学位論文要旨



No 216148
著者(漢字) 國里,篤志
著者(英字)
著者(カナ) クニサト,アツシ
標題(和) HES-1及びSCLにより造血幹細胞の自己複製、分化が制御される
標題(洋) Hematopoietic stem cell is regulated by HES-1 for the self-renewal and directed by SCL for the lineage commitment into progenitors
報告番号 216148
報告番号 乙16148
学位授与日 2004.12.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16148号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 助教授 高木,智
 東京大学 助教授 小川,誠司
 東京大学 講師 本倉,徹
内容要旨 要旨を表示する

 造血幹細胞(HSC)は多分化能と自己複製能を併せ持つ細胞として定義される。長期に渡り生体内で血液細胞を生成する能力を長期造血再構築能と呼び、多分化能と自己複製能を併せ持つHSCであればこの長期造血再構築能を備える。HSCの分化と複製を制御する分子機構に対する研究は非常に盛んに行われている。

 細胞分化関連受容体Notchの下流に位置するhelix-loop-helix型転写因子HES-1は、種々の細胞で分化抑制シグナルを担う分子であることが示されてきた。しかし、HSCにおける分化抑制作用の有無は不明であったため、今回、マウス造血幹細胞Lineage陰性、c-Kit及びSca-1陽性、CD34弱陽性〜陰性画分に対し、レトロウイルスを用いてHES-1を導入した。同画分の体外増幅の可能性と、移植後マウス体内における形質を解析したところ、HES-1導入細胞では表面抗原発現パターンから未熟画分の維持が示唆され、レシピエント体内の血液を構築するいわゆる長期再構築能もHES-1導入細胞が、コントロール導入細胞に比べ高いことが示された。また、レシピエント骨髄内に生着したHES-1導入細胞が、未分化な表面抗原発現パターンを示す画分やside populationと呼ばれる未熟な画分に多く含まれることが示された。これらの結果より、HES-1の恒常的な発現により、HSCの未熟性が維持することが示唆された。

 一方、多くの研究に基き、HSCは数回分裂後、ある分化系譜にコミットした前駆細胞に分化することが示唆されてきた。その初期の前駆細胞がcommon myeloid progenitor(CMP)とcommon lymphoid progenitor(CLP)とされている。様々な系譜の血液細胞への分化を制御する分子について多くの報告があるが、HSCからCMP,CLPへの分化を制御する分子についてはこれまで報告が無い。

basic-helix-loop-helix(bHLH)構造を持つSCLは胎生期造血細胞の発生に必須な転写因子であることが明らかにされている。成体造血においては、赤血球系の成熟に重要な役割を果たすことが示唆されているが、HSCでの作用は明らかにされていない。本研究では、マウスHSCに野生型SCLであるWT-SCLとbHLH領域を欠損したドミナントネガティブSCL(DN-SCL)を強制発現させ、移植実験により造血再構築を検証したところ、HSCの長期再構築能には何ら影響が無かった。しかし、WT-SCL導入細胞は骨髄球系細胞に、DN-SCL導入細胞はリンパ球系細胞に、いずれも短期的ながら、あらゆる造血組織で優位な偏りを持って再構築していることが判明した。また、骨髄中のIL-7Rα陽性細胞(リンパ球前駆細胞)の割合は、WT-SCL導入群では極めて少なく、逆にDN-SCL導入群では極めて多かった。さらにMLP(myeloid/lymphoid progenitor)assayで、WT-SCL導入HSCからは骨髄球系細胞だけを生ずる前駆細胞(p-M)の存在が多く観察され、T cellだけを誘導する前駆細胞(p-T)は全く観察されなかった。逆にDN-SCL導入群ではp-Tが多く、p-Mは少なかった。これらの結果から、SCLの高発現はHSCからCMPへの分化を優位にし、SCLの機能抑制はHSCからCLPへの分化を優位にすることが示された。SCLがHSCからの前駆細胞分化に関与すると結論づけられた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は成体型造血幹細胞の増殖・分化において重要な役割を演じていると考えられる転写因子による制御機構を明らかにするため、マウス造血幹細胞にレトロウイルスにて転写因子本体、あるいはそのドミナントネガティブ体を導入し、造血能を評価することにより転写因子の機能を解明しようとしたものであり、下記の結果を得ている。

1.細胞分化関連受容体Notchの下流に位置するhelix-loop-helix型転写因子HES-1をマウス造血幹細胞Lineage陰性、c-Kit及びSca-1陽性、CD34弱陽性〜陰性画分内で強制発現させた。同画分の体外増幅の可能性と、移植後マウス体内における形質を解析したところ、HES-1導入細胞では表面抗原発現パターンから未熟画分の維持が示唆され、レシピエント体内の血液を構築するいわゆる長期再構築能もHES-1導入細胞が、コントロール導入細胞に比べ高いことが示された。また、レシピエント骨髄内に生着したHES-1導入細胞が、未分化な表面抗原発現パターンを示す画分やside populationと呼ばれる未熟な画分に多く含まれることが示された。これらの結果より、HES-1の恒常的な発現により、HSCの未熟性が維持されることが示唆された。

2.basic-helix-loop-helix(bHLH)構造を持つSCLの野生型であるWT-SCLとbHLH領域を欠損したドミナントネガティブSCL(DN-SCL)を、マウス造血幹細胞にレトロウイルスを用いて強制発現させ、移植実験により造血再構築を検証したところ、HSCの長期再構築能には何ら影響が無かった。しかし、WT-SCL導入細胞は骨髄球系細胞に、DN-SCL導入細胞はリンパ球系細胞に、いずれも短期的ながら、あらゆる造血組織で優位な偏りを持って再構築していることが判明した。また、骨髄中のIL-7R(陽性細胞(リンパ球前駆細胞)の割合は、WT-SCL導入群では極めて少なく、逆にDN-SCL導入群では極めて多かった。さらにMLP(myeloid/lymphoid progenitor)assayで、WT-SCL導入HSCからは骨髄球系細胞だけを生ずる前駆細胞(p-M)の存在が多く観察され、T cellだけを誘導する前駆細胞(p-T)は全く観察されなかった。逆にDN-SCL導入群ではp-Tが多く、p-Mは少なかった。これらの結果から、SCLの高発現はHSCからCMPへの分化を優位にし、SCLの機能抑制はHSCからCLPへの分化を優位にすることが示された。SCLがHSCからの前駆細胞分化に関与すると結論づけられた。

 以上、本論文はマウス骨髄造血幹細胞の未熟性を維持する転写因子としてHES-1が、前駆細胞への分化を方向付ける転写因子としてSCLが機能することを明らかにした。本研究はこれまで不明であった、造血幹細胞の自己複製と分化の制御機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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