学位論文要旨



No 216162
著者(漢字) 長田,健二
著者(英字)
著者(カナ) ナガタ,ケンジ
標題(和) 半矮性インド型多収水稲の収量・登熟性に関する遺伝学および生理生態学的研究
標題(洋)
報告番号 216162
報告番号 乙16162
学位授与日 2005.02.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16162号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大杉,立
 東京大学 教授 長戸,康郎
 東京大学 教授 小林,和彦
 東京大学 助教授 山岸,徹
 東京大学 助教授 根本,圭介
内容要旨 要旨を表示する

 イネ(Oryza Sativa L.)は世界の重要な禾穀類作物の一つであり、特に米を主食とするアジア地域において、その果たす役割は大きい。過去32年間において、アジアのイネ生産における単位面積当たり収量は1ha当たり2.1t(1964〜1966年、籾ベース)から3.9t(1996〜1998年)へと約89%向上したものの、近年(1985〜1995年)における収量向上率は年当たり1.7%にとどまっており、同1.8%を示した人口増加率を下回っている。13億とも言われる世界の貧困層人口の約7割を抱えるアジアにおいて、主食である米の収量性の向上は今なお重要かつ緊急の課題である。今後のイネの収量性向上のためには、現存品種の収量性を制御する要因を解明し、さらなる多収化のための改善方向を明確にすることが重要である。半矮性インド型水稲はアジア各地で高い収量性を発揮し、アジアにおけるイネの収量性向上に重要かつ中心的な役割を果たしてきている。したがって、半矮性インド型水稲の多収性に関わる遺伝および生理生態的特性を明らかにすることが今後の多収化の方向を探る上で重要と考えられる。

 そこで本研究では、半矮性インド型多収水稲の高い収量性に関与する形質の遺伝的背景や生育環境条件による変動要因を特に登熟性に注目して解析した。まず半矮性インド型多収水稲の生育・収量・登熟特性を日本型品種と比較する形で調査し、多収性や登熟性において注目すべき形質を再整理した。それをもとに、半矮性インド型多収水稲の収量・登熟特性に関わる遺伝的背景を、半矮性インド型品種と日本型品種の交配後代を用いた遺伝解析により検討した。また、半矮性インド型多収水稲の登熟性の変動に関わる乾物生産特性を検討するとともに、半矮性インド型多収水稲の生育および登熟・収量形成過程のモデル化を試みた。

 本研究で得られた結果の概要は次の通りである。

1.日本で育成された半矮性インド型多収水稲品種・系統の生育・収量・登熟特性を日本型多収品種・系統と比較し、収量・登熟性に関する解析を行う上で注目すべき品種生態特性を検討して、以下の結果を得た。

1.半矮性インド型水稲品種は日本型品種と比較してsink(養分蓄積)容量が大きいこと、通常条件ではsink容量当たりの登熟歩合が日本型品種と比較して優れていることにより多収を示すことが明らかにされた。また、半矮性インド型品種のなかでも出穂期以降の乾物生産に優れる品種ほど多収になる傾向が強かった。したがって、これらの特性を司る遺伝的要因とその生理生態的機能を明らかにすることが重要であると判断された。

2.半矮性インド型品種の収量性は環境条件による変動が大きく、特に登熟歩合と並行して変動することが明らかにされた。したがって、収量性の安定化を図るために、登熟歩合の変動に関与する生理生態特性を調査するとともに、環境条件や栽培条件による収量・登熟の反応を定量的に把握することが重要であると判断された。

2.半矮性インド型多収品種と日本型品種の交配後代を用いた量的形質遺伝子座(QTL)解析を行い、半矮性インド型多収水稲の高い収量・登熟特性の遺伝的背景について検討し、以下の結果を得た。

1.密陽23号(半矮性インド型)/アキヒカリ(日本型)RILsおよびササニシキ(日本型)/ハバタキ(半矮性インド型)//ササニシキ ///ササニシキBCILsを用いたQTL解析により、第1染色体短腕および第6染色体上にsink容量の構成要素である一穂籾数に関するQTLが両系統群で共通して検出された。

2.第1染色体短腕および第6染色体上の一穂籾数に関するQTLは穂の形態特性に異なる作用を示し、第1染色体のQTLは二次枝梗数に強く作用することで、多収要因の一つである、sink容量を極めて大きくすることを可能にしていた。一方、第6染色体上のQTLは一次枝梗数に強く作用とともに穂首大維管束数や乾物生産にも作用することで、籾数の増加に対する登熟歩合の低下を抑えていることが推察された。

3.RILsで認められた第11および第12染色体上の登熟性(不完全登熟籾歩合)に関するQTLは籾数への作用は認められず、半矮性インド型多収水稲でsink容量当たりの登熟性が優れる特性に関連している可能性が示唆された。

4.ササニシキ/ハバタキ//ササニシキ///ササニシキBCILsを用いたQTL解析により、乾物生産量に関する第5、6および第12染色体上の染色体領域や、出穂期における葉鞘+稈のNSC蓄積に関する第5、7、11および第12染色体上のQTLが検出された。これらのQTLが半矮性インド型多収水稲の高いsource供給能力を示す上で重要な働きを示している可能性が明らかにされた。

5.乾物生産量やNSC蓄積に関するQTLのうち、第7および第12染色体上の領域は出穂期との関連が認められ、生育期間の長さが乾物生産量やNSC蓄積に関係していることが推察された。一方、第5、6および第11染色体上のQTLは出穂期との関連は認められず、年次間で安定して検出されることが明らかにされた。特に、NSC蓄積に関する第5および第11染色体上のQTLは不完全登熟粒の発生を抑制する作用が認められることが明らかとなった。

3.半矮性インド型多収品種タカナリを用いて、半矮性インド型多収水稲の登熟性に関わる最も重要なsource形質や登熟程度が制御される生育時期、葉鞘+稈の蓄積NSCの動態におよぼす窒素の影響や登熟性に対する生理生態的意義について検討し、以下の結果を得た。

1.タカナリの登熟歩合に最も関連が強いの出穂後10〜20日の時期であり、同時期の1籾当たりのsource(物質供給)量が、不完全登熟籾歩合とともに、しいな籾歩合にも密接に関係していることが明らかにされた。

2.葉鞘+稈の蓄積NSCは登熟歩合の向上に副次的に寄与し、特に登熟期の不良条件下で重要な役割を果たすことが明らかにされた。また、NSC再転流による同化量不足の補償作用に稲体内の窒素が影響している可能性が示唆された。

4.半矮性インド型多収水稲の登熟・収量性の年次や作期による変動を定量的に解析するための端緒として、半矮性インド型多収水稲の生育および登熟・収量形成過程のモデル化を検討し、以下の結果を得た。

1.タカナリの光合成および呼吸特性の実測値をもとにして乾物生産モデルを構築した。得られたモデルは、葉身窒素含量や気象条件の変化にともなう乾物重の推移の変化の実測値を良く説明できることが明らかにされた。

2.葉身、葉鞘+稈および穂の各器官への炭水化物および窒素分配モデルを構築した。本モデルによる推定値は、日射環境および窒素吸収量の変化にともなう各器官の乾物重および窒素含量の推移の変化の実測値を良く説明できることが明らかにされた。

3.乾物生産モデルと炭水化物および窒素分配モデルを統合して、窒素吸収量に対するm2籾数、登熟歩合および収量の推定を行った結果、一部改良の余地は残されたものの、モデルによる推定により、日射環境や窒素吸収量の変化にともなうm2籾数、登熟歩合および収量性の大まかな反応を予測可能であることが明らかにされた。

 以上のとおり、本研究によって、従来までの知見が少なかった半矮性インド型多収水稲の収量・登熟性に関連する遺伝子座とその生理生態機能が明らかにされるとともに、登熟性の良否に関与する生育時期と生理生態要因が明らかとなり、生育環境条件の変動に対する半矮性インド型多収水稲の生育および収量・登熟反応が解析可能な生育モデルが構築された。

審査要旨 要旨を表示する

 イネ(Oryza Sativa L.)は世界の重要な禾穀類作物の一つであり、特に米を主食とするアジア地域において、その果たす役割は大きい。今後のイネの収量性向上のためには、現存品種の収量性を制御する要因を解明し、さらなる多収化のための改善方向を明確にすることが重要である。半矮性インド型水稲はアジア各地で高い収量性を発揮しており、半矮性インド型水稲の多収性に関わる遺伝および生理生態的特性を明らかにすることが今後の多収化の方向を探る上で重要と考えられる。

 本研究では、半矮性インド型多収水稲の高い収量性に関与する形質の遺伝的背景や生育環境条件による変動要因を特に登熟性に注目して解析した。まず半矮性インド型多収水稲の生育・収量・登熟特性を日本型品種と比較する形で調査し、多収性や登熟性において注目すべき形質を再整理した。それをもとに、半矮性インド型多収水稲の収量・登熟特性に関わる遺伝的背景を、半矮性インド型品種と日本型品種の交配後代を用いた遺伝解析により検討した。また、半矮性インド型多収水稲の登熟性の変動に関わる乾物生産特性を検討するとともに、半矮性インド型多収水稲の生育および登熟・収量形成過程のモデル化を試みた。本論文は4つの章から構成されている。

1.半矮性インド型多収水稲の生育・収量・登熟特性

 (1) 日本で育成された半矮性インド型水稲品種は日本型品種と比較してsink(養分蓄積)容量が大きいこと、通常条件ではsink容量当たりの登熟歩合が日本型品種と比較して優れていることにより多収を示した。また、半矮性インド型品種のなかでも出穂期以降の乾物生産に優れる品種ほど多収になる傾向が強かった。したがって、これらの特性を司る遺伝的要因とその生理生態的機能を明らかにすることが重要であると判断された。

 (2)半矮性インド型品種の収量性は環境条件による変動が大きく、特に登熟歩合と並行して変動した。したがって、収量性の安定化を図るために、登熟歩合の変動に関与する生理生態特性を調査するとともに、環境条件や栽培条件による収量・登熟の反応を定量的に把握することが重要であると判断された。

2.半矮性インド型多収水稲の登熟特性に関する遺伝解析

 (1)密陽23号(半矮性インド型)/アキヒカリ(日本型)RILsおよびササニシキ(日本型)/ハバタキ(半矮性インド型)//ササニシキ ///ササニシキBCILsを用いた量的形質遺伝子座(QTL)解析により、第1染色体短腕および第6染色体上にsink容量の構成要素である一穂籾数に関するQTLが両系統群で共通して検出された。

 (2)このうち、第1染色体のQTLは二次枝梗数に強く作用することで、多収要因の一つである、sink容量を極めて大きくすることを可能にしていた。一方、第6染色体上のQTLは一次枝梗数に加えて穂首大維管束数や乾物生産にも作用することで、籾数の増加に対する登熟歩合の低下を抑えていることが推察された。

 (3)RILsで認められた第11および第12染色体上の登熟性(不完全登熟籾歩合)に関するQTLは籾数への作用は認められず、半矮性インド型多収水稲でsink容量当たりの登熟性が優れる特性に関連している可能性が示唆された。

 (4) BCILsを用いたQTL解析により、乾物生産量に関する第5、6および第12染色体上の染色体領域や、出穂期における葉鞘+稈の非構造性炭水化物(NSC)蓄積に関する第5、7、11および第12染色体上のQTLが検出された。これらのQTLが半矮性インド型多収水稲の高いsource供給能力を示す上で重要な働きを示している可能性が示された。

 (5)このうち、第7および第12染色体上の領域は出穂期との関連が認められ、生育期間の長さが乾物生産量やNSC蓄積に関係していることが推察された。一方、第5、6および第11染色体上のQTLは出穂期との関連は認められず、年次間で安定して検出されることが明らかにされた。特に、NSC蓄積に関する第5および第11染色体上のQTLは不完全登熟粒の発生を抑制する作用が認められた。

3.半矮性インド型多収水稲の登熟特性に関わる乾物生産特性

 (1) 半矮性インド型多収品種(タカナリ)の登熟歩合に最も関連が高い時期は出穂後10〜20日であり、同時期の1籾当たりのsource(物質供給)量が、不完全登熟籾歩合とともに、しいな籾歩合にも密接に関係していた。

 (2)葉鞘+稈の蓄積NSCは登熟歩合の向上に副次的に寄与し、特に登熟期の不良条件下で重要な役割を果たした。また、NSC再転流による同化量不足の補償作用に稲体内の窒素が影響している可能性が示唆された。

4.半矮性インド型多収水稲の生育および登熟・収量形成過程のモデル化

 (1)タカナリの光合成および呼吸特性の実測値をもとにして乾物生産モデルを構築した。得られたモデルは、葉身窒素含量や気象条件の変化にともなう乾物重の推移の変化の実測値を良く説明できた。

 (2)葉身、葉鞘+稈および穂の各器官への炭水化物および窒素分配モデルを構築した。本モデルによる推定値は、日射環境および窒素吸収量の変化にともなう各器官の乾物重および窒素含量の推移の変化の実測値を良く説明できた。

 (3)乾物生産モデルと炭水化物および窒素分配モデルを統合して、窒素吸収量に対するm2籾数、登熟歩合および収量の推定を行った結果、一部改良の余地は残されたものの、モデルによる推定により、日射環境や窒素吸収量の変化にともなうm2籾数、登熟歩合および収量性の大まかな反応を予測可能であった。

 以上のとおり、本研究は、従来までの知見が少なかった半矮性インド型多収水稲の収量・登熟性に関連する遺伝子座とその生理生態機能が明らかにするとともに、登熟性の良否に関与する生育時期と生理生態要因を明らかにし、生育環境条件の変動に対する半矮性インド型多収水稲の生育および収量・登熟反応が解析可能な生育モデルを構築した。これらの研究は学術上および応用上価値が高く、よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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