学位論文要旨



No 216160
著者(漢字) 稲葉,寿守
著者(英字)
著者(カナ) イナバ,トシモリ
標題(和) 核内受容体Liver X-receptor(LXR)により誘発される高中性脂肪血症への脂質代謝制御因子Angiopoietin-like3(Angpt13)関与に関する研究
標題(洋)
報告番号 216160
報告番号 乙16160
学位授与日 2005.01.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16160号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 教授 辻,省次
 東京大学 助教授 岡崎,具樹
 東京大学 講師 戸辺,一之
内容要旨 要旨を表示する

 KKマウスは、高血糖、高インスリン血症および高脂血症を発症するインスリン非依存型糖尿病(NIDDM)モデル動物である。三共株式会社にて自家繁殖を続けていたKKマウス(KK/Snkマウス)は、他のKKマウスに比べ血中脂質レベルが顕著に低下していた。このKK/Snkマウスの解析から、Angiopoietin-like 3(Angptl3)遺伝子の発現低下が本マウスの血中脂質レベルの低下に直接関与していることが報告されている。

 マウスあるいはヒトAngptl3遺伝子をKK/Snkマウスに過剰発現させると、血中の中性脂肪(TG)値が1g/dL以上にまで上昇した。このとき、血中のリポ蛋白プロファイルを解析してみると、TG含有量に富む超低比重リポ蛋白(VLDL)の画分が著しく増加していた(図1)。このTG上昇の増加の原因には以下の二つの理由が推定された。すなわち、肝臓からのVLDL-TGの分泌が亢進している可能性と、血中からのVLDL-TGの消失速度が遅くなっている可能性である。これらの可能性を検証するために、まず肝臓からのVLDL-TG分泌速度を野生型KKマウスとKK/Snkマウスで比較してみた。マウスの尾静脈よりTriton WR1339を投与したのち、VLDL-TGの分泌速度を測定してみたが両者に違いは認められなかった。以上の結果より、Angptl3は肝臓でのVLDLの合成および分泌には関与していないことがわかった。そこで、つぎに血中からのVLDL-TG消失速度におよぼすAngptl3の影響を調べてみた。マウスの尾静脈より3H標識TGを含むVLDLを投与してその消失速度を測定したところ、KK/Snkマウスにおいては野生型KKマウスに比べてVLDLの消失速度が著しく亢進していた。また、VLDL粒子自体の血中からのクリアランスもわずかながらKK/Snkマウスで亢進していた。すなわち、KK/SnkマウスにおけるAngptl3の欠損は、VLDLの血中からの消失を亢進させることにより、血中のTGを低下させていたのである。血中のVLDLは、毛細血管の内皮細胞表面に存在するリポ蛋白リパーゼ(LPL)によってTGが加水分解を受けて異化される。そこで、Angptl3がLPLに対して阻害活性を有するかについて調べてみた。図2に示す様に、Angptl3蛋白は濃度依存的にLPL活性を阻害していた。

 以上の結果から、Angptl3蛋白はLPL活性を阻害することにより血中でのVLDLの異化を抑制し、血中脂質、特にTGを上昇させていることを明らかにすることができた。

 Liver X receptor(LXR)は、脂質の代謝に関与しているATP binding cassette transporter A1(ABCA1)、fatty acid synthase(FAS)、sterol regulatory element-binding protein-1c(SREBP-1c)などのさまざまな遺伝子の発現を制御している。LXRは、これらの標的遺伝子のプロモーター領域に存在するDR4 elementと呼ばれるLXR結合配列を通して発現を制御していると考えられている。齧歯類に合成LXR ligand T0901317を投与すると、血中TGの上昇および肝臓におけるTG蓄積を引き起こすことが報告されている。この肝臓におけるTG蓄積は、LXR標的遺伝子であるSREBP-1cおよびFASの発現増加によって説明することができる。SREBP-1c活性型遺伝子を過剰発現したマウスでは、肝臓におけるTG蓄積が認められるが、血中TGレベルは正常である。したがって、高TG血症への他の因子の関与が示唆されるが、発症機序は不明のままである。そこで、本研究では、LXRを介して引き起こされる高TG血症の機序解析を目的としている。

 ヒトAngptl3遺伝子のプロモーター領域には、DR4 elementと呼ばれるLXR結合配列が存在している。T0901317は、ヒトhepatoma細胞株(HepG2)において、Angptl3遺伝子のプロモーターを活性化して同蛋白の培養液中への分泌を増加させた。マウス(C57BL/6J)にT0901317を投与すると、肝臓へのTG蓄積と高TG血症が誘発された(図3)。この時、肝臓でのAngptl3 mRNA発現と血中Angptl3蛋白レベルも顕著に増加していた。しかしながら、Angptl3蛋白が欠損しているhypl変異マウス(C57BL/6J-Angptl3hypl)では、図4に示す様にT0901317を投与しても血中TGレベルは変化しない(肝臓へのTG蓄積は同等に起こる)。LXRにより制御され、肝臓の脂肪酸合成酵素の発現制御に関与するSREBP-1cやFASのmRNA発現を調べてみると、いずれの遺伝子もLXR ligandを投与した両方のマウスで顕著に増加しており、肝臓へのTG蓄積の主な要因であると考えられる。LXR ligandによる血中TGの上昇は、LPL活性を抑制しているAngptl3蛋白の増加の結果であると推察される。以上のことから、LXR ligandによる血中TGの上昇に、LXRにより制御されるAngptl3遺伝子が深く関与していることを明らかにすることができた。

 本研究において、KK/Snkマウスにアデノウイルス発現系を用いてANGPTL3を過剰産生させた結果、血中TGレベルを上昇させること、さらにAngptl3の血中TGに対する作用機序が、血中TGを水解する酵素であるLPLの活性抑制であることを明らかにした。一方、Angptl3がLXRの標的遺伝子であること、およびLXR ligandが肝臓におけるAngptl3 mRNA発現とANGPTL3産生を促進することを明らかにした。Angptl3欠損マウスでは、LXR ligandは血中TGレベルには影響を与えなかった。LXR ligandにより引き起こされる高TG血症は、血中TG分解を阻害するANGPTL3の肝臓における産生促進による血中ANGPTL3の増加に起因することを明らかにした。Peroxisome proliferator-activated receptor(PPAR)、エストロゲン受容体(ER)などの核内受容体は、創薬の標的になり各種疾患の治療薬として臨床において使用されている。強力な薬効があり、幅広い適用症が期待できる反面、副作用の問題を抱えている。LXR ligandは、アテローム性動脈硬化症モデルマウス(LDL受容体欠損マウスおよびapoE欠損マウス)において、動脈硬化病変形成を顕著に抑制することが報告されている。さらに最近の研究から、抗炎症作用があることが明らかになっている。従って、LXR ligandはアテローム性動脈硬化症治療薬として期待されているが、齧歯類で認められている様に高TG血症を惹起する危惧があり、創薬開発の障害となっている。本研究において、LXR ligandにより引き起こされる高TG血症の原因が肝臓特異的な標的遺伝子であるAngptl3であることを明らかにした。LXR ligandにより引き起こされる肝臓におけるTG蓄積は、脂肪酸合成酵素に関与するSREBP-1c,FASなどの遺伝子転写亢進に起因する。従って、本研究においてLXR ligandによる高TG血症の原因因子と肝臓におけるTG蓄積の原因因子が異なることを明らかにした。本研究から肝実質細胞ではなく、マクロファージおよび小腸上皮を選択的に標的にした組織選択的LXR ligand、あるいはAngptl3,SREBP-1c,FASではなくABCA1のみを選択的に制御する標的遺伝子選択的LXR ligandの開発が、アテローム性動脈硬化症および高コレステロール血症の治療に有効であることが明らかになった。

Figure 1. Lipoprotein profiles by HPLC.

Lipoprotein profiles obtained by HPLC of KK/Snk mice(A), wild-type KK mice (B), KK/Snk mice injected with Ad/lacZ(C), and KK/Snk mice injected with Ad/Angptl3(D).Plasma samples were collected 5h after fasting.

Figure 2. Effects of ANGPTL3 on LPL enzyme activity.

LPL activity was determined in the presence of recombinant ANGPTL3 at the indicated doses. A post-heparin medium of rat adipocytes was used as the enzyme source. Fetal bovine serum was used as a cofactor for LPL activation. The values represent means ± S.E. expressed as a percentage of the control activity determined in the absence of recombinant ANGPTI3.

Figure 3. Treatment with T0901317 increased hepatic Angptl3 mRNA, plasma ANGPTL3 protein and plasma triglyceride levels in C57BL/6J.

Mice were orally administered either vehicle (open bar) or 10 mg/kg/day of T0901317 (black bar) for 2 days (n=5 per group) At day 2, mice were sacrificed.

Each value represents the mean ± S.E.**, p<0.01, compared with the control group using Dunnelt's multiple comparison test (plasma TG) and Student's t test (Angptl3 mRNA and plasma ANGPTL3)

Figure 4. Mutation of Angptl3 abolished T0901317-induced plasma TG elevation but increased hepatic triglyceride content.

C57BL/6J (WI) and C57BL/6J-Angpt/3hypl (Angptl3hypl) mice were orally administered either vehicle (open bar) or 10mg/kg/day of T0901317 (black bar) for 2 days (n=5 per group) Each value reoresents the mean ± S E**. D<0.01. compared with the control group using

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は高血糖、高インスリン血症および高脂血症を発症するインスリン非依存型糖尿病(NIDDM)モデル動物であるKKマウスの変異マウス(KK/Snkマウス)の解析から同定された新規脂質制御因子であるAngiopoietin-like 3(Angptl3)の脂質代謝への関与について解析を試み、次に核内受容体Liver X-receptor(LXR)ligandの作用により発症させられる高中性脂肪血症の原因解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.マウスあるいはヒトAngptl3遺伝子をKK/Snkマウスに過剰発現させると、血中の中性脂肪(TG)値の著明な上昇が認められ、血中リポ蛋白プロファイルの解析の結果、TG含有量に富む超低比重リポ蛋白(VLDL)の画分の増加に起因していることが示された。

2.Angptl3遺伝子の過剰発現によるTG上昇の原因として、以下の二つの理由が推定された。すなわち、(1)肝臓からのVLDL-TGの分泌が亢進している可能性と、(2)血中からのVLDL-TGの消失速度が遅くなっている可能性である。肝臓からのVLDL-TG分泌速度を野生型KKマウスとKK/Snkマウスで比較して結果、VLDL-TGの分泌速度について両者に違いが無いことが示された。そこで、つぎに血中からのVLDL-TG消失速度におよぼすAngptl3の影響について3H標識TGを含むVLDLを用いて消失速度を検討した結果、KK/Snkマウスにおいては野生型KKマウスに比べてVLDLの消失速度が著しく亢進していることが示された。また、VLDL粒子自体の血中からのクリアランスもわずかながらKK/Snkマウスで亢進していることも示された。すなわち、KK/SnkマウスにおけるAngptl3の欠損は、VLDLの血中からの消失を亢進させることにより、血中のTGを低下させていたことが示された。

3.血中のVLDLは、毛細血管の内皮細胞表面に存在するリポ蛋白リパーゼ(LPL)によってTGが加水分解を受けて異化される。そこで、Angptl3がLPLに対して阻害活性を有するかについて検討した結果、Angptl3蛋白は濃度依存的にLPL活性を阻害することが示された。以上の結果から、Angptl3蛋白はLPL活性を阻害することにより血中でのVLDLの異化を抑制し、血中脂質、特にTGを上昇させていることが示された。

4.ヒトAngptl3遺伝子のプロモーター領域には、DR4 elementと呼ばれるLXR結合配列が存在しており、LXR ligand(T0901317)はヒトhepatoma細胞株(HepG2)において、Angptl3遺伝子のプロモーターを活性化して同蛋白の培養液中への分泌を増加させることが示された。

5.マウス(C57BL/6J)にT0901317を投与すると、肝臓へのTG蓄積と高TG血症が誘発されることが示された。この時、肝臓でのAngptl3 mRNA発現と血中Angptl3蛋白レベルも顕著に増加することが示された。しかしながら、Angptl3蛋白が欠損しているhypl変異マウス(C57BL/6J-Angptl3hypl)では、T0901317を投与しても血中TGレベルは変化しないことが示された(肝臓へのTG蓄積は同等に起こる)。肝臓の脂肪酸合成酵素の発現制御に関与するSREBP-1cやFASのmRNA発現を調べてみると、いずれの遺伝子もLXRligandを投与した両方のマウスで顕著に増加することが示された。LXR ligandによる血中TGの上昇は、LPL活性を抑制しているAngptl3蛋白の増加の結果であると推察された。

 以上、本論文は新規脂質制御因子であるAngptl3の脂質代謝に対する作用の検討から、血中TGを水解する酵素であるLPLの活性を抑制することで血中TGレベルを調節している蛋白であることを明らかにした。さらに、LXR ligandにより引き起こされる高TG血症の原因が肝臓におけるAngptl3発現誘導に起因することも明らかにした。本研究はこれまで不明な点が多かった血中TGレベルの調節解明、および核内受容体LXRによる脂質代謝制御の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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