学位論文要旨



No 216152
著者(漢字) 久米,英介
著者(英字)
著者(カナ) クメ,エイスケ
標題(和) マウスにおけるストレプトゾトシン誘発肝毒性の性状
標題(洋)
報告番号 216152
報告番号 乙16152
学位授与日 2005.01.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第16152号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 教授 九郎丸,正道
 東京大学 助教授 中山,裕之
内容要旨 要旨を表示する

 ストレプトゾトシン(SZ)は,Streptomyces achromogenesから分離され,当初抗生物質あるいは抗腫瘍剤として開発された.その後,SZが膵島β細胞に傷害性を示すことが明らかにされ,その機序については詳しく調べられている.また,SZのβ細胞傷害性に着目し,今日では様々なげっ歯類でインスリン依存性糖尿病,ならびに腎症や白内症等の糖尿病合併症を惹起し,その発現機構を解明したり,糖尿病治療薬の研究・開発段階でその薬理効果を確認したりする目的で汎用されている.申請者は,より効果的な糖尿病合併症モデルの作出を目的とし,片腎摘出マウスにSZを投与する研究を行い,糖尿病性腎症の早期作出に成功したが,その際,肝細胞の肥大や胆管上皮細胞の増生などの明らかな肝病変が観察された.

 SZの発癌性については以前から知られており,投与後長期間経ってから,膵島細胞腫,腎の腺腫等の発生報告があり,肝においてもSZ投与後約2年で肝細胞腫や胆管腫の発生報告がある.こうしたことから,SZは膵島β細胞のみならず肝細胞や胆管上皮細胞に対してもなんらかの傷害作用を及ぼすことが推測されるが,SZの肝毒性そのものを対象に詳細な病理学的検索を行った報告はほとんどない.

 SZが肝に対して直接的な毒性を有していると,SZ誘発糖尿病モデルを用いてヒトにおける糖尿病状態下での肝機能への影響を解析する際には注意が必要である.また,肝は薬物代謝および薬物の排泄において非常に重要な役割を担っている臓器であり,肝傷害を受けた場合には薬物の体内動態に影響を与える.従って,SZ誘発糖尿病モデルを用いて医薬品の薬理効果を検討する場合にも,SZによる肝傷害の性状を把握しておくことが重要である.本研究は,SZによる直接的および二次的な肝傷害の性状を,主として病理学的観点から明らかにすることを目的として実施した.

 まず,SZ投与4から12週間後の糖尿病惹起後の肝病変を病理学的に明らかにした.最も顕著な変化の一つとして胆管上皮細胞の増生が挙げられ,胆道系への影響が示唆された.SZ投与による胆管腫瘍の発生報告を除けば,胆道系への影響の報告は少ない.肝細胞への影響としては,核膜陥入による核内封入体形成が顕著であった.核膜陥入による核内封入体形成については,SZが酸化的ストレスを介して脂質過酸化を惹起することから,それによる核膜傷害に起因していることが考えられる.さらに,SZ投与マウスの肝細胞では,クロマチンの分布やサイズが異なる二核細胞が多く認められ,また,非常に大きな核を有する肝細胞が認められた.こうした核の変化は,SZによるDNA傷害やSZによる肝腫瘍発生と関連している可能性が考えられる.細胞質に認められた変化としては,グリコーゲンの減少,脂質蓄積などが挙げられるが,最も特徴的な変化はミトコンドリアの増生であった.このように,ほぼ正常構造を示すミトコンドリアの増生を特徴とするoncocytic cellあるいはoxyphilic cellと呼ばれる細胞の出現は,N-nitrosomorpholineの投与時などに認められ,前癌状態である可能性を示唆する報告もある.一方で,後述するように,SZ投与6時間後にミトコンドリアの傷害像が認められること,SZによりミトコンドリアの機能を直接的に傷害するとの報告があることなどから,SZ投与後早期に傷害されたミトコンドリアの代償性増生の可能性も高い.

 次に,SZによる直接的な肝への影響を明らかにする目的で,高血糖が惹起される以前(24時間以内)を中心に,急性期の肝臓の変化を追った.同時に実施した膵臓の病理組織学的検査および血清生化学的検査の結果から,投与6および12時間後には膵島β細胞が急激に傷害を受け,血清インスリン値が上昇し,血糖値が減少すること,24時間を境に血清インスリン値は正常よりも低下し,血糖値が上昇することが確認された.肝の病理組織学的検査では,血糖値が上昇する以前(SZ投与6時間後)に肝細胞のミトコンドリアの膨化が認められ,SZがミトコンドリアに直接的な傷害を及ぼすことが示された.また,この時間帯には,脂質過酸化の指標となるTBARSやリン脂質過酸化物が増加することが確認され,酸化ストレスがミトコンドリア傷害の一因となることが示された.

 SZの細胞分裂抑制およびDNA合成抑制作用については古くから知られているが,今回,糖尿病が惹起される以前の時間帯からすでにPCNA陽性細胞数の減少および網状赤血球数の減少が生じることが明らかとなった.同時に実施したDNAマイクロアレイによる遺伝子変動解析からも,細胞周期関連,特に細胞周期の停止を起こす遺伝子のup-regulationが認められ,細胞分裂抑制方向にあることが示された.同時に,apoptosis関連遺伝子のup-regulationも認められ,核の傷害との関連性が示唆された.遺伝子変動解析では,脂質代謝関連の遺伝子のdown-regulationも観察され,血中および肝臓中の脂質値の変動の一要因となっているものと考えられた.SZは膵島β細胞では細胞内のNADやATPを減少させることが知られているが,肝細胞内でも同様なことが生じ,それが肝における脂質代謝関連遺伝子のdown-regulationと関連している可能性が示唆された.その他,SZ投与動物でこれまでに報告の無い胆嚢の潰瘍・浮腫が観察された.

 さらに,SZの直接的影響を見る目的で,in vitro初代培養肝細胞にSZを暴露した.SZ暴露により,培養肝細胞核クロマチンのマージネーションが観察され,これはin vivoおよび下記のin vitroに共通して確認されたapoptosis関連遺伝子up-regulationを反映しているものと考えられた.DNAマイクロアレイを用いた遺伝子変動解析では,その他,in vivoでの遺伝子変動とin vitroでの遺伝子変動の間に,細胞周期関連遺伝子や脂質代謝関連遺伝子の変動など多くの類似性が認められ,in vivoの肝で早期に認められる変化はSZの直接的影響であることが強く示唆された.

 以上のことから,SZは肝に対して,ミトコンドリアへの傷害作用,核への傷害作用および胆管上皮への傷害作用を有することが明らかとなり,これらの作用は高血糖による二次的影響ではなく,SZによる直接作用であることが示された.こうした肝毒性の発現メカニズムとしては,酸化的ストレスによる脂質過酸化,DNA傷害に基づく細胞分裂抑制およびapoptosis関連遺伝子のup-regulationが関与している可能性が強く示唆された.

 本研究の成果は,SZ誘発糖尿病モデルを用いた病態生理学的および薬理学的な検討を行う際に,SZのこのような肝毒性の性状を十分に考慮に入れる必要があることを明らかにした点で重要である.

審査要旨 要旨を表示する

 ストレプトゾトシン(SZ)は,当初抗生物質あるいは抗腫瘍剤として開発された.その後,SZの膵島β細胞傷害性が着目され,今日では様々なげっ歯類でインスリン依存性糖尿病,ならびに腎症や白内症等の糖尿病合併症を惹起し,その発現機構を解明したり,糖尿病治療薬の研究・開発段階でその薬理効果を確認したりする目的で汎用されている.

 SZは,膵島β細胞傷害性以外に発癌性について以前から知られており,投与後長期間経ってから膵島細胞腫,腎の腺腫等の発生報告がある.肝においてもSZ投与後約2年で肝細胞腫や胆管腫の発生報告がある.こうしたことから,SZは膵島β細胞のみならず肝細胞や胆管上皮細胞に対してもなんらかの傷害作用を及ぼすことが推測されるが,SZの肝毒性そのものを対象に詳細な病理学的検索を行った報告はほとんどない.本研究は,SZによる直接的および二次的な肝傷害の性状を明らかにすることを目的として実施した.

 まず,SZ投与4から12週間後の糖尿病惹起後の肝病変を病理学的に明らかにした.最も顕著な変化の一つとして胆管上皮細胞の増生が挙げられ,胆道系への影響が示唆された.胆管腫瘍の発生報告を除けば,SZ投与による胆道系への影響の報告は少ない.肝細胞への影響としては,核膜陥入による核内封入体形成が顕著であった.また,クロマチンの分布やサイズが異なる二核細胞が多く認められ,非常に大きな核を有する肝細胞も認められた.こうした核の変化は,SZによるDNA傷害やSZによる肝腫瘍発生と関連している可能性が考えられる.細胞質に認められた変化としては,グリコーゲンの減少,脂質蓄積などが挙げられるが,最も特徴的な変化はミトコンドリアの増生であった.

 次に,SZによる直接的な肝への影響を明らかにする目的で,高血糖が惹起される以前(24時間以内)を中心に,急性期の肝臓の変化を追った.病理組織学的検査では,血糖値が上昇する以前に肝細胞のミトコンドリアの膨化が認められ,SZがミトコンドリアに直接的な傷害を及ぼすことが示された.また,この時間帯には,脂質過酸化の指標となるTBARSやリン脂質過酸化物が増加することが確認され,酸化ストレスがミトコンドリア傷害の一因となることが示された.また,このミトコンドリア傷害がSZ投与4〜12週後に認められたミトコンドリア増生の一因となっている可能性も考えられる.SZの細胞分裂抑制およびDNA合成抑制作用については古くから知られているが,今回,糖尿病が惹起される以前の時間帯からすでにPCNA陽性細胞数の減少および網状赤血球数の減少が生じることが明らかとなった.同時に実施したDNAマイクロアレイによる遺伝子変動解析からも,細胞周期関連,特に細胞周期の停止を起こす遺伝子のup-regulationが認められ,細胞分裂抑制方向にあることが示された.同時に,apoptosis関連遺伝子のup-regulationも認められた.遺伝子変動解析では,脂質代謝関連の遺伝子のdown-regulationも観察され,血中および肝臓中の脂質値の変動の一因となっているものと考えられた.その他,SZ投与動物でこれまでに報告の無い胆嚢の潰瘍・浮腫が観察された.

 さらに,in vitro初代培養肝細胞にSZを暴露し,肝細胞への直接的影響を観察した.SZ暴露により,培養肝細胞核クロマチンのマージネーションが観察され,apoptosis関連遺伝子のup-regulationと関連しているものと考えられた.遺伝子変動解析では,in vivoでの遺伝子変動とin vitroでの遺伝子変動の間に,細胞周期関連遺伝子や脂質代謝関連遺伝子の変動など多くの類似性が認められ,in vivoの肝で早期に認められる変化はSZの直接的影響であることが強く示唆された.

 以上のことから,SZは肝に対して,肝細胞ミトコンドリアへの傷害作用および肝細胞核への傷害作用,ならびに胆管上皮への傷害作用を有することが明らかとなり,肝細胞への作用は高血糖による二次的影響ではなく,SZによる直接作用であることが示された.こうした肝毒性の発現メカニズムとしては,酸化的ストレスによる脂質過酸化,DNA傷害に基づく細胞分裂抑制およびapoptosis関連遺伝子のup-regulationが関与している可能性が強く示唆された.

 本研究の成果は,SZ誘発糖尿病モデルを用いた病態生理学的および薬理学的な検討を行う際に,SZのこのような肝毒性の性状を十分に考慮に入れる必要があることを明らかにした点で重要である.よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位を授与するに値するものと認めた.

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