学位論文要旨



No 216166
著者(漢字) 吉武,孝
著者(英字)
著者(カナ) ヨシタケ,タカシ
標題(和) 森林気象害と気象害防止技術に関する研究
標題(洋)
報告番号 216166
報告番号 乙16166
学位授与日 2005.02.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第16166号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,和夫
 東京大学 教授 宝月,岱造
 東京大学 教授 丹下,健
 東京大学 助教授 福田,健二
 東京大学 助教授 山田,利博
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、我が国の森林における気象害(低温害・雪害・干害・風害・潮害)および被害の発生が気象要因に左右される森林火災に関する研究並びに防除技術についての既往の文献を収集して被害別、年代別、発生機序や被害形態などの項目別に分類した。さらに、森林気象害の防除技術を確立することを目的として、先ず、研究・防除技術の変遷について1920年代から1990年代までの研究事例について解析を行い、各気象害に関する研究の変遷と被害の発生機序について整理した。次に、その防止技術に関する研究を吟味して防除技術の実用的な水準について考察した。最後に1990年代までにおける我が国の森林気象害防止技術として実用的水準に達している技術について取りまとめた。

 低温害の研究は1921年以降、被害と気象、被害形態、被害地形、防除方法等に関して進められ、1960年代〜1970年代の20年間に最も多く行われた。低温害は総称して寒害と称され、凍害、霜害、寒風害、寒乾害、凍裂等に細分された。凍害、凍裂は厳寒期の、霜害は春期、晩秋期の細胞凍結害である。寒風害は厳寒期で風に曝される場所の乾燥害、寒乾害は厳寒期の日当たりの良い風の当たらない場所での乾燥害である。低温害の防止対策は樹種、地域、流域、地形、林相等の様々なレベルで提案された。その中で、林地の気温緩和機能を有効利用することのできる上木被覆すなわち択伐林が被害防止のために有効であることを明らかにした。

 雪害に関する研究は1920年代から始まり、1950年〜1980年までが最も多かった。雪質の分類、雪崩の分類、積雪深と雪圧害の関係等について検討された。雪害は冠雪害、雪圧害、雪崩の害に分類された。冠雪害は樹冠上の雪の重量に耐えかねて起きる雪害で、雪圧害は雪に埋まった樹体が沈降力等によって被害を受けるものである。雪崩の害は雪崩の衝撃で樹体が破壊される被害である。雪害に関しては、気象条件、被害地形、海抜高、方位、林相、被害形態、林木の埋雪過程、スギの抵抗性品種選抜等の研究が進められた。冠雪害は気温+3℃〜-3℃で風は静穏のときに発生し易いが、まれに強風下でも発生する。スギの冠雪害は形状比(樹高÷胸高直径)が70以上で多発する。雪圧害に関しては、被害形態と地形、積雪深と被害、雪起こし、枝打ち、階段造林、植栽方法、林地肥培、耐雪性品種の選抜試験等が進められた。林地肥培、階段造林、雪起こしは初期成長促進のために有効である。暗色雪腐病、コウモリガ等の病虫害と埋雪木の被害の関係が明らかにされたが、積雪下の林木の生理的な研究は少なく、1980年代以降、天然林対象の雪害に関する研究が多い。雪崩の研究では危険地の指標植物の分類や雪崩の発生を抑制する立木本数、簡易な雪崩防止工法等の研究がある。雪崩被害防止策として半永久的に雪崩を防ぐためには植生を導入して雪崩防止林を造成する事が重要である。雪害を防止するために有効な林分は常時森林が存在していることが重要であることから、択伐林が最も雪害に強い森林であると考えられる。

 干害は他の気象害と比較して研究事例の少ない分野であるが1920年代から研究が行われていた。干害と気象、地形、地質等の関係、被害樹種、苗木の耐干性、苗木の輸送対策、植え付け方法、土壌水分、上木被覆等の研究が行われた。苗畑で起きる干害は、日覆いや散水施設の充実で被害を防止できるが、造林地では散水が出来ないため、林地の蒸発を抑制するための保護樹帯造成、上木被覆や落葉・雑草による林地被覆等に関する研究が行われた。1990年代に、スギの中・壮齢林の干害被害が西日本で発生しており、従来の苗畑や新植造林地の干害と異なった被害が増加傾向にある。

 風害は1920年代以降、大きな台風の通過後に被害実態調査が進められた。我が国の風害はほとんど台風による被害であるため、台風の目の東側に現れる強風域の東〜南東風の直撃する、南〜東向き斜面に被害地が多い。また、台風のコースが類似していれば同一の森林が再び被害に遭遇する。林木の風圧に対する力学的な解析と材内繊維の切断現象であるモメに関する研究が進められた他、被害地の林相、林分構造、施業形態、形状比、地形、樹種別の耐風性等の研究が行われた。被害地の把握は地上踏査から、航空写真、衛星写真の利用へと進歩している。人工林の施業履歴と風害の関係については複層林が風害に強いと指摘されている。また、樹種別の耐風性については1930年代から研究されているが、スギの耐風性品種の選抜はまだ十分ではない。天然林の風害では、菌害が風害を誘発することが1954年の洞爺丸台風の被害調査で明らかにされた。1960年以降に風倒木の根鉢の抜け跡と根株が天然更新の場になることも明らかとなり、風害が天然林の更新原因の一つであることも明らかにされた。北海道と富士山麓の風害分析の結果、台風が類似したコースで進むときに被害が重複して発生していた。

 森林の潮害は1930年以降研究が進められた。潮害は常風または台風の暴風時に潮風で運搬される塩分付着による生理的被害または高潮、津波による海水の侵入による物理的、生理的被害である。被害林分は主として海岸林か沿海部の森林であるが、潮風害は海岸から9km以上離れた森林でも発生している。広葉樹の被害葉の変色は潮風を受けて数十分後〜2日後までに病徴が現れ、葉の先端部から葉縁部へ変色が進行する。耐潮性植物の研究は1935年以降実施されており、北海道から沖縄までの地域に分布する植物から耐潮性の樹種が選出されている。また、塩分を樹体内に取り込んでも被害の発現しない樹種と葉肉に塩分が侵入し難い細胞構造のものがあること等が解明された。

 森林火災の研究は1920年代から、樹木の耐火力、防火力に関する研究や火災の発生し易い気象現象等について実施されている。その後、火災の区分(地中火・地表火・樹幹火・樹冠火)と林床可燃物の燃焼試験が進められた。1940年代から防火線、防火樹、防火帯、消防対策に関する研究が行われた。1950年代および1970年〜1980年代は森林火災研究の多い時期であった。我が国の森林火災危険期は積雪の無い地方は1月〜4月の乾燥期で、積雪地帯は融雪直後の乾燥期である。防火樹の選抜は火災現場の焼け残り木の調査と樹木の加熱試験による評価方法で分類されている。火災後の植生の回復過程は主として天然林を対象として進められた。また、火災跡地の更新に関しては、航空実播の効果が10年間の調査で明らかにされた。火災と病虫害の関係に関する研究も1970年代以降進められ、マツ類の病害であるツチクラゲに関する研究成果が得られた。防火林帯の幅、構造、樹種の検討や防火線の設置方法、消火剤の撒布方法等の実用化のための研究も行われた。その後、ヘリコプターによる空中消火技術が開発された。現在では各都道府県等の地方自治体で空中消火用の防災ヘリコプターが配備されて、我が国の森林火災の消火体制が充実した。しかし、松くい虫の被害林が全国的に増加したため、被害林の管理が行われなくなり、マツの枯死木と雑灌木からなる林床可燃物の多い燃えやすい森林が増加したため、火災の危険性の高い森林が多くなっている。

 最後に、我が国において開発された森林気象害防止技術の効果を吟味し、現在までに明らかにされている防止技術の中で実用的水準に達しているものを取りまとめた。

 本論で分析した既往の文献に記載された森林気象害防止技術は低温害、雪圧害、干害、潮害、森林火災に対してはほぼ実用的水準に達していると判断した。冠雪害と風害に関してはなお改善すべきところがあるが、択伐施業により複層林へ誘導することで被害を回避または軽減することができるという結論に達した。

審査要旨 要旨を表示する

 気象環境の変化は森林樹木の生育にさまざまな影響を及ぼしている。わが国の森林におけるおもな気象害は、低温害、雪害、干害、風害などと森林火災であるが、近年の異常気象現象の多発からこれらの気象害に対する防除技術が求められている。

 本論文は、わが国の森林における気象害について、1920年代以降に発生した被害についてその発生環境および防止技術について明らかにし、実用的な水準についてとりまとめたものである。

 低温害は、わが国の拡大造林期の1960年代〜1970年代の20年間に最も多くの研究が行われ、凍害、霜害、寒風害、寒乾害、凍列などに区分された。低温害の防止対策は、樹種、地域、地形などのさまざまなレベルで提案されているが、その中で林地の上木被覆効果のある択伐がもっとも有効であることが明らかにされた。

 雪害は、人工林については1950年代〜1980年代に、天然林については1980年代以降に調査研究が多く行われ、冠雪害、雪圧害、雪崩などに区分された。雪害の防止対策は、地形、林相、抵抗性品種などについて検討され、スギ冠雪害は+3℃〜−3℃、形状比(樹高/胸高直径)70以上で多発することが明らかにされた。雪害に対して強い森林は、被害の種類によって異なるが、冠雪害と雨氷害では小規模な間伐の繰り返し、雪圧害には匍行圧を抑制する階段造林などが有効であり、もっとも雪害に強い森林は択伐林がであることが明らかにされた。

 風害は、海岸の潮風による常風害と台風などの暴風による風害とに区分されるが、わが国ではほとんどが台風による被害であるため、台風の東側に現れる強風域の南〜東向き斜面において多発する。被害の把握は、地上踏査、航空写真、衛星写真の利用へと進歩し、広範囲な解析が進められた。耐風性品種の選抜は1930年代から行われてきたが未だその成果は十分ではなく、菌害が風害を誘発する原因であることも明らかにされた。

 森林火災は、地中火、地表火、樹幹火、樹冠火などに区分されるが、1920年代には樹木の耐火力、1940年代には防火帯、1970年代には森林火災研究が多く行われた。わが国の森林火災の危険な時期は、積雪地域では融雪直後の乾燥期、積雪のない地域では1月〜4月の乾燥期で、防火帯の幅、構造、樹種などについて検討が加えられた。また、森林火災発生とツチクラゲ発生との関係が明らかにされた。

 以上を要するに、本論文はわが国の森林気象害とその防止技術について明らかにしたもので、学術上、応用上、貢献することが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位を授与するにふさわしいと判断した。

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