学位論文要旨



No 216098
著者(漢字) 門野,岳史
著者(英字)
著者(カナ) カドノ,タカフミ
標題(和) L-selectinはintegrinと協奏してリンパ球の移行を制御し免疫応答を司る
標題(洋)
報告番号 216098
報告番号 乙16098
学位授与日 2004.09.29
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16098号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,耕三
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 助教授 岩田,力
 東京大学 助教授 朝比奈,昭彦
 東京大学 助教授 天野,史郎
内容要旨 要旨を表示する

 白血球が血管内皮細胞を通り抜けリンパ組織などの血管外の組織へと移行することはリンパ球のホーミング及び炎症局所における生体防御機構において重要である。白血球が血管内皮細胞を通り抜けるメカニズムとしてmultistep modelが提唱されている。それによると、血球はまず血管内皮細胞に対してtetheringを起こし、引き続きローリングを開始する。その後血球は固着(firm adhesion)に至り、transmigrationを起こして血管外に脱出すると考えられている。L-selectinは細胞接着分子の一つで、殆どの白血球に恒常的に発現し、血球と血管内皮との間のtetheringおよびローリングの基盤となる。血球の固着を導く分子としてはβ2 integrinが知られており、これにはLFA-1及びMac-1が含まれ、リガンドとしては血管内皮に発現されるICAM-1などが知られている。

 従来、血球のローリングと固着とは別の機構によるもので連続的に起こると考えられていた。しかし、プラスチック上に固着したICAM-1を用いたところβ2 integrinはtethering及びローリングを導くことが報告され、またin vivoの実験でも、ICAM-1がローリングに関与することを示唆する結果が得られた。従って、β2 integrinが白血球の固着のみならずtetheringおよびローリングにも働き、ローリングから固着への綱渡しをすることが考えられた。しかしながら、in vivoでは様々な細胞接着因子やケモカインが作用しているため個々の分子の役割のみを検証するのは困難であり、またリンパ球と好中球を鑑別するのも難しい。今回我々はプラスチック上に固着した精製タンパクを用いるのでなく、培養血管内皮細胞にL-selectinのリガンドとICAM-1を発現させることにより、L-selectinとβ2 integrinとが協奏的にリンパ球のローリングに働いていることをしめした。

 具体的には血管内皮由来のhy.926細胞にFtVII cDNAをトランスフェクトすることによりL-selectinのリガンドを細胞表面に発現させたもの(926-FtVII細胞)、および更にこれにICAM-1 cDNAをトランスフェクトしたものを実験に供し、これらのトランスフェクタントを用いてin vitroにてflow chamber assayを行った。926-FtVII細胞にICAM-1の発現が加わると人リンパ球のローリングは有意に増加し、これはリンパ球のローリングの速度の低下によると考えられた。更にCD18の発現が低下しているマウスのリンパ球は野生型マウスリンパ球と比べてローリング数が減少し、またローリングの速度も増加していた。また、このCD18の発現が低下しているマウスのリンパ球は末梢リンパ節への移行が野生型マウスリンパ球と比べて減少していた。同様にレシピエントとしてICAM-1欠損マウスを用いて野生型リンパ球を移入したところ、野生型リンパ球の末梢リンパ節への移行はレシピエントとして野生型マウスを用いた場合と比較して有意に低下していた。今回の結果により、L-selectin単独で最初のtetheringやそれに引き続くローリングが生じるが、更にICAM-1が血管内皮に発現した場合、ICAM-1は固着を誘導するのみならずリンパ球のL-selectinに依存するローリングを一層効率的にすることを明らかにした。

 他の血球の固着を導く分子としてはβ7 integrinが知られている。L-selectin及びβ7 integrinは殆どのリンパ球に発現しているが、そのリガンドの分布には組織特異性が見られる。L-selectinのリガンドは主として末梢リンパ節や腸管膜リンパ節の高内皮細静脈に恒常的に見られる一方、α4β7 integrinのリガンドであるMAdCAM-1は腸管のパイエル板や腸管膜リンパ節の高内皮細静脈及び腸管粘膜固有層の血管に発現している。そのため、L-selectinが欠損するとリンパ球の末梢リンパ節への移行が低下し、β7 integrinが欠損するとパイエル板への移行が低下する。また、この両者が欠損すると末梢リンパ節、パイエル板に加えて腸管膜リンパ節へのリンパ球の移行が低下する。

 第2部では、L-selectin及びIIβ7 integrinを欠損したマウスを用いて種々の経路で免疫を行い、こうしたリンパ組織への移行の低下が免疫反応にどのような影響をもたらすかについて検討した。経口免疫を行ったところ、L-selectin及びβ7 integrinの両者が欠損すると全ての抗原特異的抗体産生が著しく低下したが、β7 integrin単独欠損では抗原特異的IgA産生のみが低下した。次に、経鼻免疫を行ったところ同じ粘膜組織でも経口免疫とは異なる反応を示した。すなわち抗原特異的抗体産生はL-selectin単独欠損により著明に減少し、β7 integrinはその補助的役割を示すのみであり、この反応はむしろ経皮免疫に類似した。この結果は、同じ粘膜組織であっても鼻咽頭関連リンパ組織へのリンパ球の移行はα4β7 integrinよりもL-selectinに依存しており、NALT及び頚部リンパ節における高内皮細静脈では主としてL-selectinのリガンドが発現していることによると考えられた。L-selectin及びβ7 integrinの欠損では全身の免疫反応の低下は見られず、また腸管及び腸管関連リンパ組織でのエフェクター細胞数やCD11c陽性細胞数の減少は明らかでなかった。以上より、L-selectin及びβ7 integrinは主としてナイーブリンパ球のリンパ組織への移行を司ることにより組織特異的に免疫応答を制御すると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は白血球に発現する細胞接着因子であるL-selectin及びintegrinが如何に協奏的に作用し、生体内におけるリンパ球の移行を制御しているかについて検討している。L-selectin及びβ2 integrinの関係についてはin vitro flow chamberを用いた系とcell transferを用いたin vivoの系を活用し、L-selectin及びβ7 integrinの関係についてではノックアウトマウスを用いて抗原特異的抗体産生を測定する系を活用し下記の結果を得ている。

1.血球のローリングはselectinによって、固着は主にintegrinに依存し、この両者各々独立したものと従来考えられていた。今回培養血管内皮細胞にL-selectinのリガンドとICAM-1を発現させ、in vitro flow chamberを用いて人リンパ球のローリング数を測定ことにより、L-selectinとβ2 integrinとが協奏的にリンパ球のローリングを高め、またローリングの速度を低下させることが明らかとなり、β2 integrinが血球のローリングに関わることが示された。

2.同様にCD18の発現が低下しているマウスのリンパ球を用いたところ、野生型マウスリンパ球と比べてローリング数が減少し、またローリングの速度も増加していた。以上よりマウスにおいてもβ2 integrinが血球のローリングに関わることが示された。

3.Cell transferの系を用いてCD18の発現が低下しているマウスのリンパ球を野生型マウスに静注したところ末梢リンパ節への移行が減少していた。更に野生型リンパ球をICAM-1欠損マウスに移入したところやはり末梢リンパ節への移行が減少していた。以上よりβ2 integrinが血球のローリング及び固着に働くことによりリンパ球の末梢リンパ節への移行を制御することが示された。

4.血球の固着を導く他の分子としてはβ7 integrinが知られている。L-selectinのリガンドは主として末梢リンパ節や腸管膜リンパ節に見られる一方、α4β7 integrinのリガンドは腸管のパイエル板や腸管膜リンパ節及び腸管粘膜固有層に発現している。そのため、L-selectinが欠損するとリンパ球の末梢リンパ節への移行が低下し、β7 integrinが欠損するとパイエル板への移行が低下する。また、この両者が欠損すると末梢リンパ節、パイエル板に加えて腸管膜リンパ節へのリンパ球の移行が低下する。今回L-selectin及びβ7 integrinを欠損したマウスを用いて経口免疫を行ったところ、L-selectin及びβ7 integrinの両者が欠損すると全ての抗原特異的抗体産生が著しく低下したが、β7 integrin単独欠損では抗原特異的IgA産生のみが低下した。

5.経鼻免疫を行ったところ同じ粘膜組織でも経口免疫とは異なる反応を示した。すなわち抗原特異的抗体産生はL-selectin単独欠損により著明に減少し、β7 integrinはその補助的役割を示すのみであり、この反応はむしろ経皮免疫に類似した。以上より、同じ粘膜組織であっても鼻咽頭関連リンパ組織へのリンパ球の移行はα4β7 integrinよりもL-selectinに依存しており、NALT及び頚部リンパ節における高内皮細静脈では主としてL-selectinのリガンドが発現していることによると考えられた。

6.L-selectin及びβ7 integrinの欠損では全身の免疫反応の低下は見られず、また腸管及び腸管関連リンパ組織でのエフェクター細胞数や抗原提示細胞数の減少は明らかでなかった。以上より、L-selectin及びβ7 integrinは主としてナイーブリンパ球のリンパ組織への移行を司ることにより組織特異的に免疫応答を制御することが示された。

 以上、本論文はL-selectinとβ2 integrinとが協奏的にリンパ球のローリングを誘導すること、またL-selectinとb7 integrinとがリンパ球のリンパ組織への移行を司ることにより組織特異的に抗原特異的抗体産生を制御することを明らかにした。本研究は生体内におけるリンパ球の移行の機序とそれに伴う免疫応答の制御に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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