学位論文要旨



No 216163
著者(漢字) 讃井,孝義
著者(英字)
著者(カナ) サヌイ,タカヨシ
標題(和) スギ造林木の干害発生に関わる環境要因と暗色枝枯病に関する研究
標題(洋)
報告番号 216163
報告番号 乙16163
学位授与日 2005.02.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16163号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,和夫
 東京大学 教授 宝月,岱造
 東京大学 教授 丹下,健
 東京大学 助教授 福田,健二
 東京大学 助教授 山田,利博
内容要旨 要旨を表示する

 スギ造林木の干害については,これまでにも多くの報告があるが,その多くは幼齢林の被害について述べたものである。近年,宮崎県では幼齢林の被害に加えて,拡大造林の時代に植えられた林分の被害も増加してきた。

 本稿においてはスギ中・壮齢林の干害について,その発生誘因の探索を行い,温暖多雨の宮崎県で被害が多い理由について考察した。さらに,干害発生時に多発するスギ暗色枝枯病が,干害発生とどのように関係しているのか調査した。

森林被害の推移

 森林国営保険の資料から,宮崎県における森林被害の面積や報告件数の推移を調査した。森林火災の発生件数はそれほど減少していないが,焼損面積や被害報告は激減しており,消火の際の機動性の向上や情報連絡網の整備が貢献していると考えられる。風害は増加傾向にあったが,これは適切な手入れが十分に行われなくなってきていることから,形状比が大きい林分が増えてきたためと考えられる。凍害は1990年まではほぼ毎年発生していたが,それ以降は報告がない年もあった。気象要因を検討した結果,冬期の最低気温の上昇が大きく影響しており,温暖化のためと考えられる。干害は拡大造林が盛んな時期に多かったが,その後1990年頃までは少ない状態で推移してきた。しかし,それ以降は以前に匹敵するくらいの発生がある。干害の発生についても,温暖化の影響があると考えられた。

干害に関する資料の検討

 過去の文献,資料から干害に関する記述を捜した。1970年頃までは幼齢林に関する記述しかなかったが,以降は主として九州で中・壮齢林の被害に関する報告が多くなった。九州での被害は,スギ暗色枝枯病に関する調査を行っていた徳重らの記述の中にあるが,干害として最初に報告があったのは長崎県からであった。1967年には九州全域で大きな被害が発生したが,この時には幼齢林の被害が主で,一部10年生前後の被害があったと記されている。その後,1974年に長崎県で発生し,1980年代には宮崎県でも多発するようになった。本調査はこの時期(1984年)に開始した。1994年には九州全域は極端な少雨,で中・壮齢木が多数枯死した。この時,幼齢林でも多くの被害が発生した。

 1967年や1994年の被害は九州各県で激しく発生したが,宮崎県では少雨の程度が小さく,被害も少なめであった。逆に,宮崎県で大きな被害があった1995年には九州の他県からは全く被害の情報は聞かれなかった。1967年に森林国営保険に寄せられた被害報告は,熊本,大分両県では3,000件以上,宮崎県では269件に過ぎなかった。1967年の被害では九州で12,000件を超える被害があったが,そのうち90%以上が植栽当年の被害で,II齢級以上の被害は10年生前後の被害が目立ったとある。この時期には最近のような中・壮齢林の被害は少なく,地域限定的なものであったのかも知れない。宮崎県は森林災害が発生しにくい地域として,保険料も低く設定されている。しかし,中・壮齢林の被害は他の県よりも多く発生していると考えられる。

干害の分類

 干害には夏の少雨で秋に枯死木が(夏型干害),秋から冬にかけての少雨で冬から春にかけて枯死木が発生する場合がある。春の少雨で中・壮齢林が枯れた事例はない。夏型干害は1990,1994,1995,1998等に発生しており,秋から冬の少雨では1984,1989,19961999の各年に発生した(連続型干害)。それら干害の発生時期にどの程度の期間,少雨が連続したかを検討した。その結果,夏期にあっては25日以上,冬季にあっては100日前後の少雨があった年に被害が発生したが,少雨の始まりから60日後くらいには枯死木が発生した。夏型干害は宮崎市近郊の高岡町,串間市,県北の北浦町,北川町などで常習的に発生し,連続型干害は県内広い範囲で,山間部の急傾斜の場所で多かった。

干害発生時の気象要因の検討

 少雨の程度を検討するため,宮崎市の降水量データから日降水量10,15,20mm以下の雨が何日降らなかったかを年毎に数え,実際の干害発生との対応を見たところ,15mm以下の雨が25日(この日数は過去の経験から)以上降らなかった年に,県内のどこかで被害が発生していた。さらにこれらの干害発生時の月平均気温を見ると,平年値より1℃程度以上高くなっていた。

 過去の干害発生時の気象条件を説明するために,様々な方法が提案されているが,それらについて宮崎県の被害との対応を見たところ,月降水量などで説明するより少雨の連続日数で行った方が適合性はよかった。ただ,宮崎県内で少雨,かつ高温であっても被害が発生しない場所もあり,地質など土壌の条件も関係して被害が発生すると考えられた。

気候型と干害の発生

 宮崎県は南海型気候帯に属し,高温多雨で日照時間も多く,秋から冬は晴天が連続し,降水を記録することはあまり多くない。この気候帯に属する地域は九州の東岸から四国,紀伊半島南部,静岡,房総半島南部付近まで続いている。いずれも温暖多雨で知られる地域で,これらの地域では以前から干害と暗色枝枯病に関する報告があり,気候型の特性がこれらの現象の発現に寄与しているものと考えられる。

 南海型気候の宮崎市と九州型気候の福岡市について月間降水量の推移平年値を比較したところ,宮崎市では二山型,福岡市では一山型であった。10年間の降水日数を比較するとほとんど差はなかったが,年間の降水量と日降水量最大値が大きく異なり,年間では900mm程度の差があった。また,宮崎市では1日500mm近い雨を記録することがあったが,福岡市では300mm以下で,大雨の頻度は宮崎市の方が大きかった。これらのことから,福岡市では平常から少ない雨量で推移し,降水量のピーク以降徐々に雨の量が減少するのに対し,宮崎市ではピークの後に急に雨が降らなくなることが多いため,スギに水ストレスが発生するものと考えられた。干害発生時にはピーク間の少雨の程度が大きくなっている場合が多かった

被害地の地況

 これまでの報告では幼齢林の干害は尾根筋に多いとされているが,中・壮齢林では谷間か中腹で発生することが多い。1995年の干害は尾根筋に沿って発生したが,これは海風が強く吹き付けたための被害であった。

 干害が常習的に発生する地域は砂岩,泥岩(頁岩)の互層からなる地層が見られ,これらの基岩の風化特性と急傾斜地であることなどから,極端な土壌の乾燥が発生するものと考えられる。宮崎県は堆積岩の地層が多く,火成岩の地層は少ない。火成岩の地域では被害はあまり見られないが,これらの地域は高標高地でもあり,火成岩では干害が発生しないというわけではない。

暗色枝枯病に関する調査

 宮崎県内の暗色枝枯病被害地から干害の被害地とそうでないところを複数選び,本病の発生推移を調査した。干害被害地では発病数は低いレベルで経過し,ある年,突発的に大発生が見られ,起こった年はどの林分も同じであった。大発生の年には森林国営保険への被害報告が多数あった。これに対して,干害が発生したことがない暗色枝枯病被害地での推移は,複数の林分の推移を比べてみても,明瞭なピークは認められず,10年生をすぎる頃から発生が始まり,毎年恒常的に被害が発生し続けていた。

 病原菌はスギの死んだ組織付近に生息しており,本病病原菌は病原性は弱く,有傷接種でないと発生しない。

 暗色枝枯病の病原菌がどこから侵入するかを調査するために,本病被害の痕跡を枝基部の割材によって調査した。本病が発生した枝の多くは小径のものが多く,その多くは後生枝であろうと考えられた。後生枝は一次枝に比べると,早い時期に枯死する。これらが衰弱した場合に,枝基部周辺にいた本病菌が内樹皮から後生枝へ侵入し,暗色枝枯病が発生するものと考えられた。後生枝に発生した暗色枝枯病による内樹皮のえ死が,一次枝周囲を取り巻くように起こると,一次枝が1本基部から枯死する典型的な暗色枝枯病になると考えられる。

 さらに,干害被害地で半枯れ状態の木の内樹皮を調査したところ,樹幹のある位置で複数の暗色枝枯病が発生し,樹幹を取り巻くように内樹皮のえ死が起こると,その部分から上は枯死していた。これらのことから,少雨が続くとまず暗色枝枯病が発生し,さらに厳しい状態が続くと複数の病斑が形成され,スギが枯死すると考えられる。すなわち,暗色枝枯病が激しく発生すると干害になると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 スギ造林木の干害被害は、これまでに多くの報告があるがその多くは幼齢林の被害についてであった。近年、これらの被害に加えて、スギ中・壮齢林に干害被害が広域に発生し、とくに温暖多雨の宮崎県下での被害が際立っている。

 本論文は、宮崎県下におけるスギ造林木の干害発生に関わる環境要因を解析し、暗色枝枯病との関係について明らかにしたものである。

 宮崎県下の干害被害の発生は、拡大造林の盛んな時期の1970年頃までは顕著で、とくに1967年の九州全域の干害被害にみられるように90%以上が植栽当年の被害で幼齢林に限られていた。一方、九州全域で干害被害発生の大きかった1967年や1994年には宮崎県下の被害発生は少なく、逆に宮崎県下で大きな被害が発生した1995年の干害被害では九州他県では全く被害の発生は認められなかった。

 干害は、夏の少雨で秋に枯死が発生する夏型干害と、秋の少雨で春に枯死が発生する連続型干害がある。前者は少雨期間25日以上で宮崎市近郊の高岡町、串間市、県北の北浦町、北川町などで恒常的に発生し、後者は少雨期間60日以上で県内の広い範囲の山間部の急傾斜地で発生が多い。

 干害発生時の気象環境を解析すると、降水量15mm以下の日の連続日数が25日以上となると、月平均気温は平年値よりも1℃以上高くなり、地質などの土壌条件も関与するものの干害被害が顕著になることが明らかにされた。

 宮崎県の気候型は南海型気候帯に属し、高温多雨で日照時間も多く、秋から冬にかけて晴天が続く。宮崎県の南海型気候と九州他県の九州型気候との差異は、年間の降水日数に差異は認められないものの、年間降水量と日降水量最大値が大きく異なり、南海型気候では湿潤なためにスギに少雨時の水ストレスが強く引き起こされることが示唆された。このような気候帯は、九州東岸、四国、紀伊半島南部、静岡、房総半島南部に分布し、これらの地域ではスギ暗色枝枯病の発生の報告が多い。一方、スギ幼齢木の干害被害はこれまでに尾根に多いとされたが、中・壮齢木の被害は沢筋や谷間に発生することが多い。

 スギ暗色枝枯病は、10年生前後から恒常的に被害が発生するものの、大発生のピークは干害発生と時を同じくする。このようなことから、スギ暗色枝枯病は少雨と高温あるいは乾きやすい土壌が分布する地域や急傾斜地の土壌の保水性の悪い場所で多発することが明らかにされた。そして、暗色枝枯病の発生が干害の誘因となり、被害を拡大させるものと考えられた。

 以上を要するに、本論文は宮崎県下のスギ造林木の干害発生環境を解析し、暗色枝枯病との関係について明らかにしたもので、学術上、応用上、貢献することが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位を授与するにふさわしいと判断した。

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