学位論文要旨



No 216104
著者(漢字) 藤原,茂喜
著者(英字)
著者(カナ) フジワラ,シゲキ
標題(和) パワーアシストカートに関する研究
標題(洋)
報告番号 216104
報告番号 乙16104
学位授与日 2004.10.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16104号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 教授 浅間,一
 東京大学 教授 佐々木,健
 東京大学 助教授 太田,順
内容要旨 要旨を表示する

 これからのロボットは人と隔離された空間で作業するのではなく,人と一緒になって作業を行うことが求められている。ロボットと呼ぶには少し無理があるが,その例としてパワーアシストの自転車や,車椅子(当研究の実用化と同時期)が実用化されている。

 本研究では,力の代替としてのパワーアシスト技術に着目し,その実用化を目指したシステムを提案する。そのひとつが人手で運ばれる数百 [ kg ] 相当の重量台車である。

 本研究の目的は,軽自動車レベルの重量のある手押し車両を,モータの存在を意識させず,まるでスーパーの買い物カートを操作する感覚で,軽快に手動操作できるパワーアシストカートを開発することである。

 その第一の応用対象として,Fig.1に示す保温保冷機能のある配膳車を選定する。従来の電動タイプは,あらかじめ速度を設定し,操作ハンドルに設置されたスイッチのオン・オフで駆動/停止を行わせる方式である。しかし,下記課題がある。

 ・重量機械の動きに人が合わせるため,恐怖感がある

 ・コーナリング前の減速や微妙な操作が困難である

 ・旋回はディファレンシャルギヤを介した手動旋回になるため重く,特にエレベータへの出し入れ等の微妙な操作が困難である

 これらの課題に対し,パワーアシストカートは,メインスイッチと非常停止スイッチ以外のスイッチやレバーは存在しない。そして,操作者によるハンドルへの力の大きさとその方向により,車体の速度と進行方向が自動的に決定される。よって,モータの存在を意識させず,あたかも軽量台車のように楽に操作することができると想定される。

 まず,パワーアシストにおいて,基幹要素は人の操作力を検出する力センサである。できる限り周囲の環境変化に影響されないセンサが必要である。力センサが誤検出すると,重量車両が暴走する危険性があるため,最重要な対象である。そこで,操作力に応じて生じる板バネの変位を,渦電流式変位センサで測定する方法を提案する。操作性,出力安定性,温度変化,湿度変化,ヒステリシスに優れた,構造が簡単な力センサである。

 また,たとえば,50 [ N ] の操作力に対し,変位としては最大でも約0.3 [ mm ] なので,操作者にはその変位がわからない程度である。これにより,アクセルを踏んでいるような,いかにも駆動させている感覚をもたせずに,操作力を検出することが可能になる。

 操作ハンドルの形状は一般の台車に多い横バー型であり,台車との接続部にこの力センサを備えている。操作方向は,2自由度(前後,旋回)および 3 自由度(前後,左右,旋回)の検出ができる2種類のハンドルを試作・検証した。

 次にパワーアシスト制御技術を車両に適用し,前後,旋回の2自由度の操作力を検出し,その力をアシストできる2自由度駆動制御型パワーアシストカートについて述べる。

 前輪2輪をキャスター,後輪2輪をそれぞれモータで駆動できる方式とし,操作力の検出値に,アシストゲイン ( 操作力に対するモータの力増幅率 ) をかけてモータによる補助力とする。

 平地で良好な操作感となるアシストゲインを設定していても,坂道の上りでは,重く感じられ,操作感が悪化する場合がある。その対策として,アシストゲインを力検出値に応じて変化させることとする。坂道でも,平地よりほんの少し大きめの操作力で登坂できるようになる。

 重量車両を,一人で軽快に操作できてしまうための安全対策が必要である。速度超過しそうな場合は,操作感を急に重くすることで,設定値以上の速度がでない安全なシステムである。

 特殊な例として,操作ハンドルが1台の車両に前後2ヶ所あるパワーアシストカートにて,たとえ前後から二人が同時にハンドルを握っても,危険にならない安全性を実現する。

 このように,多くの課題を解決した結果,最大で700 [ kg ] もの重量台車に対し,軽快な操作感を実現している。

 次に通路での幅寄せ移動や縦列駐車等を容易にするために,より運動性能を高める必要が生じた。第2段階として,パワーアシストカートを, 2自由度駆動車両から,横移動やその場回転できるホロノミックな全方向移動車両 ( ODV:Omni-directional Vehicle ) に発展させ,その操作性をさらに向上させることとする。

 車輪としては,Fig.2に示すユニバーサルホイールを車両の四隅に,前進方向に対し,45°の角度を持たせて配置する。

 まず,坂道へ斜めに進入しても4輪が必ず接地するサスペンション構造,全方向移動機構をパワーアシスト駆動でスムーズに動作させる制御手法などを提案する。

 また,細長い長方形台車の短辺側をもって,横移動させる場合,操作が難しくなることは,容易に想像できることである。パワーアシスト制御でも同様である。そこで,左右方向への操作力と両手の偶力がほぼ等しくなるように制御することにより,操作感が格段に向上することを提案し,検証する。

 4輪キャスターの台車を引き操作すると,左右によくふらつく。パワーアシストでも同様である。その対策として,全方向移動制御 ( 押し操作用 ) と仮想2自由度駆動制御 ( 引き操作用 ) に,切替できるようにすることを提案する。仮想2自由度制御とは,あたかも2自由度駆動制御型パワーアシストの動きを制御で実現するものである。両手で力センシング・ハンドルを保持した場合は押し操作が多いものとして全方向移動制御,片手で力センシング・ハンドルの中央を保持した場合は引き操作が多いとして仮想 2 自由度駆動制御とする。把持部の検知は,ハンドルに光電センサを配置することで実現する。引き操作時に全方向移動車両のコーナーでの走行性を良好にする方法として,前後・旋回は速度制御であるが,横移動のみ目標位置を 0 とする位置制御の手法を提案し,実験によりその効果を検証する。パワーアシスト制御の有無にかかわらず,全方向移動車両のコーナリング特性や,直進性をも良好にする非常に有効な方法であると考える。

 全方向移動において,前後・左右独立に速度の制限値を設定しても,操作者が操作したい方向と,車両が駆動する方向が一致するように補正計算する方法を提案する。

 急な加速をさせても,恐怖感なく,また,加速が遅く感じることもない,速度の大きさに応じた加速度制限機能を提案する。

 ユニバーサルホイールのフリーローラの芯材を樽形にすることにより,走行振動を激減させる。また,ユニバーサルホイールのバレル間に保護用プロテクタを設けることで,段差乗り越えの耐久性を飛躍的に向上させる。

 これら多くの項目を検証していったことにより,全方向移動機構においても,軽快な操作感を実現した。

 このように操作が簡単になり,便利になった反面,操作ミスに起因する障害物,特に壁面との接触事故の危険性が増加した。

 この課題を解決するために,最も接触事故の多い壁などの固定物を対象として,自動的に障害物との衝突を回避する技術について述べる。

 障害物と車両との距離を測定できる超音波センサを,Fig.3に示すように車両の四隅に 2 個ずつ配置し,その障害物と衝突が回避できる全方向移動型パワーアシストカートについて,独自の衝突回避方法を提案する。

 まず,超音波センサの送信タイミングをランダムに発信させることにより,同一車両内,または他の車両の複数の超音波センサがあっても,相互干渉したり,誤検出のない信頼性の高い衝突回避用センシング・システムを構築する。

 車両先端横向きに取付けた超音波センサの検出値と,車両の移動軌跡の推定値を組み合せることにより,車両側面に多くの距離センサを並べなくても,障害物を推定できることを提案する。

 独自の衝突回避方法として,旋回中心 ( 純モーメントを力センシング・ハンドルに与えた場合,車両旋回の中心となる点 ) を自由に設定できる全方向移動機構の特性を利用する。その旋回中心をコーナー角に最も近い車両中心軸上に設定することにより,内輪差による衝突が回避できることを提案し,検証する。同様に外輪差による衝突回避も,旋回中心の位置の移動方法で可能であることを提案する。

 また,超音波センサの検出範囲は扇形に広がるため,車両の端に設置された状態では,正面の障害物か,側面のそれかを検知することが困難である。車両進行方向に対する壁の角度を45°を境に判定できることを考案し,検証する。これにより,正面か側面の障害物かの判断がつきやすくなり,側面の壁の近くを並行に動作する場合や,エレベータへの出入りでも,急に減速することはなくなり,操作性の向上に役立つ。

 これらを実現することで,超音波センサの数を少なくできる ( 計 8 個 ) 。また,万一,超音波センサが誤検出しても,最大 700 [ kg ] にもなる車両が,操作者に恐怖感を与えない制御方式をとることができる。

 2自由度駆動制御のパワーアシストカートにおいても,超音波センサを利用し,壁との衝突回避方法を実現したことについて述べる。

 内輪差の衝突回避において,車輪駆動用モータのエンコーダ情報に基づく旋回角度の制御にしたため,超音波センサの誤動作があっても,操作者に危険を及ぼすようなことのない,安全な制御システムを提案し,検証する。

 このように,2自由度駆動制御型パワーアシストカートにおいても,衝突回避機能を持たせることができることを示した。

Fig.1. Overview of a meal delivery cart

Fig.2 Universal Wheel

Fig.3 Ultrasonic sensors

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「パワーアシストカートに関する研究」と題し,人の操作力を検出し,モータでその力を補助することにより,最大700 kgの手押し台車を,あたかもスーパーマーケットの買い物カートを操るように軽快かつ安全に操作できる電動カートの開発を目的として行った研究の成果を纏めたものである.

本論文は,次の7章から構成されている.

 第1章「序論」では,パワーアシストに関する従来研究を概観し,本研究の背景と研究目的について述べている.

 第2章「パワーアシスト用力センシングハンドル」では,人の操作力を検出する力センサの開発に関して行った研究を述べている. 操作力によって生じる板バネの変位を渦電流式非接触変位センサで検出し,これを力に換算する方式を提案している.操作性,出力安定性,温度変化,湿度変化,および低ヒステリシス特性の点で,従来のひずみゲージを利用する力センサに比べて実用面において優れていることを示している.この力センサは,操作ハンドルに簡便に取り付けることができ,3個の変位センサを使うことによりXYθの3自由度の力(トルク)の検出を行えており,商品化されたパワーアシストカートに利用されている.

 第3章「2自由度駆動型パワーアシストカート」では, 前後,旋回方向の 2 自由度の操作力を検出し,重量車両の駆動力をモータのトルク制御によってアシストする方式のパワーアシストカートについて行った研究について述べている.平地での良好な走行に加え,アシストゲイン(力検出値をモータの駆動力で補助する増幅率)を力検出値に応じて変更することにより,坂道でも楽に登坂できることを示し,制御方式の有効性を実証している.また,上限の速度を超えた場合に,操作感を急に重くすることによって,設定値以上に速度が大きくならないようにする工夫をすることにより安全なシステムと実現している.

 第4章「全方向移動型パワーアシストカート」では, パワーアシスト制御技術とホロノミックな全方向移動技術を組み合わせることによって,前後,左右,旋回の 3 自由度の操作力を検出して,全方向に軽快に駆動できる電動カートの開発について述べている. 坂道へ斜めに進入しても4輪が問題なく接地するサスペンション構造,全方向移動機構をパワーアシスト駆動でスムーズに動作させる制御手法などを提案している.長辺の長い台車の短辺側をもって,横移動させる場合には,4輪キャスターの手動台車で経験するように操作が難しくなる.そこで,左右方向への操作力と両手の偶力がほぼ等しくなるように制御することにより,横方向の移動における操作感が格段に向上できる方法を考案し,その有効性を検証している.

 実際の車両の制御方法として,両手で力センシングハンドルを保持した場合には押し操作が多いとして全方向移動制御を選択し,片手で力センシングハンドルの中央を保持した場合は引き操作が多いとして仮想2 自由度駆動制御を選択する方法を提案している.これにより,長距離移動での片手引き操作時のふらつきが大幅に解消され,一方,エレベータ内などで微妙な操作をしたいときは全方向移動を可能とした.

 これらに加えて,ユニバーサルホイールのフリーローラの芯材を樽形にすることにより,走行振動を激減させた.また,ユニバーサルホイールのバレル間に保護用プロテクタを設けることで,段差乗り越えの耐久性を飛躍的に向上させている.

 第5章「パワーアシストカートの衝突回避機能」では, 壁などの障害物との衝突が回避できるパワーアシストカートについて,新しい衝突回避方法を提案している.

 まず,車両周辺の障害物の検知法として,車両先端で横向きに取付けた超音波センサの検出値と,車両の移動軌跡の推定値を組み合せることにより,全車両側面の障害物情報を検出する方法を提案している.また,衝突回避方法としては,自動組立に関する研究で発展した弾性中心RCCの考え方を上手く適用している.具体的には旋回中心の位置を移動させることで,内輪差や外輪差の衝突の回避を実現している.

 この衝突回避機能により,接触事故を気にせず,大型重量台車を女性でも気楽に操作できるようにすることが出来ている.

 第6章は本論文の結論であり,本研究で得られた成果についての総括を行っている.

 第7章はパワーアシストカートおよびこれに関する研究開発の将来展望を行い,さらに取り組まなければならない課題について述べている.

 このように,本論文でなされた研究において,パワーアシストカートの設計と制御に関する多くの考案をおこない,その有効性を実証している.特に,操作感や安全性に関して得られた多くの知見は,人とロボットが共存する社会で起こる問題の解決に役立つものと考えられ,学術面での成果が高く評価できる.また,本研究に述べられた研究成果にもとづいて商品化されたパワーアシストカートは病院等における配膳車として既に利用されており,わが電動アシスト配膳車の95%以上のシェアを占めており,産業界における貢献も大きい.

 よって本論文は博士 (工学) の学位請求論文として合格と認められる.

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