学位論文要旨



No 216128
著者(漢字) 渡辺,敦雄
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,アツオ
標題(和) 環境負荷と安全性を考慮したポリ塩化ビフェニルの無害化処理に関する研究
標題(洋)
報告番号 216128
報告番号 乙16128
学位授与日 2004.11.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16128号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 迫田,章義
 東京大学 教授 定方,正毅
 東京大学 教授 柳沢,幸雄
 東京大学 教授 大島,義人
 東京大学 助教授 平尾,雅彦
内容要旨 要旨を表示する

 本研究の目的は、環境負荷と安全性を考慮し反応圧力が大気圧で反応温度が80℃以下である紫外線分解法と触媒分解法の組み合わせによるPCB無害化処理プロセス(以下、光/触媒法と称す)技術を確立し、(1)実用PCB無害化処理施設を建設、(2)安全解析手法の確立により実用機設置許可過程でリスクコミュニケーションによる住民の合意を得ること、および(3)プロセスと安全性評価手法が国内および国連の公認を受け、今後の全PCB処理施設に適用されることなどの成果を得ることである。以下にその内容の要旨を記述する。

 第1章では、まず、日本では1987〜1989年に実施された5,500トンの液状廃PCBの高温熱分解処理後は処理設備が建設されていない事実を分析した。この理由を解明し、PCB処理装置の設置に関わる特有の問題として、(1)規制法が多岐にわたること、(2)多数の処理方式が認可されていること、および(3)PCB処理への特別な住民感情があること、を明確にした。さらにPCB処理の推進の条件としてPCBの「保管リスク」より「処理リスク」を低くしなければならないことを指摘し、PCBの主要な「保管リスク」はPCBなどの有害物の環境への漏洩と、それによる住民のばく露であることを示した。この結果、処理プロセスへの訴求点として、PCB、ダイオキシン類および処理施設からのその他の未知の有害反応副次生成物の環境への漏洩や排出を抑制し環境負荷を低減するという条件が重要であることを述べた。以上に基づきPCB処理施設に求められる設計コンセプトを(1)固有の安全性を有し処理温度・圧力が低いこと(2)使用薬品が特殊なものではなく、取り扱いが容易であること(3)有害反応副次生成物を生成せず、反応生成物が単純かつ分離容易で再資源化が可能であり、閉鎖系で処理が実施され環境への排出が抑制され環境負荷が低減されること(4)反応速度が早く、社会的コスト負担が最小であること(5)ダイオキシン類も同時に処理でき、かつ塩素を固定化でき、廃油などのサーマルリサイクル時のダイオキシン類などの2次的発生を可能な限り少なくすること、と明確化した。この設計コンセプトに基づき、本研究の目的を定めた。

 第2章では、PCB処理に関連する他の研究のうち現在廃棄物処理法で定められている方式の代表例の概要を述べ、現実のPCB処理施設の建設をするためには、(1)PCB蒸発量を低減し環境への有害物の排出および漏洩を最小限に抑制すること、(2)PCB処理施設の安全性、(3)処理済み油のサーマルリサイクルのため塩素源を除去、(4)プラント建設コスト低減、などの理由から、反応温度を80℃以下、圧力は大気圧、反応速度をできる限り早くすることが本研究の課題であることを示した。

 第3章では、PCB製品であるKC300により紫外線分解単独の反応スキームを実験結果と文献により考察し、反応速度式を推定し紫外線分解と触媒分解を切り替える濃度の最適なタイミングを推定した。さらにスケールアップ設計法を確立した。予備実験により、反応温度を50〜60℃、およびアルカリ濃度をNaOH/Cl=2.6とすることとした。続いて紫外線分解単独の実験の分解率を考察し反応スキームを考え反応速度定数の妥当性を評価し予測式を提案した。紫外線分解と触媒分解を切り替える濃度の最適なタイミングはPCB初期濃度の1/10〜1/20の範囲が望ましいことを推定した。スケールアップ設計法として、各プラントのPCBに対する紫外線強度:IEPCBの補正係数を明確化しPCB溶液の攪拌条件を考慮し、装置間でできるだけ近い値にすることを確認した。

 第4章では、触媒分解単独の見かけ反応速度定数を実験的に考察し、紫外線分解から触媒分解を切り替える濃度の最適なタイミングを推定し、スケールアップ設計法を確立することを目的とした。Pd/C添加量はIPA1リットル中に2g、溶媒温度は(75±1)℃が最適であることを示した。スケールアップ設計法に関しては初期濃度470,1000,および2100ppm初期濃度と反応速度定数の関係を求め、EX2の初期濃度470ppmの反応速度定数1.086に、初期濃度比の逆数を乗じることでスケールアップによる反応速度定数を推定することを明らかにした。紫外線分解からの切り替えタイミングは、PCB初期濃度の1/10〜1/20以下が反応速度的に最適と推定した。

 第5章では、紫外線分解法および触媒分解法の各々単独分解法の特徴を組み合わせた光/触媒法の組み合わせの最適化に関し技術およびコストの両面から検討した。続いて最適な光/触媒法を適用したPCB処理実証試験装置により、反応速度およびダイオキシン類など有害反応副次生成物の生成と環境への排出の両方が抑制されていることを評価基準とし、光/触媒法の性能および有効性を確認した。まず、反応速度的には、340ppmまで紫外線分解しその後触媒分解に切り替えた結果、反応速度定数は0.132min-1であり目標値0.102 min-1を上回った。この結果、スケールアップ設計および切り換えタイミングの妥当性を確認した。次に有害反応副次生成物の分析を行い、一般に有害物として可能性が高い高分子塩素化合物などの物質は50ppb以下であることを確認した。さらに塩素回収率は86%であることを計算し、実験装置からの塩素化合物の漏洩が認められないことから脱塩した塩素はほぼ全量NaClとなっていると推定された。最後に、ダイオキシン類などの減少率は10-6〜10-8でありダイオキシン類の低毒性化という観点からも光/触媒法の有効性を確認し、プロセス技術を確立した。結果として、PCB、ダイオキシン類およびプロセスから生じる恐れのあるその他の未知の有害反応副次生成物など環境負荷と安全性に関わる物質の環境への漏洩や排出を抑制するという条件に応えうるPCB処理プロセスの性能および有効性を確認した。成果は国内的には廃棄物処理法、国際的には国連環境計画(UNEP)の公認技術として登録された。

 第6章では、光/触媒法を適用し、川崎市に設置した実用PCB処理施設(以下HM1)により安全解析を数値的に実施しPCB無害化処理施設の適切な安全性評価手法に関する技術を確立することを目的とした。安全評価は(1)DBAの決定(2)DBAに至る前段階事象のシナリオの決定(3)前段階事象が生じた場合の最終結果としてDBAの安全性評価、の手順で実施した。第1にDBAの決定に関しては、原子力発電所の例を参考にして、「PCB処理施設近傍住民のPCBばく露」と定義し、ばく露に至るシナリオは、PSAとFMEAを実施し、PCBを含むIPAの火災/爆発による最終的なPCBの住民のばく露と決定した。続いてIPAを内包する機器からのIPA漏洩による火災/爆発時の周辺地域への影響評価を実施した。漏洩面積を安全側に考え最大でも1mm2と仮定し、隣接地建物の爆風圧は6kPa以下であることを示した。この場合の隣接地建物の損害は屋根の損傷程度と予測され、軽微な影響であり許容される損傷であると推定した。さらに、IPA火災/爆発に基づく施設近傍の住民へのPCBばく露に関する影響評価を実施した。3次元拡散解析の結果、発生元濃度は0.14μg/m3であり、最大着地点濃度は敷地内に発生し、1.5×10-7μg/m3でありいずれも日本のPCB排出濃度基準値0.5μg/m3を下回り、施設近傍の住民のPCBばく露被害は許容範囲であると推定された。以上の具体的安全評価解析により、安全性評価の観点からも光/触媒法を適用した施設の高い有効性を示すことができ、さらにPCB無害化処理施設の適切な安全性評価手法に関する技術を確立できた。成果はHM1設置許可過程の住民説明会でリスクコミュニケーションを確立し住民の合意を得ることに結実した。さらに本技術は国内全PCB処理施設の安全性評価手法の技術標準になりつつある。

 第1章から第6章までの結論として、PCB、ダイオキシン類およびプロセスから生じる恐れのあるその他の未知の有害反応副次生成物など環境負荷と安全性に関わる物質の非意図的な生成や環境への漏洩および排出を抑制するという条件に応えうる反応温度76℃、反応圧力:常圧によるPCB処理プロセス(光/触媒法)を開発し技術を確立した。光/触媒法は国内およびUNEPに技術認可された後、実用機HM1に適用され純PCBの分解に貢献している。また安全解析手法の開発はHM1設置許可過程でリスクコミュニケーションを確立し住民の合意形成に貢献した。本技術は世界的に公認されたことで、POPs条約で2028年までに、日本ではPCB特別措置法で2016年までに世界で約200万トン保管されるPCBを全廃するための安全な技術として採用が期待される。以上の論文の構成をFig.1に示す。

Fig.1 Structure of this dissertation

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「環境負荷と安全性を考慮したポリ塩化ビフェニルの無害化処理に関する研究」と題し、ポリ塩化ビフェニル(PCB)の紫外線分解法および触媒分解法について各々の問題点を抽出した上で、それらを組合せた新しい無害化処理法を提案・設計し、併せてPCB処理施設における環境負荷と安全性を評価する手法を開発して、PCB無害化処理の実用機を稼動させるに至った一連の研究開発を工学的にまとめたもので、7章から成る。

 第1章は序論であり、PCB問題の歴史的経緯を整理し、PCB無害化処理に関する特有の問題を解決するための設計コンセプトを明確化している。そして、本研究の目的を、この設計コンセプトに基づいて環境負荷と安全性を考慮したPCB無害化処理の実用機を開発すること、および同機設置施設の近隣住民とのリスクコミュニケーションを達成して稼動させることであるとし、本論文の構成を述べている。

 第2章では、PCB無害化処理技術に関する既往の研究を整理し、わが国の現行法で定められている代表的な技術についてその概要を述べている。その上で、第1章で述べた目的を達成するには、PCBの環境中への排出を最小限に抑制し、処理施設の安全性を確保し、さらに処理済み油のサーマルリサイクルをも考慮したプロセスであることが重要であることを示している。そして、本研究で開発する技術の具体的な条件として、反応温度は80℃以下、圧力は大気圧、総括の見掛け反応速度定数をある一定値以上とすることと設定している。

 第3章では、わが国で一般的に使われた多数の異性体混合物であるPCB製品をモデル試料として、PCBの紫外線分解法について詳細に検討している。まず、個々の異性体について、独自のベンチスケール規模の実験結果および既往の文献に見出せる脱塩素1次反応の反応速度定数を、それぞれの実験条件における光強度で補正した汎用性の高い反応速度定数として整理している。そして、PCBの分解は塩素数が徐々に減少していく逐次脱塩素反応であり、律速段階が最後の塩素の脱離である場合とない場合に大別できるとし、脱塩素経路をこれら2つの経路に分けて各々の代表的な脱塩素反応速度定数を用いて解析することにより、実験結果を合理的に説明できることを明示している。また、この方法のプロセスをスケールアップする場合には、単位PCB当りの光の照射エネルギーを小型装置と同レベルに維持することと、液側界面の円滑な更新を可能とする攪拌方法および容器形状が重要であることを示している。

 第4章では、第3章と同じPCB製品をモデル試料として、PCBの触媒分解法について詳細に検討している。まず、既往の研究を精査した結果として、実用機規模の脱塩素反応に対してはPd/C触媒が適切であることを示し、次にその触媒を用いてベンチスケール規模の実験を重ねPCBのモル消失速度を求めている。また、この方法のプロセスをスケールアップする場合の反応速度定数の推算式を導出している。

 第5章では、第3章で述べた紫外線分解法と第4章で述べた触媒分解法を直列に組合せた新しいプロセスを反応速度解析に建設・運転コストの検討をも加味して提案・設計し、その実証試験を行うことによって紫外線分解のあとに触媒分解を行う直列法の設計手法とスケールアップの設計手法が妥当であることを確認し、同時に当初の技術開発の目標を達成できたことを明示している。また、ダイオキシン類などの有害反応副生成物の生成と環境への排出が抑制されているということも示し、ここで開発した新しい方法が実用機に適したものであることを明らかにしている。

 第6章では、ここまでの成果に基づいて設計・製造されたPCB無害化処理の実用機を中核とするPCB処理施設における安全性評価について述べている。まず、PCB無害化処理施設近隣住民のPCBばく露を最大想定事故と定義し、PSA(確率論的安全評価)とFMEA(故障要因解析)によって事故シナリオを明確にしている。そして、その最大想定事故の際の影響評価を具体例で実施し、隣接地建物への爆風圧および近隣住民のPCBばく露量はいずれも許容される範囲であることを明示し、このことによって実用機の稼動が可能となったと結論づけている。

 第7章では各章のまとめと本論文の成果を整理している。

 以上を要するに本論文は、実用機の設計・稼動が容易でないPCBの無害化処理を対象に、PCBの脱塩素反応を簡便に記述する方法を提示して、これまでにない新しいプロセスを提案・設計し、また安全性評価をも含めたシステム設計法を明らかにしており、工学的に高い価値を有し化学システム工学への貢献は大きいものと考えられる。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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