学位論文要旨



No 216103
著者(漢字) 遠藤,新
著者(英字)
著者(カナ) エンドウ,アラタ
標題(和) 地区を顕在化する都市再生手法の研究 : 米国中西部ダウンタウン・フリンジの再生戦略を中心に
標題(洋)
報告番号 216103
報告番号 乙16103
学位授与日 2004.10.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16103号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西村,幸夫
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 大野,秀敏
 東京大学 助教授 北沢,猛
 東京大学 助教授 小泉,秀樹
内容要旨 要旨を表示する

 米国のダウンタウン再生は、スクラップ・アンド・ビルド型の大規模な再開発による物理的な環境改善から始まった。だが現在はハード改善とソフトな施策の組み合わせ、コミュニティ再生の強調などを通じて、都市自体の魅力を高めるための都市再生へシフトし、空間的な性格の曖昧であった既成市街地に「個性的な地区」を出現させている。本研究は米国ダウンタウン再生過程に見られた「個性的な地区」の出現は、既成市街地を再構築する局面において一つの有効な目標になり得るだろう、という仮設的立場を立脚点にして、空間特性が曖昧な一般的既成市街地内に新しく個性的な地区が出現する現象を「地区の顕在化」という概念で提起し、個性的な地区の顕在化によって生じた米国ダウンタウンの新しい空間秩序、個性的な地区の顕在化の要因、地区を顕在化させる仕組みと手法を解明し、性格の曖昧な一般既成市街地における空間整備に対して有効な知見を得ることを目的とした。ここで「個性的な地区」を、ビジネスや居住などの都市的活動が再集積し、空間的・機能的差異によって周辺領域とは異なる同一性を有した面的領域と定義する。本研究の意義は、(1)地区の顕在化したダウンタウンの空間秩序の解明が、我が国既成市街地整備の一つの手本につながること、(2)地区の顕在化する空間整備の仕組みを解明することで我が国既成市街地における「改善型街づくり」の手法研究・開発に貢献が期待されること、(3)従ってその仕組みを動かす手法の解明は、我が国の行政および行政外の街づくり専門組織に対しての貢献が期待されること、の3点が挙げられる。

 論文は、3つの分析作業に「枠組み」と「結論」を含めて次の5つの部分から構成される。第一の部分では、研究の枠組みを明らかにした(序章)。第二の部分では、ダウンタウンにおける地区顕在化の一般的動向の分析から「個性的な地区」の要素を理論的に導き(第一章)、続いて具体的なダウンタウンを選んで「個性的な地区」の空間構造や相互関係等を検証した。これによって、個性的な地区によって構成される新しいダウンタウンの空間秩序を解明した(第二章)。第三の部分では、複数のダウンタウンを対象として再生のための空間整備のプロセスとその背景にある計画的取り組みの分析を行い、個性的な地区が顕在化した要因と、その顕在化の仕組みを解明した(第三章)。第四の部分では、複数の個性的な地区を対象として空間整備プロセスを持続的に展開させていく取り組みの分析を行い、地区の顕在化の仕組みを動かしていくための手法を抽出した(第四章〜第七章)。第五に、以上の分析と考察から、ダウンタウンの空間秩序および地区の顕在化の仕組みと手法について要点を考察し、一般的な既成市街地に於ける空間整備に関して有効な手法を提案した(結章)。

各章の概要は次の通りである。

 第一章「米国ダウンタウンにおける空間整備動向」では、米国のダウンタウンにおける空間整備プロジェクトの一般動向の分析から、米国のダウンタウンに顕在化している「個性的な地区」には、ダウンタウンの整備された場所の特性とダウンタウンに新しく整備された機能とによって、6つの典型的な「地区モデル」が存在すると論じた。但し、通常のダウンタウンでは、空間整備事業が機能的に完全に分離されているとは考えにくいので、実際にはこれらの「地区モデル」が重なり合うことによって「個性的な地区」が顕在化していると論じた。

 第二章「ダウンタウンにおける個性的な地区の空間特性」では、米国内にある6都市、セントポール、ミルウォーキー、クリーブランド、ミネアポリス、ピッツバーグ、カンザスシティのダウンタウンを対象に、第一章で明らかにした6つの「地区モデル」を手がかりにして「個性的な地区」を抽出し、空間構造や相互関係の検証を行った。その結果、6都市のダウンタウンからは全24地区が抽出され、(1)地区モデルにはそれぞれに特有の基本的空間構造があること、(2)個性的な地区は「単一型」「拡張型」「積層型「連接型」という4つの基本的構造によって地区モデルが組み合わさり、地区としての同一性が生まれていること、(3)個性的な地区は既成市街地の内部の空間形態を修復し、その周囲には既成市街地と調和・一体化するような新規開発が行われていること、(4)個性的な地区は、歩行者空間のネットワークによって緩やかに結びつけられているため、ダウンタウン全体の歩行者回遊機能が確保されていることを明らかにした。

 第三章「ダウンタウンにおける個性的な地区の顕在化する仕組み」では、引き続き6ダウンタウン全24地区を対象に、ダウンタウン再生のための空間整備プロセスとその背景にある計画的取り組みの分析を行い、(1)自治体によるダウンタウン全体の再生戦略と地元地権者の内発的・組織的な地区保全の取り組みの二つが地区モデルの「形成要因」になっていること、(2)自治体のダウンタウン再生戦略からの要請と空間整備時のデザイン的対応が地区モデルの「統合化の要因」になっていること、(3)地区の顕在化には「自治体主導型」「地権者組織主導型」「自治体・地権者組織役割分担型」「触媒組織主導型」の4つの典型的な仕組みがあることを明らかにした。

 第四章「クリーブランド市ユークリッド・ゲートウェイ地区の顕在化手法」では、同地区の顕在化のプロセスにおける、市と、民間の事業促進組織による空間整備プロジェクトの実践活動を分析し、「自治体主導型」と「自治体・地権者組織役割分担型」の地区顕在化に関する空間整備の持続的展開のための手法を考察した。その結果、ゲートウェイ開発ではアーバンデザインの検討によってユークリッド通り界隈とつなぐ試みが行われ、これが地区顕在化を導いたことが明らかになった。また、HGNC(行政外の街づくり専門組織)が歴史的建造物の修復と資金調達をリンク、事業の企画段階でのコンセプトデザインとフィジビリティスタディ等によって地区内の民間事業を誘発していることが明らかになった。ここから空間整備の持続的展開を導く10の手法を抽出した。

 第五章「セントポール市ロウアータウン地区の顕在化手法」では、同地区の顕在化のプロセスにおける、市と民間の事業促進組織による空間整備プロジェクトの実践活動を分析し、「触媒組織主導型」の地区顕在化に関する、空間整備の持続的展開のための手法を分析した。その結果、LRC(行政外の街づくり専門組織)がデザインとマーケティングを柱に、市とのパートナーシップだけでなく、市の支援が行き届かない事業まで幅広く対応することで地区の顕在化を実践していることが明らかになった。3パターンのデザイン支援、地区内のコミュニティ形成に対する包括的支援、近年の開発が注目されているリバーフロントでの計画策定と実践、におけるLRCの事業支援のプロセスを検証し、ここから空間整備の持続的展開を導く8の手法を抽出した。

 第六章「ミルウォーキー市サードワード地区の顕在化手法」では、同地区の顕在化のプロセスにおける、市と民間の事業促進組織による空間整備プロジェクトの実践活動を分析し、「地権者組織主導型」の地区顕在化に関する、空間整備の持続的展開のための手法を分析した。その結果、HTWA(行政外の街づくり専門組織)は公共強空間の整備事業を実施するBIDと地区内の民間事業をコントロールするARBという二つの相互補完的機構を設置することで地区再生の機能を一元化し、地区の顕在化を主導してきたことが明らかになった。リバーフロント再生を中心に地区顕在化のプロセス検証し、ここから空間整備の持続的展開を導く6の手法を抽出した。

 結章「地区を顕在化する手法の考察」では、地区の顕在化は、ダウンタウンのフリンジ領域に多様な目的地を生みコア領域とこれらを結ぶ歩行者空間整備によって回遊性の高いダウンタウンをもたらしたこと、背景には、ダウンタウン再生戦略と実現施策としての大規模な集客施設開発、民間事業を誘導するための組織体制および地元地権者の内発的な地区整備といった要因のうえに、自治体による事業および民間事業を促進する継続的な空間整備・誘導の体制が存在していたと論じた。また、地区の顕在化を持続的に展開するためには、街づくり専門組織による、(1)プロアクティブな事業関与と包括的な問題解決による事業化の促進、(2)追加的な資金調達の手法、(3)効率的な事業プロセスの提示による民間事業の誘導、(4)俯瞰的立場から事業に関わり地区全体の枠の中で異なる事業の関係づけ、(5)このような組織・体制維持のために地区内で抱える事業リスクと組織の経営リスクの分離(6)行政組織は、権限移譲・権威付け・行政プロセスへの位置づけなどで街づくり専門組織の活動を支えることの6つが要点だと論じた。

 以上から、我が国の一般既成市街地における空間整備に対して、(1)場所特性と機能分担の観点から性格付けを計画し、建物修復によって空間形態・構造を強化しながら、周辺の調和的な新規整備によって、市街地内に地区を個性化していくこと、(2)行政組織から、街づくり・都市開発に必要な計画・実践機能を外部化した本格的な街づくり専門組織を設置して、行政組織と地権者による新しいパートナーシップを構築すること、(3)街づくり専門組織は地区のデザインを活動目標に位置づけ、専門家スタッフを登用してプロアクティブな関わりによる事業促進、地区のコンセプトに適した事業を地区内に呼び込むための動的なインセンティブの提示による事業誘導、長期的な街づくり活動の成果・過程によって組織の活動を評価する枠組みと経営の仕組みを検討すること、の3つを提案した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、米国における大都市の都心部の再生過程を対象に、成功した事例には都心部周辺に個性的な複数の地区が出現しているという現象に着目し、空間的特性が曖昧な一般的既成市街地内に新しく個性的な地区が出現するという現象を「地区の顕在化」という概念で総括し、それが米国大都市の都心部の再生に以下に寄与したのかを明らかにすることを目的としている。さらに、なぜ米国においては「地区の顕在化」という現象が見られるようになったのか、それはどのようにして実現したのか、についても考察している。

 これらの作業を通して、とりわけわが国の都市に共通してみられる性格の曖昧な一般的既成市街地における空間整備に関して有効な知見を得ることを目標としている。

 論文は研究の枠組みを示した序章の他、7章から成っている。

 第1章は、米国大都市の都心部における空間整備の動向を要約している。そのなかで、都心部(本論文ではダウンタウンと呼称している)のコア領域であるCBD地区の周辺にフリンジ領域が存在し、そこでの課題は低所得者層の居住地などの旧組織の整備と鉄道ヤード跡地なdの失われた空間の再整備が共通していることを明らかにしている。これらの作業を通してダウンタウンに顕在化した個性的な地区の構成要素を明らかにしている。

 第2章は、長い歴史を有すると同時に衰退からの脱却を共通の課題としている中西部の6都市を採り上げ、それぞれのダウンタウンにおける空間整備プロジェクトを詳細に分析し、プロジェクトの連鎖によって個性的な地区を顕在化させていく方法論を明らかにしている。以上の2つの章によって、個性的な地区を旗印に既成市街地を再構築することの計画論的な意義を提示している。

 第3章は、個性的な地区を顕在化する計画的取り組みとその方法を中西部6都市を事例に、相互比較を行いつつ、詳細に明らかにしている。個性的な地区を生成のプロセスを戦略及び組織体制の両側面から分析している。

 以上、第1,2、3章によって、米国ダウンタウンの戦略的な変貌について、その空間秩序と既成市街地全体の再構成の方法論を明らかにしている。

 続く第4,5,6章は、個性的な地区を顕在化させる仕組みと実践手法に関して具体的な事例をもとに論じている。

 第4章は、クリーブランド市のユークリッド・ゲートウェイ地区を対象に、事業誘導の仕組みと実践手法について具体的な事例をもとに論じている。

 第5章は、セントポール市ロウアータウン地区を対象に、開発公社の役割を明確に評価し、特にデザイン支援のあり方とそのプロセスについて詳細に論じている。

 第6章は、ミルウォーキー市サードワード地区を対象に、リバーフロントにおける戦略的な連鎖的市街地整備のシナリオを評価しつつ論じている。

 結章は、以上の分析を通して、ダウンタウンのフリンジ領域において、伝統的ショッピング地区モデル、歴史的エンターテイメント地区モデル、歴史的ロフト地区モデル、エンターテイメント開発地区モデルが共通した土地利用として抽出されている。そして、これらの地区を継続的に維持管理し、再生させていくためには、まちづくり専門組織による連続的かつ戦略的な事業化が図られる必要がある、という点に関して、具体的な議論をおこなっている。

 都心部の再生戦略を考察する際に、新しく都心のフリンジ領域に着目し、そのフリンジ領域がどのようなものであるのかを明らかにし、その地区区分をおこない、そこにおける連鎖的かつ戦略的な事業プロセスのあり方を示している。

 このような米国の都心部再生の過程が具体的な都市の詳細なデータをもとに実証されたことは過去に例がなく、日本における都市再生の戦略のにおおいに寄与しているといえる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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