学位論文要旨



No 216153
著者(漢字) 堀,里子
著者(英字)
著者(カナ) ホリ,サトコ
標題(和) 血液脳関門における排出輸送担体ABCG2および密着結合分子occludinの発現・機能制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 216153
報告番号 乙16153
学位授与日 2005.01.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16153号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鶴尾,隆
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 助教授 内藤,幹彦
 東京大学 講師 楠原,洋之
内容要旨 要旨を表示する

 血液脳関門(blood-brain barrier,BBB)の実体である脳毛細血管内皮細胞(brain capillary endothelial cell,BCEC)は互いに密着結合(tight junction,TJ)で連結し、選択的な物質輸送を行うことで、中枢防御システムとして働いている。近年、BBBにおける排出輸送は血中から脳への異物の進入を制限するだけでなく、脳内代謝物の除去機構として機能することが明らかにされてきた。しかし、脳内の内因性化合物の排出輸送、特に血液側膜の排出輸送過程はABCB1をはじめとする既知の輸送担体だけでは説明できなかった。BBBにおける排出輸送担体の解明は、BBBの生理的役割を理解するだけでなく、中枢移行性の良好な薬物開発を考える上で重要な課題である。そこで、本研究はBBBにおける新たな排出輸送担体の同定を第一の目的とした。もうひとつのBBB研究における課題として、BBB機能分子の制御機構の解明が挙げられる。関門機能制御機構の解明はBBBの生理機能、および中枢疾患とBBB機能障害との関連を理解する上で不可欠である。中でも、BCEC周囲を覆う星状膠細胞や周皮細胞はBBB機能制御の一端を担う重要な働きをもつと考えられている。そこで本研究は、BBBにおける排出輸送担体及びTJ構成分子の発現・機能制御機構を星状膠細胞および周皮細胞とのパラクライン相互作用に注目して解明することを第二の目的とした。

 BBBに局在するABCトランスポーターの探索から、排出輸送担体ABCG2の部分配列が、ラット脳と比較して、脳毛細血管分画(bCAP)に濃縮的に増幅されることを見いだした。そこで、ラットbCAPからABCG2のラットホモログ(rABCG2)cDNAを単離し、塩基配列を決定した(Genbank accession No.AB105817)。rABCG2の塩基配列はヒト及びマウスABCG2とそれぞれ81%、93%の相同性を示し、二量体で機能するABCハーフトランスポーターであることが予測された。まず、抗ABCG2抗体を樹立し、BBBにおけるrABCG2タンパクの発現と膜局在を解析した。Western blot解析から、ラットbCAPおよびTR-BBB13細胞において、糖鎖修飾されたrABCG2タンパクがS-S結合を介した複合体として発現していることを示した。さらにラット脳切片に対する免疫組織学的解析から、rABCG2は脳毛細血管の血液側膜選択的に局在していることを明らかにした。次にbCAPから単離したrABCG2 cDNA遺伝子導入細胞株(HEK293/rABCG2myc)およびTR-BBB13細胞を用いて輸送機能解析を行った。いずれの細胞もrABCG2を介して薬物mitoxantrone及びBODIPY-prazosinを細胞外に排出した。rABCG2単独に過剰発現させたrABCG2タンパクはbCAPおよびTR-BBB13細胞と同様の修飾タンパクとして細胞膜上に発現し、同じ基質を輸送した。以上から、ラットBBBにおいて、rABCG2はホモ二量体として血液側膜に局在し、薬物を循環血中に排出輸送していることが示唆された。

 BBBにはrABCG2と基質スペクトルが類似しているABCB1やABCC1が発現している。従って、rABCG2の血液脳関門排出輸送における寄与を明らかにするためには、rABCG2を特異的にノックダウンする手法が有効であると考えられる。従来の阻害剤を用いた輸送解析では、阻害剤の特異性が問題となってきた。そこで、RNAi法を利用して、rABCG2を標的としたsiRNAをTR-BBB細胞にトランスフェクションしたところ、rABCG2の発現が抑制された一方で、類似した基質スペクトルをもつABCB1やABCC1、同じサブファミリーに属するABCG1の発現量は変化しなかった。従って、本siRNAによってBCECにおけるrABCG2発現が特異的に抑制されることが示された。BBBには基質スペクトルが類似した輸送担体が発現し、特異的阻害剤の選択が難しいことから、本手法がrABCG2の機能解析に応用できる可能性がある。

 次に、BBBの脳側細胞膜を取り囲む星状膠細胞や周皮細胞によるrABCG2制御機構を検討した。私たちは、これまで温度感受性SV40largeT抗原遺伝子導入ラットを用い、in vivoの性質を良好に保持した条件的不死化ラットBCEC(TR-BBB13)、星状膠細胞(TR-AST4)および脳周皮細胞株(TR-PCT1)を樹立してきた。本研究では、これら同じ遺伝背景をもつ3種の条件的不死化細胞株を用いて、従来の種差や由来組織の問題を解決したBBB構築細胞間のパラクライン相互作用が解析可能な系を確立した。TR-AST4細胞およびTR-PCT1細胞から調整した培養上清(それぞれAST-CM、PCT-CM)を用いて両細胞分泌因子がrABCG2輸送活性に及ぼす影響を検討した。その結果、AST-CMによってのみ、rABCG2 mRNAおよび輸送活性が上昇することを示した。さらに、TR-BBB13細胞におけるAktキナーゼは、AST-CMまたはbFGF処理によってリン酸化した。造血細胞において、Akt活性化はABCG2の細胞膜局在量を増大させることが報告されている。よって、TR-AST4細胞が産生するAkt活性化因子を介したrABCG2の細胞膜局在量上昇がrABCG2輸送活性の上昇に少なくとも一部関与している可能性が考えられる。

 TR-BBB13細胞におけるrABCG2 mRNAは100nM 17β-estradiol処理によって誘導された。以上から、血液脳関門において、ABCG2の発現は血中の内因性化合物によっても制御されることが示唆された。血中17β-estradiol濃度は妊娠期には<150nMに達することが報告されており、このような条件下ではABCG2を介した排出輸送活性が上昇することが示唆された。

 TJ構成分子の星状膠細胞および周皮細胞による発現制御機構の解析を行ったところ、星状膠細胞選択的に発現誘導が認められたABCG2とは異なり、TJ構成分子であるoccludin発現誘導には両細胞が関与していることが明らかになった。TR-BBB13細胞とTR-AST4細胞のメンブレンを介した相互作用によってoccludin mRNAおよびタンパク量が上昇することが見いだされた。さらに、AST-CMおよびPCT-CMの効果を検討した結果、occludin mRNA量は両培養上清処理によって濃度依存的に上昇した。PCT-CMによるoccludin発現誘導は血管透過性抑制因子である抗angiopoietin-1(ang-1)中和抗体によって約60%阻害されたが、AST-CMによる誘導は抑制されなかった。実際、ang-1はoccludin発現誘導効果を示し、その分泌はTR-PCT1細胞特異的に認められた。さらに、TR-PCT1細胞は活性化に必須な4量体以上のマルチマーとしてang-1を分泌し、PCT-CMはTR-BBB13細胞におけるTie-2リン酸化を誘導した。以上から、周皮細胞からBCECに至るoccludin誘導シグナルとしてang-1/Tie-2経路が働くことが見いだされた。一方、分子量で分画したAST-CMを用いてAST-CM中の30-50kDaおよび50-100kDaの分画に含まれる液性因子がoccludin発現誘導に関与することが示唆された

 一方、種々の神経変性疾患時に脳内で産生が上昇するTGF-β1およびVEGFはともにTR-BBB13細胞におけるoccludin mRNA量を濃度依存的に減少させた。さらに、TR-AST4細胞におけるTGF-β1発現は低酸素条件下で誘導された。以上から、脳虚血等の低酸素下では星状膠細胞由来TGF-β1の誘導を介したoccludin発現低下がTJ破綻を導くひとつのメカニズムとして働くことを示唆した。両細胞由来液性因子は正常時だけでなく、病態時においてもoccludin発現制御を介してTJ形成能を制御していると考えられる。

 本研究から、rABCG2は薬物輸送活性をもつ配列およびタンパク複合体として、ラット脳毛細血管の血液側膜に局在していることを明らかにした。さらに、条件的不死化BBB細胞共培養系を用いて、周皮細胞由来ang-1/Tie-2経路を介したoccludin発現誘導、星状膠細胞分泌因子によるAkt活性化やrABCG2機能上昇を明らかにした(図1)。以上から、TJの破壊はVEGFやTGF-β1の産生増大に加え、ang-1/Tie-2経路の異常、例えば、周皮細胞からのang-1分泌減少やTie-2アンタゴニストであるang-2によるシグナル阻害によっても引き起こされることが考察される。また、星状膠細胞分泌因子やAktシグナルが薬物の脳透過性変動因子として働く可能性が示された。本モデルは細胞間相互作用に基づくBBB機能制御因子の同定とBBB生理機能の解明に役立つと考えられる。周囲の細胞も含めたBBB制御機構の解明はBBB異常が関与する病態や治療法を考える上で新規の標的分子を提示しうる重要な情報になると期待される。

図1 星状膠細胞および周皮細胞によるBBBにおけるoccludinおよびABCG2発現・機能制御機構

審査要旨 要旨を表示する

 血液脳関門(blood-brain barrier,BBB)の実体である脳毛細血管内皮細胞(braincapillary endothelial cell,BCEC)は互いに密着結合(tight junction,TJ)で連結し、選択的な物質輸送を行うことで、中枢防御システムとして働いている。近年、BBBにおける排出輸送は血中から脳への異物の進入を制限するだけでなく、脳内代謝物の除去機構としても働くことが明らかにされてきた。しかし、脳内の内因性化合物の排出輸送、特に血液側膜の排出輸送過程はABCB1をはじめとする既知の輸送担体だけでは説明できなかった。従って、BBBにおける排出輸送担体の解明は、BBBの生理的役割を理解し、中枢移行性の良好な薬物開発を考える上で重要な課題である。さらに、BBB研究におけるもうひとつの課題として、BBB機能分子の制御機構の解明が挙げられる。関門機能制御機構の解明はBBBの生理機能や中枢疾患とBBB機能障害との関連を理解する上で不可欠である。中でも、BCEC周囲を覆う星状膠細胞や周皮細胞はBBB機能制御の一端を担う重要な働きをもつと考えられている。

 本研究では、BBBにおける新たな排出輸送担体の同定、ならびに星状膠細胞および周皮細胞による排出輸送担体及びTJ構成分子の発現・機能制御機構を解析し、以下の成果を得た。

1.ラットBBBの血液側膜におけるABCG2の発現と薬物排出輸送機能

 BBBに局在するABCトランスポーターの探索から、排出輸送担体ABCG2の部分配列が、ラット脳と比較して、脳毛細血管分画(bCAP)に濃縮的に増幅されることを見いだした。そこで、ラットbCAPからABCG2のラットホモログ(rABCG2)cDNAを単離、同定した(Genbank accession No.AB105817)。rABCG2の塩基配列はヒト及びマウスABCG2と高い相同性を示し、二量体で機能するABCハーフトランスポーターであることが予測された。樹立した抗ABCG2抗体を用いて、rABCG2タンパクは糖鎖修飾され、S-S結合を介した複合体としてラットBBBに発現していること、さらに、血液側膜選択的に局在していることを明らかにした。次にrABCG2を単独に過剰発現させた細胞株および脳毛細血管内皮細胞株TR-BBB13を用いて、rABCG2が両細胞において、薬物mitoxantroneおよびBODIPY-prazosinを排出することを見いだした。以上から、ラットBBBにおいて、rABCG2はホモ二量体として血液側膜に局在し、薬物を循環血中に排出輸送していることが示唆された。さらに、本研究では、RNAi法を利用して、基質スペクトルが類似しているABCB1やABCC1、同じサブファミリーに属するABCG1に影響を及ぼさず、選択的にBCECにおけるrABCG2の発現を抑制することに成功した。本手法はrABCG2のBBB排出輸送における寄与の解明への応用が期待される。

2.星状膠細胞分泌因子によるBBBにおけるABCG2の発現・機能誘導

 本研究では、in vivoの性質を良好に保持し、同じ遺伝背景をもつ3種の条件的不死化細胞株を用いて、従来の種差や由来組織の問題を解決したBBB構築細胞間のパラクライン相互作用解析系を確立した。星状膠細胞株(TR-AST4)および脳周皮細胞株(TR-PCT1)から調整した培養上清(それぞれAST-CM、PCT-CM)を用いて両細胞分泌因子がrABCG2輸送活性に及ぼす影響を検討した。その結果、AST-CMによって、rABCG2 mRNAおよび輸送活性が上昇することを示した一方、PCT-CMは影響を及ぼさなかった。さらに、TR-BBB13細胞におけるAktキナーゼは、AST-CMまたはbFGF処理によってリン酸化した。造血細胞において、Akt活性化はABCG2の細胞膜局在量を増大させることが報告されている。よって、TR-AST4細胞が産生するAkt活性化因子を介したrABCG2の細胞膜局在量上昇がrABCG2の輸送活性上昇に少なくとも一部関与していると考えられた。以上から、星状膠細胞分泌因子やAktシグナルがABCG2機能誘導を介して薬物のBBB透過性変動因子として働くことが示唆された。

3.周皮細胞由来angiopoietin-1によるoccludin発現誘導とTGF-β1およびVEGFによるoccludin発現抑制

 TJ構成分子のBBB周囲の細胞による発現制御機構を解析した結果、TR-BBB13細胞とTR-AST4細胞のメンブレンを介した相互作用によってoccludin mRNAおよびタンパク量が上昇することが見いだされた。さらに、occludin mRNA量はAST-CMおよびPCT-CMによって濃度依存的に上昇した。PCT-CMによるoccludin発現誘導は血管透過性抑制因子である抗angiopoietin-1(ang-1)中和抗体によって約60%阻害されたが、AST-CMによる誘導は抑制されなかった。実際、ang-1はoccludin発現誘導効果を示し、その分泌はTR-PCT1細胞特異的に認められた。さらに、TR-PCT1細胞は活性化型ang-1マルチマーを分泌し、PCT-CMはTR-BBB13細胞におけるTie-2リン酸化を誘導した。以上から、周皮細胞からBCECに至るoccludin誘導シグナルとしてang-1/Tie-2経路が働くことが見いだされた。一方、分子量で分画したAST-CMを用いてAST-CM中の30-50kDaおよび50-100kDaの分画に含まれる液性因子がoccludin発現誘導に関与することが示唆された。

 種々の神経変性疾患時に脳内で産生が上昇するTGF-β1およびVEGFはともにTR-BBB13細胞におけるoccludin mRNA量を濃度依存的に減少させた。TR-AST4細胞におけるTGF-β1発現は低酸素条件下で誘導された。以上から、脳虚血等の低酸素下では星状膠細胞由来TGF-β1の誘導を介したoccludin発現低下がTJ破綻を導くひとつのメカニズムとして働くことが示唆された。TJの破壊はVEGFやTGF-β1の産生増大に加え、ang-1/Tie-2経路の異常、例えば、周皮細胞からのang-1分泌減少やTie-2アンタゴニストであるang-2によるシグナル阻害によっても引き起こされることが考察される。

 以上、本研究は、薬物排出輸送を担うrABCG2トランスポーターがラット脳毛細血管の血液側膜に局在していることを明らかにした。さらに、共培養系を用いて、周皮細胞由来ang-1/Tie-2経路を介してTJ分子であるoccludinの発現が誘導されること、ならびに星状膠細胞分泌因子によってrABCG2の機能が誘導されることを明らかにした。これらの成果は、中枢疾患治療薬開発の障壁となる血液脳関門の機能制御に関する重要な知見であり、博士(薬学)の学位に値するものと判断した。

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