学位論文要旨



No 216112
著者(漢字) 相賀,裕嗣
著者(英字) Aiga,Hirotsugu
著者(カナ) アイガ,ヒロツグ
標題(和) ガーナにおける保健医療従事者の継続専門教育へのアクセス
標題(洋) Access to continuing professional education among health workers in Ghana
報告番号 216112
報告番号 乙16112
学位授与日 2004.10.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第16112号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 若井,晋
 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 講師 神馬,征峰
内容要旨 要旨を表示する

1. 背景

継続専門教育(CPE: Continuing Professional Education)は、現職の保健医療従事者(HW: Health Worker)が日常業務に必要な新たな専門知識と技能を習得しモラルを高めるための有効な手段として、広く認識されている。開発途上国においては、CPEは地域住民の健康の改善に必要不可欠な活動のひとつとして、開発援助機関等から支援を受けて実施されることが多い。しかし、開発援助機関によるCPEは、突発的に実施されたり、必要額以上の法外なCPE参加手当をHWに支給することも珍しくない。そのため、当該国の保健省内に混乱を引き起こすことがある。こうした途上国固有の問題が現存しているにも関らず、CPE機会の分配に関する研究は極めて少ない。これは、CPEを含む保健医療人材に関する研究が、生医学分野等に比して学術研究分野としての認識が不足しているためと、世界保健機関WHOは指摘している。

保健医療人材を量的に評価するための指標として対人口医師数や看護師数が国際的に用いられているが、保健医療人材を質的に評価するための指標は欠落している。サービスの質や効率を高めるには、保健医療人材の現状をより正確に評価することが望ましい。そのためには、量的・質的の両方の指標が必要である。

本研究では、ガーナを事例にしてCPE機会の分配とその決定要因を推定する。さらに、保健医療人材の質的な指標として、CPEへのアクセスを表す指数を構築し、その妥当性を検討する。

2. 方法

ガーナにて、CPE機会の定量と分配の分析を目的とする調査を実施した。同国の過去のCPE関連データが不足していたため、統計学的に妥当な標本数を算出は不可能であった。よって、調査形態は、全10州のうち標準的な3州(Volta州、Western州、Brong-Ahafo州)の保健省所轄の全てのHWと保健医療機関を対象とする全数調査とした。調査は、1998年6〜7月に各保健医療機関を訪問して、1996年1月〜1998年5月(2.42年間)のCPE実績に関する自記式質問票を配布・回収する形式を採用した。

過去の文献やプリテストの結果に基づき、CPE機会頻度の決定因子を、(1)性別、(2)保健省での職務経験年数、(3)年齢、(4)職種、(5)勤務先機関の郡都から州都までの距離、(6)保健省内の職位ランク、(7)勤務先機関種、(8)勤務先機関の職員数、の8変数とした。これらの変数のうち、(5)勤務先機関の郡都から州都までの距離、(7)勤務先機関種、(8)勤務先機関の職員数、の3変数においては、同一勤務先機関であれば全てのHWに同一データが適用される。すなわち、これらの3変数は、クラスターを形成していることとなる。そのため、CPE機会頻度を従属変数、上記8変数を独立変数とする、Poisson Mixed Modelを多変量解析として用いた。各3州においてフォーカス・グループ・ディスカッション(FGD: Focus Group Discussion)を実施し、CPE参加者の選出法等に関するOpen-endedな質問を尋ねた。

3. 結果

調査対象3州の6696 人のHW(名目回収率87.1%)と444の保健医療機関(同89.3%)から回答を得た。

3.1 CPE機会の分配

全体のCPE機会の供給量の平均値は(1.38回/3年)は、HW自身が捉える需要(2.77回/3年)には及ばないものの、保健省の数値目標1.00回/3年を満たした(表1)。職種、職位ランク、勤務先機関種によるばらつきは、供給(SD=1.25)に比して需要(SD=0.13)は小さかった。

ガーナでは職種が72種に細分化されていたため、これらを、(1)保健医療技術系HW、(2)事務系HW、(3)非保健医療技術系HW、(4)他のHW、の4群に大別し、さらに保健医療技術系HWに関しては17職種に分類した(表1)。医師や医師補等の一部の保健医療技術系HWにおいてCPE供給過剰であったが、他のほとんどの職種でCPE供給不足であった。職位ランクに関しては、局長級HWで、2.95回/3年のCPE需要に対し6.57回/3年ものCPE供給過剰が確認された。

職種によって、必要とするCPE機会頻度は多様で1回のCPE参加の価値も異なる。そこで、各職種間で比較できるようCPE機会頻度を標準化した。職種別の標準CPE機会頻度では、事務系HW(γ=0.68 i)に比して保健医療技術系HW(γ=0.54)ではより均等にCPE機会が分配されていた。全HW(γ=0.66)でみると半数以上(50.7%)の者が2.42年間に全くCPEに参加していない一方、CPE参加頻度の高い上位10%がCPE機会の総量の43.6%を占めた。すなわち、合計のCPE機会の供給総量は十分だが、CPE機会が不均等に分配されていることが判明した。Poisson Mixed Modelの結果、8変数のうち4変数(性別、職種、職位ランク、勤務先種)において有意な推定回帰係数を(p < 0.01)を得た。

FGDで、CPE参加者の選出が勤務先機関の責任者に委ねられることが多いことが判明した。CPE参加者を輪番で選出する機関もある一方、特定のHWを繰り返し選出する機関もあった。良好な業務実績を残すHWがCPE参加者として選出される傾向が確認された。

3.2 指数の構築と適用

X1: CPEのアベイラビリティ、X 2: CPEの分配、X 3: CPE情報へのアクセス、X 4: CPEへの地理的アクセス、X 5: CPEへの経済的アクセス、X 6: CPEへの職員派遣の準備態勢、の6指標から構成される継続専門教育アクセス指数(CEAI: Continuing professional Education Access Index)を、構築した。国連開発計画UNDPによる人間開発指標(HDI: Human Development Indicator)の定義法と同様に、各構成指標は文献から選択しその重要度ランクに基づき加重し、下記のようにCEAIを定義した。

CEAI=〓

=1/21.6(5.4X1+2.6X2+3.0X3+2.8X4+4.2X5+3.6X6)

各構成指標X1 〜X6は、いずれも0を最小値( CPEへのアクセスが最低)、1を最大値(CPEへのアクセスが最高)とする数値である。CEAI値は、州間で大差はないものの、Brong-Ahafo州(CEAI = 0.573)が最も高くCPEへのアクセスが他の2州よりも良好となった。勤務先機関種では、診療所(CEAI = 0.609)が最も良好なアクセスを示した。CEAI値(x)と標準CPE機会頻度(y)との関係は、極めて高い正の線形適合性(R2 =0.96)と有意な標準係数(p < 0.01)を示した。

4. 考察

4.1 CPE機会の分配

CPE機会の総量は、保健省の数値目標『全HWに3年間に1回のCPE機会』を実現するのに十分であることが確認された。しかし、不均等なCPE機会の分配の是正には抜本的な対策が必要である。CPE機会頻度を職種によって標準化しても、なおPoisson Mixed Modelにおいて19の職種ダミー変数のうち15職種ダミー変数で有意な推定回帰係数(p <0.01)を示したことから、職種が不均等なCPE機会分配の重要な決定要因と推測される。公的保健医療セクターには、対象地域に関わらず、均一かつ適切な質のサービスを提供することが求められる。そのためには、現職HWへのCPE機会は均等化される必要がある。

業務量が多い職種にとって、CPEに参加するため時間を確保することは困難である。しかし、多くの業務量を抱えるHWほど各業務に対応するためにより多くのCPEが必要であることが、FGDで指摘された。よって、CPE機会頻度の標準化において職種間で1回のCPEの価値(標準化係数αi : 0.940〜1.122回)(表1)に大きな格差が見られなかったことは、より頻繁にCPEに参加したいという職業的意欲と、勤務先機関での業務量を勘案してCPE参加を控えるべきという抑制の間での心理的相殺の結果と考えられる。

勤務先機関の責任者は、良好な勤務状況のHWをCPE参加者として選出することが頻繁にある。これは、CPE機会の分配のさらなる不均等化とCPE参加自体がインセンティブ化していることを示唆している。多額のCPE参加手当が開発援助機関等から支給されることがあり、CPEが臨時収入源として捉えられていることもある。保健省ならびに開発援助機関は、習得技術の実践によるサービスの質の向上というCPEの原点に戻るべきである。現状を放置すれば、CPE は、形骸化するだけでなく、保健省内の腐敗の温床となる可能性がある。

4.2指数の構築と適用

病院勤務のHWは、CPE情報へのアクセスX 3は最も高かったが、CEAI値は研修研究機関に次いで最も低かった。これは、病院は各機関の中で職員数が最も多いため(mean = 90.5人)、病院勤務の各HWのCPE参加する確率は低くなるためである。この状況に対処するには、CPEに参加したHWが勤務先の同僚に習得技術を再伝播するシステムを病院内に確立する必要がある。

アクセスの状況を示すCEAIとアクセスの結果である標準CPE機会頻度との間に極めて高い正の線形性(R2 =0.96)と有意な標準係数(p < 0.01)が示されたことは、CEAIに一定の妥当性があると認めてよいだろう。CEAIの構成指標の選定とその加重に用いた過去の類似研究はいずれも米国の研究である。CPEへのアクセスの国際比較には、先進国はもちろんのこと途上国の研究結果に基づいてCEAIの指数としての精緻さを高める必要がある。そのためにも、より多くの保健医療人材に関わる研究がなされるべきである。

表1 各HWのCPE機会頻度

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、保健指標が劣悪な状況にある開発途上国において保健医療サービスの質の向上を目的とする保健医療従事者(HW:Health Worker)の継続専門教育(CPE:Continuing Professional Education)へのアクセスを、ガーナの10州のうち3州(Volta州、Western州、Brong-Ahafo州)を事例として、解析したものである。データ収集は、6696人のHWへの自記式質問票による全数調査と、HWを対象としたフォーカス・グループ・ディスカッションFGDによる質的調査に基づいている。その結果は、以下の4点に要約される。

1.CPE機会の総量と分配 CPE機会の総量は、ガーナ国保健省の数値目標『全HWに3年間に1回のCPE機会』を実現するのに十分であることが確認された。しかし、CPE機会は著しく不均等に分配されていることが明らかになった。CPE機会をHWの職種によって標準化しても、なお多変量解析の結果から、職種が不均等なCPE機会分配の重要な決定要因と推定された。公的保健医療セクターには、対象地域に関わらず、適切な質のサービスを均一に提供することが求められる。そのためには、現職HWへのCPE機会の均等化は必要不可欠であることが示された。

2.CPE参加者の選定法 CPE機会の不均等な分配は、CPEに参加するHWの選定法に決定される。FGDにて、勤務先機関の責任者は良好な勤務状況の特定のHWをCPE参加者として繰り返し選出することが頻繁にみられることが、確認された。これは、CPE機会の分配のさらなる不均等化とCPE参加自体がインセンティブ化していることを示唆している。法外なCPE参加手当が開発援助機関等から支給されることがあり、CPEが臨時収入源として捉えられていることが示された。CPEの形骸化や保健省内の腐敗の温床となる可能性がある現行のCPE手法を見直す必要があることが示された。

3.CPEへのアクセスの指数化 HWのCPEへのアクセスを、包括的に数値化した継続専門教育アクセス指数(CEAI:Continuing professional Education Access Index)が提案された。CEAIは、X1:CPEのアベイラビリティ、X2:CPEの分配、X3:CPE情報へのアクセス、X4:CPEへの地理的アクセス、X5:CPEへの経済的アクセス、X6:CPEへの職員派遣の準備態勢、の6指標から構成される指数であった。CEAI値は、州間で大差はないものの、Brong-Ahafo州(CEAI=0.573)のHWが最も高くCPEへのアクセスが他の2州のHWよりも良好であったことが示された。勤務先機関種では、診療所(CEAI=0.609)勤務のHWが最も良好なアクセスを示した。一方、病院勤務のHWのCEAI値は低かった。これは、病院の職員数は各勤務先機関の中で最も多いため(mean=90.5人)、病院勤務のHWがCPE参加する確率は低くなるためであった。この状況に対処するには、CPEに参加したHWが勤務先の同僚に習得技術を再伝播するシステムを病院内に確立する必要があることが示された。

4.CPEアクセス指数の妥当性 CEAI値(x)と標準化を施したCPE機会(y)との関係は、極めて高い正の線形適合性(R2=0.96)と有意な標準係数(P<0.01)を示した。ことから、CEAIの一定の妥当性が確認された。CEAIの構成指標の選定とその加重に用いた過去の研究はいずれも米国の先行研究である。CPEへのアクセスの国際比較には、先進国はもちろんのこと途上国の研究結果に基づいてCEAIの指数としての精緻さを高める必要があることが示された。

 以上、本論文は保健医療従事者HWの継続専門教育CPE(すなわち現職研修)の機会分配を、全数調査により明らかにした。保健行政・保健政策の分野の研究においても、その必要性が世界保健機関(WHO:World Health Organization)等から指摘されていながら、ほとんど研究がなされてなかった分野を、本研究では詳細に分析している。よって、その独創性に加え貴重な先行事例として重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えれる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50254