学位論文要旨



No 216109
著者(漢字) 高橋(今野),尚子
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ(コンノ),ナオコ
標題(和) 前立腺細胞増殖に対するIGF-1およびFGF-2の関与
標題(洋)
報告番号 216109
報告番号 乙16109
学位授与日 2004.10.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16109号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長瀬,隆英
 東京大学 助教授 川口,浩
 東京大学 講師 池田,均
 東京大学 講師 戸邊,一之
 東京大学 講師 石川,晃
内容要旨 要旨を表示する

(背景と目的) 近年前立腺癌の罹患率、死亡率が上昇傾向を示し、また前立腺肥大症患者数も急増している。今後も高齢化人口の増加に伴い、これら前立腺疾患への対策が課題となることが予測されるが前立腺の増殖、癌化に関しては未解明の部分もいまだ多い。前立腺はホルモン依存性の臓器であるが、増殖因子や神経伝達物質などの関与も示唆される。増殖因子のひとつであるインスリン様増殖因子(insulin like growth factor:IGF-1)は多くの癌や肉腫でのオートクリン、パラクリン増殖因子として知られているが、前立腺組織においても癌や肥大症の発生に関与していることが知られている。また繊維芽細胞増殖因子(fibroblast growth factor:FGF-2)も種々の細胞の分裂、分化、血管新生や発癌に大きく関わり、前立腺肥大症や前立腺癌でも発現の増加も報告されている。今回、前立腺上皮にのみ発現するprobasinプロモーターを用いてこれらの増殖因子がそれぞれ前立腺にのみ発現するようなトランスジェニックマウスの作成を行い、単一の増殖因子遺伝子がどのように前立腺細胞の増殖、分化に関与するかを検討した。

 (方法) はじめに下図のごとくラットのshort probasinプロモーターの下流にIGF-1もしくはFGF-2のcDNAが来るように遺伝子発現ベクターの作成を行った。

これよりprobasinプロモーターからrabbit beta-globin polyAを含むように切り出したコンストラクトをマウスの前核期受精卵へインジェクションを行い、この受精卵をマウスの卵管内に移植させた。出生したマウスの尾よりジェノミックDNAを抽出し、PCRを用いてトランスジェニックマウスを確認した。probasinプロモーターのDNA配列からセンスプライマーをIGF-1もしくはFGF-2のcDNA配列からアンチセンスプライマーを作成し、PCRを行った。確認したトランスジェニックマウスを繁殖、犠死させて得た前立腺組織の解析を行った。

 IGF-1トランスジェニックマウスはwestern blottingを用いて前立腺でのIGF-1の発現量を確認後、免疫組織染色(IGF-1、IGFBP-3)を用いてその局在を確認した。またHE染色標本は光学顕微鏡(BX51-34、Olympus)デジタルカメラ(DP50、Olympus)とWINROOF(Mitani corporation,Fukui)を使用し、組織形態解析を行った。

 FGF-2遺伝子発現ベクターはLipofectaminTM を用いてアンドロゲン依存性ヒト前立腺癌細胞樹立株LNCaPに遺伝子導入させ、Probasinプロモーターのみを含むベクターpUC18-probasinを遺伝子導入させたものをコントロールとしてFGF-2蛋白量をwestern blottingにて比較した。IGF-1トランスジェニックマウスと同様にFGF-2発現ベクターから切り出したコンストラクトを用いてFGF-2トランスジェニックマウスの作成を行った。FGF-2トランスジェニックマウスの前立腺組織も免疫組織染色(FGF-1、FGFR-2、Ki-67)を行い、IGF-1同様に組織形態解析を行った。

 (結果) IGF-1発現遺伝子を注入した受精卵からは7匹(雄4匹、雌3匹)のトランスジェニックマウスが確認された。これらの雄トランスジェニックマウスを交配させて得たline1と2のF1マウスを犠死させ得た前立腺を解析に用いた。Western blottingでは、2ヶ月令のLine1トランスジェニックマウスと、コントロールの前立腺組織中のIGF-1蛋白量の差異は認められなかった。しかし8ヶ月令のトランスジェニックマウスのIGF-1蛋白量はコントロールマウスに比べて増加していた。6ヶ月令のLine2トランスジェニックマウスではコントロールマウスの前立腺組織中のIGF-1蛋白量と差異は認められなかった。免疫組織染色にて14日月令と17ヶ月令のline1トランスジェニックマウスのventral lobeの上皮細胞、dorsal lobe、lateral lobeの上皮基底膜にIGF-1の発現が認められた。コントロールマウスでは発現は認められなかった。IGFBP-3はventral lobeの上皮細胞にのみ発現が確認された。ventral lobeでは腺上皮が扁平化し、内腔は広がる形態の変化が認められた。

 FGF-2発現遺伝子断片を注入した受精卵からは6匹(雄4匹、雌2匹)のトランスジェニックマウスが得られた。これを交配させたがF1マウスを得ることができなかった。このためFOマウスを22ヶ月で犠死させその前立腺組織の解析を行った。免疫染色ではFGF-2は4匹中2匹のトランスジェニックマウスのdorsal lobe、lateral lobe、及びventral lobeの前立腺上皮に発現が認められたがコントロールマウスでは発現が認められなかった。コントロールではFGF-2の発現は認められなかった。FGFR-2の発現の局在はFGF-2とほぼ同様であり、FGF-2の発現が認められたトランスジェニックマウスの腺上皮に発現し、コントロールマウスではその発現は認められなかった。間質ではトランスジェニックマウス、コントロールマウスともにFGF-2の発現が認められた。FGF-2を発現しているトランスジェニックマウスのdorsal lobeではコントロールマウスにくらべて腺管が密であり、腺上皮の過形成も認められた。同じ個体のventral lobeでは上皮面積はかわらないものの管腔が増大していた。過形成を示したトランスジェニックマウスにKi-67染色を施行したが核が染色されたのはわずかであった。

 (考察) western blottingにてIGF-1蛋白量が2ヶ月令ではトランスジェニックマウスとコントロールマウスに差異が認められず、8ヶ月令でトランスジェニックマウスでの増加が認められたが、これはprobasinプロモーターがアンドロゲンの支配下にあるためと考えられた。IGF-1蛋白の増加しているlineでは、IGF-1の発現の局在はventral lobeの腺上皮、lateral lobeおよびdorsal lobeの上皮基底膜に認められ、ventral lobeでは腺管の内腔が拡大する形態変化が認められた。これらの変化は強制発現させたIGF-1遺伝子によるものと考えられた。また強制発現したIGF-1を抑制させるためにIGFBP-3の発現が認められたと考えられた。各lobeでのIGF-1発現量の差異が、lobeによる形態変化の有無をもたらしたと推測された。

 FGF-2トランスジェニックマウスにおいては、dorsal lobe、lateral lobe、およびventral lobeの腺上皮にFGF-2の発現が認められた。FGF-2の発現している個体ではdorsal lobeの過形成と、ventral lobeの管腔拡大が認められた。コントロールマウス及びFGF-2の発現が認められない個体では形態変化は認められず、これらの形態変化も強制発現させたFGF-2によるものと考えられた。正常前立腺においては腺上皮にはFGF-1は発現せず、受容体はFGFR2-IIIbの発現が知られているが、FGF-2を強制発現させたことにより受容体もFGFR2-IIIcへのスイッチが認められた。これによってあらたなオートクライン作用が構築され形態変化がもたらされたと考えられた。

 (まとめ) IGF-1を強制発現させることによりventral lobeにて腺管の内腔が開大し、ヒトにおける肥大症に類似した変化がもたらされた。FGF-2トランスジェニックマウスでもventral lobeではIGF-1トランスジェニックマウスに類似し個々の腺管内腔が広がる傾向を示した。またFGF-2はdorsal lobeにのみ過形成をもたらし、lobeによっての反応の差異が認められた。これらの結果は今後、前立腺癌の発症機序の解明に寄与すると考えられた。

pBH-IGF-1/FGF-2ベクター

審査要旨 要旨を表示する

 前立腺癌は近年罹患率、死亡率が上昇傾向を示し、死亡率は2001年の統計では男性の悪性腫瘍の中で8位となっている。今後、高齢者人口の増加に伴い、前立腺疾患のへの対策が課題になることが予測される。

 前立腺はホルモン依存性の臓器であり、その発生、分化はアンドロゲンの影響を受けている。前立腺癌にはアンドロゲンを除去する内分泌療法が有効であるが、一度著効を示してもその多くが治療の過程でホルモン非依存性となり、治療に難渋する。このように前立腺の増殖、癌化には未解明な部分も多く、そこには細胞増殖因子の関与が示唆されている。前立腺肥大症や前立腺癌と細胞増殖の関与を示す報告は数多いが、単一の遺伝子が前立腺増殖にどのように関与するかを示す報告は少ない。今研究はprobasinプロモーターを用いて増殖因子のひとつであるIGF-1またはFGF-2をそれぞれ単独で前立腺上皮に強制発現させ、これらの増殖因子がどのように前立腺の増殖に関与するものかを解析したものである。probasinプロモーターはアンドロゲンレセプター結合部位をもつためアンドロゲンの支配下に働き、前立腺上皮に特異的に発現することが、知られている。

1. Probasinプロモーターを用いてIGF-1、もしくはFGF-2が、前立腺上皮に強制発現するトランスジェニックマウスの作成を行った。

2. これらのマウスの前立腺をwestern blotting、免疫組織染色、組織形態解析を用いて、単一の遺伝子が細胞増殖に寄与するかを研究した。

このように単一の遺伝子を前立腺上皮にのみ特異的に発現させたトランスジェニックマウスの報告は少なく、この手法は今後の前立腺組織増殖の研究に寄与すると期待される。そしてこの手法にて以下の結果が得られた。

1. IGF-1トランスジェニックマウスにおいて、dorsal lobe 、lateral lobeの前立腺上皮基底膜に、ventral lobeの腺上皮にIGF-1の発現が認められた。ventral lobeでのみ腺上皮は扁平化し、腺管の内腔は拡大する形態変化が認められた。ventral lobeでは、IGFBP-3の発現も増加していることが認められた。これらの変化は強制発現させたIGF-1によってもたらされたと考えられた

2. FGF-2トランスジェニックマウスではFGF-2はdorsal lobe 、lateral lobe、ventral lobeの前立腺上皮に発現が認められた。形態変化はdorsal lobeでは著明な過形成が認められ、ventral lobeではIGF-1トランスジェニックマウス同様に腺管の内腔の拡大が認められた。FGFR-2はFGF-2の局在と一致して認められた。これらの変化は強制発現させたFGF-2によってもたらされたと考えられた。

3. 単一の遺伝子を強制発現させることによって、これに伴い受容体や結合蛋白の発現も変化し、パラクライン作用の増加や新たなオートクライン作用を構築させ形態変化をきたしたと考えられた。異なる増殖因子がともにventral lobeでは同様の変化をもたらし、FGF-2はdorsal lobeにのみ過形成をもたらした。各lobeごとの遺伝子の発現量の差異が予想された。

 以上、本研究は単一の遺伝子を前立腺上皮にのみ発現させその作用をみる手法を確立させ、その結果IGF-1およびFGF-2のそれぞれ異なる前立腺組織増殖に対する作用が判明した。今後これらの結果は今後前立腺癌、肥大症の発症機序の解明に寄与することが期待される。したがって本論文は学位の授与に値するものと考えられる。

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