学位論文要旨



No 216126
著者(漢字) 芳賀,和子
著者(英字)
著者(カナ) ハガ,カズコ
標題(和) 放射性廃棄物処分システムにおけるセメント系人工バリア材の溶解現象に関する研究
標題(洋)
報告番号 216126
報告番号 乙16126
学位授与日 2004.11.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16126号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 教授 関村,直人
 東京大学 助教授 長崎,晋也
内容要旨 要旨を表示する

 セメント系材料は一般の土木・建築分野において広く利用されている材料であり,セメント系材料なくしては大型構造物の建設は困難である.放射性廃棄物処分においても,施設の構造材,廃棄物の固型化材,廃棄体の充填材等として重要な人工バリア材料の一つとして考えられている.

 土木・建築分野において,セメント系材料に求められる性能の大部分は力学的性能である.一般的なセメント構造物において,溶脱に伴う変質現象が大きく問題にされる例は極めて少ないと予測されるが,長期間の性能予測を必要とする放射性廃棄物処分施設では,セメント構造物の溶解変質現象の解明は重要な技術的課題である.放射性廃棄物処分においては力学的性能以外に止水性能や地下水のpH緩衝性,核種収着性等の核種閉じ込め性能が期待されているが,このような性能が処分施設において期待される期間は数百年以上と極めて長い.しかし,長期間にわたる力学的強度や核種閉じ込め性能の変化は解明されているとは言いがたく,長期的な性能予測を不確実なものとしている.セメントは地下水に接触することによって溶解し変質していくため,この溶解による変質がセメントのバリア機能を変化させる重要な要因の一つである.

 長期間にわたるセメントの機能を評価するにあたってセメント水和物自体の長期的な変質挙動を明確にする必要がある.溶解の進行に伴うセメント水和物の変化を解明することは,水和物の溶解度の評価や物理的,化学的耐久性評価およびセメント硬化体の変質のモデル化研究において最も重要である.セメント硬化体の液相組成の変化予測には,セメント水和物と地下水は平衡になるということが前提のもとで溶解平衡モデルが適用されている.核種の収着機能は核種をとりまく化学的環境に依存することから液相組成の変化に着目した研究が多く,固相の変化を評価した研究は少ない.安全性を評価する期間から考えると短期間ではあるが30〜80年程度,水に接しているコンクリート実構造物の変質状況を分析した研究において,水に接している表層から変質が進行しており,内部には健全部が存在することが報告されている.時間経過とともに変質部分が内部に進行していくと考えられるが,そのような変質の進行を明確にした研究例は無い.本研究ではセメント硬化体の溶解現象を明確にすることを目的に,溶解現象を評価するための試験手法を整理したうえで,固相の変化に着目した研究を実施した.

 本論文では放射性廃棄物処分におけるセメント系材料の人工バリアとしての位置づけを説明し,溶解に関する既往研究成果や研究手法を評価した上で,本研究において実施した溶解に関する研究成果を論じた.

 本論文は6章からなる.

 第1章では序論として本論文の研究目的を明確にするため,研究の背景,放射性廃棄物処分システムにおけるセメントの役割,長期間水に接した実構造物の調査も含めたセメントの溶解現象に関する既往の研究(特にモデル化研究)をまとめ,本研究の目的について述べた.

 第2章では,溶解試験方法に関する調査により,各手法の利点や課題,適用性を評価した.また,溶解の進行を評価するのに適した試験方法を選定するため,従来から多く実施されている「浸漬水交換試験方法」(溶解法)と,本研究で提案した「液固比変化手法」(浸漬法)の両方における溶解試験を実施し,比較検討した結果を述べた.セメントへの接触水量をパラメーターとした場合,両者の液相組成は比較的よく一致していた.しかし,溶解平衡状態の観察,詳細な固相分析のためには「液固比変化手法」(浸漬法)による溶解実験が適しているという結論を得た.

 第3章では溶解の進行に伴う化学的な変化を明確にすることを目的に粉末試料を用いた浸漬試験を実施し,液相組成の変化とセメント水和物の主要水和物であるカルシウムシリケート水和物(以下C-S-Hゲル:xCaO-ySiO2-zH2Oの総称)の変質を評価した.水和によってCa(OH)2とC-S-Hゲル(本論文では両者をあわせてカルシウムシリケート系水和物と呼んだ)のみを生成するエーライト(珪酸三カルシウム:3CaO・SiO2)を合成し,その水和物を試験試料として用いた.液相組成と固相の分析結果からCa(OH)2が最初に溶出し,Ca(OH)2溶出後にC-S-Hゲルが溶解し始めることがわかり,C-S-Hゲルが溶解すると同時にC-S-Hゲルのシリケートアニオン構造が変化していることを明確にした.また,普通ポルトランドセメント(以下,OPC)水和物に関して同様の試験を実施した結果,エーライト水和物の溶解現象と大きな差は見られなかった.OPC水和物の溶解現象においてカルシウムシリケート系水和物以外の水和物の影響は比較的小さく,カルシウムシリケート系水和物の溶解挙動でOPC水和物の溶解挙動が評価できることを明らかとした.

 第4章では溶解現象に伴う空隙構造と元素組成分布等の変化を分析し,変質フロント(本研究ではCH溶解フロント)の存在と変質部の特性変化を明確にした.溶解成分が拡散により移動する場合の溶解の進行と,移流により移動する場合の溶解の進行とそれに伴う固相の変化を評価した.

 拡散により溶解成分が移動する現象を模擬するために浸漬試験を実施した.平板状のエーライト硬化体の浸漬試験において断面の元素組成を分析した結果,表層の変質部と内部の未変質部を区別でき,固相分析の結果から変質部と未変質部の違いはCa(OH)2の有無であったので,本研究ではこの境界をCa(OH)2溶解フロント(以下CH溶解フロント)とした.溶解に伴いCa(OH)2の溶解に起因する比較的大きな径の空隙が増加した.また,固相分析から溶解反応だけでなく,生成反応が同時に起こっていることが予測された.OPC硬化体において同様の試験を実施した結果,エーライト硬化体と同様の反応が生じており,カルシウムシリケート系水和物の溶解反応が主要な反応であることがわかった.しかし,OPC水和物の浸漬試験では浸漬水に接触している表層付近で二次生成鉱物としてアルミネート系水和物の生成が確認された.

 溶解成分の移動が移流によって生じる場合のセメント水和物の溶解現象を評価することを目的として,遠心力を利用した通水法による溶解試験手法を開発し,通水試験を実施した.水和物相と液相組成の変化は他の溶解試験で確認されている溶解過程と一致したことから,通水液は水和物と平衡を保ちながら試料中を通水したものと考えた.また,水和物の溶解に伴う空隙量の増加と空隙構造の変化も浸漬試験で得られた結果と同様であった.試料断面の元素組成分析結果から通水液流入部分でCa濃度が低くなっており変質部と未変質部を区別することができ,浸漬試験と同様なCH溶解フロントが確認され,通水量の増加に伴いCH溶解フロントは下流側に移動することがわかった.固相と液相分析の結果から通水による変質現象の反応プロセスを推測した.

 第5章ではCaの拡散現象に及ぼす空隙構造の影響について述べた.溶解が進行し水和物が消失することによって空隙が増加する.空隙構造は溶解成分の拡散現象に影響を及ぼすと考えられることから,セメント硬化体の長期的な変質を評価するためには溶解による空隙の増加を評価するとともに,空隙量と溶解成分の拡散に関して評価しておくことが重要と考えた.本研究では,配合を変化させて空隙量の異なるエーライト硬化体を作成し,主要な溶解成分であるCaの拡散速度に及ぼす空隙構造の影響を評価した.空隙量の異なるいずれの試料についてもCa(OH)2の溶解と空隙増加量に相関があり,Ca(OH)2の溶解が空隙構造の変化に最も影響を及ぼしていることがわかった.また,初期試料の空隙量が増加するにしたがってCaの拡散速度は大きくなった.

 エーライト硬化体の浸漬試験結果を用いて,空隙量の変化を拡散係数に反映させた解析モデルを構築し,CH溶解フロントの進行を評価した.空隙量と拡散係数には良い相関があり,Ca(OH)2の溶解に伴う大きな径の空隙の増加が拡散速度に大きく影響を及ぼすことがわかった.空隙量の異なるいずれの試料についても実験結果と解析結果は比較的良く一致したことから,構築したモデルはCH溶解フロントの進行を評価するためのモデルとして妥当であることを確認した.

 OPC硬化体を用いて同様の浸漬試験を実施し,エーライト硬化体と同様の結果が得られたことから,カルシウムシリケート系水和物以外の水和物の影響が小さいことを明らかにした.また,エーライト硬化体で構築した解析モデルを用いてCH溶解フロントの進行を評価した.計算結果と実験結果は比較的良く一致しており,カルシウムシリケート系水和物の溶解現象を扱った解析モデルでOPC硬化体のCH溶解フロントの移動を評価できることがわかった.

 最後にモデル化における重要な現象に関して、実験結果をもとに本研究で評価したモデルの課題をまとめた。

 第6章では2章から4章で得られた成果を要約し、本論文の結論としてまとめるとともに,本研究成果が放射性廃棄物処分においてどのように展開されるかを述べた.

審査要旨 要旨を表示する

 セメント系材料は放射性廃棄物処分において,施設の構造材,廃棄物の固型化材,廃棄体の充填材等として重要な人工バリア材料の一つとして考えられている。長期間の性能予測を必要とする放射性廃棄物処分施設では,セメント構造物の溶解変質現象の解明は重要な技術的課題である。放射性廃棄物処分においては力学的性能以外に止水性能や地下水のpH緩衝性,核種収着性等の核種閉じ込め性能が期待されているが,このような性能が処分施設において期待される期間は数百年以上と極めて長い。セメントは地下水に接触することによって溶解し変質していくため,この溶解による変質がセメントの様々なバリア機能を変化させる重要な要因の一つである。

 本研究ではセメント硬化体の溶解現象を明確にすることを目的に,溶解現象を評価するための試験手法を整理したうえで,固相の変化に着目した研究を実施している。

 本論文は6章からなる。

 第1章では序論として本論文の研究目的を明確にするため,研究の背景,放射性廃棄物処分システムにおけるセメントの役割,長期間水に接した実構造物の調査も含めたセメントの溶解現象に関する既往の研究(特にモデル化研究)をまとめ,本研究の目的について述べている。

 第2章では,溶解試験方法に関する調査により,各手法の利点や課題,適用性を評価している。また,溶解の進行を評価するのに適した試験方法を選定するため,従来から多く実施されている「浸漬水交換試験方法」(溶解法)と,本研究で提案した「液固比変化手法」(浸漬法)の両方における溶解試験を実施し,比較検討した結果を述べている。その結果、溶解平衡状態の観察,詳細な固相分析のためには「液固比変化手法」(浸漬法)による溶解実験が適しているという結論を得ている。

 第3章では溶解の進行に伴う化学的な変化を明確にすることを目的に粉末試料を用いた浸漬試験を実施し,液相組成の変化とセメント水和物の主要水和物であるカルシウムシリケート水和物(以下C-S-Hゲル:xCaO-ySiO2-zH2Oの総称)の変質を評価している。水和によってCa(OH)2とC-S-Hゲル(本論文では両者をあわせてカルシウムシリケート系水和物としている)のみを生成するエーライト(珪酸三カルシウム:3CaO・SiO2)を合成し,その水和物を試験試料として用いている。液相組成と固相の分析結果からCa(OH)2が最初に溶出し,Ca(OH)2溶出後にC-S-Hゲルが溶解し始めることがわかり,C-S-Hゲルが溶解すると同時にC-S-Hゲルのシリケートアニオン構造が変化していることを明確にした。また,普通ポルトランドセメント(以下,OPC)水和物の溶解現象においてカルシウムシリケート系水和物以外の水和物の影響は比較的小さく,カルシウムシリケート系水和物の溶解挙動でOPC水和物の溶解挙動が評価できることを明らかにしている。

 第4章では溶解現象に伴う空隙構造と元素組成分布等の変化を分析し,変質フロント(本研究ではCH溶解フロント)の存在と変質部の特性変化を明確にしており、溶解成分が拡散により移動する場合の溶解の進行および移流により移動する場合の溶解の進行とそれに伴う固相の変化を評価している。

 平板状のエーライト硬化体の浸漬試験において、表層の変質部と内部の未変質部を区別でき,固相分析の結果から変質部と未変質部の違いはCa(OH)2の有無であるので,本研究ではこの境界をCa(OH)2溶解フロント(以下CH溶解フロント)とし解析を行っている。また、溶解に伴いCa(OH)2の溶解に起因する比較的大きな径の空隙が増加していることを示すとともに、固相分析から溶解反応だけでなく,生成反応が同時に起こっていることを予測している。また、溶解成分の移動が移流によって生じる場合のセメント水和物の溶解現象を評価することを目的として,遠心力を利用した通水法による溶解試験手法を開発し,通水試験を実施している。水和物相と液相組成の変化は他の溶解試験で確認されている溶解過程と一致したことから,通水液は水和物と平衡を保ちながら試料中を通水したものと結論している。

 第5章ではCaの拡散現象に及ぼす空隙構造の影響について述べている。溶解が進行し水和物が消失することによって空隙が増加することを示し、空隙構造は溶解成分の拡散現象に影響を及ぼすと考えられることから,セメント硬化体の長期的な変質を評価するためには溶解による空隙の増加を評価するとともに,空隙量と溶解成分の拡散に関して評価しておくことの重要性を示し、主要な溶解成分であるCaの拡散速度に及ぼす空隙構造の影響を評価している。空隙量と拡散係数には良い相関があり,Ca(OH)2の溶解に伴う大きな径の空隙の増加が拡散速度に大きく影響を及ぼすことを示している。空隙量の異なるいずれの試料についても実験結果と解析結果は比較的良く一致したことから,構築したモデルはCH溶解フロントの進行を評価するためのモデルとして妥当であることを確認している。

 第6章では2章から4章で得られた成果を要約し、本論文の結論としてまとめるとともに,本研究成果が放射性廃棄物処分においてどのように展開されるかを述べている。

 このように、本研究は固相分析も含めてセメントの溶解現象を総合的に研究したものであり、研究方法の確立を初めとして、溶解に伴う空隙構造の変化や拡散係数と空隙率との関係を明らかにするなど、多くの貴重な知見を与えており、システム量子工学、特に放射性廃棄物工学に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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