学位論文要旨



No 216147
著者(漢字) 松井,淳
著者(英字)
著者(カナ) マツイ,アツシ
標題(和) 肝星細胞に発現するI型プロコラーゲンC端プロテイナーゼエンハンサーのクローニングとその意義
標題(洋)
報告番号 216147
報告番号 乙16147
学位授与日 2004.12.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16147号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 助教授 仁木,利郎
 東京大学 助教授 矢富,裕
内容要旨 要旨を表示する

 肝線維化はB型およびC型ウイルス性肝炎やアルコール性肝障害等あらゆる慢性肝疾患に生ずる病態であり,コラーゲンを主体とする細胞外マトリックスの異常増生を特徴とする。これが進展して肝硬変になると,肝構築の変化に伴う血流障害等から肝不全に至るばかりでなく,近年増加しているC型肝炎ウイルスに起因する肝硬変からの肝細胞癌の発生母体にもなる。従って,肝線維化機序の解明とその対策は肝臓病学における最も重要な課題の一つである。

 肝における細胞外マトリックスの主たる産生細胞は肝星細胞である。本細胞は鍍金法により肝類銅の周囲に黒く染色される星細胞"Sternzellen"として初めて記載された。そこでは星細胞は貪食能を有するとして,肝に固有のマクロファージであるKupffer細胞と同一細胞とみなされ,Kupffer細胞が脂肪変性したものと考えられた。1951年,伊東により初めてKupffer細胞とは別の細胞として報告された。伊東は,細胞質に多量の脂肪滴を有する類洞壁細胞をDisse腔内に観察し,脂肪を蓄積する細胞として,"fat-storing cell"と命名した。本細胞はその業績により,近年まで伊東細胞と呼ばれてきたが,現在は国際的に"hepatic stellate cells"(肝星細胞)と呼ばれている。

 正常肝では星細胞は静止期(quiescent stage)にある。静止期の星細胞は,多量のビタミンAを含む円形ないし紡鐘形をした細胞本体を有しており,細胞質から伸び出した突起を形成している。これらの突起は,さらに側面から細い多数の突起を出すことにより,類洞を取り囲むようにして内皮細胞を裏打ちして,類洞の立体構造を保持している。星細胞を単離してプラスチック表面で培養すると,脂肪滴が消失するとともに,平滑筋αアクチン発現が増強し,筋線維芽細胞様に形質転換する。この過程は星細胞の活性化(activation)と呼ばれ,旺盛な増殖能,遊走能や細胞外マトリックスの産生能を獲得するとともに,収縮能が亢進する。障害肝や硬変肝の星細胞は,生体内でも同様に活性化しており,盛んに増殖して細胞外マトリックスを大量に産生する一方で,収縮して類洞抵抗を増大させることにより,門脈圧亢進の発症要因となると推定されている。慢性肝疾患,特にウイルス性では,最初に門脈域において筋線維芽細胞が浸潤炎症細胞により活性化し,線維化をきたすとされている。この筋線維芽細胞の由来に関しては星細胞との異同が議論となっている。星細胞が遊走・活性化したものであるとの意見がある一方で,近年の報告では両者は別個のものであり,もともと門脈域に存在する固有の筋線維芽細胞との考えを支持するものも多い。この門脈域の線維化に引き続き,門脈域近傍の類洞内星細胞から順次活性化し,次第に中心静脈方向へと線維化が進行,小葉構造の改築が完成するとされている。

 肝星細胞の活性化は種々のサイトカインおよび増殖因子により調節されている。肝壊死巣ではKupffer細胞が活性化し,多数のマクロファージが浸潤する。これら細胞の産生するサイトカイン,障害肝細胞に由来するreactive oxygen intermediates(ROI)や類洞内皮細胞が産生するフィブロネクチンの作用により,静止期の星細胞はtransforming growth factor-β(TGF-β)やplatelet-derived growth factor(PDGF)に対する受容体の発現が亢進した状態(transitional stage)に移行すると推定されている。次いで,この星細胞はKupffer細胞,マクロファージおよび血小板に由来するTGF-βやPDGFがparacrine的作用を受け,筋線維芽細胞様に形質転換する。また,活性化した星細胞は自らTGF-βやbasic fibroblast growth factor(bFGF)を産生するようになり,autocrine的にも活性化を維持する機能を獲得すると考えられている。

 肝星細胞が活性化すると,増殖能,細胞外マトリックスの産生能および平滑筋αアクチン発現による収縮能がすべて亢進するとされる。しかし,肝星細胞の活性化に関与する各種増殖調節因子が,これら3機能に及ぼす影響は,必ずしも一律ではない。PDGF,bFGFは,主として活性化星細胞の増殖を促進する。一方,TGF-βは活性化星細胞における細胞外マトリックス産生を促進するとともに,matrix metalloproteinaseの合成を抑制し,更にtissue inhibitor of metalloproteinase発現を誘導することにより,細胞外マトリックス沈着を促進させる。TGF-βは濃度によっては肝星細胞の増殖を逆に抑制する。また,PDGFなどの増殖促進因子は活性化星細胞のTGF-β発現を増強させるとともに,S期に入った細胞では平滑筋αアクチンの発現を一過性に低下させる。このため,活性化星細胞の機能にはautocrine的ないしparacrine的に作用している各種因子が複雑に関与していることが想定されるが,その全体像は未だ明確ではない。

 本研究は肝星細胞の形質転換を調節する蛋白を知る目的で,本細胞に発現する蛋白のクローニングを行い,これら蛋白の肝星細胞の活性化機構における役割を明らかすることを目指した。

 まず,抗星細胞抗体を作製した。星細胞としては,新しいマーカーを見出す目的から,種々の分化段階の星細胞を含んでいると考えられる株化星細胞を使用した。ウサギで作製した抗星細胞血清を用いて,星細胞株の発現cDNAライブラリーをスクリーニングし,2クローンを選別した。このうちの1クローンにおいて1,404bpの読み取り枠を含む1,530bpの塩基配列を決定した。

 得られたcDNAは,I型プロコラーゲンC端プロテイナーゼエンハンサー(Type I procollagen C-proteinase enhancer protein;PCPE)としてクローニングされたヒトおよびマウスcDNAと高いホモロジーを示し,ラットのPCPEと推定された。PCPE蛋白は皮膚や尾などの細胞外マトリックス成分に富む臓器に高度に発現することが報告されており,I型プロコラーゲンC端プロテイナーゼの活性を亢進することにより,プロコラーゲンからコラーゲンへのプロセッシングを促進するとされている蛋白である。本蛋白はN側に蛋白間の相互作用に関与するCUBドメインを2個有しており,これを介してI型プロコラーゲンC端プロテイナーゼに作用し,その活性を亢進する可能性があると推定される。PCPE蛋白は,本実験においてRNA結合ドメインに特異的なconsensus motif RNP-1およびRNP-2を有していることが見出されたことから,RNA結合蛋白としての機能も有していると考えられた。

 次に,ラット単離細胞および肝におけるPCPE発現を検討した。PCPE mRNAは,単離直後の肝実質細胞,類洞内皮細胞,Kupffer細胞には認められず,星細胞に発現していた。本蛋白のmRNAは培養線維芽細胞に強く発現していたが,星細胞を培養して活性化すると発現が増強し,線維芽細胞と同等となった。培養星細胞における本蛋白の発現の変動は蛋白レベルでも確認された。In vivoにおける検討では,正常肝ではPCPE mRNAは検出感度以下であったが,四塩化炭素投与による線維肝では発現を認め,in vitroの成績と合致した。

 RNA結合蛋白は転写後の遺伝子産物の制御に重要な役割を担うことが知られており,Pre-mRNAからmRNAの産生,mRNAの核から細胞質への輸送,mRNAの翻訳や安定性を制御すると報告されている。そこで,PCPE蛋白のRNA結合蛋白としての作用点を明らかにするために,PCPE mRNAに対するアンチセンスオリゴヌクレオチドを用いた抑制実験を行った。アンチセンスオリゴヌクレオチド添加群では星細胞におけるコラーゲンおよび非コラーゲン蛋白合成が,対照群である同濃度のナンセンス添加群に比して,大幅に低下した。RNA発現に対する影響を検討したところ,アクチノマイシンD非添加の条件では,星細胞における総RNA量発現は,アンチセンス添加群と対照群とで差は見られなかったが,アクチノマイシンDの存在下では総RNA量の半減期は,アンチセンス添加群で対照群よりも有意に短縮していた。従って,PCPE蛋白はRNAの安定化作用をも有していると考えられた。

 また,星細胞が活性化して筋線維芽細胞様に形質転換する際,RNA含量や蛋白合成が大幅に増加するが,PCPE蛋白発現も増強することから,本蛋白はRNA制御を介して星細胞の形質転換に関与する可能性があると考えられた。更に,肝星細胞でPCPE蛋白を抑制すると,コラーゲンのみならず非コラーゲン蛋白産生も著明に低下した。これらからPCPEのRNA結合蛋白としての作用点は,RNA安定化以外にも存在することが示唆された。

 以上から,肝星細胞の形質転換過程におけるPCPEのRNA結合蛋白としての作用機序を今後更に明確にすることによって,同細胞の活性化を制御する機構を見出し得ることが期待される。肝線維化治療学へ向けた第一歩と位置づけられよう。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は肝線維化過程において,コラーゲンを主体とする細胞外マトリックスを過剰に産生すると考えられている肝星細胞の活性化機構を知る目的で,本細胞に特異的に発現する蛋白のクローニングを行い,これら蛋白の肝星細胞活性化における役割を明らかにしようとするものであり,下記の結果を得ている。

1.ラット肝星細胞株より作製したcDNAライブラリーより選別した3種類のクローンのうち,1クローンから1,404bpの読み取り枠を含む1,530bpの塩基配列を決定した。得られたcDNAは,I型プロコラーゲンC端プロテイナーゼエンハンサー(Type I procollagen C-proteinase enhancer protein;PCPE)としてクローニングされたヒトおよびマウスcDNAと高いホモロジーを示し,ラットのPCPEであることが判明した。本蛋白のN側には蛋白間の相互作用に関与するとされるCUBドメインが,C側にはRNA結合ドメインに特異的なconsensus motifであるRNP-1およびRNP-2が存在することが示された。

2.各種肝構成細胞および線維芽細胞において,PCPE蛋白に対応するmRNAの発現は,単離直後の肝実質細胞,類洞内皮細胞,Kupffer細胞には認められず,星細胞および線維芽細胞に認められることがノーザンブロット法により示された。また,培養にて活性化した星細胞では発現が増強し,線維芽細胞と同等となることが示された。肝星細胞におけるPCPE蛋白発現をウエスタンブロット法で検討したところ,単離直後には検出されず,培養にて活性化すると経時的に発現が増強することが示された。In vivoにおける検討では,PCPE mRNAは正常肝では認められないが,四塩化炭素反復投与にて作製した線維肝において検出されることが示された。

3.株化肝星細胞におけるPCPE蛋白発現を,アンチセンスオリゴヌクレオチド添加にて抑制したところ,同細胞のコラーゲンおよび非コラーゲン蛋白合成は,有意に低下することが示された。また,アクチノマイシンD存在下では,総RNA量の半減期が,アンチセンスオリゴヌクレオチドを添加すると有意に短縮することが示された。したがって,PCPE蛋白はRNA安定化作用を有すると考えられた。

 以上,本論文はラット肝星細胞株からクローニングしたI型プロコラーゲンC端プロテイナーゼエンハンサーが,肝では星細胞に発現しており,その活性化とともに発現が増強することを明らかにした。また,本蛋白はRNA安定化作用を有するRNA結合蛋白と推定され,RNA制御を介して星細胞の蛋白合成を調節し,同細胞の活性化に関与する可能性が明らかとなった。本研究はこれまで不明な点の多かった,肝星細胞の活性化を制御する機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる。

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