学位論文要旨



No 216115
著者(漢字) 成富,洋一
著者(英字)
著者(カナ) ナリトミ,ヨウイチ
標題(和) 創薬初期段階におけるヒト薬物代謝の予測
標題(洋)
報告番号 216115
報告番号 乙16115
学位授与日 2004.11.04
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16115号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 夏苅,英昭
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 関水,和久
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

 従来,医薬品開発においてキャンディデイト化合物は主に薬効や毒性面の評価により選択されてきた。しかしながら,多くの化合物が臨床試験で薬物動態学的問題点から開発を断念してきたことから近年,創薬初期段階における薬物動態研究が重要視されている。特にP450(CYP)などによる薬物代謝に関する研究は重要である。この薬物代謝研究を実施する際,創薬初期段階の状況を踏まえた予測評価系を構築することが必要である。

 私の研究では,創薬初期段階における薬物代謝研究として,肝ミクロゾーム・肝細胞を用いたヒト肝クリアランスの予測法の構築とその際観察されたin vitroとin vivoの乖離の原因について検討した。さらに薬物代謝に関与するCYP分子種の同定について,創薬初期段階を想定した方法を検討した。

【本論】

1 肝ミクロゾームを用いたin vivo代謝及び実験動物のin vitro試験によるヒト肝クリアランスの予測

 血中濃度を規定するパラメーターとして重要な肝クリアランスの予測については生理学的モデル,クリアランスコンセプトに基づく方法が確立されてきた。すなわち,肝ミクロゾーム,肝細胞等によるin vitro代謝試験から得られた代謝固有クリアランス(CLint,in vitro)をin vivo代謝固有クリアランス(CLint,in vitro)の予測値とし,数学モデルを用いて肝クリアランスを定量的に予測する。しかしながら,CLint,in vitroとCLint,in vivoが一致せず,予測が困難な場合も多い。そこでP450で代謝されるモデル化合物について,実験動物及びヒト肝ミクロゾームを用いたin vitro in vivo scalingを再検討した。まずP450で主に代謝される8モデル化合物について,ラット,イヌ,ヒト肝ミクロゾームで代謝させた際の未変化体濃度推移からCLint,in vivoを算出した。CLint,in vitroはin vivoデータより数学モデル(well stirred,parallel-tube,dispersion model)を用いて算出した。さらに各化合物についてCLint,in vivoとCLint,in vitroを比較,scaling factor(CLint,in vivo/CLint,in vitro)を評価した。ヒトscaling factorの値は化合物間で0.3-26.6倍と大きな違いが認められた。一方,同一化合物においてほとんどの動物scalling factorはヒトと比べて2倍以内とほぼ同じ値を示した。そこで,ヒトCLint,in vitroを動物scaling factorで補正することにより,ヒトにおける予測精度の向上を試みた。その結果,動物scaling factorで補正していないCLint,in vitroはCLint,in vivoとほとんどの化合物で2倍以上の違いを示したのに対し,動物scaling factorで補正した場合では2倍以内と良好な相関が得られた。さらに動物scalling factorで補正したヒトCLint,in vitroを用いて予測した薬物代謝能の指標である肝抽出率も実測値と良く一致した。

 以上,ヒト肝ミクロゾームによるCLint,in vitroを実験動物scaling factorで補正する方法はヒト肝クリアランス予測をより正確なものにすると考えられた。

2 薬物代謝の予測における肝細胞の有用性:ラットおよびヒトにおけるCLint,in vitro,CLing in vivoの比較

 肝細胞を用いた場合,複数種の薬物代謝酵素による代謝の評価が可能になると考えられる。そこで検討にはP450以外にグルクロン酸転移酵素,硫酸転移酵素,エステラーゼで代謝される9モデル化合物を用いた。まずモデル化合物をラット遊離肝細胞で代謝させた際の未変化体濃度推移からCLint,in vitroを算出,さらにscaling factorを評価したところ,ラットscaling factorは化合物間で0.2-73.1倍と大きな違いが認められた。また,ラットの非凍結と凍結肝細胞によるCLint,in vitroには良好な相関が認められ両肝細胞間で代謝活性は維持されていることが示唆された。次に各化合物について5〜7検体のヒト凍結肝細胞によるCLint,in vitroを測定したところ,その値には大きな個体差が認められた。CLint,in vitroの平均値をCLint,in vitroの予測値とした場合,実測値との差は化合物で異なり,いくつかの化合物では10-200倍の大きな違いが認められた。一方,ヒトCLint,in vitroをラットscaling factorで補正し,ヒトCLint,in vitroを予測したところ,その予測値と実測値はほとんどが5倍の範囲内で一致した。

 以上,ヒト凍結肝細胞によるCLint,in vitroをラットscaling factorで補正することでCLint,in vitroをより正確に予測できるものと考えられた。

3 CLint,in vitro,CLint,in vitroにおける乖離の原因に関する検討

 肝ミクロゾーム,肝細胞を用いたin vitro - in vivo scalingにおいて,いくつかの化合物ではCLint,in vitro,CLint,in vivo間の乖離が観察された。ここで,P450で主に代謝される化合物について,実験動物における全血中非蛋白結合率とscaling factorとの相関を検討したところ,両値に逆相関の傾向が認められた。また,乖離の原因として,反応液中の肝ミクロゾームや肝細胞への結合によるCLint,in vitroの過少評価が考えられた。しかしながら,ヒト肝ミクロゾーム,ラット肝細胞によるCLint,in vitroを反応液中の非結合率で補正してもなおいくつかの化合物ではCLint,in vivoとの一致は見られなかった。さらに乖離が化合物の血液から肝細胞への移行に起因する可能性を考え,ラット肝細胞による代謝を血清中で実施した。しかし,全ての化合物でin vitroとin vivoの一致は見られなかった。

 以上,CLint,in vivo,CLint,in vitroにおける乖離の原因は,化合物の血中蛋白結合と関連性のあることが示唆された。一方,これらの乖離は反応液中での結合性や血液から肝細胞への移行に起因する可能性のみでは説明できなかった。

4 Glibenclamide,lansoprazole代謝に関与するヒトcytochromeP450分子種の同定と寄与率:未変化体の消失による評価

 薬物動態における個体差や薬物間相互作用を予測する上で重要である代謝に関与するCYP分子種の同定は発現系による代謝,分子種マーカー活性との相関,分子種阻害剤・抗体を用いた検討やrelative activity factor(RAF)を用いた各分子種の寄与率評価などにより行われる。これらは一般に代謝物の生成速度を用いるが,代謝物に関する情報が少ない創薬初期段階では適用され難い。そこで,創薬初期段階を想定したCYP分子種同定法として,肝クリアランス予測でも用いた基質の消失による方法を適用,glibenclamide,lansoprazole代謝に関与するCYP分子種の同定を行った。9種のヒトCYP分子種発現系のうち,CYP2C19,3A4で両化合物の代謝が認められた。CYP2C19,3A4発現系,ヒト肝ミクロゾームで代謝させた際の未変化体濃度推移より算出したCLint,およびCYP2C19,3A4のRAFから,ヒト肝ミクロゾームのglibenclamide,lansoprazole代謝におけるCYP2C19,3A4の寄与率を評価した。その結果,glibenclamideではCYP2C19が4.6%,CYP3A4が96.4%とCYP3A4が主に代謝に関与していたのに対し,lansoprazoleではCYP2C19が75.1%,CYP3A4が35.6%と,両CYP分子種ともある程度の寄与を示した。個別ヒト肝ミクロゾームにおけるglibenclamide CLintは,CYP2C19マーカー活性とは相関を示さなかったのに対し,CYP3A4とは非常に良好な相関性が認められた。一方,lansoprazole CLintでは,CYP2C19,3A4両分子種に対して比較的良好な相関性が見られた。ヒト肝ミクロゾームのglibenclamide代謝はCYP3A4阻害剤により顕著に阻害されたのに対し,lansoprazole代謝はCYP2C19・3A4阻害剤により中程度に阻害された。さらにanti-CYP3A serumはglibenclamide代謝を顕著に阻害したが,lansoprazoleでは約30%の阻害に留まった。

 以上,ヒト肝ミクロゾームによるglibenclamide,lansoprazole代謝に関与するCYP分子種の同定を基質の消失により行ったところ,glibenclamideは主にCYP3A4で代謝されるのに対し,lansoprazoleではCYP2C19,3A4ともある程度の寄与を示した。

【結論】

 ヒト肝ミクロゾーム,肝細胞によるCLint,in vitroを実験動物のscaling factorで補正することにより,ヒト肝クリアランスの予測をより正確なものにすることが可能であった。また,代謝に関与するCYP分子種同定を基質の消失を用いて評価したところ,各同定法で結果はよく一致し,本評価法の妥当性が示唆された。本研究で構築した方法論を創薬初期段階に適用することで薬物動態面でも良好な新薬の創出に貢献できるものと考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 従来,医薬品開発においてキャンディデイト化合物は主に薬効や毒性面の評価により選択されてきた。しかしながら,多くの化合物が臨床試験で薬物動態学的問題点から開発を断念してきたことから近年,創薬初期段階における薬物動態研究,特にP450(CYP)などによる薬物代謝に関する研究が重要視されている。この薬物代謝研究を実施する際,創薬初期段階の状況を踏まえた予測評価系を構築することが必要である。本研究は創薬初期段階における薬物代謝研究として,肝ミクロゾーム・肝細胞を用いたヒト肝クリアランスの予測法の構築とその際観察されたin vitroとin vivoの乖離の原因について検討した。さらに薬物代謝に関与するCYP分子種の同定について,創薬初期段階を想定した方法を検討した。

1 肝ミクロゾームを用いたin vitro代謝及び実験動物のin vivo試験によるヒト肝クリアランスの予測

 血中濃度を規定するパラメーターとして重要な肝クリアランスの予測については生理学的モデル,クリアランスコンセプトに基づく方法が確立されてきた。すなわち,肝ミクロゾーム,肝細胞等によるin vitro代謝試験から得られた代謝固有クリアランス(CLint,in vitro)をin vivo代謝固有クリアランス(CLint,in vivo)の予測値とし,数学モデルを用いて肝クリアランスを定量的に予測する。しかしながら,両代謝固有クリアランスが一致せず,予測が困難な場合も多い。本研究ではP450で代謝される8モデル化合物について,実験動物及びヒト肝ミクロゾームを用いたin vitro in vivo scalingを再検討した。まずモデル化合物をラット,イヌ,ヒト肝ミクロゾームで代謝させた際の未変化体濃度推移からCLint,in vitroを算出した。CLint,in vivoはin vivoデータより数学モデルを用いて算出した。さらに各化合物について,scaling factor(CLint,in vivo/CLint,in vitro)を評価した。ヒトscaling factorの値は化合物間で大きな違いが認められた。一方,同一化合物においてほとんどの動物scaling factorはヒトと比べて2倍以内とほぼ同じ値を示した。そこで,ヒトCLint,in vitroを動物scaling factorで補正することにより,ヒトにおける予測精度の向上を試みた。その結果,動物scalihg factorで補正していないCLint,in vitroはCLint,in vivoとほとんどの化合物で2倍以上の違いを示したのに対し,動物scaling factorで補正した場合では2倍以内と良好な相関が得られた。さらに動物scaling factorで補正したヒトCLint,in vitroを用いて予測した薬物代謝能の指標である肝抽出率も実測値と良く一致した。

 以上の結果より,ヒト肝ミクロゾームによるCLint,in vitroを実験動物scaling factorで補正する方法はヒト肝クリアランス予測をより正確なものにすることが示された。

2 薬物代謝の予測における肝細胞の有用性:ラットおよびヒトにおけるCLint,in vitro,CLint,in vivoの比較

 本研究では肝細胞を用いた肝クリアランスの予測性について,P450以外にグルクロン酸転移酵素,硫酸転移酵素,エステラーゼで代謝される9モデル化合物を用いて検討を行なった。まずモデル化合物をラット遊離肝細胞で代謝させた際の未変化体濃度推移からCLint,in vitroを算出,さらにscaling factorを評価したところ,ラットscaling factorは化合物間で大きな違いが認められた。また,ラットの非凍結と凍結肝細胞によるCLint,in vitroには良好な相関が認められ両肝細胞間で代謝活性は維持されていることが示唆された。次に各化合物について5〜7検体のヒト凍結肝細胞によるCLint,in vitroを測定したところ,その値には大きな個体差が認められた。CLint,in vitroの平均値をCLint,in vivoの予測値とした場合,実測値との差は化合物で異なり,いくつかの化合物では10-200倍の大きな違いが認められた。一方,ヒトCLint,in vitroをラットscaling factorで補正し,ヒトCLint,in vivoを予測したところ,その予測値と実測値はほとんどが5倍の範囲内で一致した。

 以上より,ヒト凍結肝細胞によるCLint,in vitroをラットscaling factorで補正することでCLint,in vivoをより正確に予測できることを示唆した。

3 CLint,in vitro,CLint,in vivoにおける乖離の原因に関する検討

 肝ミクロゾーム,肝細胞を用いたin vitro in vivo scalingにおいて,いくつかの化合物ではCLint,in vitro,CLint,in vivo間の乖離が観察された。ここで,P450で主に代謝される化合物について,実験動物における全血中非蛋白結合率とscaling factorとの相関を検討したところ,両値に逆相関の傾向が認められた。また乖離の原因として,反応液中の肝ミクロゾームや肝細胞への結合によるCLint,in vitroの過少評価が考えられた.しかしながら,ヒト肝ミクロゾーム,ラット肝細胞によるCLint,in vitroを反応液中の非結合率で補正してもなおいくつかの化合物ではCLint,in vivoとの一致は見られなかった。さらに乖離が化合物の血液から肝細胞への移行に起因する可能性を考え,ラット肝細胞による代謝を血清中で実施した。しかし,全ての化合物でin vitroとin vivoの一致は見られなかった。

 以上より,CLint,in vivo,CLint,in vitroにおける乖離の原因は,化合物の血中蛋白結合と関連性のあることを示唆した。一方,これらの乖離は反応液中での結合性や血液から肝細胞への移行に起因する可能性のみでは説明できなかったものの,その他の要因としてin vivo代謝試験がin vitroにおける肝組織としての形態や肝組織を血流が還流する動的状態を反映していないことなどが考えられ,今後の研究の方向性を示した。

4 Glibenclamide,lansoprazole代謝に関与するヒトcytochrome P450分子種の同定と寄与率:未変化体の消失による評価

 薬物動態における個体差や薬物間相互作用を予測する上で重要である代謝に関与するCYP分子種の同定は発現系による代謝,分子種マーカー活性との相関,分子種阻害剤・抗体を用いた検討やrelative activity factor(RAF)を用いた各分子種の寄与率評価などにより行われる。これらは一般に代謝物の生成速度を用いるが,代謝物に関する情報が少ない創薬初期段階では適用され難い。そこで,創薬初期段階を想定したCYP分子種同定法として,肝クリアランス予測でも用いた基質の消失による方法を適用,glibenclamide,lansoprazole代謝に関与するCYP分子種の同定を行った。ヒトCYP分子種発現系のうち,CYP2C19,3A4で両化合物の代謝が認められた。CYP2C19,3A4発現系,ヒト肝ミクロゾームで代謝させた際の未変化体濃度推移より算出したCLint,およびCYP2C19,3A4のRAFから,ヒト肝ミクロゾームのglibenclamide,lansoprazole代謝におけるCYP2C19,3A4の寄与率の定量的評価を行なった。その結果,glibenclamideではCYP3A4が主に代謝に関与していたのに対し,lansoprazoleではCYP2C19,3A4ともある程度の寄与を示した。この結果は,個別ヒト肝ミクロゾームを用いたCYP分子種マーカー活性との相関,分子種阻害剤・抗体を用いた検討結果と良く一致し,本評価法の妥当性を示すことができた。特にRAFを用いた各CYP分子種の寄与率の定量的評価は創薬初期段階において有用と考えられる。

 以上,ヒト肝クリアランスの予測におけるin vitro, in vivo間の乖離を克服する解決策として,ヒト肝ミクロゾームによるCLint,in vitroに実験動物のscaling factorを導入し,ヒト肝クリアランスの予測をより正確なものにする簡便な方法論を提唱した。また,肝細胞による代謝についても検討を加え,肝細胞におけるin vitro, in vivo間の乖離についても実験動物のscaling factorによる補正が有効であることを示した。このscaling factorは全血中非蛋白結合率が低い化合物ほど大きい傾向を認め,いかなる化合物でin vitro, in vivo間の乖離が生じるのかその特性を示唆した。代謝に関与するCYP分子種同定法については,創薬初期段階を想定した方法として基質の消失を用いて評価を採用した。各同定法で結果はよく一致し,本評価法の妥当性を示唆した。これらの知見は今後の医薬品開発に重要な知見を与える情報であると考えられ,ヒトにおける薬物代謝プロファイルの良好な新薬の創出,さらには創薬の効率化や質的向上に貢献できることを提起しており,博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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