学位論文要旨



No 216139
著者(漢字) 三井,康壽
著者(英字)
著者(カナ) ミツイ,ヤスヒサ
標題(和) 防災行政と都市づくりに関する研究 : 阪神・淡路大震災における神戸市の事例に基づいて
標題(洋)
報告番号 216139
報告番号 乙16139
学位授与日 2004.12.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16139号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 小出,治
 東京大学 教授 原田,昇
 東京大学 助教授 北澤,猛
 東京大学 助教授 城所,哲夫
内容要旨 要旨を表示する

 近代都市計画はその大きな目的の一つに「防災」を掲げてきた。特に木造市街地として形成されてきた我が国においては、いかに火災、震災、洪水から都市住民の生命、財産の安全を守り、都市活動を発展させるかが大きな目的だったのであり、関東大震災や戦災、大火等の災害による経験から、防災都市づくりを目指してきた。

 しかし阪神・淡路大震災は過密大都市を直撃し著しい被害をもたらし、これを契機に被災後の救命・救急、復旧、復興という防災行政作用について、国の法律、制度、運用の面、また地方公共団体において抜本的改善がなされたが、まだ本質的に解決できていない点も残されている。

 そこで本論文は神戸市の事例に基づいて、緊急防災活動(救命・救急・消火活動)、復旧対策及び復興対策という三つの視点と防災都市づくりとの関係を体系的に整理し、分析し、今後の防災都市づくりの一助としようとするものである。

 第1章は緊急防災活動(初動体制)と都市づくりについて体系的に整理分析した。

 まず緊急防災活動を含めた防災行政作用の体系を沿革的に計画論、組織論、情報収集・連絡システムに分類して整理し、次に阪神・淡路大震災における初動体制の問題点及び解決すべき課題を明らかにし、その抜本的改善を次のように分析し整理した。

 第1は内閣機能の強化である。今回のような過密大都市の大災害では、内閣が強力なリーダーシップを発揮して初動の緊急防災活動に積極的に関与すべきであり、地方公共団体主義原則の基本は基本として内閣総理大臣を本部長として全閣僚を本部員とする緊急災害対策本部の創設、内閣総理大臣の緊急災害対策本部長としての関係省庁への指示権の創設、関係省庁の災害対策の責任者が被災後直ちに官邸へ緊急参集する非常参集システムの創設、内閣官房危機管理チームの設置、内閣情報室の設置、災害情報システムの官邸集中制等の改善がなされた。

 第2が即時・多角情報収集と情報集中である。緊急防災活動にとって重要なのは、正確な情報収集と集中である。今回の震災では発信元自体が被災したこともあって、現地からの情報が中央に届かなかったことが挙げられ、情報収集機関及び通信連絡施設及びそのネットワークについて全面的な検討が、各情報収集機関毎の見直しと連絡システムの見直しの両面において行われた。通信施設の多重化、航空機・ヘリコプター利用の情報収集、TV映像システムの採用、衛星通信の利用などの各情報収集機関の改善、中央防災無線の整備強化、地方団体の防災行政無線と中央防災無線の連結等の情報共有システムの改善である

 第3が迅速活動の確保である。防災緊急活動、特に人命救助、消火活動は迅速性が重要であり、情報システムの迅速化、災害要員宿舎の確保、市町村長の要請による自衛隊の災害派遣制度の創設、自衛隊の自主派遣の基準明確化が図られた。

 第4が広域集中体制である。県庁所在地の中心部が甚大な被害を蒙り、被災地だけの災害対策要員では対処しえない場合に、広域的に被災地の緊急防災活動を支える体制づくりが必要である。このため、広域緊急援助隊の創設(警察)、広域消防援助隊の創設(消防)、自衛隊の出動要件の緩和、自衛隊の飛行機、ヘリコプターによる情報収集等の改善が加えられた。

 しかしこうした防災行政作用に対する従来からの経験主義に基づく行政技術的改善に加えて、被害予測と初動体制の迅速化をDISという科学的予測手法を採用することとなる考え方の整理と導入までの過程及びその効果を明らかにした。

 更に阪神・淡路大震災を契機にして制定された「密集市街地における防災街区の整備の促進に関する法律」による木造密集市街地の防災化のための事業にあたってこの地区の選定は必ずしも定量的基準によっているとはいえない現状から、DISのシステムを積極的に利用して、人口、建築年代別・構造別建築物等のデータを入力して被害想定を行い、危険度の高い地区から優先的に事業化を急ぐことを提唱する。

 第2章は復旧活動について分析した。

 都市計画は永久の施設計画とされ、暫定的、一時的利用の施設についてはその対象外とされている。今回のような過密大都市における大災害は、避難所の数が不足する問題、仮設住宅の量と用地の問題、及び大量に発生するガレキの処理・処分の問題が極めて大きな問題とされた。そこでこれらの問題を分析、整理した。

(1)避難所

 神戸市における避難所の利用状況を調査した結果、特に中心部五区においては避難者数が極めて多く、従来指定されていた避難所では全く不足し、避難所数で平均30%、指定避難所への避難者で60%しか充足していなかったことが判明した。震災前に指定されていた避難所は公立の小中学校が大半を占め、その収容力は大きく、平均して1ヶ所当たり1,100人収容されているが、追加して指定された避難所は、公民館、福祉事務所、コミュニティ関係施設が多かったため、平均1ヶ所当たり240人に過ぎなかった。

 一方、被災者と避難者の相関関係を調査してみると、木造被災率と木造率、住宅被災率と木造率には強い相関が認められた。

 また避難所の実際の指定に当たっては、到達距離が遠くては利用可能性が低く、基本的には小学校区又は中学校への到達距離の500m〜700mの範囲内に必要避難所と避難者が選好していることが分る。

(2)仮設住宅

 今回の仮設住宅の建設の経過から特に明らかになった点は、(1)緊急にかつ大量に建設すべきこと、(2)戸数が必要にして十分であること、(3)迅速な用地の確保が重要であること、(4)高齢者、障害者への配慮、居住条件の確保が必要であること、である。特に仮設住宅数の決定及びその用地確保は、リスクマネジメントとして極めて困難な行政作用となった。そこで今回のこれらの問題についての経過を分析し、特に中心部五区における仮設住宅利用数に対する住宅被害率、木造被害率及び木造率の相関関係を調べてみると木造率が最も高いことから、(0.0067×木造率×0.2143)必要な仮設住宅総数を全住宅数×仮設住宅係数が導き出された。

 一方仮設住宅の立地を調べると、新市街地が戸数でも面積でも8割を超え、従前居住地である旧市街地での建設が極めて少なかった。

(3)がれき

 大量のがれき処理についての認識が薄く、国も地方も防災計画における規定も置いていなかった。全都市的にがれきが発生した場合の原単位も存在していなかったため、処理・処分すべきがれきの発生量の推計がかなり錯綜し、何度も推計をすることとなったが、今回の震災により発生量原単位が木造0.6,RC造1.5、鉄骨造1.1と通常の廃棄物センサスの0.4、0.9、0.9と比較して大きいことが判明した。更に今回の震災で得られた既成市街地における構造別、年代別建築物被災率データを利用することによって、今後の大震災に向けてがれき発生量の推計を、DISを構築して得られることとなった。

 第3章では復興都市計画について分析した。

 被災後の復興計画については、被災の規模の大きさによって国が立法論的、組織論的リスクマネジメントとしてきたことについての体系的整理、検証を行った。

 次に復興都市計画の実質的主体である神戸市による復興計画の手法、地区選定の基準、計画の目標と内容、計画達成の手段、合意形成のプロセスについての考察をした。復興計画を実施している際に目標となる相剋する原則として、迅速性の原則と被災抵抗力の原則がある。被災した都市機能、生活を早期に回復するという目標と、大災害にもめげない、また災害発生時の緊急防災活動に資する防災性の向上の目標である。

 復興計画を類型化すると、(1)原状回復・公共施設追加型、(2)コミュニティ防災型、(3)広域危機管理型に分けられる。復興計画の目標の一つである被災抵抗力の原則からみると、(1)から(3)になるにしたがって被災抵抗力が増大する。

 今回の復興計画は非戦災復興区画整理地区での被災状況に着目したこと、権利者が錯綜していることなどから(1)の地区が多かった。市も被災後の地域防災計画で防災生活圏構想を定め、(2)のコミュニティ防災型都市形成を図ることをしていたが、復興計画上実施に移されたのは、六甲道地区再開発事業と東部新都心地区という結果となっている。(3)の広域危機管理型は今回の経験から、過密大都市における人的被害の救急救助には医療機関と救助対象重傷者とをヘリ輸送を活用すべきとの考え方から、ヘリの離発着地の確保を中心として広域防災緊急活動を容易にする都市計画の実施をしようとするものであるが、今後の取り組むべき重要課題である。

 第4章ではまとめと今後の課題を総括した。

 防災行政作用について国と地方公共団体との関係をまとめてみると、立法によって対処すべきもの、国としての特別の組織を作って対処すべきもの、国の特別の財政援助によって対処すべきものがあり、今回の阪神・淡路大震災は被害が甚大であり広域に影響を与えるものであっただけに、国としての関与が極めて大であった。

 また都市計画との関係についていえば、被害を未然に防ぐためにもDISを利用して被災のおそれの高い地域から優先的に木造密集市街地を再生すべきこと、復旧活動については、避難所、仮設住宅、がれき処理といった従来都市計画として取り上げられていないものについてスペア都市計画についての検討が必要であること、更に復興計画についても事前復興計画についての更なる検討が必要であることを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

 わが国は数々の自然災害の経験の中から防災都市の形成を目指してきた。しかし、阪神・淡路大震災における過密大都市の大被害の体験は、ことに被災後の救命・救急、復旧、復興という防災行政作用について、新たな課題を投げかけた。本論文は神戸市の事例に基づいて、緊急防災活動(救命・救急・消火活動)、復旧対策及び復興対策という三つの視点と防災都市づくりとの関係を体系的に分析し、今後の防災都市づくりに、国における防災行政の強化という観点から貢献しようとした。

第1章では緊急防災活動(初動体制)と都市づくりについて分析した。防災行政の抜本的改善について次の点が明らかになった。

第1は内閣機能の強化で、過密大都市の大災害では、内閣が強力なリーダーシップを発揮して初動の緊急防災活動に積極的に関与すべきであるとてし、既に一部が改善されていることを明らかにした。

 第2が即時・多角情報収集と情報集中で、緊急防災活動にとって正確な情報収集と集中が重要との観点から、情報収集機関及び通信連絡施設及びそのネットワークについて全面的な検討が行われることになったことを明らかにした。

 第3が迅速活動の確保で、市町村長の要請による自衛隊の災害派遣制度の創設、自衛隊の自主派遣の基準明確化などが図られた。

 第4が広域集中体制で、広域的に被災地の緊急防災活動を支える体制づくりが必要との観点から、広域緊急援助隊の創設(警察)、広域消防援助隊の創設(消防)、自衛隊の出動要件の緩和、自衛隊の飛行機、ヘリコプターによる情報収集等の改善が加えられた。しかしこうした防災行政に対する従来からの経験主義に基づく行政技術的改善に加えて、被害予測と初動体制の迅速化をDISという科学的予測手法を採用することとなる考え方の整理と導入までの過程及びその効果を明らかにした。

 第2章では復旧活動について分析した。今回のような過密大都市における大災害は、避難所の数が不足する問題、仮設住宅の量と用地の問題、及び大量に発生するガレキの処理・処分の問題が極めて大きな問題とされた。避難所については、神戸市における避難所の利用状況を調査した結果、特に中心部五区においては避難者数が極めて多いことが判明した。また避難所の実際の指定に当たっては、到達距離が遠くては利用可能性が低く、基本的には小学校区又は中学校への到達距離の500m〜700mの範囲内に必要避難所と避難者が選好していることが分る。仮設住宅については、仮設住宅数の決定及びその用地確保は、リスクマネジメントとして極めて困難な行政作用となった。中心部五区における仮設住宅利用数に対する住宅被害率、木造被害率及び木造率の相関関係を調べてみると木造率が最も高いことから、(0.0067×木造率×0.2143)必要な仮設住宅総数を全住宅数×仮設住宅係数が導き出された。がれきについては、国も地方も防災計画における規定も置いていなかった。今回の震災により発生量原単位が木造0.6,RC造1.5、鉄骨造1.1と通常の廃棄物センサスの0.4、0.9、0.9と比較して大きいことが判明し、がれき発生量の推計を、DISを構築して得られることとなった。

 第3章では復興都市計画について分析した。被災後の復興計画については、被災の規模の大きさによって国が立法論的、組織論的リスクマネジメントとしてきたことについての体系的整理、検証を行った。

 次に復興都市計画の実質的主体である神戸市による復興計画の手法、地区選定の基準、計画の目標と内容、計画達成の手段、合意形成のプロセスについての考察をした。復興計画を類型化すると、(1)原状回復・公共施設追加型、(2)コミュニティ防災型、(3)広域危機管理型に分けられる。

 今回の復興計画は権利者が錯綜していることなどから(1)の地区が多かった。市も被災後の地域防災計画で防災生活圏構想を定め、(2)のコミュニティ防災型都市形成を図ることをしていたが、復興計画上実施に移されたのは、六甲道地区再開発事業と東部新都心地区という結果となっている。(3)の広域危機管理型は今回の経験から、過密大都市における人的被害の救急救助には医療機関と救助対象重傷者とをヘリ輸送を活用すべきといえる。

 第4章ではまとめと今後の課題を総括した。今回の阪神・淡路大震災は被害が甚大であり広域に影響を与えるものであっただけに、国としての関与が極めて大であった。

 また都市計画との関係についていえば、被害を未然に防ぐためにもDISを利用して被災のおそれの高い地域から優先的に木造密集市街地を再生すべきこと、復旧活動については、スペア都市計画についての検討が必要であることを明らかにした。

 このように本論文は、阪神・淡路大震災の被害と行政対応の分析を通じてとくに国における行政の防災体制に関して多くの知見を導き、そのいくつかは既に改善されているなど現実的な成果にも貢献した優れたものである。

 よって本論分は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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