学位論文要旨



No 216111
著者(漢字) 丸山,正統
著者(英字)
著者(カナ) マルヤマ,マサノリ
標題(和) 子宮内膜症合併不妊に対する腹腔鏡を主とした外科的治療の有用性に関する研究
標題(洋)
報告番号 216111
報告番号 乙16111
学位授与日 2004.10.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16111号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 助教授 真船,健一
 東京大学 講師 金森,豊
 東京大学 講師 久具,宏司
内容要旨 要旨を表示する

 子宮内膜症は、子宮内膜あるいはそれと類似する組織が子宮内腔以外の部位に発生し増殖し、周囲組織と強固な癒着を形成する。また性成熟期の女性に好発するエストロゲン依存性の疾患である。症状としては、疼痛と不妊が主なもので、治療には薬物療法と手術療法がある。薬物療法には妊孕性を改善する効果が認められていないが手術療法には効果が認められており、子宮内膜症合併の不妊症の治療としては手術療法が第一選択とされている。手術療法には開腹手術と腹腔鏡手術があるが最近は手術侵襲の少ない腹腔鏡手術が行われている。

今回手術療法を受けた子宮内膜症合併不妊症の妊娠成立に関する予後を調査しその有効性ならびにその機序を検討した。子宮内膜症の臨床進行期の分類として米国生殖医学会の分類(rAFS分類)を使用した。特に、子宮内膜症の不妊原因のひとつとして卵管の癒着が重要な要素であるとの仮説として、腹腔鏡施行時における卵管癒着の有無を検討することとした(研究1)。次に、腹腔鏡後妊娠しない症例はIn vitro fertilization-Embryo transfer(IVF-ET)の適応となるが、IVF-ETの治療を受けた症例において、腹腔鏡施行時の腹腔内所見がIVF-ET施行時の卵巣機能や妊娠予後とどのように関連するかを検討した(研究2)。

II 対象と方法

研究1. 腹腔鏡治療後の妊娠成立の有無の検討

 1990年1月から1995年12月までに東京大学医学部附属病院産婦人科で腹腔鏡を施行した不妊患者の妊娠に関する予後を調査した。高度な男性不妊、不可逆的な両側卵管の完全閉塞、高度な排卵障害は、IVF-ET以外では妊娠不能と考えられたため対象から除外した。また、40歳以上の症例は、一般に妊娠予後が極めて不良なため対象から除外した。結果として、186例が本研究の対象となった。腹腔鏡施行時の年齢は23-39歳までの範囲で、平均年齢 ±SDは32.7±3.4歳であった。平均不妊期間 ±SDは4.5±2.9年。原発性不妊は143例で、続発性不妊は43例であった。腹腔鏡は不妊症のスクリーニング検査を終了した後に施行した。

子宮卵管造影で卵管の閉塞、あるいは癒着が疑われた症例では早期に腹腔鏡が実施され、卵管に異常が認められなかった症例では、検査結果に応じて保存的な不妊治療を1-2年間行い、妊娠に至らないものに対して腹腔鏡が施行された。

 腹腔鏡施行中に詳細な腹腔内所見がとられ、その内容はビデオで確認された。子宮内膜症は、米国生殖医学会の分類(rAFS分類)に従って、臨床進行期を確定した。(rAFS分類では子宮内膜症病変を、病巣の拡がりと、癒着の程度により、スコアリングし、minimal(I期)、mild(II期)、moderate(III期)、severe(IV期)に分類している)。

 腹腔鏡下で、確認できる範囲で子宮内膜症病変は完全に除去ないし焼灼した。卵管の癒着は内膜症病変の有無に関わらず完全に剥離した。手術は術後再癒着をできるだけおこさないように細心の注意のもとに行った。卵管の疎通性はインジゴカルンミンを使用して確認した。子宮内膜症に対する術後薬物治療は行わなかった。原則として腹腔鏡後6ヶ月間は妊娠を期待して自然の経過を観察し、その後は排卵誘発や、人工授精などの保存的治療を適宜施行した。妊娠は経腟超音波で胎嚢が認められることによって確認した。すべてのデータはmean±SDとして表記した。累積妊娠率を統計解析するためにlife table analysisとlog-rank testを用いた。

研究2. 手術療法を受けた子宮内膜症合併不妊におけるIVF-ET施行時の卵巣反応性の検討

 対象は開腹または腹腔鏡により回復不能な卵管因子と診断された症例と、開腹または腹腔鏡施行後に保存的治療を施行するも妊娠に至らなかった症例で、1992年1月から1999年9月までに東京大学医学部附属病院産婦人科で初回IVF-ETを施行した256例である。子宮内膜症の臨床進行期とは別に、腹腔鏡施行時の子宮内膜症性卵巣嚢胞核出術の侵襲が卵巣機能に与える影響を比較検討するために、非子宮内膜症群(この群には卵巣に対する手術既往のものは含まれていない)と子宮内膜症の群に分け比較した。子宮内膜症はさらに、子宮内膜症性卵巣嚢胞の有無により分類し、子宮内膜症性卵巣嚢胞のなかった群を子宮内膜症III期非卵巣嚢胞群、子宮内膜症IIIIV期非卵巣嚢胞群に分けた。子宮内膜症性卵巣嚢胞が存在し嚢胞核出術を施行したものは、片側か両側かによって子宮内膜症性卵巣嚢胞片側核出群、子宮内膜症性卵巣嚢胞両側核出群に分けた。結果として5群に分類され、内訳は以下に示すとおりである。

 a群:非子宮内膜症群(n=180, 33.8±4.1才)

 b群:子宮内膜症I・II期非卵巣嚢胞群(n=22, 34.5±3.5才)

 c群:子宮内膜症III・IV期非卵巣嚢胞群(n=18, 34.5±3.5才)

 d群:子宮内膜症性卵巣嚢胞片側核出群(n=20, 34.2±2.9才)

 e群:子宮内膜症性卵巣嚢胞両側核出群(n=16, 32.9±3.6才)。尚、子宮内膜症性卵巣嚢胞が存在し、何らかの理由により核出術を施行しなかったり、核出術が不完全であった症例については除外してある。各群間の年齢に有意差は認めなかった。発育卵胞数は穿刺した10mm以上の卵胞数とした。

III 結果

 研究1

 腹腔鏡治療後、対象を18ヶ月間観察した。患者を卵管所見で3つのグループに分類した。卵管癒着のない群をA群(n=83)、片側卵管が癒着していて対側が正常な群をB群(n=46)、両側卵管が癒着していて、少なくとも片側が通過していることが確認されている群をC群(n=57)とした。年齢の偏りや、不妊期間などに群間の差はなかった。各々の群の累積妊娠率は、18カ月の時点でA群(41.8%)とB群(45.7%)の間には有意差はなかった。妊娠までの平均期間はA群6.7±0.8カ月と、B群の10.6±1.2カ月に比べ、短かったが、統計的な有意差はなかった。C群の累積妊娠率は13.2%でA群、B群に比べ、はるかに低率であった。子宮内膜症のあった患者の臨床進行期別の妊娠率では子宮内膜症I・II期の患者に対し子宮内膜症III・IV期の患者で有意に低かった。18ヶ月での累積妊娠率は子宮内膜症III期が45.1%ともっとも高率で以下順に非内膜症群33.8%、子宮内膜症IIIIV期27.6%であった。

 さらに子宮内膜症の臨床進行期による妊娠率を卵管癒着の程度で層別化し比較検討した。両側卵管に癒着がなかった群では18カ月後の累積妊娠率は非子宮内膜症群、子宮内膜症I・II期、III・IV期で有意差はなかった。興味深いことに子宮内膜症合併片側癒着群(B群)に限ってI・II期の妊娠率がIII・IV期より有意に高かった。子宮内膜症のないB群の妊娠率はI・II期とIII・IV期の間であった。同じ傾向は両側癒着群(C群)でも観察されたが、統計的な有意差は認められなかった。さらに、C群において癒着の程度が軽度の側の卵管に着目し、当該卵管の癒着スコア別の妊娠率を比較した。その結果、妊娠が認められているのは、少なくとも、当該卵管が癒着スコア4点以下の症例に限られており、特に両側2/3以上のdense adhesionのある症例では、癒着剥離を施行しても、妊娠した例は1例もなかった。

 研究2

1.HMG製剤投与量に関する検討

a群(非子宮内膜症群)( 1865±839 IU) b群(子宮内膜症III期非卵巣嚢胞群) (1898±832IU) c群(子宮内膜症IIIIV期非卵巣嚢胞群)d群(子宮内膜症性卵巣嚢胞片側核出群) (2012±837IU) e群(子宮内膜症性卵巣嚢胞両側核出群) (2948±1604IU)。HMG総投与量はa群、b群、c群に比較しe群で有意に多かった。

2.発育卵胞数についての検討

a群 (11.1±6.9個) b群 (9.3±5.1個) c群 (7.0±4.8個) d群 (5.6±2.7個) e群 (5.4±3.3個)。発育卵胞数はa群からe群まで、漸減し、a群とd群、e群との間に有意差を認めた。

3.採卵数についての検討

a群 7.1±4.8個 b群 6.7±3.6個 c群 4.4±3.1個 d群 3.4±2.6個 e群 3.8±2.9個

採卵数はd群 (3.4±2.6個) e群 (3.8±2.9個) に比較しa群 (7.1±4.8個)で有意に多かった。

採卵数はd群、e群に比較しa群に比較しa群で有意に多かった。b群、c群はこれらの中間の値を示した。

4.妊娠率に関する検討

b-e群の子宮内膜症群のあわせ妊娠率は76例中17例(22.4%)で非子宮内膜症群(25.0%)と、ほぼ同等であった。子宮内膜症群の中での比較ではb+c群 5/40(12.5%)に対してd+e群 12/36(33.3%)と卵巣嚢胞の核出の既往がある群で妊娠率が高い傾向を認めたが有意差はなかった。子宮内膜症性卵巣嚢胞核出術でIVF-ETを施行するとゴナドトロピンに対する卵巣反応性の低下、発育卵胞数、採卵数が低下したが妊娠率に差はなく胚の質や着床には影響が少ないことが示唆された。

IV まとめ

不妊を訴える子宮内膜症例の腹腔鏡施行後の妊娠性率に関する予後は子宮内膜症の有無と進行期ならびに卵管癒着の有無の組み合わせにより影響されることが明らかになった。腹腔鏡施行後に妊娠しなかった患者に対するIVF-ETの成績は、子宮内膜症卵巣嚢胞を核出した卵巣でゴナドトロピンに対する反応性が低下していることが示唆されたが、最終的に妊娠率に対する明らかな影響は認めなかった。本研究は子宮内膜症合併不妊治療における腹腔鏡の有効性およびその治療機序を考える上で有意義なものと考える

審査要旨 要旨を表示する

本研究は子宮内膜症患者の不妊症との関連を明らかにするため、手術療法を受けた子宮内膜症合併不妊症の妊娠成立に関する予後を調査しその有効性ならびにその機序を検討した。特に、卵管の癒着の程度と子宮内膜症の臨床進行期別の妊娠率を比較検討した。(研究1)また子宮内膜症患者に対するIVF-ETの成績を検討し、腹腔鏡施行時の腹腔内所見がIVF-ET施行時の卵巣機能や妊娠予後とどのように関連するかを検討した(研究2)。下記に結果を示す。

研究1

1. 腹腔鏡治療後、対象を18ヶ月間観察した。卵管所見で卵管正常群、片側癒着群、両側癒着群に分類した。累積妊娠率は、卵管正常群と片側癒着群の間には有意差はなかったが両側癒着群の累積妊娠率は他の群に比べ、有意に低率で、両側卵管異常は妊娠率が低いことが示された。

2. 子宮内膜症患者の重症度別の妊娠率では、内膜症I・II期の患者に対し内膜症III・IV期の患者で有意に低く、重症例に妊娠率が低いことが示された。

3. 子宮内膜症の臨床進行期による妊娠率を卵管癒着の程度で層別化し比較検討した。卵管正常群の累積妊娠率は内膜症の臨床進行期で差はなかった。片側癒着群ではI・II期の妊娠率がIII・IV期より有意に高く、非内膜症群はその中間の値を示した。同じ傾向は両側癒着群でも観察されたが、有意差はなかった。両側癒着群の癒着の程度による妊娠率を比較した結果、妊娠が認められているのは、癒着の程度が軽度の症例のみであった。以上より子宮内膜症患者の妊娠予後は卵管の癒着の程度に左右されることがわかった。

研究2

1.HMG製剤投与量の検討では内膜症性卵巣嚢胞両側核出群が他の群に比べて有意に投与量が多く、卵巣嚢腫核出により卵巣のHMG製剤に対する反応性が低下することが示された。

2.発育卵胞数、採卵数は片側および両側子宮内膜症嚢胞核出群で、非内膜症群に比べて有意に少なく、手術侵襲による影響が大きいことが示された。

3.妊娠率に関する検討ではの子宮内膜症群全体の妊娠率は76例中17例(22.4%)で非子宮内膜症群(25.0%)と、ほぼ同等であった。子宮内膜症性卵巣嚢胞核出術でIVF-ETを施行するとゴナドトロピンに対する卵巣反応性の低下、発育卵胞数、採卵数が低下したが妊娠率に差はなく胚の質や着床には影響が少ないことが示唆された。

 以上、本論文は不妊を訴える子宮内膜症例の腹腔鏡施行後の妊娠性率に関する予後は子宮内膜症の有無と進行期ならびに卵管癒着の有無の組み合わせにより影響されることが明らかになった。腹腔鏡施行後に妊娠しなかった患者に対するIVF-ETの成績は、子宮内膜症卵巣嚢胞を核出した卵巣でゴナドトロピンに対する反応性が低下していることが示唆されたが、最終的に妊娠率に対する明らかな影響は認めなかった。本研究は子宮内膜症合併不妊治療における腹腔鏡の有効性およびその治療機序を考える上で重要な研究であり、今後の子宮内膜症合併不妊患者の治療に対して大きな貢献を成すと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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