学位論文要旨



No 216127
著者(漢字) 遊佐,訓孝
著者(英字)
著者(カナ) ユサ,ノリタカ
標題(和) 原子力における渦電流欠陥サイジング技術の高度化に関する研究
標題(洋) Enhancement of eddy current inversion techniques for nuclear industries
報告番号 216127
報告番号 乙16127
学位授与日 2004.11.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16127号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上坂,充
 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 関村,直人
 東京大学 助教授 高橋,浩之
 東京大学 助教授 出町,和之
 日本大学 教授 星川,洋
内容要旨 要旨を表示する

 従来、日本の原子力発電所に対しては、設計基準が運転開始後の機器に対しても適用されてきており、運転開始後も常に機器が使用開始時の状態、すなわち欠陥が存在しない状態に保たれていることが要求されてきた。そのため、日本国内の原子力発電所の検査においてある機器に欠陥が発見された場合、その影響の大小に係わらず機器の補修もしくは交換が行われ、過剰な補修によるコスト高、および時として非合理的な保全につながるものとして問題となってきた。一方、米国等の諸外国、および航空機や船舶等の他産業においては、使用中の機器の機能についての基準である維持基準が積極的に導入されてきており、検査により機器に欠陥等が発見された場合、機器の安全性に対する欠陥の影響が破壊力学等を用いて評価され、その結果に基づいて適切な保全、すなわち継続運転の可否、機器を補修・交換するか必要があるか否かが決定されてきた。維持基準を導入することは、コスト削減をもたらすのみならず、保全計画が合理化されることでより高い構造物の安全性にもつながるものであるということが、これまでの経験により明らかとなっており、長年にわたる議論の結果、日本国内の原子力安全規制においても、平成15年10月の法改正により維持基準が導入された。これにより、今後日本国内の原子力プラントにおいても、欠陥の発見後直ちに機器の補修や交換を行うのではなく、欠陥の影響評価に基づく保全が行われることになる。そのため、発見された欠陥の形状を正確に把握することが非常に重要となり、よって非破壊検査が原子力プラントの保全において果たす役割もこれまで以上に大きくなる。本研究は以上のような背景により実施されたものであり、渦電流探傷法による欠陥サイジング技術の高度化により、構造物、より具体的には原子力プラントの信頼性の向上に資することを目的としたものである。

 原子力プラントを構成する数多くの構造物には多種多様なものがあるが、構造上重要である、もしくは近年問題となっている等の理由により、本研究においては特に(1)軽水炉蒸気発生器伝熱管に代表される極薄肉材構造物、(2)これまで渦電流探傷法の適用が表面検査に限られてきた厚肉オーステナイト系ステンレス材および表面に肉盛を有するインコネル溶接部、そして(3)磁性体製配管、の3種類の構造物を対象とすることとした。それぞれの具体的な研究内容および得られた結果を以下にまとめる。

 軽水炉蒸気発生器の伝熱管は、その非破壊検査に渦電流探傷法が用いられている数少ない原子炉重要機器の一つであり、そのような背景から、近年の渦電流探傷信号逆解析アルゴリズムの開発のための研究の多くは、軽水炉蒸気発生器伝熱管を対象として行われてきた。渦電流探傷信号から複雑な断面形状を有する欠陥の形状を再構成に成功したという例は既にいくつか報告されているが、従来の研究のほぼ全ては人工ノッチを対象としてきており、実環境で問題となる応力腐食割れを取り扱ったものは皆無に近い。人工ノッチと比較すると、応力腐食割れははるかに複雑な3次元的形状を有しており、実際渦電流探傷の数値解析においては両者を同様に取り扱うことは出来ないとの報告が数多くなされている。よって、渦電流探傷逆解析技術の実機適用に際しての検証は未だ不十分であると言わざるを得ない。人工ノッチと応力腐食割れを渦電流探傷法の観点から比較した場合、最も大きな差異は、人工ノッチの場合は渦電流が完全にノッチを迂回するように流れるのに対し、応力腐食割れの場合は破面の部分的な接触により、割れを横切って流れる電流が存在するという点である。そのため、数値解析においては、応力腐食割れはある導電率を有する領域としてモデル化する必要がある。これまで人工ノッチを対象とした渦電流逆問題にておいては勾配法に基づく逆解析アルゴリズムが主として適用され大きな成功をおさめてきたが、このようなアルゴリズムを導電率を有する欠陥モデルに対して適用した場合は収束が急速に悪化することが報告されている。よって本研究においては、いくつかの新しいアルゴリズムを開発し、その有効性を確認した後、最終的に軽水炉蒸気発生器伝熱管に発生した応力腐食割れの形状推定を行った。得られた推定形状は真の形状とほぼ一致したものであった。さらに、応力腐食割れを数値解析にて取り扱う際のモデル化についての検討を行い、微細な構造までを考慮する必要は無いが、ある導電率を有する領域としてモデル化する必要があり、従来の手法のように導電率を考慮しないモデルを用いた場合、推定結果が真の形状と大きくずれてしまう可能性があるということを明らかとした。

 第2の研究対象は原子力プラントの定期検査においてより積極的に渦電流探傷法を用いることが可能であることを示すものである。従来は渦電流探傷法は極薄肉材以外に対してはあくまで表面検査のための手法として用いられてきており、欠陥のサイジングは主として超音波探傷法を用いて行われていた。しかしながら、超音波探傷法を用いた検査には、要する時間が長く、表面の微細な割れに対しては感度が低いなどの問題がある。よって、極薄肉材以外の部位に対して渦電流探傷法を欠陥サイジングのための手法として用いることが可能であるのならば、原子力プラントの検査の効率化に対する寄与は大きい。その検証のため、本研究では厚肉オーステナイト系ステンレス配管外表面に発生した塩化物誘起応力腐食割れ、およびインコネル溶接金属部に加工した人工ノッチの渦電流探傷信号からのサイジングを試みた。前者においては、8.7mmという試験体の厚みを考慮して20kHzという低い励磁周波数を適用した。破壊試験によって明らかとなった真の形状がほぼ矩形であるのに対して、推定された形状は半楕円形に近い形状ではあったが、低周波にもかかわらず長さと最大深さについてはほぼ正しく推定でき、よって、渦電流探傷法は、適切な逆解析アルゴリズムを用いることで、蒸気発生器伝熱管のような極薄肉以外にも、欠陥形状推定のための非破壊検査手法として適用することが可能であるということが示された。続いて、インコネル溶接金属に発生した割れに対する渦電流探傷法の適用性について評価した。まず、インコネル溶接部の探傷に適した渦電流探傷プローブを選定するために、8種類の渦電流プローブを用いて探傷実験を行い、得られた結果に基づき、一様渦電流プローブをインコネル溶接部探傷用の渦電流探傷プローブとして選定し、探傷信号からのノッチサイジングを行った。サイジングにあたっては溶接部表面の凹凸および内部での電磁気的特性の分布を厳密に考慮することは現実的には不可能であるため、ここでは試験体を平板として模擬し、溶接線を横切る時の信号はプローブのリフトオフ変化として近似的に取り扱った。非常に単純化した解析モデルにもかかわらず、良好な形状推定結果を得ることが出来た。さらに同一試験体に対するフェーズドアレイ渦電流探傷試験も併せて行い、インコネル溶接部の探傷試験において、渦電流探傷法は特に超音波探傷法が有効性を発揮することが出来ないような微小表面欠陥に対して特に有効であるということが明らかとなった。

 磁性体製配管に対しては、通常の渦電流探傷法は表皮効果のために渦電流がごく表層に集中してしまうため、その適用は原理的に表面検査に限られてしまう。そのため、ここでは渦電流探傷法の亜種とも言える、リモートフィールド渦電流探傷法の高度化を行うことを試みた。リモートフィールド渦電流探傷法は、通常の渦電流探傷法と異なり、非磁性体のみならず磁性体にも適用が可能な検査手法であり、石油やガスのパイプラインの検査のために広く用いられている。その基本原理は試験体の外面側を回り込むように伝播する磁束を検出することであり、そのために検出コイルは励磁コイルよりかなり離れた箇所に配置する必要がある。しかしながら、この検出コイルと励磁コイルを離れて配置する必要があるということは、検出信号の微弱化、プローブの長大化による操作性低下などの弊害にもつながっている。このような問題を解決するために、これまで銅等の金属シールドを検出コイルと励磁コイルの間に配置することが行われてきた。しかしながら、リモートフィールド渦電流探傷法は低周波で駆動する必要があるため、金属シールドは必ずしも有効とは言えないものであった。本研究では、超伝導体の有する完全反磁性という特徴に注目し、超伝導体をリモートフィールドプローブのシールドとして用いることを提唱した。数値解析の結果、超伝導体を用いたシールドは、特に100Hz以下でプローブを駆動させた場合に金属シールドと比べての有効性が大きいものであることが判明したため、続いて実際に超伝導シールドを有するリモートフィールドプローブを製作し、探傷試験による検証を行った。探傷試験では、低炭素鋼製の配管外面に加工した全周30%および40%管壁厚み深さの人工減肉を管内面から探傷した時の信号に対する、超伝導シールドの有無およびコイル間距離の影響を評価した。その結果、超伝導シールドを用いることでコイル間隔を短縮することができ、また探傷信号も明瞭なものとなることが判明した。

審査要旨 要旨を表示する

 構造物、特に高い信頼性の要求されるものの健全性の確保は、現代における重要な問題の一つである。そのような構造物の一つである原子力プラントに対しては、従来は重要な機器に欠陥が発見された場合には、直ちに補修・交換を行うことが義務付けられていたが、昨年度の法改正により維持基準が導入され、欠陥が機器に及ぼす影響に基づいて機器の補修・交換が必要であるか否か、すなわち継続運転の可否を決定する事が可能となった。そのため、非破壊検査によって欠陥の形状を正確に把握することはこれまで以上に重要となってきている。本研究はこのような背景により実施されたものであり、電磁現象に基づくな非破壊検査手法の一つである渦電流探傷法の探傷信号から欠陥形状を推定するための技術の高度化に関するものである。

 論文の第1章では、このような本研究の背景、および渦電流探傷法の原理が述べられており、渦電流探傷法によって得られた探傷信号から欠陥形状を推定するためには、数値解析の援用を欠かすことができないということが説明されている。それに基づき、第2章において、数値解析により渦電流探傷信号を求めるためのいくつかの手法の詳細が解説されている。

 本研究の具体的な成果は第3章以降である。

 まず、第3章においては、軽水炉蒸気発生器伝熱管に発生した欠陥の形状推定のための数値逆解析アルゴリズムの開発が行われている。勾配法、ニューラルネットワーク法、そしてメタ戦略法に基づいた3つの手法が提唱され、数値解析データを用いた検証の後、実際に軽水炉蒸気発生器伝熱管の定期検査中に発見された応力腐食割れの探傷試験データに適用し、形状推定が行われている。得られている推定結果は真の形状とほぼ一致したものであり、数値解析を援用することで、渦電流探傷法が表面探傷のみならず欠陥形状推定のためにも有効な非破壊検査手法であるということが示されている。従来より渦電流探傷信号から欠陥形状を推定する試みは少なからず行われてきているが、実機に発生した応力腐食割れの形状推定の成功例についてはこれまで報告が無く、非常に価値の高い結果と知見が得られている。

 第3章で得られた知見に基づき、応力腐食割れの数値解析モデルに関する考察が第4章にてなされている。応力腐食割れを渦電流探傷法において取り扱う場合、微細な構造までを厳密に取り扱う必要は無く、ある導電率を有する領域としてモデル化することで、欠陥の境界形状のみを逆解析により推定することが示されている。

 さらに、第3章で開発したアルゴリズムを用いた、厚肉ステンレス配管の外表面に発生した応力腐食割れの形状推定が第5章において行われている。渦電流の深い浸透を実現するためにかなり低い励磁周波数を用いているにもかかわらず、良好な形状推定結果が得られており、よって、渦電流探傷法が極薄肉材のみならず原子力プラントの数多くの部位に対する体積検査手法として用いることが出来るという事を明らかとしている。本章においてはさらに渦電流探傷法の数値解析における塩化物誘起型の応力腐食割れの特徴も指摘しているが、これは今後実機適用にあたって重要な知見である。

 第6章においては、渦電流探傷法のインコネル溶接部検査への適用ついて検討を行っている。原子炉容器下鏡のインコネル溶接部を模擬した平板溶接試験体を製作し、各種渦電流探傷プローブを用いた探傷実験を行った結果、表面の凹凸の程度が大きいにもかかわらず溶接ノイズの度合いは小さく、よって炉内構造物インコネル溶接部検査の検査手法として渦電流探傷法は有効であるとの結論を得ている。続いて、得られた探傷信号からの加工した人工ノッチの形状推定を行い、深さが5mm以下の微小な表面欠陥に対して特に良好な推定結果を得ている。さらに、同一試験体に対するフェーズドアレイ超音波探傷試験を実施し、インコネル溶接部探傷における、渦電流探傷法と超音波探傷法の、欠陥形状推定能力についての比較も行っている。インコネル溶接部の検査手法の確立は、近年の原子力プラントの保全におけるもっとも緊急な問題の一つであり、本章における成果は、そのような問題に対する解決策の糸口を与えるものとして意義深い。

 第7章では、磁性配管に対する渦電流探傷法の適用の高度化として、リモートフィールド渦電流探傷法におけるシールド材としての超伝導体の適用を提唱し、数値解析と探傷試験による評価を行っている。その結果、従来の手法では効果がなくなるような低周波励磁を用いた場合でも、超伝導体を用いた場合はシールド効果があり、リモートフィールド渦電流探傷信号を明瞭なものとすることが出来るということが示されている。

 最終第8章は本論文のまとめであり、さらに今後実用化にむけて必要となる技術開発のロードマップについて議論を行っている。

 以上のように、本論文における研究成果は、高い独創性を有しており、非破壊検査工学、さらには原子力プラントの保全に関する研究分野では非常に有用なものである。また、システム量子工学の発展に寄与するところが大きいと判断される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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