報告されることの無かった前房内から全身循環への薬物動態という、非常に興味深くかつ今後大きな実験テーマとなりうる課題を提示した。

 以上、本論文はSurodexという新しいDrug Delivery Systemの実験的ぶどう膜炎に対する治療効果を明らかにし、同剤の臨床応用の可能性を示唆した。また一方で、これまで研究報告のなされていなかった前房内から全身循環への薬物動態という新しい視点を提示し、眼炎症・眼薬理の研究において重要な貢献を成すと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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