学位論文要旨



No 216169
著者(漢字) 田中,稔祐
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,トシマサ
標題(和) モデリングによるヒト型シトクロムP450酵素のリガンド結合部位に関する研究
標題(洋)
報告番号 216169
報告番号 乙16169
学位授与日 2005.02.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第16169号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 夏苅,英昭
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 助教授 宮地,弘幸
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

 シトクロムP450(CYP)は多くの生物に分布するヘム蛋白であるが、ほ乳類では肝臓や副腎に多く発現し、薬物の代謝やステロイドホルモンの生合成に関与している。なかでもヒトのCYP3A4は肝ミクロソームで高発現しており50%以上の薬物の代謝に関与していることから、薬物相互作用における最も重要な酵素である。化合物のCYP阻害を予測する方法を確立する、あるいは、CYP阻害を回避する方法を一般化することを目的にした研究の一環として、本研究では、ホモロジーモデリングによりCYPにおけるリガンド結合部位の解析を行った。創薬研究の早期段階でCYP阻害に関する問題を解消することは、新薬創製の効率化と低コスト化に繋がるものと期待される。

2.ホモロジーモデリング

 ほ乳類のシトクロムP450は膜結合型蛋白であるため結晶化が難しく、数年前までは可溶性である微生物のCYP数種が結晶解析されたのみであった。近年、ウサギCYP2C5の結晶構造が報告され、その立体構造を利用することによって、従来のP450-BM3を用いた場合よりも、ヒトCYPでの精度の高いモデリングが可能と予想された。しかし、CYP3A4に関してはCYP2C5とのアミノ酸配列の相同性が低いため、慎重なモデリングを行う必要性を余儀なくされた。そこで、アミノ酸配列のアライメントは、立体構造が判明しているCYPでは立体構造の類似性に、また、ヒトのCYPでは配列の類似性に基づいて行い、その後、4カ所のCYPに特徴的な配列が一致する様に2つの結果を統合した。さらに、複数の蛋白で二次構造が保持されている部分(SCR)とそれ以外の領域に分離し、SCRではCYP2C5の結晶構造を鋳型としてアライメントの結果に従い、それ以外の領域では全ての結晶構造を参考にモデル構築を行った。

3.CYP3A4モデルに関する解析

 CYP2C5を鋳型にして構築したCYP3A4モデルのポケットは、P450-BM3を鋳型にした場合(450Å3)に比べ容積が非常に大きく(950Å3)、3つのサイトに分かれていた。すなわち、CYP3A4のリガンド結合部は、ヘム近傍のサイト(proximal site)とヘムから離れた2つのサイト(distal sites 1 とdistal sites 2)で構成された。このうちdistal site 2はCYP2C5には存在しないサイトであり、これがCYP3A4でポケットの容積が大きい要因の1つであると推定された。一方、主鎖の二面角PhiとPsiを解析すると(Ramachandran plot)Gly,Pro以外のアミノ酸の98%が許容領域に存在し、基質の結合に重要と報告されるアミノ酸の大部分はポケットを構成することが確かめられた。また、ヘム鉄に配位結合を形成するタイプの阻害薬であるアゾール系抗真菌薬やmethylenedioxyphenyl誘導体のドッキングを行った結果、約18Åの分子長を持つ化合物がポケットの長さと一致して安定に結合することが分かった。これは、ketoconazoleよりも分子長の大きいまたは小さいアゾール系抗真菌薬でCYP3A4への阻害活性が低いことや、ドッキングしたmethylenedioxyphenyl誘導体よりも短いものではCYP3A4への阻害活性が低いことと一致しており、ketoconazoleの立体異性体間ではCYP3A4への阻害活性が高いものがDiscover-esff力場で得られたエネルギー値でも安定であった。

 次に、各誘導体の結合モデルを利用してCYP3A4リガンドのファーマコフォアを推定し、代表的なCYP3A4の基質に対してMOEのファーマコフォアドッキングを行った。計算結果のうち各化合物の代謝生成物を説明しうる配向の結合様式を選択した場合に、km値の対数とMMFF94s力場で算出した相互作用エネルギー値との間に相関が得られた。今後、この方法を一般にCYP阻害の予測に応用するには代謝部位を予測する方法も併せて確立する必要があると思われる。

 ここで、CYP3A4への阻害を回避する方法を考察すると、まず、化合物への酸性官能基の導入が挙げられる。例えば、アンジオテンシンII拮抗薬で弱いながらCYP3A4への阻害を示すロサルタンは、ドッキング結果から水酸基でGlu374と水素結合を形成することが推定され、この水酸基に相当する部分がカルボキシル基に変換されたサルタン類では阻害が大幅に低減している。Glu374の近傍には他にAsp214やAsp217も存在するため、CYP3A4阻害が問題となった化合物で、ヘム鉄から13-15AÅの位置に酸性官能基を導入することで負電荷同士の反発を生みCYP3A4への阻害を回避できるものと考えられる。一方、ヘム鉄への配位結合を形成するアゾール環を有する化合物では、配位する窒素の隣の位置への置換基の導入や環への電子吸引基の導入が対処法として挙げられる。ピリジン環の2位をフッ素やメチル基で置換した場合にヘム鉄への配位に及ぼす不安定化の程度は、いずれも10数kcal/molであることが密度汎関数法・DMolによる計算から見積もられ、前者は電気的な効果、後者は立体的な効果によると考えられる。

4.CYP2C8モデルに関する解析

 CYP2C8,CYP2C9,およびCYP2C19の活性部位の特徴を比較する目的でこれらのモデリングを行った結果、三者とCYP2C5ではCYP2C8にのみCYP3A4モデルでのdistal site 2に相当するポケットが存在することが分かった。このポケットの入り口はIle102,Serl14,Leu208,Val366,およびIle476で構成され、このうちSerll4,Val366,Ile476の側鎖が他より小さいためにdistal site 2とproximal siteとが繋がり、CYP3A4と同様にポケットの容積が大きかった(740Å3)。これはCYP3A4とCYP2C8の両者で代謝を受ける薬物に関する報告が近年増えつつあることと一致し、CYP2C8も多くの薬物の代謝に関与していて薬物相互作用の観点から重要な酵素である可能性が高い。

 各CYPモデルでのポケットの形状の妥当性を調べる目的で、CYP3A4とCYP2C19で異なる位置に代謝を受けるlansoprazoleと、CYP3A4とCYP2C8で異なる位置に代謝を受けるpaclitaxelを各モデルにプログラム・Goldを用いてドッキングした。その結果、得られた結合モデルは、いずれも薬物の代謝生成物を説明しうるものであった。

 また、リガンド結合部位を比較すると、CYP2C8のポケット内では、2つの極性アミノ酸(Asn99とSerl14)がdistal site 2に存在することが特徴的であった。更に、CYP2C8で代謝を受けて水酸化されることが知られているpaclitaxelを含む7つの薬物に共通なファーマコフォアをCatalystにより解析した。この結果に基づいて作成したCYP2C8結合モデルでは、7化合物は、いずれも安定にAsn99側鎖と水素結合を形成した。Asn99との水素結合の形成は、これらの薬物がCYP 2C8で代謝を受けるのに適した配向に固定する役目を果たしていると思われる。

 次に、CYP2C8モデルのポケットの特徴と基質の性質との関連を調べる目的で、CYP2C8とCYP2C9の主な基質の物性値を比較した。CYP2C8モデルのポケットの特徴から、基質分子の体積に大きな差が出ると予測されたが、MOEを用いて算出したすべての記述子中で両者に違いが見られたものは、分子量と分子屈折の2つであった。このうち、分子屈折はCYP2C8のポケットがCYP2C9に比較して長く、また、極性アミノ酸が存在することと一致する結果である。

5.CYP2C8,CYP2C9結晶構造との比較

 後に座標が公開されたCYP2C9とCYP2C8の結晶構造と、構築した各モデルを比較したところ、全体的には良く一致していたが、α-ヘリックスF/G間の領域とα-ヘリックスH/I間の領域に大きな違いが見られた。これらは、Discoverの分子動力学計算で揺らぎが大きいことが分かった領域と一致しており、実際にも複数のコンホメーションが存在している可能性があると考えられる。

6.CYP3A4結晶構造との比較

 ごく最近報告されたCYP3A4の結晶構造との比較では、proximalサイトは良く一致しており、ポケットの長さが約18Åでありヘム鉄から13-15Åの位置に酸性アミノ酸が存在する点はモデルからの予想通りであった。しかし、CYP2C8やCYP2C9の場合と同様にF/G領域に構造の違いが見られた。

7.結語

 CYP2C5の結晶構造を基にCYP3A4モデルを構築した結果、リガンド結合部位の容積は他のサブタイプに比較してかなり大きく、3つのサイトで構成されていた。モデルにおけるproximalサイトの構造、ポケットの長さ、および、酸性アミノ酸の存在は結晶構造と良く一致していた。一方、CYP2C8のポケットの形状的な特徴もCYP3A4に類似であり、CYP3A4と同様にCYP2C8も薬物相互作用の観点から注目すべき酵素であると推測された。また、結晶構造とモデリングの結果からヒト型CYPではF/G領域がフレキシブルであることが分かった。

審査要旨 要旨を表示する

 シトクロムP450(CYP)は多くの生物に分布するヘム蛋白であるが、ほ乳類では肝臓や副腎に多く発現し、薬物の代謝やステロイドホルモンの生合成に関与している。なかでもヒトのCYP3A4は肝ミクロソームで高発現しており50%以上の薬物の代謝に関与していることから、薬物相互作用における最も重要な酵素である。また、CYP2C8は薬物代謝酵素として最近重要性が増しているCYPである。本研究では、ホモロジーモデリングによりCYP3A4およびCYP2C8におけるリガンド結合部位の解析を行った。

1.ホモロジーモデリング

 ほ乳類のシトクロムP450は膜結合型蛋白であるため結晶化が難しく、数年前までは可溶性である微生物のCYP数種が結晶解析されたのみであった。近年、ウサギCYP2C5の結晶構造が報告され、その立体構造を利用することによって従来の微生物のCYPを用いた場合よりも、ヒトCYPでの精度の高いモデリングが可能と考えられる。

 アミノ酸配列のアライメントはヒトのCYPでは配列の類似性に基づいて行い、その後、4カ所のCYPに特徴的な配列が一致する様に結果を統合した。さらに、複数の蛋白で二次構造が保持されている部分(SCR)とそれ以外の領域に分離し、SCRではCYP2C5の結晶構造を鋳型としてアライメントを行い、それ以外の領域では全ての結晶構造を参考にモデル構築を行った。特に、CYP3A4に関してはCYP2C5とのアミノ酸配列の相同性が低いため、精度の高い慎重なモデリングが必要であった。

2.CYP3A4モデルに関する解析

 CYP2C5を鋳型にして構築したCYP3A4モデルのポケットは、P450-BM3を鋳型にした場合(450Å3)に比べ容積が非常に大きく(950Å3)、3つのサイトに分かれていた。すなわち、CYP3A4のリガンド結合部は、ヘム近傍のサイト(proximal site)とヘムから離れた2つのサイト(distal sites 1 とdistal sites 2)で構成されていた。このうちdistal site 2はCYP2C5には存在しないサイトであり、これがCYP3A4でポケットの容積が大きい要因の1つであった。ヘム鉄に配位し、阻害作用のあるアゾール系抗真菌薬のドッキングを行った結果、約18Åの分子長を持つ化合物がポケットの長さと一致して安定に結合することが分かった。更に、各誘導体の結合モデルを利用してCYP3A4リガンドのファーマコフォアを推定し、代表的なCYP3A4の基質に対してファーマコフォアドッキングを行った。

 医薬品がCYP3A4阻害作用を有しないようにするための分子設計法の考察も行った。具体的には、化合物への酸性官能基の導入で、これはモデリングの結果からGlu374の近傍にはAsp214やAsp217の存在が予想されるため、CYP3A4阻害が問題となる医薬品候補化合物ではヘム鉄近傍に位置する部位から13-15Åの位置に酸性官能基を導入することで負電荷同士の反発を生み出し、CYP3A4への阻害を回避できるものと考えられた。これはアンジオテンシンII拮抗薬でこの推論が正しいことが示された。一方、ヘム鉄への配位結合を形成するアゾール環を有する化合物では、配位する窒素の隣の位置への置換基の導入や環への電子吸引基の導入がCYP3A4の阻害作用を減じる設計法として考えられた。モデリングの結果からピリジン環の2位をフッ素やメチル基で置換した場合にヘム鉄への配位に及ぼす不安定化の程度が求められた。

3.CYP2C8モデルに関する解析

 CYP2C8,CYP2C9,およびCYP2C19の活性部位の特徴を比較する目的でこれらのモデリングを行った結果、三者とCYP2C5ではCYP2C8にのみCYP3A4モデルでのdistal site 2に相当するポケットが存在することが分かった。このポケットの入り口が側鎖の小さいアミノ酸によりdistal site 2 と proximal siteとが繋がることで、CYP3A4と同様にポケットの容積が大きくなったものである。大きなポケット容積を有することはCYP3A4とCYP2C8の両者で代謝を受ける薬物に関する報告が近年増えつつあることと一致し、CYP2C8も薬物相互作用の観点から重要なCYPである可能性が高い。

 各CYPモデルでのポケットの形状の妥当性を調べる目的で、CYP3A4とCYP2C19で異なる位置で代謝を受けるlansoprazoleと、CYP3A4とCYP2C8で異なる位置に代謝を受けるpaclitaxelを検討した結果、得られた結合モデルはいずれも薬物の代謝生成物を説明しうるものであった。

 また、リガンド結合部位を比較すると、CYP2C8のポケット内では、2つの極性アミノ酸(Asn99とSer114)がdistal site 2に存在することが特徴的であった。CYP2C8で代謝を受けて水酸化されることが知られているpaclitaxelを含む7つの薬物に共通なファーマコフォアをCYP2C8結合モデルで解析した結果、7化合物はいずれも安定にAsn99側鎖と水素結合を形成した。Asn99との水素結合の形成は、これらの薬物がCYP2C8で代謝を受けるのに適した配向に固定する役目を果たしていると思われる。

4.CYP2C8,CYP2C9結晶構造との比較

 本研究を発表後、座標が公開されたCYP2C9とCYP2C8の結晶構造と構築した各モデルを比較したところ、非常に良く一致しており、モデルの妥当性が検証できた。α-ヘリックスF/G間の領域とα-ヘリックスH/I間の領域だけに違いが見られたが、これらは分子動力学計算で揺らぎが大きい領域と一致しており、実際のCYPにおいても複数のコンホメーションが存在している可能性が高いと考えられる。

5.CYP3A4結晶構造との比較

 更に、最近報告されたCYP3A4の結晶構造との比較では、proximalサイトは良く一致しており、ポケットの長さが約18Åでありヘム鉄から13-15Åの位置に酸性アミノ酸が存在する点はモデルからの予想通りであった。異なる点は、CYP2C8およびCYP2C9の場合と同様にF/G領域に構造の違いが見られた。

 以上の結果は、本ホモロジーモデリング研究が極めて妥当なものであり、CYP3A4およびCYP2C8以外のCYPの立体構造の予測にも適用できる事が示された,

 田中稔祐の研究は医薬品の開発において重要な薬物代謝に関するもので、得られた知見は薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位に値する内容であると評価された。

UTokyo Repositoryリンク