学位論文要旨



No 216145
著者(漢字) 中俣,恵一
著者(英字)
著者(カナ) ナカマタ,ケイイチ
標題(和) クラフトパルプ漂白工場の工程水に含まれるダイオキシン類およびクロロホルムの評価
標題(洋) Evaluation of polychlorinated dibenzo-p-dioxins and dibenzofurans,and chloroform in process water of kraft pulp bleaching mills
報告番号 216145
報告番号 乙16145
学位授与日 2004.12.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16145号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 飯塚,尭介
 東京大学 教授 磯貝,明
 東京大学 助教授 松本,雄二
 東京大学 助教授 江前,敏晴
 森林総合研究所 研究領域長 細谷,修二
内容要旨 要旨を表示する

1.背景

 2000年1月にダイオキシン類対策特別措置法が施行され、塩素または塩素系漂白剤を用いるパルプ漂白施設が水質関連の特定施設として指定された。そして、ダイオキシン類の環境基準(1pg-TEQ/L)と排出基準(10pg-TEQ/L)が定められた。海外で行われた研究結果ではECF(Elemental Chlorine Free)漂白はダイオキシン類を発生させないことが示されていたが、これらの海外での調査や実験では、ほとんどが2,3,7,8-TCDDと2,3,7,8-TCDFだけに限定し、しかも、10pg/L程度を定量下限とするものであった。そのために、日本の1pg-TEQ/Lという環境基準に基づいてECF漂白におけるダイオキシン類の発生レベルを評価するためには、さらに調査・実験を進める必要があった。

 そこで、本研究においては、実際のパルプ漂白工場におけるダイオキシン類の発生レベルを、日本の環境基準のレベルで評価するために、塩素漂白工程とECF漂白工程から発生するダイオキシン類濃度を測定するとともに、パルプ工場では水を循環再利用することから、工場全体の水の循環系と排水処理工程を含み、工場全体を網羅する総合的な調査と評価を行った。また、パルプ漂白工程で発生するクロロホルムについても、同様に工場全体にわたる総合的な調査と評価を行った。更に、ECF漂白におけるダイオキシン類発生の有無を確認するためのパルプ残留リグニンを用いての漂白実験と、漂白段から発生する環境負荷物質を更に低減させるために蒸解段の最適化の検討を行った。

2.ECFクラフトパルプ漂白工程から排出されるプロセス水に含まれるダイオキシン類の環境水レベルでの評価

 まず、木材チップの前処理から漂白工程に至るまでのすべての工程に、最新の技術を導入したクラフトパルプ工場でのダイオキシン類の発生レベルを、塩素漂白とECF漂白で比較して調査した。ダイオキシンの分析は環境基準と比較できる精度で調査した。また、AOX(Adsorbable Organic Halogen)やクロロホルムなどの発生についても総合的な比較調査を行った。調査した漂白ラインのシーケンスは、塩素漂白:OO-C-E/O-H-D、ECF漂白:OO-D0-E/P-DnDである。

 その結果、漂白前のパルプ洗浄の強化や酸素脱リグニンの導入などが行われたパルプ漂白工程から排出される排水に含まれるダイオキシン類は、環境基準である1pg-TEQ/L以下であることが明らかとなった。また、工業用水と漂白工程から排出される排水の双方に、農薬の除草剤に起因するダイオキシン類である1,3,6,8-TCDDと1,3,7,8-TCDDが検出された。

 AOX発生原単位は塩素漂白が2.38kg/ton pulpであったが、ECF漂白では0.14kg/ton pulpに減少した。排水処理工程でAOXは約70〜80%除去された。排水中のクロロホルム原単位は、塩素漂白は143g/ton pulpであるが、ECF漂白では0.38g/ton pulpであり、米国のクラスタールールで規定されたクロロホルムの排水基準(日間6.92g/ton pulp、月間4.14g/ton pulp)以下であった。

3.ECF漂白工程から発生するクロロホルムの評価

 クロロホルムはクラスタールールでは排水への発生が規制されているが、日本では大気汚染防止法の特定有害物質に指定され、自主管理による削減の対象となっており、それぞれ規制の対象が異なっている。そこで、排水側と大気側の双方へのクロロホルムの発生と、排水処理工程を含めた工場全体でのクロロホルムの挙動を解明するために、塩素漂白とECF漂白の二つを持ち、排水処理工程で水側と大気側の両方へのクロロホルムの排出を測定することのできるクラフトパルプ工場で、クロロホルムがどのように発生し、どのような挙動を示すかを調査した。

 その結果、塩素漂白では水質側と大気側を合計して172g/ton pulpのクロロホルムが発生していたが、ECF漂白では、クロロホルムの発生量は2.07-5.34g/ton pulpに減少していた。発生の内訳は約70%が大気側で、約30%が排水側に放出されていた。排水中のクロロホルムが活性汚泥処理によって分解されるかどうかはこれまで明確になっていなかったが、本研究により、クロロホルムは活性汚泥処理では分解されないことが明らかとなった。また、排水に含まれるクロロホルムの90%は工場の排水路と排水処理設備から大気中に揮散していた。これらを総合すると、発生したクロロホルムの97%が最終的に大気中に放出され、3%が河川に放流されていた。

 4.広葉樹クラフトパルプ漂白工場からのダイオキシン類の循環と除去

 パルプ工場では省エネルギーを目的として、水の循環使用を行っている。そこで、水の循環に伴って、ダイオキシンがどのような挙動を示すかを明らかにするために、木材チップから紙までを一貫生産する、日産1900トンの広葉樹クラフトパルプ漂白工場でダイオキシン発生のレベルと循環の挙動を総合的に調査した。

 工業用水には毒性等価係数を持たない1,3,6,8-TCDDと1,3,7,9-TCDDが含まれていた。これらは農業用除草剤のクロロニトロフェン(CNP)に起因するものと考えられる。一方、クラフト蒸解黒液を真空蒸発缶で加熱減圧濃縮するときに発生する凝縮水にも1,3,6,8-TCDDと1,3,7,9-TCDDが含まれており、その濃度は工業用水中よりも高かった。また、パルプ漂白の工程水にも1,3,6,8-TCDDと1,3,7,9-TCDDが含まれていた。

 最も毒性の強い2,3,7,8-TCDDは塩素漂白とECF漂白のいずれの漂白排水からも検出されなかった。1,2,7,8-TCDFと2,3,7,8-TCDFは塩素漂白とECF漂白の漂白排水に含まれていたが、いずれの漂白でも米国のクラスタールールで定めるミニマムレベルをはるかに下回っており、日本の排出基準(10pg-TEQ/L)および環境基準(1pg-TEQ/L)の濃度と比較しても十分に低い濃度であった。

 パルプ漂白工程および抄紙工程などからの全排水は、排水処理工程で活性汚泥処理と高速凝集沈殿処理の二段処理が行われている。この排水処理で排水中のダイオキシン類の93%が除去された。

5.クラフトパルプ残留リグニンからの2,3,7,8-TCDF発生の可能性

 前項において、パルプ漂白の工程水に2,3,7,8-TCDDは検出されなかったが、2,3,7,8-TCDFが定量下限以下ではあるが検出された。そこで、クラフトパルプECF漂白における2,3,7,8-TCDF発生の可能性を検討するために、酸素脱リグニン後の工場製広葉樹クラフトパルプ(LOKP)から単離した残留リグニンを大過剰の二酸化塩素で処理し、ダイオキシン類の測定を行った。

 工場製LOKPを酵素処理して単離した残留リグニンに、一般的なECF漂白で使用する量の20倍と100倍の二酸化塩素を加えて処理したが、いずれもダイオキシン類は発生していなかった。また、工場製LOKPに、一般的なECF漂白で使用する量の100倍の二酸化塩素を加えて処理したが、農薬に起因すると考えられるダイオキシン類(1,3,6,8-TCDDと1,3,7,9-TCDD)以外は検出されなかった。

 これらの結果から、ECF漂白においてクラフトパルプ残留リグニンから2,3,7,8-TCDFは発生しないと考えられる。

総括

 以上の一連の研究成果から、実際のECF漂白工程から排出される工程中のダイオキシン類濃度は、日本の環境基準の水準で評価しても十分に低く、ECF漂白はダイオキシン類を発生させないパルプ漂白方法であることが明らかとなった。また、クロロホルムの発生量もECF漂白によって大幅に減少することが明確となった。

 クロロホルムの発生抑制という観点、およびダイオキシン類発生のリスクという観点などを考えると、パルプの漂白方法はECF漂白に変えて行かなければならない。また、蒸解工程を含めた総合的なプロセスの最適化を進めることが重要である。

審査要旨 要旨を表示する

 2000年1月にダイオキシン類対策特別措置法が施行され、塩素または塩素系漂白剤を用いるパルプ漂白施設が水質関連の特定施設に指定された。そして、ダイオキシン類の環境基準(1pg-TEQ/L)と排出基準(10pg-TEQ/L)が定められた。海外で行われた研究の結果では、二酸化塩素を主要な漂白薬品とするECF(Elemental Chlorine Free) 漂白ではダイオキシン類が発生しないことが示されていたが、これらの検討では、ほとんどが2,3,7,8-TCDD(テトラクロロダイオキシン)と2,3,7,8-TCDF(テトラクロロジベンゾフラン)だけに限定し、しかも、10pg/L程度を定量下限とするものであった。そのため、我国の環境基準に基づいてECF漂白におけるダイオキシン類の発生レベルを評価することが緊急を要する課題であった。

 そこで、本研究では、実際のパルプ漂白工場におけるECF漂白工程からのダイオキシン類の発生レベルを塩素漂白工程からのそれと、我国の環境基準を念頭においた測定下限で比較検討するとともに、パルプ工場における水の循環再利用を考慮して、工場全体におけるダイオキシン類の挙動について調査・評価を行った。また、パルプ漂白工程で発生するクロロホルムについても、ECF漂白と塩素漂白との間の比較検討を、工場全体にわたり実施した。これらの結果をもとに、パルプ漂白におけるECF漂白の意義について検討した。

 第1章で既往の関連の知見について論じたのち、第2章においてはECFクラフトパルプ漂白工程から排出されるプロセス水に含まれるダイオキシン類の、環境水レベルでの評価結果について述べている。パルプ化および洗浄工程などに最新の技術を導入したクラフトパルプ工場にECF漂白を導入した場合、漂白排水中に2,3,7,8-TCDDの存在を認めることは出来なかった。ダイオキシン類全般についても環境基準である1pg-TEQ/L以下であることが明らかなり、環境基準に近いダイオキシン類の生成が認められた塩素漂白(クローリンファクター:0.18)排水と際立った相違を示した。また、AOX(Adsorbable Organic Halogen)発生原単位についてもECF漂白によって大幅に低減することが確認された。

 第3章においては、ECF漂白におけるクロロホルムの生成量を塩素漂白におけるそれと比較検討している。その結果、塩素漂白ではパルプ1トン当たり172g生成していたクロロホルムが、ECF漂白では2.07-5.34gにまで減少し、大気に及ぼす影響が画期的に改善されることが示された。また、排水の活性汚泥処理によってはクロロホルムは分解されないことも示されている。

 次いで、第4章では工場内における用水の循環使用にともなうダイオキシン類の挙動について、詳細に検討している。現在、パルプ工場においては水使用量の低減を目的として、用水の循環再使用が広範に進められている。その結果、用水中に元々含まれていた農業用除草剤クロロニトロフェン(CNP)由来で、毒性等価係数をもたないダイオキシン類である1,3,6,8-TCDDおよび1,3,7,9-TCDDが、工程中の特定の凝縮水に高濃度に濃縮されていることが確認されたが、強い毒性を持つことが知られている2,3,7,8-TCDDは、いずれの工程排水中にもその存在をみとめることが出来なかった。また、このことは通常の20倍量の二酸化塩素を投与したECF漂白においても同様であった。さらに、ECF漂白のみならず、適切に操業された塩素漂白においても、排水中のダイオキシン類は日本の排出基準のみならず環境基準を下回ることが示された。

 以上、本研究は、現在、導入が進められているパルプのECF漂白の意義を、ダイオキシン類およびクロロホルム生成量の両面から、工場レベルで詳細に検討したもので、世界的にも非常に貴重な知見を提供している。また、木材化学分野への貢献も多大であり、審査委員一同は、博士(農学)に相当すると判断した。

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