学位論文要旨



No 216110
著者(漢字) 高山,淳
著者(英字)
著者(カナ) タカヤマ,ジュン
標題(和) 種々の条件下における視神経乳頭血流の変化
標題(洋)
報告番号 216110
報告番号 乙16110
学位授与日 2004.10.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16110号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 助教授 宮田,哲郎
 東京大学 教授 鈴木,洋史
 東京大学 助教授 富田,剛司
 東京大学 助教授 平田,恭信
内容要旨 要旨を表示する

 緑内障の発症および進展に関して眼圧が最も重要なリスクファクターであると考えられているが、眼圧のみでなく、眼循環、特に視神経乳頭近傍の血流もそれに密接に関与していることが近年明らかになりつつある。

 眼循環と緑内障との関連を考察するうえで重要な概念として、血流の自動調節能がある。一般に自動調節能とは灌流圧の変化に対し血流を一定に保とうとする働きのことであり、眼組織においてはこれまでに網膜、視神経乳頭に自動調節能があることが知られている。しかしながら、緑内障の病態論上で最も重要な視神経乳頭の自動調節能に関する詳細な動態はほとんど明らかになっていない。

 本研究では、非侵襲的かつ連続的な眼循環測定が可能なレーザースペックル法を用いて眼灌流圧の変動に対する視神経乳頭血流の動態を明らかにすること、またその動態に影響を及ぼす様々な因子の検討を行い視神経乳頭血流の調節機構に関する基礎的かつ不可欠な情報を得ること、そして、日常臨床において多用される自律神経作動薬の点眼の視神経乳頭血流への影響を検討することなどを通し、様々な条件下での視神経乳頭血流の生理的動態に関する知見を深めることを目的に、一連の検討を行った。

 まず眼圧上昇時(眼灌流圧下降時)の視神経乳頭血流の動態を知るために家兎を用いて以下の実験を行った。

 レーザースペックル法による測定の眼圧変化時の視神経乳頭血流変動の評価法としての妥当性を検討するために、侵襲的であるものの組織血流量の絶対値を得ることができる水素ガスクリアランス法との比較を行った。種々の眼圧に設定した状態で、レーザースペックル法での測定値と水素ガスクリアランス法での測定値は有意な相関を示し(Spearman's rank correlation coefficient, Rs=0.83, P<0.001)、レーザースペックル法の眼圧変化時の視神経乳頭血流量変動の評価を行う上での妥当性が証明された。

 家兎眼圧を生理的状態である20mmHgより40、50、60mmHgへと各々急激に変動させ、視神経乳頭血流の経時変化を観察した。眼圧40、もしくは50mmHgへの変動時には、視神経乳頭血流は一時的に減少するものの数秒間で眼圧変動前の測定値へと速やかに回復し自動調節能を示した。眼圧60mmHgへの変動時には、視神経乳頭血流は約20%減少し、自動調節能はみられなかった。この結果から、視神経乳頭血流の自動調節能が発現する眼圧値の上限は50mmHgであることがわかった。

 次にこの自動調節能に影響を及ぼす因子の検討を行った。すなわち自動調節能の発現において重要な役割を担うと考えられる因子として、血管平滑筋トーヌスを減弱するカルシウム拮抗剤、血管内皮細胞由来の一酸化窒素(NO)、プロスタサイクリン、および交感神経の影響を検討した。本研究では家兎を用いて、カルシウム拮抗剤ニルバジピン、NO合成阻害剤L-NAME、インドメタシンの投与、および交換神経節遮断を行って各々の及ぼす影響について比較検討した。L-NAME、インドメタシン投与群、および交換神経節遮断群の実験では、眼圧20mmHgより50mHgへの変動時を、ニルバジピン投与群では血圧低下による眼灌流圧の減少を考慮して対照群との眼灌流圧が同等となるような眼圧を設定し、比較検討した。この結果、カルシウム拮抗剤投与群では血管拡張作用により基礎血流量は増加するものの、眼圧上昇時(眼灌流圧下降時)には対照群と比べ自動調節能の発現が明らかに減弱することがわかった(Mann-Whitney test with Bonferroni correction; P=0.016)。L-NAME、インドメタシン、および交換神経節遮断はこの自動調節能の発現にはほとんど影響を及ぼさなかった。

 これまでに眼圧下降時の視神経乳頭血流を検討した報告はいくつかあるが、眼圧変動直後の詳細な経時変化の報告はない。そこで本研究では前述した実験と同様の方法を用いて、眼圧下降時(眼灌流圧上昇時)の視神経乳頭血流の動態についても検討を行った。前述の実験と同様に家兎を用いて、眼圧を40もしくは60mmHgより10mmHgへ変動させ、視神経乳頭血流の経時変化を観察した。視神経乳頭血流は40mmHgから10mmHgへの変動時には明らかな変化はみられなかったが、60mmHgから10mmHgへの変動時には、減少していた血流の増加がみられた。これは眼圧上昇時の自動調節能の発現の結果と矛盾しない。さらに、同様にカルシウム拮抗剤、NO合成阻害剤、インドメタシン、交感神経遮断の影響を検討した。対照群では眼圧下降後の視神経乳頭血流は不変であったのに対し、カルシウム拮抗剤投与群では眼圧下降後に血流量は約5%上昇し、有意な差を認めた。この結果は、眼圧下降に対する血管収縮反応がカルシウム拮抗剤により明らかに抑制されたことを示しており、血管平滑筋が眼圧下降に対する視神経乳頭血流に関して重要な役割を担っていることを示唆している。その一方で、NO合成阻害剤投与群、インドメタシン投与群、交感神経遮断群では対照群との有意な差はみられず、これらの因子は関与がないか、あってもごくわずかなものであると考えられた。

 近年高齢者人口の増加に伴い、白内障手術を受ける患者が増加しているが、これらの中の多くは手術に先立って、散瞳目的でフェニレフリンの点眼を受けている。眼底検査時に散瞳剤を用いる患者数はさらに多数である。フェニレフリン点眼が後眼部の血管収縮を引き起こすとすれば、緑内障患者や眼血流供給に問題のある症例では悪影響を及ぼす可能性が考えられる。そこで本研究では、塩酸フェニレフリン点眼が視神経乳頭血流に及ぼす影響を家兎およびカニクイサルを用いて検討した。サルを用いた実験では、1日2回のフェニレフリン7日間連続点眼の影響を、点眼2時間後および7日後について検討した。家兎を用いた実験では、フェニレフリン1回点眼の影響を点眼3時間後までの経時変化を観察した。サル眼では、視神経乳頭血流はフェニレフリン点眼側で減少傾向がみられた。第1日において20.9%(P= 0.080、Wilcoxon signed rank test)、第7日においては26.2%の減少がみられ、有意に(P= 0.043)減少していた。一方で生理食塩水点眼側では有意な変化はみられなかった。家兎眼においてもフェニレフリン点眼側で点眼前に比して視神経乳頭血流速度の減少がみられ、点眼50分後(11.3%),60分後(13,5%),70分後(10.5%)減少しており、生理食塩水点眼側と比べて有意に(各々P= 0.026,P=0.004,P=0.010,Wilcoxon signed rank test)減少していた。この結果は、フェニレフリン点眼がサルおよび家兎両動物種の視神経乳頭血流速度を減少させることを示している。種別間の解剖学的差異のため、今後人眼での検討は必要ではあるものの、日常臨床で多く用いられる点眼薬が視神経乳頭血流低下作用を持つことが示され、高齢者や緑内障患者においては同薬剤の使用に注意が必要である可能性が示唆された。

 以上、本研究を通して、眼圧上昇または下降後のごく短時間に視神経乳頭の血流が回復すること、血管トーヌスに影響を及ぼすことが考えられた諸因子のうちカルシウム拮抗薬が視神経乳頭の自動調節能を著明に障害すること、また日常臨床で多用される塩酸フェニレフリンの点眼が視神経乳頭血流を減少させることなど、種々の条件下における視神経乳頭血流の変化およびその調節などに関する基礎的あるいは臨床的に重要な多くの知見を得ることができた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は緑内障の発症および進行において眼圧とともに重要な役割を担っていると考えられる視神経乳頭血流を非侵襲的かつ連続的な眼循環測定が可能なレーザースペックル法を用いて測定し、眼圧変動に対する視神経乳頭血流動態、その動態に影響を及ぼす様々な因子、さらに日常臨床で多用される自律神経作動薬の点眼が視神経乳頭血流に及ぼす影響について検討したもので、下記の結果を得ている。

 1.レーザースペックル法の眼圧変動時の視神経乳頭血流の評価法としての妥当性を検証するため、組織血流量の絶対値を測定可能な水素ガスクリアランス法との比較を行った。種々の眼圧下において、レーザースペックル法で測定した血流速度の指標であるNB値と水素ガスクリアランス法で測定された組織血流量との間には良好な相関がみられ、レーザースペックル法が眼灌流圧変動時の視神経乳頭血流量測定に適していることが示された。

 眼灌流圧の変動に対する視神経乳頭血流の血流動態について、眼圧上昇時および下降時の条件下で検討を行った。

 2.急速な眼圧上昇後、NB値は数秒間のうちに元の値に回復し、視神経乳頭血流に自動調節能が存在することが示された。急速な眼圧の上昇に対する視神経乳頭血流の反応の詳細な時間経過が初めて示され、また自動調節能の発現する眼圧値が示された。この自動調節能に血管緊張を介して影響を及ぼすと考えられる因子のうち、血管平滑筋トーヌスを減弱させるカルシウム拮抗剤、血管内皮細胞由来の一酸化窒素合成、プロスタサイクリン、および交感神経について検討を行った。この中ではカルシウム拮抗剤が視神経乳頭血流の自動調節能を減弱させることが示され、血管平滑筋の関与が示唆された。

 3.急速な眼圧下降時についても同様の検討を行った。これまでに眼圧下降時の視神経乳頭血流の動態について詳細な時間経過は報告されていなかったが、本研究において眼圧下降時にも視神経乳頭血流の自動調節能は存在し、また、自動調節能の途絶える眼圧からの急速な眼圧下降後比較的速やかに血流が回復することが初めて示された。この血流動態にもカルシウム拮抗剤が影響を及ぼしていることが示された。

 4.眼圧上昇時、下降時いずれにおいても一酸化窒素、プロスタサイクリン、交感神経の明らかな関与はみられなかった。

 5.日常臨床で多用される塩酸フェニレフリン点眼は交感神経α1刺激作用を持ち、視神経乳頭血流に影響を及ぼすと考えられるため、動物を用いて検討を行った。サルに対する7日間連続点眼、家兎に対する1回点眼ともにNB値は点眼側で対照眼に比して有意に低下した。種別間の解剖学的差異を考慮する必要があるが、高齢者や緑内障患者においては塩酸フェニレフリン点眼の使用に際し注意が必要である可能性が示唆された。

 以上、本論文はレーザースペックル法を用いて、種々の条件下、すなわち眼圧変動時および点眼薬の影響下における視神経乳頭血流の変化について明らかにし、眼生理学的、眼薬理学的に重要な新しい知見を示した。本研究は今後の眼循環に関する研究に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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