学位論文要旨



No 216159
著者(漢字) 永田,典代
著者(英字)
著者(カナ) ナガタ,ノリヨ
標題(和) ポリオウイルスレセプター導入トランスジェニックマウスTgPVR21を用いたポリオウイルス経粘膜感染モデルの開発
標題(洋)
報告番号 216159
報告番号 乙16159
学位授与日 2005.01.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16159号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 教授 笹川,千尋
 東京大学 教授 伊庭,英夫
内容要旨 要旨を表示する

 1988年に開始されたポリオ根絶計画によって世界中のポリオウイルス野生株とポリオ(小児麻痺)の根絶が推進され、すでに、アメリカ地域(1992年)、日本を含む西太平洋地域(2000年)、欧州(2002年)においてポリオ根絶が宣言された。しかしながら世界中のポリオ根絶が目前といわれている現在、予防接種プログラムを中心に種々の問題が浮上してきた。中でも最も注目されているのは経口生ポリオワクチン由来株(VDPV)の毒力復帰によるポリオ発生である。ポリオウイルスはワクチン由来の弱毒株でも人体に感染、増殖することによって毒力が復帰することがあり、また、数週間糞便中に排泄され、河川などの自然界に一定期間感染性を有したまま存在可能なことが知られている。このように長期にわたってヒトからヒトへ伝播したワクチン由来株はその神経毒力を復帰し、その結果、免疫が不十分なヒトに感染した場合に野生株と同様に麻痺を引き起こすことがある。また、このようなワクチン由来株は変異や組み換えをおこしており、現行のワクチンが有効であり続けるのか不明である。

 ポリオウイルスはヒトのみが自然宿主であり、実験的には非ヒト霊長類のみに感受性が確認され、ワクチン開発やポリオウイルスの病原性に関する研究には主としてカニクイザルやミドリザルが用いられてきた。1990年前後にポリオウイルスが細胞に侵入する際に利用するヒトポリオウイルスレセプター(hPVR)が同定され、これに基づきヒトポリオウイルスレセプター導入トランスジェニックマウス(TgPVR)が作製された。TgPVRはポリオウイルスに感受性を示し、ヒトと同様にポリオ様の弛緩性麻痺を生ずることが確認され、以来、サルに比べて安価で飼育管理、維持と扱いが容易で、さらに遺伝的背景が均一であるこの新しい動物が、ポリオウイルスの神経病原性の解析に用いられるようになった。TgPVRのポリオウイルスに対する感受性はサルとほぼ同等で、非経口的接種経路(脊髄内、脳内、静脈内、皮下、腹腔内接種)による発症は明らかにされてきた。しかし、実際のヒトにおけるポリオは糞口感染が示すように腸管や口腔の経粘膜感染によって起きるので、ポリオウイルスの病原性やワクチン開発研究のためには経粘膜感染モデルの使用が望ましい。そこで本研究では、TgPVRの系統の一つである、TgPVR21を用いてポリオウイルスの経粘膜感染後の病態と粘膜免疫を研究するための感染動物実験モデルを開発することを目的とした。まず、TgPVR21に対し1型ポリオウイルス強毒OM1株を経口、胃内、経鼻感染させた。その結果、このマウスは経鼻感染に対し高い感受性を示し典型的なポリオ様弛緩性麻痺を発症した。しかし同じ経路について弱毒Sabin 1株では発症しなかった。そこで、これらの現象に着目し、TgPVR21を用いたポリオウイルス経鼻感染実験の経粘膜感染モデルへの有用性を検討した。

 第一章ではTgPVR21の1型ポリオウイルス経鼻感染について検討した。まず、1型ポリオウイルス強毒OM1株を107 CCID50/10μl経鼻接種したところ、80%以上が6-8日目に麻痺を発症し、死亡した。ウイルス接種量の検討、病理組織学的解析、免疫組織化学によるウイルス抗原の検出、RNA in situ hybridizationによるウイルスゲノムの検出およびRT-PCRによる組織中のウイルスのマイナス鎖中間体の検出から、OM1株の経鼻接種後の最初の感染増殖部位は、鼻腔粘膜であることを明らかにした。また、中枢神経系におけるOM1株の感染、増殖は脳幹部が最初で、麻痺発症時には腰髄前角の運動神経細胞、脳幹および大脳の運動領の錐体細胞におよぶことを病理組織学的解析と免疫組織化学によるウイルス抗原の検出結果から明らかにした。OM1株を107 CCID50/2μl経鼻接種後6時間、1、3、4、5日及び発症時のTgPVR21の組織からウイルス分離を行ったところ、上顎組織とともにリンパ節、脾臓、Peyer氏板でのウイルス感染価の経時的な増加がみられ、中枢神経系での顕著なウイルス感染価の増加が症状の進行に相関していた。麻痺発症期のみ血漿中において微量のウイルス(103.5 CCID50/ml)が検出され、これは静脈内接種によるウイルス感染成立の1/10から1/1000であったので、中枢神経系への侵入経路としてはリンパ行性あるいは神経行性が主要であると考えられた。中枢神経系へ侵入したウイルスはOM1株の場合、運動神経細胞で増殖し病原性を発揮するのに対し、Sabin 1株の経鼻接種後の上顎組織内でのゲノム複製は確認したが、中枢神経系におけるウイルスの増殖は認められず、病原性の発揮に相違があった。また、Sabin 1株経鼻接種後のポリオウイルス特異的IgGの誘導をTgPVR21の血清においてELISA法を用いて確認した。そこで、前処理としてSabin 1株106 CCID50/2μlを3週間隔で2回経鼻接種後にOM1株106 CCID50/2μlを経鼻接種したところ麻痺発症率は0%(n=10)であり、対照に用いた細胞培養液前処理群の麻痺発症率の60%に比べて有意に発症を防御した。以上のことから、TgPVR21の1型ポリオウイルス経鼻感染モデルは経粘膜感染モデルとして使用し得る。

 第二章ではこの系を用いたポリオウイルス経粘膜免疫実験モデルの確立とその応用性について検討した。まず、Sabin 1株106 CCID50/2μlで3回経鼻免疫したTgPVR21に対してOM1株107 CCID50/2μlの経鼻攻撃を行い、非免疫群と生存率を比較したところ、3回免疫群で有意に生存率が高かった。3回繰り返し実験を行い、再現性を確認したところ、免疫群の生存率80%、50%、100%だったのに対し、非免疫群の生存率は40%、10%、40%であり再現性を認めた。一方、攻撃実験を経静脈的にOM1株106 CCID50/100μlを用いて行ったところ、非免疫群は50%生存し免疫群は100%生存した。また、経鼻攻撃後1あるいは2日目と21日目の血中の抗体産生についてELISA法で解析した結果、3回免疫群において有意にポリオウイルス特異的IgM、IgG、IgAの産生が認められ、ヒトと同様の免疫反応が得られることが示された。また、OM1株経鼻攻撃後の糞便中への排泄について調べたところ、ウイルスを排泄した動物数は2日目で非免疫群100%,免疫群80%。3日目には非免疫群80%,免疫群10%(n=10)であり、経鼻攻撃後2日目以降のウイルス排泄は免疫群と非免疫群でプロビット解析により有意な差を認めた。また、糞便中のウイルス感染価にも免疫群、非免疫群で有意差があり(データは示さない)、経鼻免疫によって糞便へのウイルス排泄が抑制されることを明らかにした。また、鼻汁中のポリオウイルス特異的IgAの誘導(免疫群の20%)および、局所の炎症性反応(100%)とIgA陽性細胞(40%)を病理組織学的に確認し、これらの現象は非免疫群では観察できなかった。経鼻免疫によって、経鼻攻撃後の最初の感染部位である鼻腔粘膜で早期に局所免疫反応が誘導され、その結果、ウイルス増殖が抑制されウイルスの病原性発揮が阻止されることが示唆された。そこで、さらにこの実験モデルの有用性を調べるために、2000-2001年にHispaniolaで起きたポリオの発生の際に急性弛緩性麻痺(AFP)患者から分離されたVDPVのDOR-20株を用いて同様の実験を行った。この株はすでに神経病原性に関与する480番目の塩基が弱毒株から強毒株に変異していることを確認しており、TgPVR21の脳内接種試験でも神経毒力が高いことが明らかにされている。免疫-攻撃実験の結果、免疫群はDOR-20株106 CCID50/2μl、107 CCID50/2μl攻撃による生存率がそれぞれ100%90%であったのに対し、非免疫群では70%,50%の生存率であり、プロビット解析によって有意差を認めた。また、OM1株の経鼻接種では50%麻痺発症ウイルス量(PD50)は106.7 CCID50、DOR-20株のPD50は106.6 CCID50で神経病原性は同等であった。また、同時にDOR-20株経鼻攻撃後の糞便中へのウイルス排泄について調べた結果、ウイルス排泄動物数は2日目で非免疫群100%,免疫群90%。3日目には非免疫群70%,免疫群20%(n=10)であり、経鼻攻撃後2日目以降のウイルス排泄は免疫群と非免疫群でプロビット解析によって有意な差がみられ、同時にウイルス感染価についても差をみとめた(データは示さない)。このように、Sabin 1株の経鼻免疫によって、VDPVのDOR-20株による麻痺の発症と糞便へのウイルス排泄を阻止あるいは抑制することが可能になることをin vivoで証明した。よって、このポリオウイルス経鼻感染による経粘膜免疫モデルはVDPVの病原性やワクチン開発研究に有用であると結論した。

 今回確立したTgPVR21を用いたポリオウイルス経粘膜感染モデルは、高価で飼育管理、維持と扱いの困難なサルに代わる有用な動物モデルであり、現行のワクチンのVDPVに対する有効性に関する評価や、新しいポリオワクチンの開発に大きく貢献することを期待する。また、ポリオ根絶後にはポリオウイルスの取り扱いは現行のバイオセーフティーレベル(BSL)2からBSL3、世界でのワクチン投与中止後、最終的にはBSL4が要求されており(WHO)、AFPが発生した際の病原性研究にはサルに代わる実用的なモデルとして使用されるであろう。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はポリオウイルスレセプター導入トランスジェニックマウスTgPVRの系統の一つであるTgPVR21を用いて、ポリオウイルスの経粘膜感染後の病態と粘膜免疫を研究するための感染動物実験モデルを開発することを試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.TgPVR21に対し1型ポリオウイルス強毒OM1株を経口、胃内、経鼻感染させた結果、経鼻感染に対し高い感受性を示し典型的なポリオ様弛緩性麻痺を発症したが、同じ経路について弱毒Sabin 1株では発症しなかった。そこで、OM1株を107 CCID50/10μl経鼻接種したところ、80%以上が6-8日目に麻痺を発症し、死亡した。ウイルス接種量の検討、病理組織学的解析、免疫組織化学によるウイルス抗原の検出、RNA in situ hybridizationによるウイルスゲノムの検出およびRT-PCRによる組織中のウイルスのマイナス鎖中間体の検出から、OM1株の経鼻接種後の最初の感染増殖部位は、鼻腔粘膜であることを明らかにした。

2.経鼻接種後のTgPVR21の中枢神経系におけるOM1株の感染、増殖は脳幹部が最初で麻痺発症時には腰髄前角の運動神経細胞、脳幹および大脳の運動領の錐体細胞におよぶことを病理組織学的解析と免疫組織化学によるウイルス抗原の検出結果から明らかにした。またOM1株接種後のTgPVR21の組織から経時的にウイルス分離を行ったところ上顎組織とともにリンパ節、脾臓、Peyer氏板でのウイルス感染価の経時的な増加がみられ中枢神経系での顕著なウイルス感染価の増加が症状の進行に相関していた。一方で、Sabin 1株の経鼻接種後の上顎組織内でのゲノム複製は確認したが中枢神経系におけるウイルスの増殖は認められず、病原性の発揮に相違があった。

3.Sabin 1株106 CCID50/2μlで3回経鼻免疫したTgPVR21に対してOM1株107 CCID50/2μlの経鼻攻撃を行い、非免疫群と生存率を比較したところ、3回免疫群で有意に生存率が高かった。経鼻攻撃後1あるいは2日目と21日目の血中の抗体産生についてELISA法で解析した結果、3回免疫群において有意にポリオウイルス特異的IgM、IgG、IgAの産生が認められ、ヒトと同様の免疫反応が得られることが示された。また、OM1株経鼻攻撃後の糞便中への排泄とウイルス量は経鼻攻撃後2日目以降に免疫群と非免疫群でプロビット解析により有意な差を認め、経鼻免疫による発症防御、糞便へのウイルス排泄の抑制を明らかにした。

4.鼻汁中のポリオウイルス特異的IgAの誘導と局所の炎症性反応、IgA陽性細胞を病理組織学的に確認し、経鼻免疫によって、経鼻攻撃後の最初の感染部位である鼻腔粘膜で早期に局所免疫反応が誘導されることを明らかにした。

5.さらに2000-2001年にHispaniolaで起きたポリオの発生の際に急性弛緩性麻痺患者から分離されたワクチン由来ポリオウイルス変異株を用いて本モデルの有用性について検討した。Sabin 1株免疫後の攻撃実験の結果、生存率と糞便中へのウイルス排泄は免疫群と非免疫群でプロビット解析によって有意な差がみられた。よって、本経粘膜免疫モデルはワクチン由来ポリオウイルス変異株の病原性やワクチン開発研究に有用であると結論した。

 以上、本論文はポリオウイルスの経粘膜感染後の病態と粘膜免疫を研究するための有用な感染動物実験モデルを確立したことを示した。このTgPVR21を用いたポリオウイルス経粘膜感染モデルは、サルに代わる有用な動物モデルであり、現行のワクチンのワクチン由来ポリオウイルス変異株に対する有効性に関する評価や、新しいポリオワクチンの開発に大きく貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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