学位論文要旨



No 216135
著者(漢字) 安田,信之
著者(英字)
著者(カナ) ヤスダ,ノブユキ
標題(和) Glucagon-Like Peptide-1作用増強の肥満及び糖代謝に及ぼす薬理学的研究 : Glucagon-Like Peptide-1作用増強の新規アプローチ
標題(洋)
報告番号 216135
報告番号 乙16135
学位授与日 2004.12.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16135号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 助教授 仁科,博史
内容要旨 要旨を表示する

 2型糖尿病は、インスリン作用不足による慢性的高血糖を主徴とする代謝性疾患である。2型糖尿病の発症・進展には、食後の急峻な血糖上昇(食後高血糖)とインスリン抵抗性の原因となる肥満が密接に関与する。そのため、2型糖尿病治療には、食後高血糖の改善に着目した血糖管理に加えて、肥満の改善が必須である。

 最近、食後高血糖改善と肥満改善の両者を同時に可能にする新規創薬ターゲットとしてGlucagon-Like Peptide-1(GLP-1)が注目されている。GLP-1は、栄養素(主にグルコース)が刺激となり、小腸に存在するL細胞からGLP-1[7-36]amide(active GLP-1)として分泌される。しかしながら、その直後、分解酵素であるDPP-IVにより速やかに分解され、GLP-1[9-36]amide(inactive GLP-1)に不活性化される(図1)。

 Active GLP-1の主な作用は、末梢においては、主に、膵β細胞でのグルコース依存的インスリン分泌増強作用と肝臓でのグリコーゲン合成酵素促進作用である。この両者の作用により、食後血糖は正常に保持される。一方、中枢では、視床下部の満腹中枢に作用し摂食量の減少を引き起こす。このように、active GLP-1は、抗肥満作用及び食後血糖を一定に保つ作用を有する(図2)。

 また、2型糖尿病患者において、腸管からのactive GLP-1分泌の低下が報告されており、active GLP-1の作用減弱が2型糖尿病の発症・進展に関与することが示唆されている。そのため、active GLP-1の作用増強は、肥満を伴う2型糖尿病治療の魅力的な新規創薬ターゲットと考えられる。

 現在、active GLP-1の作用増強のために、DPP-IV耐性GLP-1アナログが2型糖尿病治療薬として開発中であり、優れた効果が報告されている。しかし、投与経路が皮下注射であることから、コンプライアンス向上のため経口有効性を有するactive GLP-1作用増強剤が望まれている。

 本研究では、「長期的DPP-IV抑制によるGLP-1作用増強」及び「DPP-IV抑制下におけるMetfrominによるGLP-1作用増強」が、経口有効性を有しGLP-1作用の増強をもたらす新規アプローチであることを明らかにし、さらに、肥満改善及び2型糖尿病進展抑制をもたらすことを示した。

第一章:DPP-IV抑制に基づくGLP-1作用増強の肥満及び糖代謝に対する作用

 これまで、2型糖尿病モデル動物において、DPP-IV阻害剤の経口投与により血漿中active GLP-1上昇が示されており、DPP-IV抑制に基づく新たな糖尿病治療の可能性が提唱されている。しかし、慢性的なDPP-IV抑制が、肥満及び糖代謝に与える影響については未だ明確にされていない。そこで、本章では、DPP-IV欠損ラットに高脂肪食を負荷しインスリン抵抗性を進展させ、DPP-IV正常ラットと比較することで、慢性的なDPP-IV活性抑制の肥満及び糖尿病進展に対する影響を検討した。

 12週間の通常食及び高脂肪食負荷の結果、DPP-IV欠損ラットは、DPP-IV正常ラットと比較し、摂取カロリー及び体重増加の抑制が確認された。さらに、インスリン抵抗性の指標として、Homeostasis model assessment insulin resistance value(HOMA指数:絶食時インスリンと絶食時血糖値の積を定数で除した値であり、インスリン抵抗性の指標である)を算出した。その結果、高脂肪食負荷8週から10週目において、DPP-IV欠損ラットのHOMA指数は、DPP-IV正常ラットと比較し有意に低値でありインスリン抵抗性の改善が示された。高脂肪食負荷10週後において、両ラットに経口糖負荷試験を実施した。その結果、DPP-IV欠損ラットは、DPP-IV正常ラットと比較し、良好な耐糖能及び血漿中インスリンの低下が認められた。これは、高脂肪食負荷によるDPP-IV欠損ラットのインスリン抵抗性進展が抑制されたことを示唆している。また、高脂肪食負荷12週目において、DPP-IV欠損ラットの飽食時の血漿中active GLP-1は、DPP-IV正常ラットと比較し有意に高値であった。

 以上の結果から、DPP-IV欠損ラットは血漿中active GLP-1の増加を介して摂取カロリーの低下、それに伴う体重増加抑制、さらには耐糖能改善効果をもたらし、その結果として、高脂肪食負荷によるインスリン抵抗性進展を抑制することが示唆された。本章は、DPP-IV欠損ラットでの糖代謝改善効果を示した初めての知見であり、DPP-IV抑制と糖代謝改善との関連性を明確にした。さらに、慢性的なDPP-IV抑制が、血漿中active GLP-1値の増加を介して、肥満及びインスリン抵抗性改善作用をもたらす可能性を初めて示唆した。

第二章:DPP-IV抑制下でのMetforminによるGLP-1作用増強と肥満及び糖代謝に対する作用

 次に、Metforminを利用したGLP-1作用増強剤の可能性を検討した。Metforminは、2型糖尿病治療剤として広く使用されているが、その作用メカニズムの詳細は不明である。最近、肥満患者において、Metforminによる血漿中active GLP-1の増加が示された。そのメカニズムは、MetforminのDPP-IV阻害に基づく作用と報告された。一方、Hinkeらは、MetforminはDPP-IV阻害作用を有さないと報告しており、この点については明確な結論には至っていない。そのため、本章では、まずin vitroでMetforminがブタ精製DPP-IV及びラット血漿中DPP-IVを阻害しないことを確認した。次に、DPP-IV欠損ラットにMetforminを経口投与し顕著な血漿中active GLP-1の増加を確認した。また、DPP-IV正常ラットにおいては、Valine-PyrrolidideあるいはMetformin単独投与群では血漿中active GLP-1の増加は認められないが、両薬剤の併用によって血漿中active GLP-1の増加が観察された。さらに、肥満と耐糖能異常を特徴とするZucker fa/faラットにおいても、MetforminとValine-Pyrrolidideの併用時においてのみ、顕著かつ持続的な血漿中active GLP-1上昇が確認された。これらの結果は、Metforminによる血漿中active GLP-1の上昇を明確に捉えるためには、DPP-IV活性の抑制が不可欠であることを示唆した初めての知見である。加えて、DPP-IV抑制下でのMetforminによる血漿中active GLP-1上昇の作用メカニズムとして、腸管からのactive GLP-1分泌促進の可能性を示した。

 MetforminとValine-Pyrrolidide及びこれら2剤併用の肥満及び糖代謝に及ぼす効果を、Zucker fa/faラットを用いて検討した。14日間経口投与試験において、MetforminとValine-Pyrrolidideの2剤併用群にのみ、摂餌量及び体重増加の抑制が認められた。連投前と連投後に、経口糖負荷試験を実施した。その結果、連投前の糖負荷試験において、MetforminとValine-Pyrrolidideの併用群は、単独投与群と比較し、顕著な血漿中active GLP-1の増加及び強力な耐糖能改善効果をもたらしたが、インスリンの上昇は認められなかった。この現象は、metforminと門脈血中に顕著に増加したactive GLP-1が相加的に肝臓への糖取り込みを亢進させ、糖負荷による血糖上昇をほぼ完全に抑制したため、インスリン分泌増強が観察されなかったのではないかと考察された。また、連投後の糖負荷試験における血糖、インスリン及びactive GLP-1は初日とほぼ同様な推移を示した。また、MetforminとValine-Pyrrolidide併用群において、連投後の絶食時血糖及び絶食時インスリン値は最も顕著に低下した。これは、両薬剤の併用が糖尿病の進展抑制に寄与したことを示している。

 本章は、MetforminとDPP-IV阻害剤の併用が、血漿中active GLP-1の上昇を可能とする新規アプローチであることを示し、肥満及び糖代謝改善に有用であることを初めて明らかにした。

 本研究の成果は、GLP-1の代謝制御に基づく作用増強が、長期的な作用により肥満及び糖尿病進展抑制に貢献することを示唆する重要な知見になるものと考えられる。

図1 Glucagon-Like Peptide-1の産生と代謝機構

図2 Glucagon-like Peptide-1の薬理作用

審査要旨 要旨を表示する

 肥満を伴う2型糖尿病の治療には、食後高血糖の改善に着目した血糖管理に加えて、肥満の改善が必要である。最近、食後高血糖と肥満の改善を同時に可能にする新規創薬ターゲットとしてGlucagon-Like Peptide-1(GLP-1)が注目されている。GLP-1は、グルコースが刺激となり、小腸に存在するL細胞からGLP-1[7-36]amide(active GLP-1)として分泌される。しかしながら、その直後、分解酵素であるDipeptidyl peptidase IV(DPP-IV)により速やかに分解され、GLP-1[9-36]amide(inactive GLP-1)に不活性化される。Active GLP-1の作用は、末梢においては、主に、膵β細胞でのグルコース依存的インスリン分泌増強作用と肝臓でのグリコーゲン合成酵素促進作用である。一方、中枢では、視床下部の満腹中枢に作用し摂食量の減少を引き起こす。このように、active GLP-1の作用増強は、肥満を伴う2型糖尿病治療の新規創薬ターゲットと考えられる。現在、active GLP-1の作用増強のために、DPP-IV耐性GLP-1アナログが2型糖尿病治療薬として開発中である。しかし、投与経路が皮下であることから、経口有効性を有するactive GLP-1作用増強剤が望まれている。

 本研究では、「長期的DPP-IV抑制によるGLP-1作用増強」及び「DPP-IV抑制下におけるMetfrominによるGLP-1作用増強」が、経口有効性を有しGLP-1作用の増強をもたらす新規アプローチであることを明らかにし、さらに、肥満改善及び2型糖尿病進展抑制をもたらすことを示した。

 現在、DPP-IV抑制に基づく新たな糖尿病治療の可能性が提唱されている。しかし、慢性的なDPP-IV抑制が、肥満及び糖代謝に与える影響については未だ明確にされていない。そこで、DPP-IV欠損ラットに高脂肪食を負荷しインスリン抵抗性を進展させ、DPP-IV正常ラットと比較することで、慢性的なDPP-IV活性抑制の肥満及び糖尿病進展に対する影響を検討した。12週間の高脂肪食負荷の結果、DPP-IV欠損ラットは、DPP-IV正常ラットと比較し、摂取カロリー及び体重増加の抑制が確認された。さらに、DPP-IV欠損ラットは、DPP-IV正常ラットと比較し、高脂肪食負荷によるインスリン抵抗性進展の抑制が確認された。この時、DPP-IV欠損ラットの飽食時の血漿中active GLP-1は、DPP-IV正常ラットと比較し有意に高値であった。以上の結果から、DPP-IV欠損ラットは血漿中active GLP-1の増加を介して摂取カロリーの低下、それに伴う体重増加抑制、さらには耐糖能改善効果をもたらし、その結果として、高脂肪食負荷によるインスリン抵抗性進展を抑制することが示唆された。DPP-IV欠損ラットでの糖代謝改善効果を示した初めての知見であり、DPP-IV抑制と糖代謝改善との関連性を明確にした。さらに、慢性的なDPP-IV抑制が、血漿中active GLP-1値の増加を介して、肥満及びインスリン抵抗性改善作用をもたらす可能性を初めて示唆した。

 次に、Metforminを利用したGLP-1作用増強剤の可能性を検討した。最近、Metforminによる血漿中active GLP-1の増加が示されたが、その詳細なメカニズムについては不明であった。そのため、まずin vitroでMetforminがブタ精製DPP-IV及びラット血漿中DPP-IVを阻害しないことを確認した。次に、DPP-IV欠損ラットにMetforminを経口投与し顕著な血漿中active GLP-1の増加を確認した。また、DPP-IV正常ラット、さらには、肥満と耐糖能異常を特徴とするZucker fa/faラットにおいても、MetforminとValine-Pyrrolidide(DPP-IV阻害剤)の併用時においてのみ、顕著かつ持続的な血漿中active GLP-1上昇が確認された。これらの結果は、Metforminによる血漿中active GLP-1の上昇を明確に捉えるためには、DPP-IV活性の抑制が不可欠であることを示唆した初めての知見である。加えて、DPP-IV抑制下でのMetforminによる血漿中active GLP-1上昇の作用メカニズムとして、腸管からのactive GLP-1分泌促進の可能性を示した。

 MetforminとValine-Pyrrolidide及びこれら2剤併用の肥満及び糖代謝に及ぼす効果を、Zucker fa/faラットを用いて検討した。14日間経口投与試験において、MetforminとValine-Pyrrolidideの2剤併用群にのみ、摂餌量及び体重増加の抑制が認められた。連投前と連投後に実施した経口糖負荷試験において、MetforminとValine-Pyrrolidideの併用群は、単独投与群と比較し、顕著な血漿中active GLP-1の増加及び強力な耐糖能改善効果をもたらした。さらに2剤併用群は、連投後の絶食時血糖及び絶食時インスリン値を最も顕著に低下させた。これらの結果は、両薬剤の併用が、肥満及び糖尿病の進展抑制に大きく寄与したことを示している。MetforminとDPP-IV阻害剤の併用が、血漿中active GLP-1の上昇を可能とする新規アプローチであることを示し、肥満及び糖代謝改善に有用であることを初めて明らかにした。

 本研究の成果は、GLP-1の代謝制御に基づく作用増強が、長期的な作用により肥満及び糖尿病進展抑制に貢献することを示唆する重要な知見になるものと考えられ、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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