学位論文要旨



No 216106
著者(漢字) 長谷川,勝哉
著者(英字)
著者(カナ) ハセガワ,カツヤ
標題(和) 酸化物中間層材料の面内配向化とREBa2Cu3Oy超電導体薄膜のエピタキシャル成長に及ぼす効果
標題(洋)
報告番号 216106
報告番号 乙16106
学位授与日 2004.10.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16106号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 幾原,雄一
 東京大学 教授 渡邉,聡
 東京大学 助教授 下山,淳一
 東京大学 助教授 霜垣,幸浩
 東京大学 助教授 山本,剛久
内容要旨 要旨を表示する

 Y123を中心としたRE123は,液体窒素温度で利用可能な超電導体として最も研究が進んでいる物質である.またその薄膜は高い臨界電流密度(Jc)を有するため,超電導線材として利用することが期待されている.実際,多結晶体であっても高度に結晶配向させたY123膜は線材として非常に優れた性能を示す.しかしながら,これを実現する上では,RE123の材料としての複雑性の理解はもとより,その結晶配向の制御,テンプレートとなる面内配向した中間層/基板の作製技術の開発など,種々の問題点を克服してはじめて,この物質の持つ優れた性能を引き出すことができる.したがって,これらの物質についてプロセス技術の開発と共に,高Jc化のための基礎となる配向結晶成長機構を解明する必要があった.

 本論文は,基板傾斜(ISD)法および表面酸化エピタキシー(SOE)法により酸化物中間層の面内結晶配向化を行い,これを利用した高いJcを持つRE123系超電導体薄膜による線材化に関する基礎研究をまとめたものである.

本研究の要約

 第1章「序論」では,本研究の背景を,酸化物高温超電導体の特徴と,応用面,特に線材開発における課題と共に概観した.代表的な酸化物超電導体の中で,臨界温度(Tc)が高くかつ液体窒素温度・高磁界下においても利用が可能な高温超電導体として,RE123の特徴を述べた.また,RE123の中でも,Sm123やNd123のバルク結晶において,プロセス技術の開発によってY123よりも高いJc-B特性が見いだされたことを示し,本研究において,Y123に加え,Sm123を選択した理由について述べた.次に,高Jc化のためには面内結晶配向の導入が必須であること,そのために提案されている各種の手法とその問題点を示し,本研究において基板傾斜法および表面酸化エピタキシー法を選択した理由について述べた.最後に,本研究の目的と本論文の構成について述べた.

 第2章「基板傾斜法による面内配向YSZ及びMgO膜の作製と面内配向化機構」では,特定の結晶配向を持たない金属基板上であっても,人工的に三次元的な結晶配向を導入することができるISD法を用いて,RE123線材に適用可能な,面内配向した酸化物中間層結晶としてYSZとMgOを選択し,前者はレーザ蒸着法,後者は電子ビーム蒸着法により作製した.YSZにおいては,ISD法による面内配向膜の特徴的な配向組織である,基板入射方向に傾いた柱状結晶からなることを見出した.これは一方向,特に基板面に対して斜め方向から蒸着粒子が基板上に供給された時に形成される薄膜結晶の組織であって,主に磁性金属膜において提案されていたself-shadowing効果による組織と類似していることを明らかにした.またMgOにおいては,結晶配向化の過程をより詳細に調査することにより,成長した膜の初期において,蒸着粒子の入射方向に傾いた一軸配向が現れ,その後,面内の配向化が進むことを明らかにすると共に,その配向方位選択の起源について結晶成長の素過程から考察した.更に,MgOとYSZの両方について比較・評価することによって,基板傾斜法による面内結晶配向化について,この二つの材料を同じ原理で説明できる配向成長モデルを提案した.すなわち,YSZとMgOの何れの材料においても成長した膜の初期において,蒸着粒子の入射方向に傾いた一軸配向が現れること確認した.その結晶面はMgOでは(100),YSZでは(110)であった.この一軸配向の傾き角度は,早い結晶粒が遅い結晶粒をovergrowthして生き残るというevolutionary slectionの考え方により,成長速度の基板垂直な成分が最大となる角度関係を計算で求めた結果とよく一致した.更に,低指数面で囲まれた結晶の形と基板傾斜による幾何学的配置を基にして,面内の結晶成長速度の異方性に拡張することにより,同じ原理でYSZとMgOの面内配向化を説明した.

 第3章「表面酸化エピタキシー法による面内配向NiO膜の作製とその面内配向性向上」では,面内配向の導入方法として,配向Ni基板の表面を酸化することによって面内配向NiO膜を形成する手法である,SOE法を取り上げた.酸化の条件・過程を詳細に調査するとことにより,高配向化の方法として,低温かつ低酸化雰囲気により,成長速度を低く制御した熱処理が有効であることを見出した.更に,薄膜の結晶成長方法との類推から,二段階の熱処理,すなわち,第一段階として前記低温低酸素熱処理を,第二段階として高温高酸素熱処理を施すことによって,十分な成長速度を確保し,かつ高い面内配向度を実現できる方法に発展させた.

 第4章「BaZrO3中間層がSmBa2Cu3Oy膜のエピタキシャル成長に及ぼす効果」では,RE123膜のヘテロエピタキシャル成長に適した,新しい中間層としてBaZrO3(BZO)を提案し,その効果を異種界面における界面エネルギーの概念を導入することによって説明した.RE123のテンプレートとして面内配向した中間層/基板を作製しても,そのままではRE123のプロセスに適合しない場合は,第二中間層が必要となる.実際,ISD-MgO膜は第一中間層として高い面内配向度が得られたが,この上へ直接形成したSm123膜では良好な配向を示さなかった.BZOを第二中間層としてISD-MgO上に挿入することにより,Sm123膜の高い面内配向を実現できることを見出した.MgOとBZOの格子定数はほぼ同じであるため,単純な格子整合ではこのようなBZOによるSm123膜の面内配向性向上を説明できない.そこで,BZOとSm123の結晶構造と界面エネルギーに着目して,BZOがSm123のエピタキシャル成長に有効な理由を説明した.さらに界面の微細構造の観察,および第一原理計算によって,このモデルを検証した.

 第5章「RE123膜の作製とc/a軸配向制御」では,第2章から第4章において述べた各種の基板/中間層の上にRE123膜を作製し,その結晶配向制御と結晶配向機構をまとめた.これまでにほとんど報告例のないSm123膜については,MgO単結晶基板を用いて成長条件について調査するとともに,Y123,Nd123との違い,c/a軸配向変化の振る舞いについて,界面エネルギーの効果を含めて議論した.線材構造においては,単結晶の場合の議論に加えて,多結晶性が付加された基板上への成長を扱う必要がある.RE123膜を線材構造へ適用するために,先ず,ISD-YSZ基板を用いてY123膜を形成し,約3μmの厚膜において半値幅15°の面内配向度と緻密な組織を有することを確認した.次に,ISD-MgO基板を用いてBZO中間層を介したSm123膜を形成し,面内・面外配向性を評価した.半値幅は11.5°と面内配向度は比較的高いものの,a軸配向が一部残存することが判明した.その原因としてISD-MgO基板のtiltが考えられたため,20°off-MgO単結晶基板の実験結果を比較・参照することにより,基板ステップがc/a軸配向変化に及ぼす影響を議論した.更に,tiltがなく,かつ面内配向した基板としてSOE-NiO/配向Niを用いることにより,BZO中間層を介した構造において,面内・面外とも高度に配向したSm123膜の成長に成功した.

 第6章「RE123膜の超電導特性」では,第5章において各種の基板/中間層の上に作製したRE123膜の超電導特性を評価した.RE123の中でも,優れた高磁場特性が期待されるSm123膜について,MgO単結晶基板上に形成したBZO中間層を用いることによって,その基礎特性を調査した.その結果,BZO中間層を形成しないMgO単結晶基板上のSm123膜と比較して,膜厚の薄い段階から高いTcを示すこと,膜厚を1 μm程度に増加させても高いJcを維持すること,液体窒素温度においてY123膜を凌ぐ高いJc-B特性が得られること等,第4章において採用したBZO中間層が,ヘテロエピタキシー性の向上に加え,超電導特性においても顕著な効果をもたらすことがわかった.また,金属基板上に面内配向した中間層を介して形成したRE123膜のJc特性について,面内配向度との関係を考察した.接合角度qthetaとしたバイクリスタル基板上のY123膜について得られているJc-qtheta特性から,面内で配向角度のばらつきを持つ結晶粒の集合体として評価できることがわかり,面内配向度がJcの重要な指針となることを示した.

 第7章「総括」では,本研究を要約し,今後の展望について述べた.

審査要旨 要旨を表示する

 液体窒素温度で利用可能な酸化物高温超電導線材の実用化は幅広い分野で革新的な進歩をもたらすと期待されている.中でもREBa2Cu3Oy(RE123,REは希土類元素)系の薄膜は高い臨界電流密度(Jc)を有するため,その潜在能力は非常に高い.しかしながら,これを実現する上では,RE123の材料としての複雑性の理解はもとより,その結晶配向の制御,テンプレートとなる面内配向した中間層/基板の作製技術の開発など,種々の問題点を克服してはじめて,この物質の持つ優れた性能を引き出すことができる.本論文では,RE123超電導体薄膜を用いた高Jc線材を作製するための基礎研究を行っている.本論文は7章からなる.

 第1章は緒言であり,本研究の背景として,酸化物高温超電導体の特徴と線材開発における課題を概説している.また,その中で,本研究の役割,位置づけ,必要性について記述し,本研究の目的について述べている.

 第2章では,特定の結晶配向を持たない金属基板上であっても,人工的に三次元的な結晶配向を導入することができる基板傾斜法(ISD法)を用いて,面内配向した酸化物中間層結晶YSZとMgOを作製している.これら二つの材料について比較・評価することによって,基板傾斜法による面内結晶配向化機構として,同じ原理で説明できる成長モデルを提案した.すなわち,YSZとMgOの何れの材料においても成長初期に蒸着粒子の入射方向に傾いた一軸配向が現れ,その結晶面はMgOでは(100),YSZでは(110)であった.この一軸配向の傾き角度は,成長速度が早い結晶粒が遅い結晶粒の上を成長して生き残るという競合成長選択則の考え方を用いて,成長速度の基板垂直成分が最大となる角度関係を求めた計算結果とよく一致した.更に,低指数面で囲まれた結晶の形と基板傾斜の幾何学的配置を基にして,面内の結晶成長速度の異方性を適用することにより,成長後期における面内配向化を説明できることを示した.

 第3章では,低コストの面内配向化手法として,配向Ni基板の表面を酸化させる表面酸化エピタキシー法(SOE法)を用い,面内配向NiOを作製している.従来法ではNiOの面内配向度が十分ではなかったため,酸化の条件・過程を詳細に調査し,第一段階として低酸素雰囲気での熱処理が有効であることを見出した.そして,第二段階として高温高酸素熱処理を施すことによって,十分な成長速度を持ち,かつ高い面内配向度を実現できる方法に発展させている(改良SOE法).更に,この改良SOE法が微細組織の向上に有効であること,および従来のSOE法とは酸化速度が異なることを明らかにし,これらの関係が粒界における高速拡散の考慮によって説明できることを示した.

 第4章では,RE123膜のヘテロエピタキシャル成長に適した中間層としてBaZrO3(BZO)を提案し,その効果を異種界面における界面エネルギーの概念を導入することによって説明している.ISD-MgO膜は第一中間層として高い面内配向度が得られたが,この上へ直接形成したSm123膜では良好な配向を示さなかった.BZOを第二中間層としてISD-MgO上に挿入することにより,Sm123膜の高い面内配向を実現できることを見出した.SOE-NiOの場合にも同様の効果を確認した.BZOの格子定数はMgOやNiOとほぼ同じであるため,単純な格子整合ではこのようなBZOによるSm123膜の面内配向性向上を説明できない.そこで,BZOとSm123の結晶構造と界面エネルギーに着目したモデルを立て,BZOがSm123のエピタキシャル成長に有効な理由を説明した.さらに界面の微細構造観察,および第一原理計算によって,このモデルを検証し,低い界面エネルギーがエピタキシャル成長の重要な因子であることを明らかにした.この概念は,従来の格子整合性に加えて,化学結合性を考慮したものであり,中間層材料の選択方法やヘテロエピタキシャル成長制御の指針として,超電導体に限らず,他の材料においても適用できることを示唆している.

 第5章では,第2章から第4章において作製した各種の基板/中間層の上にRE123膜を作製し,その結晶配向制御と結晶配向機構について述べている.Sm123膜についてMgO単結晶基板を用いて成長条件について調査するとともに,c/a軸配向変化の振る舞いについて議論した.RE123膜を線材構造へ適用するために,先ず,ISD-YSZ基板を用いてY123膜を形成し,比較的高い面内配向度と緻密な組織を有することを確認した.次に,ISD-MgO基板を用いてBZO中間層を介したSm123膜を形成した結果,面内配向度は比較的高いものの,a軸配向が一部残存することが判明した.その原因としてtiltに伴う基板ステップがc/a軸配向変化に及ぼす影響を議論した.更に,tiltがない基板としてSOE-NiO/配向Niを用いて,BZO中間層を介して,高度にc軸配向かつ面内配向したSm123膜が得られることを示した.

 第6章では,第5章において作製したRE123膜の超電導特性を評価している.優れた高磁場特性が期待されるSm123膜について,MgO単結晶基板上に形成したBZO中間層を用いて,その基礎特性を調査した.その結果,BZO中間層を形成しないMgO単結晶基板上のSm123膜と比較して,膜厚の薄い段階から高いTcを示すこと,膜厚を1μmに増加させても高いJcを維持すること,および液体窒素温度において高いJc-B特性が得られたことから,BZO中間層が結晶配向性向上に加えて超電導特性においても顕著な効果をもたらすことを明らかにした.またSOE-NiO基板上にBZOを用いた低界面エネルギー積層構造からなるSm123薄膜線材において高Jc特性が得られることを明らかにした.更に,金属基板上に面内配向した中間層を介して形成したRE123薄膜線材を面内で配向角度のばらつきを持つ結晶粒の集合体と見なすことによって,面内配向度に対する線材Jcの傾向が導かれることを示した.

 第7章は総括である.

 要するに,本論文は,RE123超電導体薄膜を用いた高い臨界電流密度(Jc)を有する線材を開発するために,テンプレートとなる第一中間層,RE123超電導層との適合性を高める第二中間層,およびRE123超電導層を作製し,各々の層についてプロセス条件に対する結晶配向性や微細組織を評価することによって配向結晶成長機構を明らかにするとともに,これら異種材料間の適合性について界面エネルギーの観点から検証した内容をまとめたものであり、マテリアル工学の発展に寄与するものである.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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