学位論文要旨



No 216125
著者(漢字) 齊藤,公博
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,キミヒロ
標題(和) 光ディスク再生信号解析における定式化と計算機シミュレーションに関する研究
標題(洋)
報告番号 216125
報告番号 乙16125
学位授与日 2004.11.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16125号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 教授 安藤,繁
 東京大学 教授 志村,努
 東京大学 助教授 三尾,典克
 東京工芸大学 教授 渋谷,眞人
内容要旨 要旨を表示する

 小型集積化および高密度化を目的とした光ディスクの理論解析において、特に信号再生の計算機シミュレーションにおける光学系の定式化とその応用について述べる。

 光ディスクシステムは、回転する円盤状の媒体に、レーザー光を対物レンズによって回折限界に集光し、光スポットの焦点位置制御およびディスク上に設けられた案内溝へのトラッキング制御を行いながら、マークを記録して回折光を検出することで情報を判別するシステムである。これら記録再生や制御手法の原理は、例えばG.Bouwhuisらの"Principles of Optical Disc Systems"で詳細に述べられている。一方、近年、映像や音楽およびコンピュータ用情報記録媒体として、光ディスクシステムに益々の高密度化および小型化が要求されている。記録密度を増大させるためには、限界性能を引き出すために、対物レンズで回折限界まで絞られた記録媒体中の光の挙動を電磁場として正確に解析する必要がある。また、検出光学系の小型化において、偏光素子等を含む光学系における焦点近傍の光強度分布を正確に計算する必要があると同時に、制御信号の検出系を含む光学系全体の特性を直感的に把握する方法も必要である。

 本研究では、まず光学系の小型化を主目的とした焦点近傍における偏光検出光学系の解析手法として、1)異方性媒質を含む光学系の光線追跡とFraunhofer回折の定式化と応用、次に記録媒体中の正確な光の挙動を計算する手法として、2)3次元の屈折率構造中における電場強度分布計算のための定式化と応用について述べる。また、検出光学系および媒体構造を考慮した光学系全体の特性を直感的に把握するための、3)有効点像分布関数(EPSF:Effective Point Spread Function)の概念とその定式化および応用について述べる。更に、高密度化に関する今後の展開として、4)光ディスクを用いたホログラム記録再生における記録密度解析のための定式化と原理確認実験の結果について述べる。

1)異方性媒質を含む光学系の光線追跡とFraunhofer回折の定式化と応用

 始めに等方性媒質の場合について、焦点近傍に限らず電磁場の伝播を厳密に記述する平面波展開表現を基に、停留位相法(Stationary Phase Method)を適用してKirchhoffの回折積分を導いた。またこのKirchhoff回折積分に再度停留位相法を適用する事で光線追跡が得られる事を示した。この手順によって、光線追跡の適用範囲を定量的に示すことができる。

 次に、結晶など異方性媒体の内部と境界における平面波の解析方法をレビューした後、先に述べた手順を異方性媒体を含む光学系に適用した。その結果により、異方性媒体を含む光学系における光線追跡がポインティングベクトルの追跡になる事を証明し、適用範囲を含め、2次元フーリエ変換を用いたFraunhofer回折計算による結果と矛盾しない偏光光線追跡法を構成した。

 この計算手法を用いて、焦点近傍に置かれた台形形状の結晶プリズム内の光伝播を解析した。光が台形プリズムの斜面へ入射した時、2つの固有偏光に分離されるが、この2つの固有偏光が内部での多重反射によって再度複数に分離することなく、且つ光磁気信号検出用の分割ディテクタ上で大きな分離幅がとれるようなc軸の配置を見出し、実際の光磁気ディスクからの信号再生を原理確認した。

2)3次元の屈折率構造中における電場強度分布計算のための定式化と応用

 焦点近傍における電場は、対物レンズのNAが非常に高い場合であっても、焦点を中心とする参照球面上の各点の電場を係数に持つ平面波の集合として表される。従って平面波回折の計算を行えば、案内溝を持った光ディスク媒体のような屈折率構造中の電場は、これら平面波が入射する場合の重ね合わせで表現できる。

 しかしながら、平面波回折計算法も複数存在し、光ディスク解析に適した方法を選択することが必要である。まず電磁波解析の各種手法を簡単に考察した後、平面波回折計算法で光ディスク解析に用いることができると思われる5つの方法、Rayleigh法、表面電流法、有限要素法、座標変換法、RCW(Rigorous Coupled Wave)法について、特に3次元構造への適用上のポイントについてレビューし、座標変換法に関しては3次元化における数値計算上の改良、またRCW法の光磁気記録媒体への適用について述べた。

 そして、これら5つの手法に基づく計算機プログラムを実際に作成し、光ディスクに近い金属グレーティングの計算モデルに適用して計算結果を比較した。本研究では、計算精度、スピードおよび記録マークのモデリングの点で優位なRCW法を応用例に採用した。

 応用として、光ディスク案内溝の凸部および凹部に記録再生を行う場合の電場強度分布を計算し、実験との比較により凸部に記録再生する優位性を明らかにした。また、SIL(Solid Immersion Lens)を用いた光磁気ディスクの近接場再生において、SILとディスク表面との間隔が波長の10分の1程度であれば再生信号劣化は3dB以内に留まる事を示し、実現の可能性を示した。

3)有効点像分布の概念とその定式化および応用

 光ディスクは走査型顕微鏡であり、記録面上に集光された光の強度分布であるPSF(Point Spread Function)と記録マークの反射率分布のコンボリューションを用いて再生信号を計算することができることは良く知られている。

 本研究では、分割された検出器と偏光検出光学系および光ディスクの案内溝の影響を考慮した有効点像分布関数を定義し、応用例を述べた。

 光ディスク光学系をスカラーの部分コヒーレントモデルで記述し、ディスク上のマークによる回折光強度が弱い(弱回折)と仮定すると複素数のEPSFが導かれる。応用例として、Push Pull法(差動検出法)およびDPD信号と呼ばれるトラック位置検出信号の解析について述べた。また、案内溝上に記録されたマークの再生特性の解析、共焦点検出、DVD/CDコンパチブル再生の基礎検討への応用を述べ、EPSFによって様々な光学系を統一的に理解することが可能であることを示した。

 つぎにEPSFを偏光検出系に拡張した。光磁気ディスクのマークは反射によって偏光の回転を引き起こすが、この場合、EPSFはJones'vectorから導かれる。応用例として、2分割された対物レンズ入射瞳のそれぞれの領域で異なる回転角を生ずる偏光素子を用いた光磁気検出法に適用し、EPSFを用いてその特異な再生特性を明らかにした。

4)光ディスクを用いたホログラム記録再生における記録密度解析と原理確認実験結果

 高密度化に関する今後の展望として、光ディスクのホログラムメモリ化を目指した検討結果を示す。本方式の原理を述べた後、媒体中の3次元の光波を考えることなく、物体光と参照光を生成する光ビームの2次元断面分布のみを用いて再生像を計算する方法を示した。この手法を用い、参照光のシフト(平行移動)に対する再生像の強度を表すシフト選択関数が、参照光強度分布の仮想的な点像分布関数に一致することがわかった。同時にクロストークの計算を行い、本方式の記録密度を計算した。最後に、光ディスクに近い構成での複数ビット同時記録再生の原理確認実験結果を示した。

審査要旨 要旨を表示する

CDやDVDに代表される光ディスクシステムは光産業を支える最も太い柱である。最近もBlu-rayやHD DVDが実用化され,更なる大容量化に向けて研究開発が進んでいる。そこでは記録の高密度化とシステムの小型集積化が同時に要求され,加えて低コスト化の要求にも応えるため,回折素子や偏光素子など高機能素子を用い,部品点数を減らす努力がなされて来た。その結果,光学の原理は不変であるが,カメラレンズのような典型的な光学系とは異なるさまざまな機能や形状の光学系が考案され,これらを的確に解析する必要が出てきた。さらに,レンズ部分だけではなく,光源や光ディスク媒体から検出器まで,システム全体で性能を評価することが不可欠となっている。本論文の著者はこのような要求に答えるため,平面波展開法を基礎に据え,光の伝播を改めて考察し直し,これに停留位相法を適用することにより,光の回折理論を再構築した。その結果を各種光ディスクの設計や評価へ応用した。特に,著者の考案による有効点像分布関数は,レンズの結像特性だけではなく,検出器の形状や光ディスクの基本構造を取り込んだもので,いろいろな方式の光ディスクの動作特性を統一的に論ずることを可能にした。

本論文は7つの章で構成される。

第1章は本論文の序で,本研究の背景と概略を述べた後,本論文の構成をまとめている。

第2章は「平面波展開に基づく光ビーム伝播の解析法」と題し,光波を平面波に展開する方法に基づき,偏光を考慮した光の伝播を論じている。光の場を平面波の重ね合わせとして表現し,これに停留位相法を適用し,回折積分公式を導いた。この結果にもう一度停留位相法を適用することにより,幾何光学的な光線追跡の式を得た。停留位相法の誤差の見積りから,この計算法の適用限界を明らかにした。この結果は,固体浸レンズなど高開口数の光学系に対し,偏光を考慮して,焦点近傍の回折像を解析し,光線追跡の適用限界の評価に応用された。

第3章「異方性媒質を含む光学系の光線追跡とFraunhofer回折計算」では,第2章で論じた平面波展開法を異方性媒質中の光の伝播に適用している。異方性媒質中の平面波の伝播は既知の事実であるが,光線追跡法としての定式化はほとんどなされていなかった。著者は,複屈折媒質の光波を,固有偏光状態を基底にとって平面波展開し,これに停留位相法を2回適用することにより,光線追跡法を定式化した。この方法は複屈折媒質を用いた台形プリズムの設計に応用された。この台形プリズムは偏光ビームスプリッターとして働き,検出器と一体化することにより,光磁気信号とトラッキングのサーボ信号を同時に得ることを可能とする。この素子は,Mini-Disc用光磁気ピックアップとして実用化されている。

第4章は「光ディスク媒体内部における電場分布および回折光の計算方法」と題し,3次元的な屈折率構造を持つ媒質に光を絞り込んだときの,媒質内部の電場分布の計算法が論じられている。光ディスクは案内溝など表面に複雑な構造を持つ。光ディスク表面に光を絞り込んだときの焦点近傍の電場分布の計算には,表面の立体構造の影響を考慮しなくてはならない。著者は,これまで知られている多くの解析法から5つの方法,すなわち,Rayleigh法,表面電流法,RCW(rigorous coupled wave)法,座標変換法,有限要素法,を選び,これらについて詳細に調べた。同一のモデルに対しこれらの方法を用いた計算結果を示し,相互比較を行った。光ディスクに関しては,総合的にはRCW法が優れているとの結論に達した。この結果は,案内溝の凸部に信号を記録する方式と凹部に記録する方式の優劣の決定などに応用された。

第5章「有効点像分布関数を用いた光ディスクシステムの再生特性解析」では,各種光ディスク方式を統一的に比較するために,有効点像分布関数という新しい概念が導入され,その具体的な応用例が論じられている。点像分布関数とは点光源を物体としたときの像の強度分布であり,光学系の結像特性を表す応答関数である。光ディスクシステムの解析では,点像は複雑な構造を持つ光ディスクを照射し,反射光がピックアップ光学系を通過した後,いろいろな構造の検出器に入り,最終的に電気信号を出力する。著者は,光ディスク上の信号(マーク)の回折や吸収の効果が小さく線形近似が許されるとき,光ディスクシステムの応答関数を,従来の点像分布関数を拡張した有効点像分布関数という形で表現できることを見出した。この有効点像分布関数は,異なる方式を統一的に記述できるという意味で,極めて有用である。よく似た考え方は,これまでも位相差顕微鏡やレーザー走査型顕微鏡の解析などでも用いられた例があるが,光ディスクシステムに応用されたのは本論文が初めてである。

第6章は「光ディスク光学系を用いたホログラム記録再生とその解析」と題し,平面波展開のホログラフィック光メモリーへの応用が論じられている。ホログラフィーは多重の情報を体積記録でき,高密度の光記録方式の候補としてこれまで多くの研究開発がなされてきた。著者は,ホログラムの記録再生過程を,平面波展開法を用いて定式化し,多重記録の選択性やクロストーク雑音の大きさを見積り,記録密度を評価した。

第7章は結びで,本論文の結果の要約と今後の展望が述べられている。

以上を要約すると,本論文は,平面波展開法と停留位相法を解析の道具に,複雑な構造を持つ光ディスクシステムの再生特性を明快に論じ,設計法を与えたものである。この結果は,光ディスクシステムの解析に新しい方法をもたらすと同時に,Mini-Disc用のコンパクトな光ピックアップの設計など製品開発に応用された。特に,著者の提案する有効点像分布関数の理論は,いろいろな光ディスクシステムの再生特性を統一的に評価することを可能にした。従来,個別に論じられてきたものに統一的な視点を与えたことの意義は小さくない。以上,本論文の成果は物理工学に寄与するところ大であり,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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