学位論文要旨



No 216118
著者(漢字) 横山,敬一
著者(英字)
著者(カナ) ヨコヤマ,ケイイチ
標題(和) トランスグルタミナーゼの高発現とリフォールディングに関する研究
標題(洋)
報告番号 216118
報告番号 乙16118
学位授与日 2004.11.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16118号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 助教授 石井,正治
内容要旨 要旨を表示する

 食品加工分野でトランスグルタミナーゼ(以下TGase)という酵素の有用性が認知され、広範に使用されるようになってきている。TGaseは、タンパク質、またはポリペプチド鎖中のGln残基のγ―カルボキシアミド基と各種一級アミン間のアシル転移反応を触媒する酵素である。タンパク質中のLys残基のε―アミノ基も一級アミンとして作用し、タンパク質分子内、および分子間でε-(γ-Glu)Lys架橋結合を形成する。この反応により、タンパク質が架橋重合化し、食品などの物性変化や接着などの現象が起こる。TGaseは、脳、肝臓、腎臓、表皮、血液等といった動物の諸組織、血液細胞及び血漿等に広範に存在し、止血血栓、創傷治癒、脳や神経系の病態(アルツハイマー病、ハンチントン病)、神経系の形成と再生、皮膚の形成と先天性疾患(先天性葉状魚鱗癬)、細胞の増殖、分化、アポトーシス等、様々な生命現象に関与していることも分かっているが、生理的な役割については未解明な部分が多い。

 一方、本酵素の利用に関する研究が京大グループ及び味の素(株)グループによって展開され、食品加工分野のみならずその周辺分野にも幅広く応用可能であることが明らかにされてきている。さらに、味の素(株)及び天野エンザイム(株)の共同研究グループは、TGase活性を有する微生物を丹念に探索した結果、その産生菌を発見し、通常の醗酵生産法による量産化を可能にした。

 微生物から生産されるTGaseは、1988年、Streptoverticillium mobaraense S-8112株の培養ろ液中に発見された。それまで知られていたTGaseはすべて動物、特に哺乳類の臓器、血液起源であったため希少かつ高価であり、TGaseを実用的に使用することは困難と考えられていた。大量生産の容易な微生物起源TGase(以下MTGase)の発見は、実用的なコストでこの酵素を食品加工などに利用可能にする画期的なものであると言える。

 MTGaseの特性について概説すると、作用pHの至適条件はpH 6〜7であるが、広いpH範囲で作用することが特徴で、安定性もpH 5〜10と広範囲であった。酵素としては、比較的耐熱性があり、分子量が約40,000、等電点が8.5、Ca2+イオンの存在量により活性に影響がないことなどが、従来の動物組織由来のCa2+依存性TGaseと異なっていた。TGaseの利用を考えた場合、Ca2+濃度に左右されないので、食品加工などには、非常に有利と言える。

 MTGaseの基質特異性は、合成基質を用いた一連の解析により、グルタミン残基単独、あるいは、アスパラギン残基には全く反応しないこと、また、グルタミン残基の周りの配列によって反応性が大きく変わることが分かっている。食品タンパクを基質とする場合、カゼインやゼラチンなど、ランダムな構造を多く含み、プロテアーゼのよい基質であるタンパク質、大豆タンパク質や小麦タンパク質のようにリジン残基やグルタミン残基を多く含むタンパク質が良い基質となる一方、ラクトアルブミン、オボアルブミン、ミオグロビン、アクチン等はあまりよく反応せず、よい基質ではない。しかしながら、これら反応性の悪いタンパク質でも、熱やpHで変性させることでアミノ酸の存在環境が改変され、反応性が改善される例がある。MTGaseが反応することができるタンパク質は、動物由来TGaseに較べ、非常に広範囲のものであった。動物由来TGaseは基質特異性が厳密であるのに対して、MTGaseは基質特異性が広いと言える。基質特異性の広さが、MTGaseの特徴であり、広範な食品タンパク質に適用可能であった理由であり、食品以外の様々な用途に適用範囲を広げようと考えた場合、最も有用なTGaseであると考えられる。

 味の素(株)グループでは、さらに、基質特異性や至適温度などで特色を持った多くのTGaseを見出すため、自然界より新規なTGaseを探索した。その中でマダイ肝臓由来TGase(FTGase)は、一次配列、分子量、Ca要求性である点で動物由来TGaseと類似していることから、立体構造、基質特異性が動物由来のものと類似していると予測され、動物由来TGaseのモデルとして構造、機能相関研究に使用できると考えられた。一方、MTGaseは、一次配列、分子量の点で、動物由来TGaseとは全く類似性がなく、新規な立体構造を持つTGaseであることが予測された。FTGase、MTGaseは、基質特異性等が異なる代表的な2種類のTGase(動物由来TGase、微生物由来TGase)のモデルとなると考えられ、TGaseの構造と機能の関連性を研究する材料として最適であると思われた。

 以上のような背景から、TGaseの構造、機能相関を解明することを目的として研究を開始した。本研究においては、大腸菌でマダイ肝臓由来TGaseとMTGaseの高発現系を構築した。

 マダイ肝臓由来TGaseは、単独では大腸菌菌体内で不溶性顆粒となるものの、菌体内に分子シャペロンDnaJを共発現させることにより、菌体内に可溶性の形で高発現させることに成功した。大腸菌分子シャペロンのうち、DnaKとGroELが過剰発現した異種タンパク質のフォールディングに重要な機能を果たしていることは既に知られていたが、DnaJについては初めての知見である。

 MTGaseは、大腸菌発現用に遺伝子の全合成を行うことにより、成熟型MTGaseの配列を持つ不溶性顆粒の形で、MTGaseを大腸菌内に高発現させることに成功した。さらに、大腸菌内で不溶性顆粒の形で大量発現したMTGaseを効率的にリフォールディングする方法を確立した。効率的なリフォールディングを行うためには、酸性で希釈を行い、溶解度の高い状態(リフォールディング中間体)を経由させることが重要であった。リフォールディング中間体の形成には時間がかかり(約2時間)、このリフォールディング中間体を経由しないと効率的なリフォールディングができないことを明らかにした。顆粒に含まれる不純物の影響を排除するため、リフォールディング条件の検討には精製したMTGaseの凍結乾燥パウダーを用いていたが、確立した条件を不純物を含む顆粒に適用したところ、精製パウダーを用いた時よりは若干タンパク質回収率が下がるものの、60〜70%のタンパク質回収が得られた。酸性で希釈し、一定時間後、pHを中性にシフトするだけの簡単な操作で、この回収率が得られることから、将来的な工業スケールでの実施に耐えうる工程であることが示せた。このリフォールディング方法を用いて、立体構造解析用に精製MTGaseを大量調製した。

 リフォールディングのポイントは、酸性で希釈し保持することによって中間体を形成させることであったが、この中間体は、天然構造とは異なること、pHをシフトしないと天然構造へとは移行しないこと、天然構造を酸性にしてもこの構造にはならないことから、リフォールディング中間体であると結論付けた。この中間体は、天然構造の約35%の活性を持ち、CDによる解析により、2次構造は天然構造とほぼ同じで3次構造に違いが見られること、超遠心による沈降速度実験で、この中間体は、天然構造より膨張した構造をとっていることを明らかにした。この中間体は典型的なモルテングロビュール状態をとっているリフォールディング中間体であると考えられた。

 本研究により、タンパク質工学的なTGaseの改変研究とTGaseの高純度精製標品の大量調製が可能となり、実際に、マダイ肝臓由来TGaseとMTGaseの両方ともに、既に、X線結晶構造が解明されている。マダイ肝臓由来TGaseの立体構造は予想通り、動物由来TGaseと類似性の高いものであった。MTGaseの立体構造は、類似の構造が知られていない全く新規なものであった。さらに、本研究以降に、NMR法を用いたTGaseの基質特異性を解析する手法(ELT法)を新たに構築した。これまで、TGase反応によって実際にどのGln残基にLys残基が導入されたかは、ペプタイドマッピングによって決定するしか方法がなかった。ペプタイドマッピングは非常に煩雑であり、また、反応性について議論することはできなかった。このELT法によって、TGaseの基質特異性の違い、反応性の違いを詳細かつ迅速に解析することができるようになった。本研究を通して得られた結果を基に、現在、TGaseという架橋酵素の構造、機能相関の解明研究が進められており、いずれ、改変型TGaseの創出によるTGaseの機能拡大、食品以外へのTGaseの用途拡大に資するようになると期待している。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、食品加工分野で広範に使用されているトランスグルタミナーゼ(以下TGase)という酵素に関する研究で、序論、本論(3章)、総括と展望から構成されている。

 序論では、研究の背景を述べている。TGaseは、ポリペプチド鎖中のGln残基のγ−カルボキシアミド基と各種一級アミン間のアシル転移反応を触媒する酵素である。タンパク質中のLys残基のε−アミノ基も一級アミンとして作用し、タンパク質分子内、および分子間でε−(γ−Glu)Lys架橋結合を形成することにより、タンパク質が架橋重合化し、食品などの物性変化や接着などの現象が起こる。TGaseは、脳、肝臓、腎臓、表皮、血液等といった動物の諸組織、血液細胞及び血漿等に広範に存在し、様々な生命現象に関与していることもわかっているが、生理的な役割については未解明な部分が多い。

 味の素(株)及び天野エンザイム(株)の共同研究グループは、TGase活性を有する微生物を探索し、その産生菌を発見し、醗酵生産法によって量産化することに成功した。微生物起源TGase(以下MTGase)の発見は、実用的なコストでこの酵素を食品加工などに利用可能にする画期的なものであった。MTGaseが反応することができるタンパク質は、動物由来TGaseに較べ、非常に広範囲のものであった。基質特異性の広さが、MTGaseの特徴であり、広範な食品タンパク質に適用可能であった。

 味の素(株)グループでは、さらに、自然界より新規なTGaseを探索した。その中でマダイ肝臓由来TGase(FTGase)は、他の動物由来TGaseと類似していることから、動物由来TGaseのモデルとして構造、機能相関研究に使用できると考えられた。FTGase、MTGaseは、基質特異性等が異なり、TGaseの構造と機能の関連性を研究する材料として最適であると思われた。

 以上のような背景から、TGaseの構造、機能相関を解明することを目的として研究を開始した。

 第1章においては、マダイ肝臓由来TGase(FTGase)の高発現系の構築について述べた。大腸菌菌体内に分子シャペロンDnaJを共発現させることにより、FTGaseを菌体内に可溶性の形で高発現させることに成功した。大腸菌分子シャペロンのうち、DnaKとGroELが過剰発現した異種タンパク質のフォールディングに重要な機能を果たしていることは既に知られていたが、DnaJについては初めての知見である。DnaJは、ポリペプチドの凝集を防ぎ、TGaseのタンパク質を可溶化するのに主要な役割を果たしていると考えられた。

 第2章においては、微生物(放線菌)由来TGase(MTGase)の高発現系の構築について述べた。MTGaseは、大腸菌発現用に遺伝子の全合成を行うことにより、成熟型MTGaseの配列を持つ不溶性顆粒の形で大腸菌内に高発現させることに成功した。リフォールディングしたMTGaseは、天然型MTGaseと同等の比活性を持つことを示すことができたが、希釈でのタンパク質回収率は低く、さらなるリフォールディング条件の探索が必要と考えられた。

 第3章においては、大腸菌内で不溶性顆粒の形で大量発生したMTGaseを効率的にリフォールディングする方法を確立した。効率的なリフォールディングを行うためには、酸性で希釈を行い、溶解度の高い状態(リフォールディング中間体)を経由させることが重要であった。

 リフォールディングのポイントは、酸性で希釈し保持することによって中間体を形成させることであったが、この中間体は、天然構造とは異なること、pHをシフトしないと天然構造へとは移行しないこと、天然構造を酸性にしてもこの構造にはならないことから、リフォールディング中間体であると結論付けた。この中間体は、天然構造の約35%の活性を持ち、CDによる解析により、2次構造は天然構造とほぼ同じで3次構造に違いが見られること、超遠心による沈降速度実験で、この中間体は、天然構造より膨張した構造をとっていることを明らかにした。この中間体は典型的なモルテングロビュール状態をとっているリフォールディング中間体であると考えられた。

 本研究を通して得られた結果を基に、現在、TGaseの構造、機能相関の解明研究が進められており、いずれ、改変型TGaseの創出によるTGaseの機能拡大、食品以外へのTGaseの用途拡大に資するようになると考えられた。

 以上、本論文は、食品加工分野で広範に使用されているTGaseに関して、その大量発現法、さらには活性型タンパク質のリフォールディング法を確立することにより、食品およびそれ以外への新たな用途拡大への道を切り開いたものであり、学術的および産業応用的に貢献するところが多い。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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