学位論文要旨



No 216119
著者(漢字) 根田,仁
著者(英字)
著者(カナ) ネダ,ヒトシ
標題(和) 日本産ヒラタケ属菌の分類学的研究
標題(洋)
報告番号 216119
報告番号 乙16119
学位授与日 2004.11.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16119号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,和夫
 東京大学 教授 宝月,岱造
 東京大学 教授 井出,雄二
 東京大学 助教授 福田,健二
 東京大学 講師 松下,範久
内容要旨 要旨を表示する

 ヒラタケ属菌(Genus Pleurotus)は木材腐朽菌であり、森林生態系の中で分解者として重要な役割を果たしている。また、食用、薬用に利用され、産業上も有用な菌である。しかし、世界におけるヒラタケ属の分類は、いまだ検討の途上にあり、日本産の種についてもその全貌は把握されていない。属の概念は変遷を繰り返し、研究者によって異なっている。近年の DNA 解析により、属の定義は定まりつつあるが、核内の特定領域のデータにもとづき検討されただけで、DNA解析に基づいた新たな分類体系は構築されていない。さらに、これまでヒラタケ属として命名された種の中には、発表後再検討されることがないために疑問種として扱われている種も多い。本研究では、核 DNA とミトコンドリア DNA 双方のデータを比較して解析し、ヒラタケ属の類縁関係を再検討した。そして、ヒラタケ属の再定義を行い、新たな分類体系を構築し、すべての日本産の既知種について記載した。さらに、疑問種として扱われてきたすべての種について、基準標本を検討し、所属を明らかにした。

1.ヒラタケ属の分類体系

 従来の形態にもとづく知見に加え、ITS 領域(以下 ITS)とミトコンドリア小リボゾームRNA遺伝子領域(以下msrDNA)のDNA塩基配列をもとにヒラタケ属の類縁関係の解析を行い、その分類体系を再検討した。1)ITSはmsrDNAよりも遺伝子進化速度が早い。前者では種内で塩基配列に変異が見られるが、後者では種内で差が見られない。2)P.ostreatus(ヒラタケ),P.pulmonarius(ウスヒラタケ), およびP. eryngii(エリンギ)の3種が他のヒラタケ属菌から独立した単系統群を形成している。これらの1菌糸型の種をもってSect.Pleurotus(ヒラタケ節)とする。3)P.cornucopiae var. cornucopiaeはP.cornucopiae var. citrinopileatus(タモギタケ)に近く、両変種は単系統群を形成している。4)P. djamorの淡紅色型と白色型の遺伝的距離はとても近い。両者は交配可能であり、生態・形態も差異がないため、淡紅色型と白色型を亜種に区別することは妥当ではない。5)P.djamor, P.cornucopiae, P.cyatheaeは、成熟すると2菌糸型になり、明瞭な不完全世代を持たない特徴を持つことにより、他のヒラタケ属菌から区別される。これらの特徴をもつ種をSect. Cornucopiae(タモギタケ節・新節)とする。6)P. dryinus は、他のヒラタケ属菌から独立した関係にある。傘表面に鱗片様の毛があること、子実体上および基物上に直接アレウロ型分生子を作ることを特徴としてSect.Lepiotarii(ツバヒラタケ節)とする。7)P. cystidiosus subsp. abalonusはP.cystidiosus subsp. cystidiosusに近く、両亜種は単系統群を形成している。分生子柄束を形成すること、傘表皮の菌糸が特殊化すること、縁シスチジアが発達することを特徴とし、Sect.Coremiopleurotus(オオヒラタケ節)とする。8)P.javanicus(シロコカワキタケ)とP.tuberregiumの遺伝的距離は近く、形態的にも差は小さいため、両者は同種である。P. javanicusはP.tuberregiumの異名となる。骨格菌糸が発達し、発達した柄を持つことを特徴としてSect.Tuberregium(シロコカワキタケ節)とする。

2.日本産ヒラタケ属菌

 既知の日本産ヒラタケ属菌を5節8種1亜種に整理した。ヒラタケ属の特徴は、子実体は肉質または革質、傘は通常扇系から半円形である、柄は傘の偏心位置または側方につく、担子胞子は円筒形、無色、平滑、非アミロイド、菌糸型は1菌糸型または2菌糸型、子実下層が発達することである。Sect.Pleurotusは、子実体が肉質で、1菌糸型である。日本産はP.ostreatus(Jacq. :Fr)P.Kumm.(ヒラタケ)とP.pulmonarius(Fr.)Quel.(ウスヒラタケ)の2種。Sect.Cornucopiaeは、子実体が肉質から革質で、成熟すると2菌糸型である。日本産はP. cornucopiae(Paulet:Pers.)Rolland var. citrinopileatus Ohira(タモギタケ)、P. djamor(Fr.)Boedijn(トキイロヒラタケ)、P.cyatheae Imai(ヘゴシロカタハ)の3種。Sect.Lepiotariiは、Sect.Cornucopiaeに似るが、子実体の傘の表面は、毛、鱗片で被われ、ときにつばがある。日本産はP.dryinus(Pers.:Fr.)P.Kumm.(ツバヒラタケ)1種。Sect.Coremiopleurotusは、子実体が肉質で1菌糸型であり、分生子柄束を子実体および基質上に形成する。日本産はP.cystidious O.K. Mill.subsp.cystidious(オオヒラタケ)とP.cystidious O.K.Mill.subsp.abalones (Y.H. Han, K.M. Chen & S. Cheng) O.Hilber(クロアワビタケ)の1種1亜種。Sect.Tuberregiumは、子実体が強靱な革質で、骨格菌糸が発達した2菌糸型である。日本産はP.tuberregium(Fr.)Singer(シロコカワキタケ)1種。

3.疑問種の検討

 日本産ヒラタケ属のすべての疑問種を基準標本をもとに再検討し、正しい学名をあてた。

 日本産の標本をもとに新種記載された疑問種10種である。1)P.alopecius (Berk. & M.A. Curt.)Sacc.がMarasmiusに所属することを確認し、学名をMarasmius alopecius(Berk.&M.A. Curt)Nedaの新組合せとした。2)P.cyatheae S. Ito & S.Imaiがヒラタケ属に所属することを確認した。3)P.guepiniformis (Berk.)Sacc.をツキヨタケと同定した。ツキヨタケの学名をOmphalotus guepiniformis(Berk.)Nedaの新組合せとした。4)P.harmandii Har. & Pat. をツキヨタケと同定した。P.harmandiiをO.guepiniformisの異名とした。5)P. leiophyllus(Berk.& M.A.Curtis)Sacc.がMarasmiellusでに所属することを確認し、学名をMarasmiellus leiophyllus(Berk.& M.A.Curtis)Nedaの新組合せとした。6)P.lividulus(Berk.& M.A.Curtis)Sacc.がHohenbueheliaに所属することを確認し、学名をH.lividulus(Berk.& M.A.Curtis)Neda&Yoshim.Doiの新組合せとした。7)P.minutoniger LloydをResupinatus striatulus(Pers.:Fr.)Murrillと同定した。8)P.pulchellus S.ImaiをHohenbuehelia tremula(Schaeff.:Fr.)Thorn& G.L.Barronと同定した。9)P.squamula(Berk.& M.A.Curtis)Sacc.がHohenbueheliaに所属することを確認し、学名をH.squamula(Berk.& M.A. Curtis)Nedaの新組合せとした。10)P.subfunereus(Berk.)Sacc.をP.pulmonarius (Fr.)Quel.と同定した。P.subfunereusをP.pulmonariusの異名とした。

 日本産の標本に外国で報告された種名をあてた疑問種は3種である。11)ツメタケ(P.griseus Peck)は、Hohenbuehelia atrocaerulea(Fr.)Singer var. grisea (Peck)Thorn & Barronと同定した。12)ヒメヒラタケ(P.limpidus(Fr.)Sacc.)は、ヒラタケ属に所属することを確認したが、種を同定するための情報が不足している。13)フブキタケ(P.perpusillus(Lumn.)Gillet)は、標本の所在が不明であり、原記載も不十分なため同定できないことを認めた。

審査要旨 要旨を表示する

 ヒラタケ(Genus Pleurotus)属菌は木材腐朽菌であり、森林生態系の中で分解者として重要な役割を果たしている。また、食用、薬用に利用され、産業上も有用な菌である。しかし、世界におけるヒラタケ属の概念は変遷を繰り返し、いまだ検討の途上にある。近年、DNA解析により属の定義は定まりつつあるが、DNA解析に基づいた新たな分類体系は構築されていない。さらに、これまでヒラタケ属として命名された種の中には、疑問種として扱われている種も多い。

 本論文は、核DNAとミトコンドリアDNAのデータを解析して、ヒラタケ属の再定義を行い、その類縁関係および分類体系を構築したもので、5章よりなっている。

 第1章は、緒言にあてられ、わが国および世界のヒラタケ属菌について、森林生態系における役割と分類学的検討についてとりまとめられている。

 第2章では、ヒラタケ属の定義と範囲の変遷と日本産ヒラタケ属菌についての既往の研究成果がとりまとめられている。

 第3章では、ヒラタケ属の分類について、従来の形態に基づく知見に加え、核DNAのITS領域とミトコンドリアの小リボソームRNA(msrDNA)の塩基配列を基づいて再検討し、次の結果を得た。(1)ITSはmsrDNAよりも遺伝子進化速度が早い。(2)両領域において、P. ostreatus(ヒラタケ)、P. pulmonarius(ウスヒラタケ)、およびP. eryngii(エリンギ)の3種が他のヒラタケ属から独立した単系統群を形成している。(3)両領域において、P. cornucopiae var. cornucopiaeはP. cornucopiae var. citrinopileatus (タモギタケ)に近く、両変種は単系統群を形成している。(4)両領域において、P. djamor の淡紅色型と白色型の遺伝的距離は近く、交配可能であり、生態や形態にも差異がない。(5)P. djamor とP. cornucopiaeはDNA解析結果から、単系統群を形成しない。しかし、形態的にはこれらの2種は成熟すると2菌糸型になり明瞭な不完全世代を持たない特徴があり、他のPleurotus属から区別される。(6)両領域において、P. dryinus は他のPleurotus属菌から独立した関係にある。(7)両領域において、P. cystidiosus subsp. cystidiosusはP. cystidiosus subsp. abalonus に近く、両亜種は単系統群を形成している。(8)両領域において、P. javanicusはP. tuberregiumに近く、形態的にも差は小さいため両者は同種と結論づけられる。以上の結果から、ヒラタケ属の分類体系を再構築した。

 第4章では、日本産ヒラタケ属について、5節8種1亜種に分類した。ヒラタケ属の特徴は、子実体は肉質または革質、傘は通常扇形から半円形で、柄は傘の偏心位置または側方につき、担子胞子は円筒形、無色、平滑、非アミロイド、菌糸型は1菌糸型または2菌糸型、子実下層が発達することである。一方、5節についてみると、Pleurotus節の子実体は肉質で1菌糸型であり、Cornucopiae節の子実体は肉質から革質で成熟すると2菌糸型であり、Lepiotarii節はCornucopiae節に似るが子実体の傘の表面は毛、鱗片で被われ、ときにつばがあり、Coremiopleurotus節の子実体は肉質で1菌糸型であり分生子柄束を子実体および基質上に形成し、Tuberregium節の子実体は強靱な革質で骨格菌糸が発達した2菌糸型である。

 第5章では、日本産ヒラタケ属のすべての疑問種を基準標本をもとに再検討し、正しい学名を明らかにした。

 以上を要するに、本論文はヒラタケ属について既往の形態的特徴と分子分類に基づいて分類体系を再構築し、日本産ヒラタケ属菌について明らかにしたもので、学術上、応用上、貢献することが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位を授与するにふさわしいと判断した。

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