学位論文要旨



No 216140
著者(漢字) 勝又,済
著者(英字)
著者(カナ) カツマタ,ワタル
標題(和) 建て替え誘導を通じた郊外既成ミニ開発住宅地の居住環境整備論
標題(洋)
報告番号 216140
報告番号 乙16140
学位授与日 2004.12.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16140号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大方,潤一郎
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 助教授 北沢,猛
 東京大学 助教授 小泉,秀樹
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、高度経済成長期に形成された郊外ミニ開発住宅地において近年進行している、居住面積の拡大を目的とした高容積化に伴う住環境悪化の問題、および高齢化や建物更新の停滞による防災性や居住性の低下の問題を解決し、地区の居住環境の持続可能性を向上させるために、個別建て替えの誘導を中心とした居住環境整備の方向性を提示することを目的とする。

 以下、研究の背景を述べる。

 東京都心から概ね15〜40km圏の郊外エリアには、1,000m2未満の土地を道路位置指定により100m2未満の宅地に分割した「ミニ開発住宅地」が広範囲に拡がっている。ミニ開発住宅地は1960〜70年代の高度経済成長期に安価な戸建持家として大量に供給されたが、敷地・建物の狭小性・高密性や道路・公園・下水道等地区施設の貧弱さにより、将来市場性が著しく低下し荒廃するのではないかと懸念されていた。

 ところが開発から約30年が経過し既成市街地化した郊外ミニ開発住宅地では、居住世帯の定住化が進むとともに、指定容積率に余裕があれば居住面積の拡大を目的とした階建て化等の高容積化による建て替えが進んでおり、現在のところ当初懸念されていたような荒廃化には至らず健全さを保っている。しかし、3階建て住宅の出現が日照・眺望等周囲の2階建て住宅地の住環境を一層悪化させてしまうという新たな問題が生じている。また、指定容積率に余裕のない地域の小規模敷地では建物更新による居住面積の拡大が不可能なため、子供の世帯分離と高齢者の滞留が進行し、建物更新の停滞により防災性が一層低下するとともに、加齢に伴う屋内バリアの顕在化等、居住性が低下しつつある。以上の問題を放置すれば住宅地としての居住環境の持続可能性が低下し、今後人口の少子高齢化と都心回帰が進行する中で市場性の低下も懸念されることから、これらの問題の解決方策を検討する必要がある。

 ただし、ミニ開発住宅地における居住水準、住環境、防災性の問題はトレード・オフの関係にあり、単純な建築規制の強化や緩和によって解決が図られるものではない。またミニ開発住宅地の敷地規模は50m2前後から100m2前後まで幅があり、敷地規模に応じて居住者ニーズや実現可能な居住水準・住環境水準が変わってくる。従って敷地規模別の住宅改善行動や居住者ニーズの傾向を捉え、敷地規模に応じて居住水準、住環境、防災性の各性能を総合的に改善する建て替え誘導手法が必要となっている。

 次に、本研究の全体構成について述べる。

 まず「第I部 導入編」においては、上述のような研究の位置づけ・目的と検討内容について明確にした。「第II部 実態編」では、マクロレベルでのミニ開発住宅地の分布特性と、ミクロレベルでの住宅改善行動や居住者ニーズ等の近年の変容実態について調査分析を行い、建て替え誘導をめぐる課題と誘導の方向性について整理を行った。そして「第III部 整備手法編」では、既存の整備手法の評価を行い、敷地規模別の日照確保型の個別建て替え誘導手法を結論的に提案した。最後に「第IV部 結」では、建て替え誘導の実現に向けた課題を指摘した。

 以下、各章の要旨を述べる。

 「第I部 導入編」では、序章で上述のような本研究の背景と目的を述べた。

 第1章では、本研究で用いる「ミニ開発」を、(1)開発面積が1,000m2に満たず(2)各区画面積が100m2に満たない(3)戸建ての建売住宅開発、と定義した。そしてミニ開発住宅地は居住水準、住環境、防災性等の問題はありながらも、需要者と供給者のニーズが一致し必然的に供給されてきた開発形態であることを論じた。

 第2章では、既往の調査・研究の成果や論調の流れを整理し、上述のような近年の変容実態と整備課題に関する仮説を提示した。

 「第II部 実態編」のうち、第3〜5章では「II-1 マクロ実態編」として、郊外既成ミニ開発住宅地のマクロ分布特性と、建物更新の主要形態の一つとなっている3階建て住宅建設のマクロ動向について明らかにした。

 第3章では、高度経済成長期以降の首都圏の住宅市街地の郊外化の経緯をまとめ、郊外既成ミニ開発住宅地は都心15〜40km圏に拡がる1960〜80年に拡大したDIDの内部に概ね含まれていると推定した。

 第4章では、近年の建築規制の緩和によって容易となった3階建て戸建住宅建設は指定容積率の高いエリアで顕著であり、郊外既成ミニ開発住宅地においても建物更新の主要形態の一つとなっていることを立証した。

 第5章では、埼玉県内の鉄道セクターを例にミニ開発住宅集積地区を抽出し、居住面積や住環境を基底する敷地規模と指定容積率等の特性は地区によって異なり、それらの組み合わせにより整備課題や整備の方向性が異なることを論じた。

 第6〜7章では「II-2 ミクロ実態編」として実際の郊外既成ミニ開発住宅地を取り上げ、指定容積率と敷地規模が居住者の住宅改善行動や居住意識に及ぼす影響を調査分析した。

 第6章では、建て替え活動を直接的に制約する指標である指定容積率に着目し、指定容積率の異なる2つの郊外既成ミニ開発住宅地において居住実態アンケート調査を行った。そして指定容積率200%地区では更新活動が活発で60m2程度の小規模敷地でも3階建て化により更新が行われる傾向にあるが、隣接地の2階建て住宅居住者の多くは日照の悪化や圧迫感の増大等の住環境の悪化を感じていること、一方、指定容積率100%地区においては延床面積80m2を確保できない80m2未満の小規模敷地で建物更新が停滞し、高齢者のみ世帯が多く滞留していることを明らかにした。

 第7章では、建て替え活動を直接的に制約するもう一つの指標である敷地規模に着目し、第6章の結果と比較するため平均敷地規模が50m2と極めて小さい指定容積率200%の郊外既成ミニ開発住宅地を対象に居住実態アンケート調査を行った。そして3階化更新が建物更新の9割を占め、住民は日照等相隣環境の悪化を感じてはいるものの、隣接地での3階化更新には比較的許容度の高いことを明らかにした。

 第8章では、第6〜7章の分析結果を踏まえ、解決すべき課題を整理した。そして居住水準、住環境、防災性の問題の総合的解決には個別建て替えの誘導が重要であるとし、指定容積率別・敷地規模別の建て替え誘導の方向性を次のように提示した。

 (1)内部の敷地規模がほぼ均等な開発単位毎に建物形態コントロールを行う。

 (2)指定容積率200%地区の敷地規模60m2未満の開発単位では居住面積拡大を重視し3階建て化を前提とするとともに非建蔽空間の連続化を図る。敷地規模60〜80m2では部分的3階建て化を誘導し2階建て住宅との共存を図る。敷地規模80m2以上では住環境保全を重視し2階建て住宅を前提とする。なお3階化更新に際しては準耐火構造並みの防耐火性能を要求する。

 (3)指定容積率100%地区では2階建て住宅を前提とし、規制緩和は総2階建て化が可能な容積率120%までの緩和に止める。敷地規模80m2未満の開発単位では耐震・防火改修やバリアフリー改修、隣地買いや住み替えに対し重点的に経済的支援を行う。敷地規模80m2以上の開発単位では120%程度に容積率を緩和して建物更新を促し居住性の向上を図る。

 (4)目標住宅市街地像と居住ニーズの間に生じる居住ミスマッチ解消を図るため、地区内住み替えによる建物階数別棲み分けを誘導する。

 第9〜12章では「第III部 整備手法編」として、第8章で仮説的に提示した建て替え誘導の方向性を実現するための具体的整備手法に関し評価を行った。

 第9章では、建て替え誘導で活用が想定される、(1)小さな単位での計画制度、(2)建物形態コントロール手法、(3)経済的インセンティブ手法、に関する具体的な整備ツールについて効果と課題を整理した。そして地区特性に応じ開発単位毎に建物形態コントロールを行うことを軸に、公的融資等の経済的インセンティブ手法を効果的に併用する取り組み姿勢が重要であることを述べた。

 次に「III-1 提案編」である第10章では、自己の居住面積の拡大と周囲の日照環境の確保を両立するための手法として、逆日影シミュレーションにより性能的検証を行い、敷地規模別(≒開発単位別)に容積率規制・形態規制をアレンジする日照確保型の個別建て替え誘導手法について検討・提案を行った。この手法によって導かれた建て替え誘導の内容は、第8章で実態に基づき仮説的に提示した指定容積率別・敷地規模別の建て替え誘導の方向性との整合が確認できた。

 続く第11〜12章は「III-2 事例編」として、第9章で取り上げた具体的整備ツールの中から実際の取り組み事例を調査し、効果と課題について考察を行った。

 第11章では、旧1専の指定容積率80%の郊外既成ミニ開発住宅地において地区計画の策定を条件に指定容積率を緩和した事例の調査から、性能論的検討を踏まえた形態規制の必要性を指摘した。

 第12章では、隣接地買い拡げを支援する公的融資制度の適用事例を分析し、有効性を高めるには、半隣地買いの斡旋、土地譲渡・取得税の優遇、融資対象の重点化が必要であることを指摘した。

 「第IV部 結」の結章では、本研究の検討結果を整理した上で、建て替え誘導の実現に向けた課題として、(1)建築制度の見直し(日影規制のメニューの充実、小さい計画単位におけるローカルルール適用の仕組みの整備)、(2)建築制度の運用の改善(準防火地域の指定拡大、科学的・性能的検証に基づく建築規制の運用)、(3)隣接地買い増しや地区内住み替えに対する支援制度の創設、(4)居住環境整備に関する取り組み体制の充実(住環境整備担当者の養成と専管組織の設置、総合的な住宅地管理システムの導入)を指摘した。そして郊外既成ミニ開発住宅地の長期的課題として、住宅地の再編と居住者の世代交代を指摘した。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、高度経済成長期に形成された郊外ミニ開発住宅地において近年進行している、居住面積の拡大を目的とした高容積化に伴う住環境悪化の問題、および高齢化や建物更新の停滞による防災性や居住性の低下の問題を解決し、地区の居住環境の持続可能性を向上させるために、個別建て替えの誘導を中心とした居住環境整備の方向性を提示したものである。

 第1章では、本研究で用いる「ミニ開発」を、(1)開発面積が1,000m2に満たず(2)各区画面積が100m2に満たない(3)戸建ての建売住宅開発、と定義した上で、ミニ開発住宅地は居住水準、住環境、防災性等の問題はありながらも、需要者のニーズに合致し必然的に供給されてきた開発形態であることを論じ、第2章では、既往の調査・研究の成果や論調の流れを整理し、ミニ開発住宅地の近年の変容実態と整備課題に関する仮説を提示している。

 第3章では、高度経済成長期以降の首都圏の住宅市街地の郊外化の経緯をまとめ、郊外既成ミニ開発住宅地は都心15〜40km圏に拡がる1960〜80年に拡大したDIDの内部に概ね含まれていると推定し、第4章では、近年の建築規制の緩和によって容易となった3階建て戸建住宅建設は指定容積率の高いエリアで顕著であり、郊外既成ミニ開発住宅地においても建物更新の主要形態の一つとなっていることを立証している。第5章では、埼玉県内の鉄道セクターを例にミニ開発住宅集積地区を抽出し、居住面積や住環境を基底する敷地規模と指定容積率等の特性は地区によって異なり、それらの組み合わせにより整備課題や整備の方向性が異なることを論じている。

 第6章では、建て替え活動を直接的に制約する指標である指定容積率に着目し、指定容積率の異なる2つの郊外既成ミニ開発住宅地において居住実態アンケート調査を行い、指定容積率200%地区では更新活動が活発で60m2程度の小規模敷地でも3階建て化により更新が行われる傾向にあるが、隣接地の2階建て住宅居住者の多くは日照の悪化や圧迫感の増大等の住環境の悪化を感じていること、一方、指定容積率100%地区においては延床面積80m2を確保できない80m2未満の小規模敷地で建物更新が停滞し、高齢者のみ世帯が多く滞留していることを明らかにしている。

 第7章では、建て替え活動を直接的に制約するもう一つの指標である敷地規模に着目し、第6章の結果と比較するため平均敷地規模が50m2と極めて小さい指定容積率200%の郊外既成ミニ開発住宅地を対象に居住実態アンケート調査を行い、3階化更新が建物更新の9割を占め、住民は日照等相隣環境の悪化を感じてはいるものの、隣接地での3階化更新には比較的許容度の高いことを明らかにしている。

 第8章では、第6〜7章の分析結果を踏まえ、解決すべき課題を整理し、居住水準、住環境、防災性の問題の総合的解決には個別建て替えの誘導が重要であるとし、指定容積率別・敷地規模別の建て替え誘導の方向性を次のように提示している。(1)内部の敷地規模がほぼ均等な開発単位毎に建物形態コントロールを行う。(2)指定容積率200%地区の敷地規模60m2未満の開発単位では居住面積拡大を重視し3階建て化を前提とするとともに非建蔽空間の連続化を図る。敷地規模60〜80m2では部分的3階建て化を誘導し2階建て住宅との共存を図る。敷地規模80m2以上では住環境保全を重視し2階建て住宅を前提とする。なお3階化更新に際しては準耐火構造並みの防耐火性能を要求する。(3)指定容積率100%地区では2階建て住宅を前提とし、規制緩和は総2階建て化が可能な容積率120%までの緩和に止める。敷地規模80m2未満の開発単位では耐震・防火改修やバリアフリー改修、隣地買いや住み替えに対し重点的に経済的支援を行う。敷地規模80m2以上の開発単位では120%程度に容積率を緩和して建物更新を促し居住性の向上を図る。(4)目標住宅市街地像と居住ニーズの間に生じる居住ミスマッチ解消を図るため、地区内住み替えによる建物階数別棲み分けを誘導する。

 第9〜12章では「第III部 整備手法編」として、第8章で仮説的に提示した建て替え誘導の方向性を実現するための具体的整備手法に関し評価を行っている。第9章では、建て替え誘導で活用が想定される、(1)小さな単位での計画制度、(2)建物形態コントロール手法、(3)経済的インセンティブ手法、に関する具体的な整備ツールについて効果と課題を整理し、地区特性に応じ開発単位毎に建物形態コントロールを行うことを軸に、公的融資等の経済的インセンティブ手法を効果的に併用する取り組み姿勢が重要であると指摘している。第10章では、自己の居住面積の拡大と周囲の日照環境の確保を両立するための手法として、逆日影シミュレーションにより性能的検証を行い、敷地規模別(≒開発単位別)に容積率規制・形態規制をアレンジする日照確保型の個別建て替え誘導手法について検討・提案を行っている。この手法によって導かれた建て替え誘導の内容は、第8章で実態に基づき仮説的に提示した指定容積率別・敷地規模別の建て替え誘導の方向性との整合が確認されている。第11章では、旧1専の指定容積率80%の郊外既成ミニ開発住宅地において地区計画の策定を条件に指定容積率を緩和した事例の調査から、性能論的検討を踏まえた形態規制の必要性を指摘し、第12章では、隣接地買い拡げを支援する公的融資制度の適用事例を分析し、有効性を高めるには、半隣地買いの斡旋、土地譲渡・取得税の優遇、融資対象の重点化が必要であることを指摘している。

 結章では、建て替え誘導の実現に向けた課題として、(1)建築制度の見直し(日影規制のメニューの充実、小さい計画単位におけるローカルルール適用の仕組みの整備)、(2)建築制度の運用の改善(準防火地域の指定拡大、科学的・性能的検証に基づく建築規制の運用)、(3)隣接地買い増しや地区内住み替えに対する支援制度の創設、(4)居住環境整備に関する取り組み体制の充実(住環境整備担当者の養成と専管組織の設置、総合的な住宅地管理システムの導入)を指摘している。

 このように本論文は、都市計画分野において、近年、その重要性が指摘されながら、必ずしも主題的な研究対象として取り上げられてこなかった「ミニ開発住宅地」について、その開発・更新誘導手法の確立のため有用で新規な知見を明らかにし、わが国における現実の政策形成にも大いに寄与するものといえる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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