学位論文要旨



No 216164
著者(漢字) 市原,裕子
著者(英字)
著者(カナ) イチハラ,ユウコ
標題(和) 都市樹木の健全性評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 216164
報告番号 乙16164
学位授与日 2005.02.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16164号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,和夫
 東京大学 教授 宝月,岱造
 東京大学 助教授 福田,健二
 東京大学 助教授 山田,利博
 東京大学 講師 松下,範久
内容要旨 要旨を表示する

 都市樹木の機能や、人々が都市樹木に求めるものは、時代とともに変化している。現在の都市樹木の主な機能として、1.修景、2.視線誘導、3.境界形成、4.防音、5.防災、6.直射日光・輻射熱の緩和、7.ヒートアイランド現象の緩和、8.炭素固定、9.大気汚染物質の吸着、10.生物多様性保持、11.精神安定、12.環境教育の12項目が挙げられる。このような都市樹木の機能を十分に発揮させるためには、健全な生育のための植栽桝や舗装の整備と、樹木の健全性の把握が必要である。都市樹木は近年その重要性が見直され、我が国の街路樹は670万本余まで増加した。一方で、都市化に伴う森林樹木の衰退や、都市樹木の健全性の悪化が問題となっている。これからの都市樹木は、その質の向上を求められると予想されることから、都市樹木を健全に育成・管理するための基礎的研究が急務である。本研究では、都市樹木の生理状態とフェノロジーを調査し、都市樹木の健全性の評価について考察を加えた。

都市化と樹木生理

 人為の影響が天然林樹木に与える影響を明らかにするために、林道開設後のツガの生理状態を調査した。その結果、沿道のツガでは、林内と比較して枝葉の密度が低下し、日中の木部圧ポテンシャルおよびP-V曲線法による水分特性値が低下していた。林道から30m以上離れた林内個体では、このような現象がみられなかったことから、林道開設の影響は、少なくとも林道から30m以上離れた範囲には及んでいないものと考えられた。また、沿道樹木の衰退には、盛土と路面の締固めが影響を及ぼすことが示唆された。

 都市に植栽された樹木の衰退要因と生理状態を明らかにするため、衰退したクスノキ大木の生理状態を、健全個体と比較した。その結果、衰退木では、日中の木部圧ポテンシャル、P-V曲線法による水分特性値、クロロフィル濃度が低下し、樹幹表面温度が高かった。また、衰退要因として、地下建築による衰退木の根系周囲の土壌の減少と根系への直接的な傷害が考えられた。

 街路樹では、植栽桝が生育を制限する要因として考えられるため、様々な面積の植栽桝を設定し、クスノキ幼木の生理状態を比較した。植栽桝の面積が小さいほど、調査木根系周辺の土壌は乾燥しており、調査木の樹高成長、直径成長が抑制され、葉が小さく細長くなっていた。また、植栽桝の面積が小さいほど、木部圧ポテンシャル、光合成速度、蒸散速度が抑制されていた。

 これらのことから、都市樹木の衰退には、土壌環境が影響しているものと考えられ、土壌の乾燥、盛土、踏圧などにより枝条部に水ストレスがかかり、生理状態の悪化や枝葉の密度の低下などの衰退が生じるものと考えられた。

都市樹木の健全性とフェノロジー

 樹木の健全性評価の手法として、開芽・展葉、紅(黄)葉などのフェノロジー観察が有効であるか検討するために、都市に生育する樹木のフェノロジーを調査した。

 クスノキ大木の調査では、枝葉の密度が低下し生理状態が悪化していた衰退木で、健全木と比べ開芽開始から開芽終了までの期間が長く、一年生葉の落葉が早かった。また、これとは別に、枝葉の密度の低下が認められないものの生理状態が悪化していた個体では、一年生葉の落葉が早かった。

 枯死に至ったケヤキ衰退木では、枯死の2年前には、枝葉の密度の低下が顕著ではなかったものの、健全木と比べ開芽−展葉期間が長かいというフェノロジー異常がみられた。

 また、ケヤキ街路樹のフェノロジー調査では、枝葉の密度が低かった個体で、開芽−展葉期間が長く、紅(黄)葉が早い傾向があった。枝葉の密度が低かった個体では、開芽−展葉期間に健全個体との差が見られない個体でも、紅(黄)葉が早いものが多かった。また、その傾向は、大径木で中径木より顕著であった。

 これらのことから、衰退した樹木では、開芽期間または開芽−展葉期間が長くなり、紅(黄)葉が早く始まることが明らかにされた。また、外観的な衰退が顕著でない樹木でも、生理状態の悪化に対応してこのようなフェノロジー異常が観察される可能性が示された。

 以上から、都市樹木の生育環境が生理状態に及ぼす影響が明らかにされ、また、生理状態の悪化がフェノロジー異常として観察される可能性が示された。衰退木に現れるフェノロジー異常は、開芽期間または開芽−展葉期間が長いこと、紅(黄)葉が早いことであると考えられた。また、フェノロジー異常は、木部圧ポテンシャルの低下などの生理状態の悪化を反映しており、また、枝葉の密度の低下が顕著となる以前に現れるものと考えられた。

 樹木の健全性は、主に、外観的な枝葉の密度や樹幹の傷や腐朽の有無、生理状態の測定、腐朽診断によって評価されている。樹幹の傷や腐朽は、枝条部の生理状態を反映していない場合があり、また、生理状態の測定方法のほとんどは、枝葉の採取や幹への穿孔を伴う破壊的な手法である。

 今回の調査から、フェノロジー観察は樹木の健全性を非破壊的に評価するのに有効であり、外観的な衰退の初期段階での評価が可能であると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 都市樹木に求められる機能は時代とともに変化している。一方で、都市化に伴う森林樹木の衰退や、都市樹木の健全性の悪化が近年問題となっている。このような都市樹木の機能を十分に発揮させるためには、樹木の健全な生育のための環境整備と、健全性の把握が必要である。

 本論文は、都市樹木の生理状態とフェノロジーを調査し、都市に生育する樹木の健全性の評価について考察したもので、4章よりなっている。

 第1章は、序論にあてられ、本研究に関する既往の研究と問題点について明らかにし、本論文の目的について述べている。

 第2章では、都市化と都市樹木の生理状態との関係について検討を加え、道路開設後のツガについて、沿道樹木の衰退には盛土と路面の締め固めが影響を及ぼしているが、道路開設の影響は少なくとも30m以上離れた範囲には及んでいないことを明らかにした。また、クスノキ衰退木の生理状態について、日中の木部圧ポテンシャル、P−V曲線法による水ポテンシャル各要素、クロロフィル含有量などが低下し、樹幹表面温度が上昇、根系周囲の土壌の減少と根系への傷害が示された。

 また、街路樹では植栽桝が樹木の生育を制限している要因と考えられることから、さまざまな大きさの植栽桝を用いてクスノキの生理状態を比較した。その結果、植栽桝の面積が小さいほど根系周辺の土壌は乾燥しており、樹高成長、直径成長が抑制され、小葉化し、木部圧ポテンシャル、光合成速度、蒸散速度が抑制されていることが明らかにされた。

 これらのことから、都市樹木の衰退には、土壌環境が強く影響し、土壌の乾燥、盛土、踏圧などによって樹体への水ストレスが強まり、生理状態の悪化や枝葉の密度の低下が引き起こされることが明らかにされた。

 第3章では、都市樹木の健全性とフェノロジーについて検討を加え、クスノキ衰退木では、開芽開始から終了までの期間が長く、一年生葉の落葉が早まった。ケヤキ街路樹では、枝葉の密度が低い個体は開芽から展葉する期間が長く、紅(黄)葉が早まった。これらの傾向は、大径木でより顕著であることが明らかにされた。

 これらのことから、衰退した都市樹木では開芽期間から展葉期間が長くなり、紅(黄)葉が早まり、また、外観的に衰退が認められない樹木でも生理状態の悪化に対応してこのようなフェノロジー異常が観察されることが示唆された。

 第4章は、総合考察にあてられ、都市樹木の生理状態の悪化は枝葉の密度の低下が顕著となる以前に引き起こされ、フェノロジーの異常として現れるものと総合的に考察された。

 以上を要するに、本論文は都市樹木の健全性の評価について、非破壊的な評価法としてフェノロジーの観察が有効であることを明らかにしたもので、学術上、応用上、貢献することが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位を授与するにふさわしいと判断した。

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