学位論文要旨



No 216130
著者(漢字) 服部,尚子
著者(英字)
著者(カナ) ハットリ,ナオコ
標題(和) 強力な細胞増殖抑制因子であるInterferon-γは炎症性および増殖性ケラチンであるケラチンK6の発現を増加させる
標題(洋)
報告番号 216130
報告番号 乙16130
学位授与日 2004.11.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16130号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加我,君孝
 東京大学 助教授 上妻,志郎
 東京大学 助教授 菊池,かな子
 東京大学 講師 高見澤,勝
 東京大学 講師 冨田,京一
内容要旨 要旨を表示する

 ケラチンは、細胞骨格蛋白の一つである中間径フィラメントに属しており、現在35種類が知られているが、酸性と塩基性のケラチンがヘテロポリマーを形成して発現している。K6はK16またはK17と共に手掌足底表皮、口腔内・外陰部基底層上層の扁平上皮、毛包に発現している。K6は6種類のサブタイプがあり、K6aが7割以上を占める。K6/K16/K17の遺伝子変異はpachyonychia congenitaという常染色体優性遺伝性の爪の異常を生じる。K6/K16/K17は創傷治癒の過程で発現するケラチンとしても知られている。また、炎症性の表皮では、健常な毛包間表皮には発現していないK6/K16/K17が発現している。これまでにtumor necrosis factor-αはK6、epidermal growth factorとtransforming growth factor-αはK6/K16、IL(interleukin)-1はK6/K16/K17、IFN(interferon)-γはK16/K17を誘導するという報告がある。IFN-γはTh-1タイプの炎症を誘導し、表皮角化細胞の成長を抑制する。IFN-γはsignal transducer and activator of transcription(STAT)1の活性化を介して、K17を誘導するとの報告があるが、同時に誘導されるペアのケラチンは未知である。培養ヒト表皮角化細胞(NHK)では炎症性/過増殖性のケラチンが定常状態でかなりの量発現しているため、これらのケラチンの発現誘導の実験が困難であった。そこで我々は、正常ヒト皮膚(NHS)ex vivoの系でこのようなケラチンの発現誘導が検証できることを示し、K6の発現誘導の検証に利用した。

 研究方法

 1)NHKはkeratinocyte growth mediumで、HaCaT細胞およびDJM細胞は10%ウシ血清を加えたmodified Eagle's mediumで37℃、5%CO2下で培養し、IFN-γで刺激した後回収して、ウェスタンブロット(WB)法にてK6の発現を調べた。また、HaCaT細胞をIFN-γで刺激したときの上清中のIL-1α濃度をELISAで計測し、次に分泌相当量のIL-1αでHaCaT細胞を刺激し、K6の発現誘導をWB法で調べた。また、IFN-γ刺激で分泌されたIL-1αを抗IL-1α抗体で中和し、K6の発現を調べた。

 2)NHS標本は外科的手術により入手し、keratinocyte basal mediumにて培養し、IFN-γで刺激後回収し、各種ケラチンの免疫染色、WB法およびK6/K17のmRNAのReverse transcriptase polymerase chain reaction (RT-PCR)を施行した。

 3)HaCaT細胞はワイルドタイプ(wt)STAT1遺伝子またはドミナントネガティブ(dn)STAT1遺伝子をトランスフェクション後、IFN-γで刺激しWB法にてK6の発現量および細胞数の計測を施行した。

 4)nuclear factor κB(NFκB)とInhibitor of NFκBに対するアンチセンスオリゴヌクレオチドをHaCaT細胞に加えてIFN-γで刺激しWB法でK6の発現誘導を確かめた。

 5)HaCaT細胞、DJM細胞、およびNHKをIFN-γで刺激し、各細胞の細胞数を計測した。

 6)WB法の結果は、NIH Image1.49を使って半定量化した。

 7)NHKにK6プロモーターの下流にクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(CAT)遺伝子を組み込んだプラスミドと、コントロールプラスミドとをトランスフェクションした後、IFN-γ刺激しCAT assayとβ-galactosidase assayを行った。

 実験結果

 1)NHS ex vivo標本のケラチン発現様式は、無刺激では48時間まで正常ヒト皮膚と同様であり、IFN-γ刺激によるK17の発現誘導を免疫染色、WB法、mRNAのRT-PCRにて検証できた。

 2)IFN-γで刺激したNHS ex vivo標本では、K6はsuprabasalに発現がみられた。

 3)NHS ex vivo標本およびHaCaT細胞より抽出したケラチン蛋白中のK6は、IFN-γ刺激により有意に増加した。DJM細胞では、IFN-γ刺激によるK6発現誘導はみられなかった。NHKではIFN-γ刺激によりK6誘導がわずかにみられた。

 4)IFN-γ刺激でHaCaT細胞、DJM細胞、NHKの増殖は抑制された。

 5)dnSTAT1遺伝子をHaCaT細胞にトランスフェクションするとIFN-γによるK6/K17の発現誘導は有意に抑制され、細胞増殖は抑制されなかった。

 6)HaCaT細胞上清中のIL-1α濃度は、IFN-γ刺激により50pg/mlまで上昇したが、この濃度では、K6は誘導されなかった。上清中のIL-1αをブロックするとK6のIFN-γによる誘導は抑制された。

 7)NFκBのアンチセンスオリゴヌクレオチドはHaCaT細胞におけるIFN-γによるK6の誘導を抑制した。

 8)IFN-γで刺激したNHS ex vivo標本より抽出したRNA中のK6のmRNAはIFN-γの刺激により増加していた。

 9)NHKをIFN-γで刺激すると、K6のプロモーター活性は濃度依存的に上昇した。

 考案

 この研究では、IFN-γがNHS ex vivoシステム、NHKおよびHaCaT細胞でK6を誘導することを蛋白レベル、mRNAレベルおよびプロモーターレベルで証明し、K6とK17が炎症の過程でSTAT1を介して発現することを示し、これらがペアである可能性を示唆した。また、IFN-γがこれらの細胞または皮膚で強い増殖抑制作用を示すことも検証した。

 我々は、ex vivo皮膚システムによる炎症性ケラチンの発現誘導実験の有用性を免疫染色法、WB法により蛋白レベルで、RT-PCRによりmRNAレベルで検証した。また、STAT1転写因子の核内移行について免疫染色にて確認し、ex vivo皮膚システムがよりin vivoに近い系として有用であることを示した。

 K6はIFN-γの刺激によりex vivo皮膚システムの免疫染色でsuprabasalに発現することが示された。WB法では、ex vivo皮膚とHaCaT細胞でK6の発現が有意に増加することが示された。HaCaT細胞もまた、IFN-γによるK6の発現モデルとして適当であると考えた。NHK、DJM細胞では、IFN-γによるK6の発現誘導はほとんど見られなかったが、増殖抑制は確認できた。

 HaCaT細胞においてSTAT1のリン酸化の抑制はIFN-γによる増殖抑制とK6の誘導の両方をブロックした。K6/K17および増殖抑制が、ともにSTAT1を介していることは、この誘導系が創傷治癒過程のコントロールに関与している可能性が示唆された。

 IFN-γの刺激により表皮角化細胞から分泌されるIL-1αの量はそれ自体では、K6の発現を誘導できないほど微量であったが、分泌されたIL-1αを中和するとK6の発現はブロックされた。分泌されたIL-1αはIFN-γとともにシナージスティックに働いていることが示唆された。このシナージスティックな発現誘導へのNFκBの関与の可能性を確かめたところ、NFκBのアンチセンスオリゴヌクレオチドでIFN-γによるK6の発現誘導は完全にブロックされた。dnSTAT1によるSTAT1の経路のブロックもまたIFN-γによるK6の発現誘導をブロックした。これらの結果から、IFN-γによるK6の発現誘導にはNFκBとSTAT1の両者が必要であり、両者がシナージスティックに働いていることが示唆された。K6プロモーターにおいて、NFκBとSTAT1とがシナージスティックに働くか、独立して働くかは未解明である。IFN-γのK6プロモーター上での反応部位を用いたさらなる研究が必要である。

 さらに、IFN-γの刺激によりex vivo皮膚において、K6遺伝子のmRNAが増加していること、また、NHKにおいてK6のプロモーター活性がIFN-γの濃度依存的に増加していることも示された。これにより、IFN-γによるK6の発現誘導は転写レベルで起こっていることが示された。

 展望

 我々は、皮膚のex vivoシステムを使うことにより、培養表皮角化細胞では検証することの難しい炎症性/過増殖性のケラチンの発現機構を蛋白レベル、mRNAレベル、転写因子レベルで検証することができることを示した。ex vivo皮膚の採取部位、提供者の年齢、性別、採取時の取り扱い方法などによる結果への影響の検討が今後必要である。

 我々は、また、IFN-γによるK6の発現誘導にSTAT1のみならず、IL-1αとNFκBとが必要であることを示した。STAT1とNFκBとのK6プロモーターへの結合部位については、未解明であるため、今後の検討が必要である。

 また、IFN-γによるK6誘導の経路はK17と同様であるが、免疫染色の染色態度に若干の差があり、両者がペアである可能性について、さらに検討が必要である。

 K6、K16、K17は創傷治癒過程で発現することが知られており、IFN-γによる増殖抑制が、創傷治癒の増殖コントロールに関与している可能性が考えられた。乾癬皮膚において、増殖抑制因子であるIFN-γが過増殖の皮疹を形成するメカニズムは乾癬の病態のメカニズムと大きく関わりがあると考えられる。IFN-γによる過増殖性のケラチンK6誘導のメカニズムの解明は、乾癬の病態の解明に大きく寄与すると思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、強力な細胞増殖抑制因子であるInterferon-γが、炎症性および増殖性ケラチンであるケラチンK6の発現をどのような機序で増加させるかを検討している。培養表皮角化細胞の系では、炎症性ケラチンの増加の証明が困難なので、正常ヒト皮膚のex vivoの系を用いて、その発現の仕方を検討し、また、正常表皮角化細胞のcell lineであるHaCaT細胞を利用して、発現の機序を検討し、以下の結果を得ている。

1. 正常ヒト皮膚ex vivo標本のケラチン発現様式は、無刺激では48時間まで正常ヒト皮膚と同様であり、IFN-γ刺激によるK17の発現誘導を免疫染色、ウェスタンブロット法、mRNAのRT-PCRにて検証できた。このことから、正常ヒト皮膚ex vivo標本は炎症性ケラチン発現の実験系に適していることが実証された。

2. IFN-γで刺激した正常ヒト皮膚ex vivo標本の免疫染色では、K6はsuprabasalに発現がみられた。また、正常ヒト皮膚ex vivo標本およびHaCaT細胞より抽出したケラチン蛋白のウェスタンブロット法により、K6がIFN-γ刺激により有意に増加していることが示された。

3. HaCaT細胞、DJM細胞、正常ヒト培養表皮角化細胞をIFN-γで刺激すると細胞の増殖が抑制されることが示された。

4. ドミナントネガティブSTAT1遺伝子をHaCaT細胞にトランスフェクションするとIFN-γによるK6/K17の発現誘導は有意に抑制され、細胞増殖は抑制されなかった。これにより、IFN-γのK6誘導および細胞増殖抑制にSTAT1が関与していることが示された。

5. HaCaT細胞上清中のIL-1α濃度は、IFN-γ刺激により50pg/mlまで上昇したが、この濃度のIL-1α単独では、K6は誘導されなかった。しかしながら、上清中のIL-1αをブロックすると、IFN-γで刺激してもK6は誘導されなかった。これにより、IFN-γとIL-1αとはK6の誘導に関してシナージスティックに働いている可能性が示唆された。

6. NFκBのアンチセンスオリゴヌクレオチドをHaCaT細胞に加えると、IFN-γによるK6の誘導が抑制された。これにより、IFN-γによるK6の誘導の経路にNFκBが関与していることが示唆された。

7. IFN-γで刺激した正常ヒト皮膚ex vivo標本より抽出したRNA中のK6のmRNAは、RT-PCR法により増加していることが示された。

8. 正常ヒト培養表皮角化細胞をIFN-γで刺激すると、K6のプロモーター活性が濃度依存的に上昇することが示された。

 以上、本論文は正常ヒト皮膚ex vivoシステムが、炎症性ケラチンの発現誘導の系として有用であることを実証し、IFN-γが正常ヒト皮膚ex vivoシステム、正常ヒト培養表皮角化細胞およびHaCaT細胞でK6を誘導することを蛋白レベル、mRNAレベルおよびプロモーターレベルで証明した。さらに、IFN-γによるK6の発現誘導にはNFκBとSTAT1の両者が必要であり、両者がシナージスティックに働いていることが示唆された。本研究は表皮角化細胞におけるケラチン発現の機序の解明、および炎症性皮膚疾患の治療に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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