学位論文要旨



No 216146
著者(漢字) 中牟田,信明
著者(英字)
著者(カナ) ナカムタ,ノブアキ
標題(和) マウスの生殖細胞における転写因子p63の発現様式
標題(洋)
報告番号 216146
報告番号 乙16146
学位授与日 2004.12.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第16146号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 九郎丸,正道
 東京大学 教授 林,良博
 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 助教授 中山,裕之
 東京大学 助教授 金井,克晃
内容要旨 要旨を表示する

 様々な研究から、精子形成細胞のアポトーシスや減数分裂の制御、細胞周期の停止における癌抑制因子p53の関与が示されている。しかし、非常に重要な機能を担うにもかかわらず、p53遺伝子欠損マウスが正常に発生し生殖能力をもつことは、何らかの因子によってp53の機能が代替される可能性を示唆する。p53ファミリーに属するp63は、p53と高い相同性をもつ。p63遺伝子には2つのプロモーターが存在する。N末端の転写活性化(TA)ドメインをもつTAp63と、それを欠くΔNp63である。TAp63は細胞周期停止やアポトーシスを誘導し、ΔNp63はTAp63やp53の転写活性を阻害するドミナントネガティブな作用をもつ。さらに、選択的スプライシングによって3つのアイソフォーム、α、β、γを生じるため、p63タンパクには少なくとも6通りある。生殖腺におけるp63の発現と機能に関しては不明な点が多く、本研究では、これらの点を明らかにするため、マウスの生殖細胞におけるp63の発現を、生まれた直後から成体まで(第2章)、胎子期(第3章)、および、始原生殖細胞の移動・定着期(第4章)について調べた。

 哺乳類の精子発生過程は、体細胞分裂による精祖細胞の増殖と、精母細胞から精子細胞に至る減数分裂、および、運動に適した精子へと変形する3つの段階に分けられる。また、新生子の精巣に存在する増殖を停止した生殖細胞は、生後数日経つと分裂して精祖細胞を生じ、生後10日目頃に精母細胞、生後3週目頃に精子細胞が出現し、生後6週目頃に性成熟する。第2章ではまず、生まれてから成体に至るまで、様々な日齢のマウス精巣に、どのp63転写産物が存在するかを検討した。その結果、TAp63のmRNAが生まれた直後から成体に至るまで常に検出されたのに対し、ΔNp63の発現は、生後1週間と、生後3ないし4週目に限られていた。ΔNp63の発現が認められたこれらの時期は、生殖細胞の増殖再開時期とアポトーシスのピーク時期にそれぞれ一致し、それらの制御にΔNp63が関わっている可能性が示唆された。3種類のC末端については、βでなくαとγをコードするスプライシング産物が精巣に存在した。次に、様々な日齢のマウス精巣からタンパク試料を調製してウェスタンブロット解析を行ったところ、生まれた直後から成体まで全ての時期に約68 kDのバンドが、また、生まれた直後にだけ約60 kDのバンドが検出された。アミノ酸数から予想される分子量が最も近いのはそれぞれΔNp63α(67.3 kD)とTAp63β (59.3 kD)であるが、RT-PCRの結果を考慮すると、これらのタンパクはそれぞれ分子量の比較的近いTAp63α (73.7 kD)とΔNp63α (67.3 kD)である可能性が高い。最後に、免疫組織化学でp63タンパクの発現を検討した結果、生後10日目以降の精巣組織にp63陽性反応は観察され、パキテン期以降の精母細胞と円形精子細胞にp63タンパクの局在が示された。精子発生の特定の段階に転写因子であるp63が核に局在することから、このタンパクが精子形成細胞の分化過程で重要な役割を担うこと、特に、精母細胞に発現するp53と同様、減数分裂に不可欠な細胞機能の制御に関わっている可能性が示唆された。

 マウスの精巣は胎齢12.5日目の雄胎子生殖腺に精巣索が生じることで形成される。それより前の未分化生殖腺では、形態的に雌雄を区別できない。雌胎子の生殖腺では減数分裂が開始するのに対し、精巣では胎齢13.5日目頃に生殖細胞の増殖が停止する。胎子生殖細胞におけるp53について、正常動物での発現様式やノックアウトマウスの解析が進んでいるのに対し、胎子生殖細胞とp63との関係について調べた報告は無い。そこで、第3章ではマウス胎子生殖腺におけるp63の発現を調べるとともに、精巣については、p63陽性細胞の細胞種を同定するため、p63とセルトリ細胞のマーカーであるSox9との2重染色を行った。まず、RT-PCRによって調べた結果、胎齢13.5日目から18.5日目までの精巣と卵巣の両方に、TAp63とΔNp63両タイプの発現が示された。3'側については、αアイソフォームとγアイソフォームは胎齢13.5日目から18.5日目までの精巣と卵巣で常に検出されたが、βアイソフォームをコードするスプライシング産物は、調べた期間を通して雌雄ともに検出されなかった。免疫組織化学では、胎齢13.5日目から18.5日目までのマウス胎子精巣および卵巣において、p63タンパクは生殖細胞に発現していることが示された。発生が進むにつれて、精巣では染色性が減弱したのに対し、卵巣では常に強い陽性反応を認めた。調べた期間を通して、p63陽性反応は雌雄とも生殖細胞の核に認められ、細胞質は陰性であった。さらに、胎齢13.5日目の精巣切片におけるp63とSox9の2重染色では、それぞれの陽性反応が精巣索の中で明らかに異なる細胞に観察され、p63の発現は生殖細胞に特異的であることが示された。マウス胎子の精巣と卵巣にp63が発現し、p63タンパクがマウス胎子生殖細胞の核に局在することから、胎子精巣における生殖細胞の増殖停止やアポトーシスだけでなく、卵巣における減数分裂の制御にも、p63はp53と共同して、或いはp53の非存在下ではp53に代わって、関与しているのかもしれない。

 胚発生過程において、生殖細胞は将来生殖腺が形成される領域から離れた場所で生じた後、細胞分裂によって数を増やしながら、生殖腺原基まで胚体内を移動する。第4章ではマウスの生殖細胞におけるp63発現が胚発生のいつから始まるのかを検討するため、始原生殖細胞が現れる胎齢7.5日目から性分化の起こる胎齢12.5日目まで、免疫組織化学によりp63の発現時期と部位を調べた。さらに、始原生殖細胞が移動・定着した生殖腺原基からRNAを調製してRT-PCR解析を行った。まず、胎齢7.5日目のマウス胚について調べたが、始原生殖細胞が生じる尿膜基部には抗体陽性反応を検出できなかった。胎齢8.5日目には、後腸の上皮に沿って移動中の始原生殖細胞がp63を発現していた。胎齢9.5日目から胎齢11.5日目にかけて、p63陽性反応は後腸、背側腸間膜、生殖隆起の始原生殖細胞に観察され、胎齢12.5日目には精巣原基と卵巣原基の両方で生殖細胞がp63陽性反応を示した。以上のことから、始原生殖細胞となる細胞の運命決定にp63タンパクは必要ないが、始原生殖細胞の増殖や運動といった細胞機能の制御にp63は関わっている可能性が示唆された。

 次に、生殖腺原基からRNAを調製してRT-PCR解析を行った結果、胎齢10.5日目の試料からはTAp63とΔNp63の両方が検出された。胎齢11.5日目にはTAp63が引き続き増幅されるのに対し、ΔNp63は増幅されなかった。胎齢12.5日目には、TAp63が雄と雌両方の生殖腺に存在する一方、ΔNp63は雌雄ともに検出されなかった。これらのデータは始原生殖細胞が尿生殖隆起に定着すると、p63遺伝子は主として上流のTAプロモーターから転写されるのに対し、始原生殖細胞がまだマウス胚の背側腸間膜にある時期はTAとΔNの両プロモーターが使用されることを示唆する。最後に、3'末端におけるスプライシングに関して解析したところ、p63αとp63γが胎齢10.5日目から12.5日目まで、調べた全ての試料で増幅される一方、βアイソフォームは胎齢10.5日目にだけ検出され、胎齢11.5日目と12.5日目では検出されなかった。すなわち、生殖腺へ定着する前後を通して認められるαとγアイソフォームの発現に加えて、背側腸間膜にある時期に特異的なp63βの発現がRT-PCRによって示された。これらの結果から、胚組織内を移動して生殖腺原基へたどり着いた始原生殖細胞が、生殖腺の形成過程で遺伝子発現を変化させること、p63はそのような始原生殖細胞の発生に深く関わる遺伝子のひとつであることが示唆された。

 以上のように、マウスの生殖細胞におけるp63の発現は、これまでに報告されていた成体の精巣だけでなく、生後の発達過程(第2章)や胎子期の生殖腺(第3章)にも認められることが明らかになった。さらに、p63の発現は、始原生殖細胞が生殖腺へ移動・定着する時期にまでさかのぼることが出来た(第4章)。また、生殖細胞に発現したp63アイソフォームは、発生の進行につれて複雑に変化することが示唆された。生殖細胞が様々な発生段階でアポトーシスを起こすこと、また、減数分裂や細胞周期停止の起こる時期にp53とp63が生殖細胞で共に発現していることは、p63がp53と協同して、そしてp53の非存在下ではp53に代わって、これらの細胞機能を制御する可能性を示唆する。複数のp63アイソフォームが一つの組織に同時に存在することは、アイソフォーム間の相互作用を介したp63の機能制御機構を考える上で興味深い。p63タンパクは、異なる種類のアイソフォームが4量体を形成して様々な転写活性化能を発揮すると考えられている。ヒトにおけるp63の変異は、眼瞼癒着外胚葉異形成裂隙(AEC)症候群や、欠指外胚葉異形成裂隙(EEC)症候群など、p63-/-マウスの表現型に似た特徴を示す疾患の原因となるが、本研究で示されたように、様々な発生段階の生殖細胞がp63を発現している事から、生殖機能に関連した疾患にp63が関わっている可能性は否定できない。今後は、精巣腫瘍や無精子症の患者を対象としたp63遺伝子の解析が必要と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 精子形成細胞のアポトーシスや減数分裂の制御、細胞周期の停止に癌抑制因子p53は関与しているが、p53遺伝子欠損マウスは生殖能力をもつ。p53ファミリーに属するp63は、p53と高い相同性を示し、N末端の転写活性化(TA)ドメインをもつTAp63と、それを欠くΔNp63とに大別される。さらに、選択的スプライシングによって3つのアイソフォーム、α、β、γを生じるため、p63タンパクは少なくとも6通り存在する。生殖腺におけるp63の発現と機能に関しては不明な点が多いため、本研究では、マウスの生殖細胞におけるp63の発現を、生まれた直後から成体までと、胎子期、および、始原生殖細胞の移動・定着期について調べた。

 第1章(序論)に続く第2章では、生まれてから成体に至るまで、様々な日齢のマウス精巣に、どのp63転写産物が存在するかを検討した。その結果、TAp63のmRNAは生まれた直後から成体に至るまで常に検出され、ΔNp63の発現は、生後0から1週目と、生後3から4週目に限られていた。3種類のC末端については、βでなくαとγをコードするスプライシング産物が精巣に存在した。次に、様々な日齢のマウス精巣からタンパク試料を調製してウェスタンブロット解析を行ったところ、生まれた直後から成体まで全ての時期に約68kDのバンドが、また、生まれた直後にだけ約60kDのバンドが検出された。最後に、免疫組織化学でp63タンパクの発現を検討した結果、生後10日目以降の精巣組織にp63陽性反応は観察され、パキテン期以降の精母細胞と円形精子細胞にp63タンパクの局在が示された。

 第3章ではマウス胎子生殖腺におけるp63の発現を調べるとともに、精巣については、p63陽性細胞の細胞種を同定するため、p63とセルトリ細胞のマーカーであるSox9との2重染色を行った。まず、RT-PCRによって、胎齢13.5日目から18.5日目までの精巣と卵巣の両方に、TAp63とΔNp63両タイプの発現が示された。3'側については、αアイソフォームとγアイソフォームは胎齢13.5日目から18.5日目までの精巣と卵巣で常に検出され、βアイソフォームをコードするスプライシング産物は、調べた期間を通して雌雄ともに検出されなかった。免疫組織化学では、胎齢13.5日目から18.5日目までのマウス胎子精巣と卵巣において、p63タンパクは生殖細胞に発現していることが示された。発生が進むにつれて、精巣では染色性が減弱したのに対し、卵巣では常に強い陽性反応を認めた。さらに、胎齢13.5日目の精巣切片におけるp63とSox9の2重染色では、それぞれの陽性反応が精巣索の中で明らかに異なる細胞に観察され、p63の発現は生殖細胞に特異的であることが示された。

 第4章ではマウスの生殖細胞におけるp63発現が胚発生のいつから始まるのかを検討するため、始原生殖細胞が現れる胎齢7.5日目から性分化の起こる胎齢12.5日目まで、免疫組織化学によりp63の発現時期と部位を調べた。胎齢7.5日目のマウス胚について調べたが、始原生殖細胞が生じる尿膜基部には抗体陽性反応を検出できなかった。胎齢8.5日目には、後腸の上皮に沿って移動中の始原生殖細胞がp63を発現していた。胎齢9.5日目から胎齢11.5日目にかけて、p63陽性反応は後腸、背側腸間膜、生殖隆起の始原生殖細胞に観察され、胎齢12.5日目には精巣原基と卵巣原基の両方で生殖細胞がp63陽性反応を示した。

 次に、始原生殖細胞が移動・定着した生殖腺原基からRNAを調製してRT-PCR解析を行った結果、胎齢10.5日目の試料からはTAp63とΔNp63の両方が検出された。胎齢11.5日目にはTAp63が引き続き増幅されるのに対し、ΔNp63は増幅されなかった。胎齢12.5日目には、TAp63が雄と雌両方の生殖腺に存在する一方、ΔNp63は雌雄ともに検出されなかった。最後に、3'末端におけるスプライシングに関して解析したところ、p63αとp63γが胎齢10.5日目から12.5日目まで、調べた全ての試料で増幅される一方、βアイソフォームは胎齢10.5日目にだけ検出され、胎齢11.5日目と12.5日目では検出されなかった。

 本研究はマウスの生殖細胞におけるp63の発現が、これまでに報告されていた成体の精巣だけでなく、生後の発達過程や胎子期の生殖腺にも認められることを明らかにし、さらに、p63の発現開始は、始原生殖細胞が生殖腺へ移動・定着する時期にまでさかのぼること、また、生殖細胞に発現したp63アイソフォームが、発生の進行につれて複雑に変化することを示唆するデータを提示している。以上、今回得られた成果は、学術上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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